36:シャステーレとの会話 2
「う、うぅん」
「どうした?」
深夜、唸る私を心配してか、シャステーレが話しかけてきた。
「いやぁ、何というか、なんとか殺しって中々強いですね」
「……なんだ、それは?」
「吸血鬼殺しとか、天使殺しとかそういう人たちです」
「ふむ、それはそうだろうな。天使や吸血鬼を殺そうとする人間にまともな奴など居ない」
「なんか嫌なこと聞きました……」
「そうか?まともでない人間にしか狙われないと分かっていれば対策の立てようもあるだろう」
「あぁ、そうですよね。私天使殺しに狙われる身体でした。……ちなみに対策って何ですか?」
「不愉快な奴らは全て敵だと思って殴っておけばいい」
「はは、ですよねぇ」
ぐっと拳を握ったシャステーレを見て口から乾いた笑いが溢れる。
「なに、心配するな。今のところ貴様が死ぬとしたら私の拳を受けたときだけだ」
「えぇ…………ええっと、それはもしや私が守ってあげるよ、っていう照れ隠しですか?」
「いや違うが」
「照れちゃってー」
「どうやら今死にたいらしい」
「きゃー、怖い怖い」
「……まあ元気があるならいい」
やっぱり彼女は私を心配していたらしい。こちらを見ていた瞼を閉じて、眠りについた。
翌朝、どこに向かうでもなく歩き出す。
「シャステーレさん、今はどこに向かって歩いているんですか?」
「方向としてはスティービルに向かっている」
「理由はないんですよね」
「ない」
「スティービルには行ったことがあるんですか?」
「あぁ。活気のある国だった」
「へぇ、スティービルは病気もほとんど治せてるんでしたよね」
「そうらしいな」
「シャステーレさんは病気とか大丈夫だったんですか?」
「記憶に無いな」
「おぉ、なんたらは風邪を引いたことに気付かないってやつですか」
「よく分からんが、とりあえず殴っていいか?」
「ハハ、ジョークですよジョーク。それで、スティービルって何か名物とかあったりしますか?」
「貴様はどこへ行くにも観光気分なのか」
「もちろんです」
「………名物。そうだな、今の王はあの国の名物みたいなものかもしれん」
「へぇ、どんな王様なんですか?」
「詳しくは知らん、遠目で見たことがあるだけだ」
「それでシャステーレさんの記憶に残るなんて、すごい印象的な人だったんですね」
「あぁ、あそこまで表裏がしっかりしてる人間は居ないだろうな………あと貴様は私の記憶力に何か不満でもあるのか?」
「いやいや、ないない、ないですよ」
「………まあいい」
私は、少し歩く速度を上げたシャステーレの後を追うために小走りで近付いた。
どうやら、二人に分かれるのも少し慣れて来たらしい。記憶領域や思考を体に合わせて分けられるようになってきた。
しかし、それだと私と彼は完全な別個体になるということだろうか?
そういえば、人間は自分とは異なる性別の側面を持っているらしい。男性ならば女性的な側面があり、女性ならば男性的な側面を持っている。
「そう、私が女性側面を担当し、彼は男性側面を担当する。つまり我らは二人で一人、分たれた私たちが再び合わさるときに世界に光が訪れる……」
「何の話だ?」
「いや、何となくそういう妄想です」
「そうか」
更に歩く速度を上げたシャステーレを追うために走り出す。
彼女も走り始めた。
「いや、何で置いていこうとするんですか?」
「人聞きの悪い、ただ先を急いでいるだけだ」
「目的無いんですよね?」
「今できた」
「………ちなみに何ですか?」
「頭のおかしい奴から逃げることだ」
「誰かなぁ、私と貴方しか居ないように見えるのになぁ」
「そうか、貴様には見えないみたいだな」
「えっ、本当に何か居るんですか?」
翼を広げて空を飛び、周囲を確認する。特に見つからない。
「見えない敵みたいな?」
「……かもな」
シャステーレは更に走る速度を上げた。
私は走ることを止めて彼女の少し上くらいを飛ぶことにした。
「敵が居るっていうの、嘘ですよね?」
「常に敵が居ることを想定して動くといい」
「あのー?誤魔化さないで欲しいんですけど?」
「知らんな」
そうして、私と彼女は何の目的もないのに全速力でスティービルに向かうことになった。