34:夜の館の主人
「あぁ、フェイユ、我が娘よ。なぜ私を遠ざける」
「誰が娘じゃ。………はぁ」
異形の男は、槍を幾度ぶつけようとも止まる気配がない。逃げ続けるのも無理があるだろう。
ここらが限度というものか。
〜〜〜
サリネインを抱えてライラルの館へと降りた。
「私、本当にここに居てもいいのでしょうか……」
「はは、大丈夫だって。何かあっても僕がライラルさんと話をするよ」
「はい……」
不安げなサリネインをソファに寝かせようとしたとき、急に館が揺れ出した。
いや、これは、揺れているわけではないのか?
「ひ、ひぇ、わた、私が入ったからでしょうか?」
「んー、違うんじゃないかなぁ」
館の輪郭が揺らいでいる。この館を維持していた力がどんどん失われていくような、そんな印象を受けた。
「ライラルさんに何かあったのかな?」
サリネインを寝かせて館を飛び出す。とにかく向かってみないことには分からないだろう。
そういえばアルヴァインの方は大丈夫だろうか?ネイティの家の方を見に行ってみた方がいいかもしれない。
僕は進路を変更して、ネイティの家があった方へと向かった。
「………んー、あれ?」
ネイティの家があったところに何かモヤのようなものが掛かっていて、上手く認識できない。
アルヴァインが作ったものだろうか?
とはいえ、僕のアルヴァインのイメージは『ライラルに何かあったのか?!今行く!』『敵襲だと?!少し待っていてくれ!』という感じなので、違うような気がする。
ネイティがアルヴァインとの逢瀬を邪魔されないために作り上げたもの、と考えるのが自然か。
周りも荒れている様子はないし、大丈夫だろう。
「そういや、もう一人居たよね」
ライラルのところへと向かおうとしたところでサナリナのことを思い出した。
………吸血鬼殺しが複数いたときのことを考えたら一応行っておいた方が良いか。
僕はサナリナの家へと向かったが、結局は無駄に終わった。サナリナの家の場所すら見つけられなかったのだ。
「おかしいな、この辺にあったと思うんだけど……」
疑問は生じたが、とにかくライラルのところへと向かうことにした。
〜〜〜
「フェイユ、どうしてお前は吸血鬼になど魅入られてしまったのか」
「うるさい奴じゃ。人違いじゃっての」
槍は今のままでは効かない。なら槍の質を上げよう。更に鋭く、更に硬く、更に速く。
そのためには力が足りない。館の維持に使っている能力をこっちに回すしかないだろう。
新しく作った槍を男に向けて飛ばす。
「……あぁ、我が娘よ。もう私を愛してはくれないのか。私のやったことは許されないのか」
男の体に槍が突き刺さる。男はこちらを追うのを止め、立ち止まった。
「もういいじゃろ。………お主は眠るといい」
立ち止まった男に向けて、先ほどよりも多くの槍を全力で飛ばした。
「うぅ、ぐぅうう。ぁぁ、ああ!フェイユ!お前は、どうして吸血鬼になどなったのだ!」
「……これは、流石にまずいの」
異形の男は槍を受けてなお咆哮を上げた。こちらの予想を上回る耐久力だ。
耐久性以外にも、今のところ一度も当たっていないが、サリネインとかいう娘の惨状を思い出すに、攻撃力も申し分ないだろう。
「………すまんな」
誰かに向けて、謝罪をした。
この異形の男を野放しにする理由はない。
この地を気に入っているアイツのためにも逃げるという選択肢は取れない。
久々に全力でやるとしよう。
館の維持の放棄、使い魔の消去。吸血衝動の解放、それと同時に近くの村に住んでいる人間を手元に呼び出し、喰らい尽くす。
手に入れた血肉を使って、縮こめていた体を元の状態に戻していく。
「おお、フェイユ!美しい娘よ!」
「誰が娘じゃ。お前のような若造を父に持った覚えはない」
久しく握っていなかった自らの槍を手に持ち、異形の男に相対する。
「儂の庭を荒らしたんじゃ、ただで死ねると思うなよ」
「フェイユ、私を見てくれ!私を拒まないでくれ!私はここに居る!」
「………調子狂うのぅ」
叫び続ける男を見ながら、ため息を吐いた。