30:夜の住人 2
「おお、来たねテンシ。では早速行こう!」
「ええと、お嫁さん、だっけ?」
「あぁ、僕の美しい妻たちだ!」
「妻、たち?」
「あ、テンシ。一つ大事な話がある」
「うん、何かな?」
アルヴァインは空で静止すると真剣な顔をした。
「妻、特にサナリナとネイティには他の妻たちのことを言わないで欲しい」
「……あー、何か分かった気がするよ」
「気を付けてくれよ?本当に」
「うん、サナリナさんとネイティさんには君に一人以上の嫁がいることは言わないよ」
「頼んだ」
そうして、僕は小さな小屋へと案内された。小屋は森の中に紛れるようにあって、古くさい印象だ。
トントントンとアルヴァインによって扉が叩かれる。
「僕だ、サナリナ」
「はい、今開けますね」
中から声が聞こえると、穏やかな雰囲気の少女が出てきた。
「彼はテンシ、友達だよ。サナリナを紹介したくってね」
「テンシさん、ですか。アルヴァイン様と同じ吸血鬼なのですか?」
「いや、彼は違うよ。人間でもないけどね」
「はあ、私には分かりませんが、アルヴァイン様のご友人でしたらちゃんと挨拶をしなければいけませんね。どうぞ、中に入って下さい」
「うん、ありがとう」
小屋の中に入ると、外から見た印象とは違って、明るく穏やかな時間を過ごすのに向いている、そんな良い印象を覚えた。
「良い家だね」
「ふふ、ありがとうございます。アルヴァイン様と私、二人で一緒に作ったんです」
「あぁ、サナリナがよく手伝ってくれたのを覚えているよ」
「アルヴァイン様のため、いえ、私たち二人のためですから、当然ですよ」
「ははは、それもそうかー」
おい、アルヴァイン。雲行きが怪くなるからその空返事をやめてくれ。
そんな感じで、サナリナという少女とアルヴァインの出会いの話とかを聞かされた。
「では僕は帰らなくてはいけないから行くよ」
「アルヴァイン様、もう行ってしまわれるのですか?」
「仕方のないことだよ、サナリナ。また次の夜に」
「はい、お待ちしております、アルヴァイン様」
僕らはサナリナさんの住んでいる小屋から飛び立った。
「うーん、結構長く話してしまった。ネイティのところは今日はやめて、サリネインのところに行こう」
「何人いるの?」
「3人だ」
「大丈夫なの?」
「サリネインには話してあるからな、この時間から行っても問題ない」
いや、お前後ろから刺されないの?って意味なんだけど。
サリネインさんの住んでいるらしいところは、それなりに大きな家だった。
森の中に、ポッカリと空いた空間に、庭付きの家が建っている。
「ただいま、サリネイン」
「おや、アルヴァイン様、お友達ですか?」
「そうなんだ、聞いてくれよサリネイン。空を飛んでいたら面白い奴に会ったんだ」
「はいはい、聞いてあげますからまずは家の中に入りましょうか」
サリネインという女性は、アルヴァインを嗜めると僕らを家の中に案内した。
「初めまして、私はサリネインと申します。アルヴァイン様はやんちゃな方ですが、仲良くしてあげて下さいね」
「僕の名前はテンシ。アルヴァインは、思ってたよりもアレで驚いたけど、大丈夫だよ」
「あれって何だいテンシ?」
「3人も居るなんてねっていう話だよ」
「あー、まあ、それはな。うん。僕も最初はよくないと思っていたんだよ。だけどみんなが可愛すぎるから」
「アルヴァイン様が四人目を連れて来るのはいつになりますかね……」
「い、いやぁ、四人目なんて連れて来たりしないさ」
アルヴァインの言葉に、サリネインがやれやれと言った様子で肩を竦めた。
「アルヴァイン様、私は料理を作ろうと思いますけれど、もう少しこちらに居られますか?」
「あぁ、もちろん!サリネインの作る料理はすごく美味しいんだ。テンシも楽しみにするといい」
「おー、それは楽しみ」
