32:愛の重さを知る少女
「ふわぁ、うーん、早いな二人とも。おはようライラル、テンシも、よく眠れたかな?」
「おはようアル」
「おはよー」
アルヴァインが体を伸ばしながらこちらにやってくる。
結局僕とライラルは寝ていないので、ただ居間でアルヴァインが起きてくるのを待っていただけだ。
「僕は眠気覚ましに空を飛んでくるから、少し待っていてもらっていいかい?」
「うん、また誰かとぶつからないように気を付けて」
「はは、分かってるよ」
アルヴァインはよたよたと館を出ていった。
「……不安だ」
「かか、アルの寝起きの飛び方はすごいぞ?右へ左へと大揺れでな。この前は木に引っかかっていた」
「そりゃすごいや」
徹夜したからなのか、若干テンションの高い気がするライラルと話しながら、アルヴァインが戻ってくるのを待った。
「戻ったぞ!さあ行こうかテンシ!」
「葉っぱ落としたら?」
「やれやれじゃな」
帰ってきたアルヴァインはその体に数枚の葉を付けていた。
ライラルがその体をはたいて葉を落とす。
「うむ、では行ってくるとよい」
「あぁ、行ってくる!」
「行ってきます」
ライラルに見送られて、館を出た。
館から少し離れると、やはりその姿は見えなくなる。吸血鬼は面白いことができるものだ。
「ネイティさんのところに行くんだっけ?」
「ああ、ネイティは少し気難しいところがあるからな。くれぐれも発言には気を付けてくれ」
「……そもそもそんなに僕に紹介する必要ある?」
「そりゃあ、友人ができたら可愛い妻を自慢したくなるだろう?」
「逆じゃないかな?」
アルヴァインは気分良さそうに空を飛んでいく。
こじんまりとした家が見えた。サリネインのところにあったものほど大きくはないが、サナリナのところにあったものほど森の中に紛れてはいない。
アルヴァインがその家の前に降り立った。と、同時に家の扉が開き、中からかなりの素早さで何かが出てきてアルヴァインに衝突した。
「アル様!」
「ふぐっ」
どすっ、という鈍い音と共にアルヴァインが地面に尻餅をつく。
彼の上には女の子がのしかかっていた。
「アル様!アル様、アルヴァイン様。どこへ行かれていたのですか?私は貴方がどこかで危ない目に遭ったのではないかって、もう私は必要なくなったから来ないんじゃないかって。………もうアル様に会うことはできないんじゃないかって、思っていたんですよ?」
「あ、ああ、ただいまネイティ。今帰ったよ」
「はい、おかえりなさい。今日はもうどこにも行かないですよね?」
「う、うん。今日はネイティとずっと一緒に居るよ」
「ふふ、本当ですか?ふふふ、今日は私とずっと一緒。ふふふふふ、二人っきりで、ふふ」
「あー、えっと、ネイティ。友達を連れて来たんだ」
「とも、だち?」
ギリギリギリ、と固い動きで彼女の首が僕の方を向いた。
「女の子?」
彼女はガバッと立ち上がり、アルヴァインの上から退くと、こちらに一足で近付いて、その手で僕の顔を掴んだ。
彼女の赤い眼とじっとりと目が合う。
「………アルヴァイン様のなんですか?」
「友達かな」
「私からアル様を奪っていたのは貴方ですか?」
「うーん、どうだろう。昨日はライラルさんと話していたからね」
「ライラル……お義母さまのような存在だと考えていますが、………外堀から埋めたと?」
「ははは、面白い冗談だね」
「惚けないで下さい、貴方がアルヴァイン様に好意を寄せているのは分かっているんです」
「ふむ、まあ嫌いではないかな」
「当然です。アル様を嫌う人間など狂っているものしか居りませんから」
「それで、君は彼のどんなところが好きなの?」
「………ふふっ、いいでしょう。どちらが彼を愛しているかで判断するというのなら、相手になります。付いてきなさい」
