38:金の回る町 2
「えっと、カラプルさんは天使狩りとか天使殺しとかそういうのしてたりします?」
「えぇ、私そういう風に見えるんですか?しませんよー、そんなこと」
「いやぁ、一応聞いておこうかなみたいな感じで」
「もし私が天使を殺して回ってる人だったらこの町ごと消したんですか?」
「ははは、まさか、今すぐ頼れる狂人探して逃げるところですよ」
「……ふーん」
少しだけ沈黙が訪れる。騒がしい雑踏の中にいるはずなのに、ここだけ音が消えてしまったみたいに静かだ。
「やっぱり変わった人なんですね。人じゃないか」
「……えっと、私ってそんなに天使に見えるんですかね」
「んー?そんなこともないと思いますよ。それで、貴女の事情、聞かせてもらえるんですか?」
「まあ、それくらいはいいですけど」
「よかった。それじゃあついて来てください」
カラプルはまた私の手を引いて、騒がしい町の中を歩き出した。
「えっと、ここはどこですか?」
「私の働いてるところです」
「そこで話をするんですか?」
「はい。……あー、心配要りませんよ?この時間じゃお客さん入らないですから」
私は彼女に手を引かれるままに店の中へと入っていく。
「……いらっしゃい」
店に入ると黒を基調としたスーツを見に纏った男性に声を掛けられた。
「ただいまでーす、ちょっと端っこ借りますねー」
カラプルはその男性に軽く手を振って、店内の奥へと歩いていく。
手を繋がれたままなので私もそれに付いていった。
「ささ、ここ座って下さい」
「あー、じゃあ、はい」
カラプルに指示された通り、カウンター席の端に座る。
彼女は私の隣に座った。
「シュッターさん、何か適当に飲み物もらっていいですか?」
「……少し待っていてくれ」
「お酒じゃなくていいので早くお願いしまーす」
静かに話す男性と、明るく話す彼女は実に対照的だ。
「それで、貴女の話、聞かせて下さいよ」
「あー、えっと、そうですね」
ここまでホイホイとついて来てしまったが、本当に話すべきだろうか。話すことによる私の利点は何だろう。
「どうかしたんですか?」
カラプルは静かに私が話すのを待っている。
「そうですね、まずは私に宿が要るかどうかの話からしますか」
「やっぱり何か策があったんですか」
「私、寝れないんですよ」
「……不眠症ってやつですか?」
「いやいや、多分機能として備わってない感じです」
「はぁ、やっぱり天使の体って不便ですねぇ」
「天使の体が不便かどうかは置いておきますが、私は宿とかはそんなに取る必要がないんですよ」
「ふむ、なら、そうですね。お金には困ってますよね?働き口を紹介しましょう」
「あ、それはありがたいです」
「はい、じゃあ貴女の事情を聞かせて下さい」
……話すと仕事について何か教えてもらえるらしい。
最近ここに来たばかりの彼女らしいが、どんな仕事を紹介してくれるのだろうか?
ここで一緒に働くとか?
「ちなみに働き口ってどこですか?」
「んー?私ってそんなに信用できないですか?別にここを紹介してもいいですし、他にはレストランの料理人募集とか、給仕募集とか、後は宝石店とかも鑑定士募集とかしてましたよ」
「………ちょっと安心しました」
「心外ですねぇ」
カラプルは少し頬を膨らませた。
そんな風に雑談をしていると、先程の静かな男性がやってきて、飲み物をカウンターに置いた。
「ありがとうございまーす」
「えっと、ありがとうございます」
カラプルの軽い感謝の言葉に続いて私も礼を言う。
男はこちらをチラと見るだけで返事もなしに去ってしまった。
「シュッターさん、無愛想なんですよね。だからお客さん少ないのに」
カラプルはやれやれ、といった様子で肩をすくめた。
「ささ、次こそ貴女の事情を話してもらいますよ」
「カラプルさんは、どうしてそんなに私の事情が知りたいんですか?」
「えぇ、そんなの面白そうだからに決まってるじゃないですか」
「面白そう?」
「はい!だって、半分天使みたいな感じの人が、ふらふらとこの町を見て回ってるんですよ?もう怪しさ満点でめちゃめちゃ面白そうです!」
カラプルはウキウキとした様子で語る。
「えぇと、まぁ、じゃあ話しますね?」
「はい、お願いします!」
先程の発言が本当かどうかは分からないが、彼女が私のことを脅かすような危険な存在だとは思えなかったので、私は自分のことをぺらぺらと話していった。
「んー、すっごい面白いですね!その状況!」
「ええっと、そうですかね」
話を聞き終えた彼女はカラカラと笑った。
「ふーん、なるほどぉ。いやぁ、中々面白いことが起きてるものですねぇ」
「何か知ってることがあるんですか?」
「いえいえ、私は天使やら救世主やらに詳しかったりするわけじゃありませんから」
「詳しい人を知ってるんですか?」
「んー、そう来ますか」
「あ、いえ、私は詳しくない、とのことだったので」
「ふむ、ま、いいですよ。一人心当たりがあります」
カラプルはぴっと人差し指を立てて押し黙った。
「…………えっと、どなたですか?」
「この国のトップ、コロンセント王に憑いている悪魔です」
「……悪魔」
「そう、悪魔です」
カラプルは少しだけ真面目な表情をしてそう言った。
拝啓、シャステーレさん。
私は一人で調べ物をしようと思っていたのですが、なんだかすごく面倒そうなので、今すぐ貴女を探しに行きますね。
願わくば貴女の拳がこの調べ物を早く終わらせてくれますように。敬具。