18:水と共に生きる町
ルークスの町はとても綺麗なところ。水路が沢山あって、そこを通る水は透き通った色をしている。試しに掬ってみたが、中々綺麗な水だ。
少し人が集まっているのが見えたのでそちらに向かう。どうやら歌を歌っている人がいるようだ。歌詞と歌のリズムが聞いていて楽しい。周りの人も自分でリズムを取りながら歌を聴いていた。
歌が終わり、歌っていた男性に幾らかのお金が渡されて即席のライブは終了した。
なるほど、こういうことが日常的に行われる町というならば中々面白いところだと言えるだろう。
町の中心に行くに連れて店に高価なものが並ぶようになった。店を回るには手持ちのお金だと少し苦しい。
ここにも流行病に苦しんでいる人はいるようなので、治療行為という名の集金で相手の金目のものを貰っていく。もちろん姿形は通常時のものとは別のものに変えている。
「少しいいだろうか?」
そうやって次の患者を探していると背の高い女性に声を掛けられた。
「あ、はい。何でしょうか?」
今の僕の容姿は女性なので口調を変えている。
近づいて来る彼女の背の高さは通常時の僕と同じくらいで今の僕にとっては大きい、更に冷たく鋭い眼をしていて正直ちょっと怖い。
「………いや、気になる事があってな。少しの間貴様に同行させてもらおう」
「へ?えっと、同行?」
「あぁ、不服か?だとしても重要なことでな。悪いが拒否権はない」
「は、はぁ」
なんだか、おかしな人に目を付けられたようだ。一体僕の何が気になるというんだろうか。
「あの、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「私の名前か?聞いてどうする」
「いえ、その、一緒に居るなら名前くらい知りたいなと思いまして……私の名前はティルシーです」
テンシ→ティルシー。
我ながら適当な名前である。
「ふむ、それもそうか。私の名前はシャステーレだ」
「あの、シャステーレさんはどうして私に付いてくるんですか?」
シャステーレと名乗った女性は冗談でも何でもなく僕の後ろに付いて歩いている。
「貴様が私の探している者に似ているような気がしてな」
「探しているもの?」
「あぁ、今の所断定する材料がないからこうして目の前を泳がせている」
「泳がせているって、そんな………」
そんな悪人みたいな。
……そういや僕、やってることは悪魔みたいなもんだった。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもないですよ」
「そうか」
とりあえず手持ちの金額はそれなりになったので患者探しはやめておこう。彼女の視線が怖い。
「ティルシー、この町に来てからどのくらいだ?」
「えっと、ちょっと前に着いたばかりです」
「そうか、奇遇だな。私も先程この町に着いたばかりだ」
「そうなんですか。シャステーレさんは普段は何をしているんですか?」
「傭兵だな。基本的に護衛の仕事しかしていないが」
「傭兵……何か探し物と関係があったりするのでしょうか?」
「それは関係ない。護衛の仕事はできたからしているだけだ」
「そうなんですか」
しばらく、特に理由もなく町を歩き回る。何か目に付くお店があれば入って、所持金を減らしすぎないように買い物は最小限に。
「この町は初めてか?」
「あ、はい。ルークスの町に来たのは初めてで、それで何となく歩いてるんです」
「こんな時期にわざわざ外を歩くとは物好きだな?」
「その、何というか、ずっと閉じこもっているとやっぱり外に出たくなりまして」
「それで死んだとしてもか?」
「ははは、何してたって死ぬときには死にますからね」
「ふっ、それもそうだ」
彼女はそこで初めて冷たい視線を緩め、笑った。笑顔だと彼女の鋭い目付きも気にならない。
「ふむ、揉め事か」
彼女の言う通り、何人かの男が一人の女の子に言い寄っている。
シャステーレはそこに近づいていった。
そして、その場にいる男たちが彼女の何かしらの攻撃によって倒れた。
彼女はそれを確認することもなくこちらに帰ってくる。
「何だ、律儀に待っていたのか」
「いや、待っているっていうほど時間なかったですけど」
言い寄られていた女の子も何が何やらと言った様子でこちらを見ているし。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
そして、その場から立ち去ろうとした僕たちに声を掛けた。
「何だ、謝礼か?」
「そうよ!お礼くらいさせなさいよ!」
「……この町ってもしかして変な人しか居ないのかな」
突然現れて男たちを昏倒させたシャステーレもアレだが、そんな現場を見てすぐにお礼をって言える彼女もちょっと変わってる。
そんなお礼をしたい彼女に連れられて、人目のつかない静かな通りへとやって来た。
「見ちゃいけないもの見たから殺される的な?」
「そんなわけないでしょ?!お礼よお礼!踊ってあげるから見てなさいよ」
僕がそんなことを言うと、女の子は怒ったようだった。
「踊り、か」
「何よ、不満?」
シャステーレは静かに呟く。それを聞いた女の子は不服そうに聞き返した。
「いや、どれほどの価値があるか。それは見てから判断することだ」
「そうね、とりあえずそこで見ていて」
女の子がゆっくりと踊り始める。
すると、水路の水が本来の流れとは全く違う動きをして、彼女の周りを回り始めた。
「ほう、踊りに自身の能力を使うのか」
踊りに合わせて水が流れを変える。
彼女が腕を大きく回せば水のアーチがかかり、彼女が足を伸ばして回ればその周りを水が彩った。
僕はその踊りから目を離すことなく見ていたので、隣の冷徹な彼女がどこまで踊りを楽しんでいたかは不明だが、踊りが終わってから見た表情から察するに恐らく満足のいくものだったのだろう。
「それじゃ、助けてくれてありがと。お礼だけど、まだ足りないってことはないわよね?」
「あぁ、珍しいものが見れた」
「そ、ならいいわ」
そうして水の踊り子は去っていった。
「えーっと、それで、いつになったら付いてくるのをやめてくれるんでしょうか?」
「それは貴様の潔白が証明できたらだな」
「私の潔白って言われましても」
シャステーレは、どうにも僕のことを怪しんでいるらしい。彼女の視線が気になってあんまり自由に動けないので少し困る。
飛んで逃げ切れる可能性はあるが、先程男たちを昏倒させたのを見るに、かなり戦闘慣れしているようだし、下手に攻撃される理由を作らなくてもいいだろう。
またしても、特にすることもなく町を歩き回る、ことはなく、そろそろ日も暮れてきたので泊まる宿を探している。
「何を探している?」
「いや、泊まる宿を」
「食事の質の高いところが良いだろうな」
「まぁ、それはそうでしょうけど。……シャステーレさんってもしかして同じ宿に泊まるつまりですか?」
「二人部屋がないところはダメだな」
「まさかの同室」
「目を離した隙に逃げられたら面倒だ」
「私をなんだと思ってるんですか」
「敵だな、断定はしていないが」
「いや、その口調は断定してますよね?」
「敵だと判断していたらもう殴っている」
「よかった、まだ断定されてなかったんですね!」
「そういうことだ」
いや、何がそういうことなんだ。旅の仲間ができるのは嬉しいが、その目的が僕を敵か敵じゃないか判断するためってのはいただけない。
彼女に敵だと判断されないまま、敵じゃないとも判断されないまま、宿を取ることに成功した。
「……眠れない」
よく考えたら僕ってちゃんと休むの初めてかもしれない。睡眠が必要ない身体だったりするんだろうか。
「子守唄でも歌ってやろうか?」
「いえ、結構です」
まあ、睡眠が必要だろうとなかろうと、命を狙われている可能性があるのにぐっすり眠れる奴なんていないだろう。