彼女は僕の顔を掴んでいた手を離すと、開け放たれた扉から家の中に入っていった。
「大丈夫なの?ほんと」
「いや、すまん。僕にも分からない」
まだ地面に転がっているアルヴァインを起こしてから、家の方へと歩き出す。
家の中に入ると、ネイティが椅子に座ってこちらを待っていた。
「どうぞ、座って?」
彼女の前には一つ椅子が置いてあるので、そこに座れということだろう。
「アル様はベッドに腰掛けて待っていて下さい。すぐに片付けますので」
「あ、ああ。うん。………うん」
アルヴァインは壊れた人形のように不規則に頷きながら奥にあるベッドの方へと向かった。
「では、まずは貴方の想いから聞かせていただきましょうか?」
「僕の思い?うーん、そうだなぁ。とりあえずアルヴァインはちょっと強引なところがあるかな」
「ほう?」
「後は人の話を聞かないところがあるというか、自分で完結しちゃうところがあるよね」
「……どうぞ、続けて下さい」
「まあだけど、彼は非常に真っ直ぐな性格をしているよね。自分の気持ちに正直というか、無邪気というか。そういうところが彼の人を惹きつける部分なんじゃないかと思ってるよ」
「……ふむ、貴方の言いたいことは分かりました。…………そして、貴方、アルヴァイン様に好意を寄せてはいるようですが、恋愛感情ではありませんね」
「うん、そう言ったと思うんだけど」
「………いいでしょう。私とアルヴァイン様の愛の巣への立ち入りを許可します。もちろん私たちの愛を邪魔するようなら滅しますが」
「うんうん、好きにするといいんじゃないかな。んじゃ僕はこれで」
「いやちょ、待てテンシ!」
「はっはっはー、帰るよー、もう僕は帰るって決めたからねー」
「お待ち下さい、テンシさん」
アルヴァインの制止を振り切り、扉を開けてライラルさんの館の方へ向かおうとしていたのに、彼女の声が聞こえたので立ち止まった。
「折角ですから、貴方から見たアルヴァイン様の話をもっと聞かせて下さい。どうやら貴方は私とは違う視点を持っている様子、その上で私の愛にも理解を持っている。貴重な相手です」
「う、うーん。まあ、いいけどね?僕そんなに彼のこと知らないから大して話できないと思うよ?」
「では私の話を聞いて、貴方が思う感想を聞かせて下さい」
「ええっと、いや、いいけどさぁ」
僕は、ネイティのアルヴァインについての話、惚気やら愚痴やらを一晩中、いや、朝を迎えて昼を越え、次の夜が来るまで聞かされた。聞いてるだけなら聞き流せばいいのだが、時折意見を求められるので一応話の内容を覚えておかないといけないのが非常に大変だった。
けれど一番居場所がなかったのは、ベッドの上で冷や汗をかき続けるアルヴァインだったのだろう。まあ、途中から自分に関係ないと思ったのか寝ていたが。
「んー、何だかスッキリしました!ありがとうございます、テンシさん」
「うん、よかったね」
「それでは私はアルヴァイン様と愛を確かめ合いますので」
「もう出ていくから大丈夫」
「はい、やはり貴方は良き理解者です。また是非愛を語りましょう。……次は本当に貴方が好きな相手を連れて来ていただいても構いませんよ?」
「はは、うん、まあ、その気になったらね」
「そうですか、では。………おっと、手土産一つ渡せないのはいけませんね。これを持っていって下さい」
「………これは?」
「アルヴァイン様に渡すために練習していたマフラーです。それなりに良くできたので、何かしらの役には立つでしょう」
「おー、確かに暖かそう。うん、ありがとうね」
「ふふふ、私と貴方の仲ではないですか。遠慮はいりませんよ」
「う、うん。じゃあ、僕はもう行くから、ごゆっくり」
「はい、お元気で」
不思議な雰囲気の、いや、愛を知る少女に見送られ、僕はその家を去った。