「ふふ、ではしばらくお待ち下さい」
サリネインの作った料理は、トイジョーンの作った料理の味に少し似ている気がした。
「どうだいテンシ、美味しいだろう!」
「うん、美味しい。ありがとうサリネインさん」
「いえいえ、喜んでいただけたようで何よりです」
サリネインは、僕とアルヴァインがどのようにして友人になったのか、最近のアルヴァインのしていることは、などと、常に聞き手に回っていた。
「それではサリネイン、また明日……は多分無理そうだから。また来るよ」
「はい、くれぐれも太陽には気を付けて下さいね」
「分かっているとも。ではテンシ、行こうか」
「うん。……サリネインさん、美味しい料理をありがとう」
「あらあら、ありがとうございます。……テンシ様は、吸血鬼ではないようですから太陽は気にしなくて良さそうですね。では、またいつでも来て下さい。次はテンシ様の話を聞かせていただきたいです」
「お、おいサリネイン?テンシが幾らカッコいいからって僕の居ない間にあんまり仲が良いようだと、僕は拗ねるぞ」
「では私はいつも拗ねていますのでおあいこです」
「あー、いや、うーん」
「ふふ、冗談ですよアルヴァイン様。ほら、夜が終わる前に」
「な、なんだ冗談か。………えーと、なんだ、サリネイン。また今度二人で出掛けに行こうか」
「ふふふふ、はい。楽しみにしていますよ、アルヴァイン様」
サリネインは、淑やかに微笑んで僕らを見送った。
「ふぁ、うん、どうだったかな?テンシ」
「楽しかったよ。ところでどうして明日はサリネインさんのところに行くのが厳しいのかな?」
「あぁ、それはね。ネイティのところに行くと最低でも二日は泊まるように言われるからだよ」
「へぇ、大変だね」
「いや、他人事みたいに言うけど明日テンシも行くんだぞ?」
「大丈夫だよ、僕は多分そういう子には帰らされるから」
「………それは、あるな」
「まあ、それは別にどうでもいいよ。……吸血鬼って寝るの?」
「眠るさ。僕ももう大分眠い」
「そっかそっか」
目を擦るアルヴァインを眺めながら、自分の眠気を確認する。
「……分からん」
「とにかく急ごう。そろそろ夜明けだ」
「はいよー」
速度を上げたアルヴァインに付いていって、ライラルさんと出会った場所に戻ってきた。
「家はこっちだ」
アルヴァインの後を追って、森の中を進んでいくと、急に大きな館が目の前に現れた。遠くからは見えなかったのに、なぜだろう。
「驚いたかい?外からは見えないようになっているのさ」
「へぇー、これはすごいな。全然気付かなかったよ」
「ふふふ、そうだろうそうだろう。……まぁ僕はまだできないんだが」
「ライラルさんがやってるんだ?」
「あぁ、ライラルはすごいぞ。何でもできる」
「……何でもできるわけないじゃろ」
館から小さな女の子が出てきた。
「ただいま、ライラル」
「おかえり、アル」
「僕はもう眠るよ。ライラルは?」
「もう少し起きてるかの」
「そうか。テンシをどこで寝かせよう?適当に空いてる部屋でいいかな?」
「あぁ、それは儂が案内しておくから、アルはもう眠ると良い」
「うん、分かった。おやすみ、ライラル」
「おやすみ」
「それじゃあテンシ、また明日」
「うん、おやすみー」
「うん、おやすみぃ」
帰ってきて気が抜けたのか、かなり眠たそうなアルヴァインが館に入っていくのを見届ける。
「それで、僕は入れてもらえるのかな?」
「………まあ本来なら入れないんじゃが、そういうことをするとアルが拗ねるでな。儂が常に側にいることを我慢できるなら入れてもよかろ」
「構わないよ。……ところでやっぱりライラルさんも普通に寝るの?」
「眠くなれば寝るが、何か疑問でも?」
「あー、ううん。何でもないよ」
眠りに関しては、天使に会って聞いてみるしかないかな。
「では、我が館へようこそ、テンシ殿」