if 無表情の女
トントンと、家の扉が叩かれた。
母親は友達が来たのだと言う、父親は私のやったらしい悪行に失望したとかなんとかでほとんど会話しない。
お前らが私を守らないなら、一体誰が私を守るというのか。
私自身?……ありもしない未来を描いてはぐちゃぐちゃにかき消した。
「おはよう、シーラ。酷い顔ね、あなたのご両親にも同じ顔を見せるつもり?」
「……フールラ」
「家から出ないの?……それならそれで構わないけど」
「………ちっ」
彼女は、私が家から出なかったときには、村に私の悪評を流していく。
まぁ、どれも本当にやったことを、奴らにとって悪く聞こえるように言うのだから憎たらしい。
村の奴らは頭に何も詰まっていないようなので、その言葉を鵜呑みにして、この村の私の居場所を、元から無いような私の居場所を奪っていくんだろう。
フールラという女は、あくまでも人間だが、村の阿保共は、そういうわけでもない。
「危ないな……」
フールラの足元を凍らせたが、彼女はそれが来るのが分かっていたように回避した。
「おめぇ、何しやがる!」
タックが拳を振り上げた。
「ふひゃひゃ、危ないことしちゃいけないよね」
カバイはにやにやと笑って私に近づいて来る。
「カバイはそれ以上近付かない。危ないよ?」
「おっと、怖い怖い。ありがとうフールラ」
「調子に乗るのが早い」
「ひゃひゃ、ごめんごめん」
フールラに諌められたカバイは大人しく下がった。
タックによって殴られた腹が痛んでいる。加減を知らないのだろうか?
「なんだよ、こいつまた何かする気か?」
そうして、傀儡の男は拳を振るった。
土の色、土の匂い、別に、こういう状況じゃなきゃ、きっとそこまで悪いものでも無い。
けれど私は、それらに出会うと堪らなく辛くなる。
そこに居る私はいつも沈んでいる。きっと浮かび上がることを諦めている。
そこに居る私は誰よりも劣っている。そんな風に思えてしまうほどに弱っている。
だから、この村で一番の無能な男に同情されてしまっても、仕方がないのだ。
何故なら、私はこの村で一番無能な男よりも劣っているのだから、弱っているのだから。
……そう思わないといけない自分が嫌いだ。人の好意を真っ直ぐに受け取れない自分だからこそ、あの女は私を認めないのだろう。
それとも認められていないのは私だけなのだろうか。
そんなことはあるはずもない、あったとしても、どうにもならない。
問題は既に私とアイツだけのものではなくなっているのだ。
彼女が許そうと、私が殴られるのは変わらない。私が虐げられるのは変わらない。
むしろ、あの傀儡を纏めていた奴が居なくなって、今以上に酷い扱いを受けることになるんだろう。
消えてしまえばいいいのに。
この村の、愚かな存在が消えて無くなれば、きっと私は救ってもらえる。
誰かが、なんて曖昧なものじゃなく、きっと。
憎たらしくて仕方がないアイツと、この村で一番の無能な男が。
ギャーギャーと、虫けらが鳴いている。
どうやらこの村は終わるらしい。いい気味だ。
村に襲い来る魔物はきっと、この村の人間の愚かさを嘆いていたのだ。私と同じように。
だから、ああやって傀儡の男たちが死んでいくのも気分が良い。
だからああやって、憎たらしい女が魔物に襲われていようとどうでもいい。勝手に死ねばいいんだ。
だから、私はそれを一人で見ていればいい。いずれ来る魔物の牙に怯えることもなく、どうせ死ぬのだからと諦めていればいい。
諦めて、死ねばいいのだ。この村のゴミはそうして全て無くなる。
―――――そんなことで、私の気持ちが収まるわけがない!
