37:金の回る町
呼吸が乱れる。この身体も息をしているんだなぁ、なんてことをぼんやりと思った。
「何が、お前だけ、空を飛ぶのは、卑怯なん、ですか。走るのは、シャステーレ、さんの方が、速いに、決まってるじゃ、ないですか」
「ふっ、そう言う割には、私に付いてくるとはな。天使擬きな、だけはある」
シャステーレは上がった息を整えながら口を開いた。
「ここ、どの辺ですか?」
「カナリビ周辺だ。もう少し歩けば今の王が建てた城まで行けるだろう」
「ふぅ、どのくらい走ったのか、分からないですね」
「そんなものは考えるだけ無駄だろう。終わりのある旅をしているわけでもないしな」
「私は一応終わりがありますよ」
「……世界を救うとかいうやつか?」
「自分の口から出たとは思えない程浅はかな目標ですね……」
自分の目的を確認する度にやるせない気持ちになっている気がする。そもそも一体この世界の何を救うんだろうか。
私はいつもより歩く速度の遅いシャステーレの後を追った。
スティービルの国民は常に王を讃えている。何故ならば、国民が相応しいと思う者を、その都度選んでいるからだ。
だから王の命令には強い強制力が働く。王の容姿がどんなものであろうと、その者がスティービルを治めるにたる王であると選ばれたなら、その王は偉大な存在なのだ。
「おぉ、ここがカナリビですか」
「私はあまり好きではない」
カナリビ。今のスティービルの王が住んでいる城がある町。ギラギラとした人の欲望が飛び交っている。
「むしろシャステーレさんが好きな町とかあるんですか?」
「スティービルの国柄は嫌いではないからな。この町を好まないだけだ」
この町は大抵のことはお金で解決するところらしい。
「へぇ、なるほど。……ところでシャステーレさん」
「何だ?」
「お金、持ってますか?」
「持ってはいるが、貴様に渡す分はない」
「あー、何というか、珍しくまともな理由ですね。……じゃあ私は適当にお金稼いで来ます」
「………そうか。私は少しこの町を見て回ることにする。この町を出ることになったら貴様を探すことにしよう」
「はーい、了解です」
「ではな」
シャステーレは人混みの中に消えた。
結局一人になってしまった。ちょっと寂しい。
とりあえずフールラの目的である学校についての情報を探ってみるとしよう。
「あのー、すみません」
近くを歩いていた男に声を掛ける。
「何かな?」
「この町で調べ物ができるところってどの辺りにあるか分かりますか?」
「……君はこの町は初めてかな?」
「あ、はい。そうです」
男は薄く開いた目でこちらをじっと見つめた。
「金銭的余裕があるならこの町での調べ物は捗るだろうが、それが無いならこの町は君に牙を剥くだろう。……私も初めは苦労したものさ」
「はぁ、なるほど」
「頑張りたまえ」
男は薄く笑うと歩いていってしまった。
どうやら何をするにもまずはお金が必要な町らしい。
お金かぁ。
「そこの貴女、何かお探しですか?」
ふらふらと歩いていると、派手な格好の女の子に声を掛けられた。
太ももやお腹が露出していて寒そうだ。
この辺りにあるお店の売り子だろうか。
「この辺りのお店を見て回ってるんです」
「なるほどー。もしかしてカナリビは初めてですか?」
「ええ、そうなんですよ」
「あぁ、やっぱり。私も最近来たばかりでして、良かったら一緒に回りませんか?」
「私は構いませんが、お仕事などよろしいんですか?」
「えぇ、大丈夫です。休憩中ですから」
「そうなんですか。……でしたら一緒に回っていただけるとありがたいです」
「はい、一緒に行きましょう」
派手な格好の女の子は私の手を握って人混みの中を歩き出した。
「私の名前はティルシーです。よろしくお願いしますね」
「カラプルです。いやー、仕事が忙しくて町をほとんど回れてなかったので助かりました」
「貴女は何の仕事をしているのですか?」
「酒場で給仕をしているんですよ」
「酒場ですか、大変そうですね」
「まぁ、酒場といっても結構静かなところなので変なお客さんは少ないんですけどね」
「静かな酒場ってあんまりイメージ湧かないですけど」
「要するにバーですよ、バー」
「あー、薄暗い感じの?」
「そうですそうです」
カラプルは寡黙なマスターが経営している静かなバーで働いているらしい。そこで、客の愚痴や悩みを聞いているそうだ。
「ティルシーさんは普段どんな仕事をしているんですか?」
「……能力が治療とかに向いているものなので、医者みたいなことをしてますよ」
「へぇ、お医者さんですか。結構儲かるんですかね?」
「ははは、まあそれなりに」
「おぉ、腕の良いお医者さまなんですね」
「いやぁ、それほどでもないですよ」
カラプルと身の上話をしながらカナリビの町を見て回った。
私は一文無しなので何も買えなかったが、カラプルの方はそれなりに買い物が捗ったようだ。
「ティルシーさん、何も買ってないですけど、よろしいんですか?」
「あー、この国の貨幣を持っていなくてですね」
「それは辛いですね」
「はい、割と」
「……あれ、泊まるところすらない感じですか?」
「ない感じですね……」
「えっと、それだいぶまずい状況じゃありません?」
「んー、まあ割と何とかなりますよ」
「楽観的なのか何か策があるのか判断に困りますね……」
「野宿は慣れてますから」
「……うーん、ティルシーさんの事情を聞かせてくれるなら私が今日の宿代くらいは出しますよ?」
「私の事情、ですか?」
今は別れているけど大体の物事を殴って解決できると思ってそうな女の人に付き纏われてることとか話せばいいかな?
「はい、だって貴女、半分くらい天使でできてるじゃないですか」
カラプルは何の気兼ねもなさそうにそう言った。