29:夜の住人
スティービルと僕の元いた国であるデレーティの間にはあまり多くの村がない。
戦争の場所にもなるらしいので、村を作りたくないそうだ。
そんな、スティービルからもデレーティからも離れた村を僕は発見した。
トイジョーンに襲われたことがちょっと気にかかっていたので真っ直ぐにスティービルの首都へと向かうのはやめた結果、見つけた村だった。
村など何処にでもあるし、今まで僕もバイラの町からここまで飛んできた中で何度も見てきた。
ならばなぜこんなにその村について語っているかというと、出会ってしまったからだった。
トイジョーンの家を出たのは夕方、夜になれば人間からは見つかりにくいだろうし、などと呑気に空を飛んでいたら、お互いに道を譲り合うような穏やかな出会いを果たしてしまったのだ。
「おっと、ごめんよ」
「いや、こちらこそすまない。他に飛んでいる者がいるとは考えていなかったんだ」
僕がぶつかりそうになった者に謝罪し、相手からも同じように謝罪が返ってきて、何も疑問に思わないままに通り過ぎそうになったとき、空を飛ぶ上に喋る生き物って何だ?ということに気が付いた。
「………ん?」
「……君は、誰かな?」
お互いにお互いの顔を見ながら首を傾げる。
「えっと、僕はテンシ」
「僕はアルヴァイン」
とりあえずということで差し出した手は、快く握り返された。
目の前に見えるのは金髪赤眼の美青年。
翼は蝙蝠の羽のような形をしている。
話したときに見えた八重歯がチャームポイントみたいな感じ。
「もしかして吸血鬼?」
「あぁ、僕は吸血鬼だけど。君は、天使という奴なのかい?」
「んー、いや、ちょっと違うらしいよ。僕もよく分かっていないけど」
「うーん、そうか。……兎も角ぶつかりそうになって悪かった。次からは他の生き物が飛んでくることも考えなくちゃいけないな」
「アルヴァイン、ちょっといい?」
「あぁ、何だいテンシ」
「君ってこの辺りに住んでいるの?」
「そうだとも」
「他にも吸血鬼の仲間がいたりする?」
「………テンシ、君は吸血鬼を狙う人間を知っているかな?」
「知らないけど、そういうのも居ると教えられないか」
「いや、まあいい。僕の見立てでは君はきっと悪い奴じゃない。ライラルにも紹介しよう」
「ライラルって、吸血鬼なの?二人だけ?えーと、二体?数え方に困るな」
「そんなの構わないよ。付いて来るといい、ライラルに会うんだろう?」
「うん」
そうして、僕は吸血鬼に出会った。
「それで、連れて来てしまったというわけじゃな」
「あぁ、でもきっと彼は悪い奴じゃない。僕の勘がそう言ってるからね」
「はぁ。アルヴァイン、後で話がある」
「えぇ、ライラルの説教は長いから嫌いだよ」
ライラルと呼ばれた小さな女の子は、まるで老婆のような落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「して、お客人。何用で我らの元を訪れたのかな?」
「いや、吸血鬼って初めて会ったから、話とか聞いてみたいなと思ってさ」
「ほら、言ったろう?彼は吸血鬼殺し何かじゃない」
「アルは少し黙っておれ。……お客人、少なくとも貴方は人ではないように見受けられるが、見たまま天使というには不可解なところが多い。では、何者か。貴方はその答えをお持ちで?」
「いや、持ってないよ。僕もよく分かっていないんだ」
「………なるほど。天使のようで天使ではない貴方は我ら吸血鬼と話がしたいと。その言葉、すぐさま真と取るには儂は臆病でしてな。しばらくこちらに居るようなら、儂が付いて回るが、よろしいか?」
「うん、構わないよ。色々と聞いてみたいし」
「それ見たことか、彼はこんなにも心優しいじゃないか。全くライラルの心配性には嫌気がするよ」
「はぁ。………テンシ殿、ご無礼をお許しください。貴方は怪しい者と言うには純真が過ぎる。儂ら吸血鬼と話がしたいと言うのでしたら幾らでも語りましょう。しかし儂はそこの阿保を守らねばなりませぬ。儂の納得のいくまで貴方を監視することを許して頂きたい」
「うん、大丈夫」
「テンシ、ライラルの許可も出たのだから外に出よう!僕の妻を紹介するよ」
「うん、ちょっと待ってね。少しライラルさんと話をするよ」
「そうか、テンシも律儀な奴だね。では先に空に上がっている!」
「うん、待っててー」
アルヴァインは忙しなく空へと飛び立った。
その様子をため息を吐きながら見守る少女、いや、幼女。
「大変だね」
「童のまま時が止まっているような奴でして、全く世話が焼ける」
「ははは、お子さんなの?」
「いや、儂と奴に血の繋がりはない。偶々奴が出会ったのが儂のような世話焼きの婆だったというだけのこと」
「婆って、そんな風には感じないけど」
「姿形など如何様にも変えられるもの。儂は正真正銘お婆じゃよ」
「僕も世話焼きな幼女に見守られてみたかったよ」
「かか、冗談が上手い」
「別に冗談でもないけど」
「ほれ、早く行かねば。奴が臍を曲げてしまう前に」
「ライラルさんも付いてくるんだっけ?」
「見つからないように隠れて付いて回ろう。じゃから許して下され」
「普通に付いて来てもいいよ?」
「そうすると奴が拗ねる。儂は陰から見守っているくらいで十分なんじゃよ」
「うーん、そういうことなら仕方ないか」
空へ飛んだアルヴァインの後を追うために、僕は翼を広げた。