何もかも無くなったところで、どうせそれを見る私も死ぬのだ。私は綺麗さっぱりなくなったこの村を一人で笑っていたいのに。
そのためには、私一人の力じゃ足りないというなら、私は悪魔とでも手を組もう。
フールラの近くに寄っていた魔物の足を凍らせる。そして、戸惑っている様子のフールラに近付いて拳を握り締め、その顔を殴り抜いた。
「勝手に死んだら殺すわ」
「……それは、理不尽なんじゃ、ないの?」
殴られた顔を押さえて、途切れ途切れに言葉を話す彼女の顔はどこまでも無様で、気持ちがスッキリした。
やっぱり一方的な関係というのは良くない、殴られるなら殴り返せるべきだ。
たとえ殴ったのが本人じゃないとしても、殴らせた奴がいるなら同罪だ。私に殴らせろ。
「今はこれで許してあげるから、手を貸しなさいよ」
「……分かった」
フールラと協力して―――自分でやっていて吐き気がするほど理解に苦しむ行為だが、状況が状況だ。仕方ない―――彼女と手を組んで、村の外へと走った。
魔物は村の外へ出てもこちらを襲ってくる。けれどその数や勢いは確実に減っている気がする。とりあえず死ぬことはなさそうだ。
「大丈夫かな……」
「大丈夫でしょ、あいつって悪運だけで今まで生きてきたんだから」
フールラはいつも顔に描いたような無表情を浮かべた女だ。そんな女が不安げな顔をする相手なんて私はたった一人しか知らない。
無能の癖に、人の頭に一番残っているなんてなんて贅沢な奴なんだろう。早く私の頭からも出ていくといい。
私は魔物の足を止める。止めきれない奴は隣の女が処理する。
私ができることは凍らせることだけだが、彼女は魔物の目をナイフで突き刺したり、喉笛を掻き切ったり、口の中に石を投げ込んだりと色々なことをしていた。
今のところ、私も隣の奴も無傷ではないが、五体満足で生きているだけ十分だろう。
もうそろそろ森も抜ける。あと少しだ。
後ろを振り返って魔物が居ないか見てみたが、どうやら諦めたらしい。
振り返った先にあるはずの、滅ぼしたいほど憎かったあの村。
もう戻れないだろうが、そもそも私はあそこに思い入れなんて何もないのでどうでも良い。
「………やっぱり」
隣に立っている女も振り返っていたようで、どこか暗い顔をしていた。
「鬱陶しい。……生きてればその内会えるし、死んでれば会えない、そんだけでしょ」
「シーラは、恋なんてしたことないんでしょうね」
「うるさいっての」
彼女に向けて拳を振るったが、軽々と避けられた。
「とりあえず、バイラに向かうけど、シーラはどこに行くの?」
「むしろ私がバイラに行かない理由があると思うの?」
「私と一緒に行きたくないでしょ?」
「それはそうだけど、状況はそうも言ってくれないのよ」
「………そう」
先行きは不安だ。こんな奴と一緒だなんて、考えるだけで寒気がしてくる。
あの無能な男は生きているだろうか、それとも既に死んでいるだろうか。私に恥をかかせたんだ、生きて文句くらい言わせてくれなきゃ困る。
「生きてればいいのよ、生きてれば」
次に会ったときに彼が死にかけだろうと、腕が無くなっていようと、足が無くなっていようと、顔が傷だらけだろうと、生きてさえいればいい。
必ず受けた借りは返してやる。
そうやって、嫌いな自分を慰めてやりながら前に進んでいたら、変な音が聞こえてきた。
まるで、何かが落ちてくるみたいな、風を切る音。
「やあやあ、可愛い女の子。無事みたいで何よりだね」
私たちの前に、翼を携えた男が現れた。
その男は、明るい性格で、よく笑う。
私の知っているアイツとはどこも似ていない。
――――――それなのに、あの無表情な女が笑顔を見せるのが不思議だった。
前回のif 陥れた者の末路では、シーラがフールラを虐めていましたが、今回はフールラがシーラを虐めています。
とはいえ、フールラはどちらかと言うと暴走を抑える係のような感じで、主に行動するのはタック、カバイ、その他村の人間になります。
この世界線に到達するには、シーラがタックやカバイたちの無能虐待に参加せずに、フールラとだけ対立しようとする必要があります。
その上で、フールラが主人公への虐めを減らすために、シーラを村の人間の標的にすり替えると、今回のようなifが誕生するかもしれません。