27:シャステーレとの会話 1
「シャステーレさん、天使って何なんですか?」
「また急に話題を振ってくるな。何だ、天使擬きの癖に天使のことは知らないのか?」
先を歩くシャステーレに声を掛けると、彼女は歩く速度を緩めてこちらに近付いた。
「天使とは何か、か。簡単に言うなら人類の敵だな、悪魔の方が余程友好的だ」
「えぇっと、何かそういう印象ないんですけど」
「大抵の人間はそもそも天使と悪魔を知らないが、知っている人間もその本質を理解していない者が多い」
「それで、人類の敵ってどういう意味なんですか?」
「悪魔は時に人間を助け、生かすこともあるが、天使は人間を殺すか不干渉しかない。その見た目に惑わされ、讃えている阿保がいるが、そう言った奴らは天使の殺戮を見ていない運の良い奴らだ」
「あ、でも運の悪い人は天使の殺戮を見ているんですよね?そしたら天使の悪評を広めていてもおかしくないじゃないですか。……まぁ言ってて気付きましたけど、死んでるんですね?」
「あぁ、そいつらが生きていたら天使の恐怖は小さな子供でも分かるように物語にでもなっているだろうな」
「天使ってそんな危ない存在なんですか」
「貴様の知り合いに居るらしいがな?」
「あわわ、私怖いです。助けてシャステーレさん」
「………話を戻すか」
彼女は長くため息を吐いて歩く速度を上げた。
「待って待って、置いていかないで下さい」
「天使という奴は、何の感情の機微もなく人間を殺す。歩くときに小さな虫を踏み潰す人間がいるだろう?あんな感じだ」
「うげ、ちょっと想像し難い気味の悪さですね」
「とはいえ、天使は基本的には現れない。災害のようなものだと思えばいいという人間も居る」
「それは、変わってますね。いや、諦めてるだけ?」
「対処し得ないことについて考えるだけ無駄という考えなのだろうな。共感はしないが多少の理解ならできる」
「……話聞いてて思いましたけど、シャステーレさんって天使に会ったことがあるんですか?」
「あぁ、あるぞ」
「………大丈夫だったんです?」
「流石に驚きはしたがな」
「今でも後遺症が残ってたりとかしません?ちょっと体見せて下さいよ」
「寄るな、触るな」
ぺたぺたと彼女を調べていくが、それらしいものは見つからなかった。
「シャステーレさんって無敵だったりしますか?」
「はっ、どうだろうな」
彼女は鼻で笑っただけで取り合わなかった。
「んー、シャステーレさーん、こっち向いて下さいよー」
「はぁ、何だ?」
「悪魔にも、会ったことがあるんですか?」
「ある。奴らは人間と同じように個性があってな、人間にとって危険かどうかも個人によって変わるらしい。私の会った奴は、まぁ、おかしな奴だった」
「どんな風に?」
「寝て起きて、寝ていただけだ。飯を食べては寝て、日の光の下でも寝ていた」
「寝てるだけかな?」
「奴の悪魔らしいところは、人間を魅了していたところくらいだが、それもな」
「魅了って、大分危険な気もしますけど」
「奴は魅了した人間に自分の世話をさせていた」
「………平和ですね」
「悪魔というものは変わった存在が多いらしいからな」
「一体どんな悪魔が居るんでしょうか……」
「悪魔という奴らは、人間にとって毒ではある。しかし、毒も時には薬になろう」
「そんなシャステーレさんの言う人類の敵っていうのは、かなり危ない相手というわけですね」
「私の勘では貴様も同等以上の危うさを持っているがな」
「それはシャステーレさんに目を付けられるわけですねぇ」
「……真面目に受け取っていないな、これは」
歩く速度を上げて、少しだけ離れてしまった彼女は、どうしてか寂しそうに見えた。