17:破滅の酒と高い酒
「それでですねー」
場所はビレーヴィの家。フールラは疲れていたようで早めに眠りにつき、僕はビレーヴィと二人でお酒を飲んでいた。
「シックのやつ、『いや、お前を女として見たことなかったわ』とか言ってきたんですよ!もうほんっとにそのときばっかりはぶっ殺してやろうかと思いました!」
けらけらと、楽しそうに笑う彼女は、椅子に座って指を突き合わせ、独り言を呟いていた彼女と同一人物である。
彼女の会話に度々出てくるシックという人物は、どうやら彼女を暗殺者へと唆した人物らしく、彼の仕事は町の色々な情報を集めてそれを売ることらしい。
第二王子の暗殺の依頼を聞いたのも彼だと思われるので、もし誰が第二王子を殺そうとしたのか知りたくなったら彼のところに行けばいいだろう。
「お店の人なのに全く相手してくれないんです!おかしいですよね?私ちゃんとそれなりに良い格好してお店に入ったのに私のこと見て違う方向見たんですよ!」
どうやら彼女は自分の見た目が地味なことをかなり気にしているらしく、先程からその内容の話が終わらない。
「ビレーヴィ、そろそろ眠らないと身体に悪いよ」
「……ぐすん。こうやって優しくしてくれたのはテンシさんだけなんですよ。あぁー、テンシさんもうここに住んで下さい……お金は私がどうにかしますからぁ」
「よしよし、とりあえずちゃんと顔洗ってから寝ようね」
「うー、軽く流されたぁ」
ぐずぐずとその場に留まろうとするビレーヴィを彼女の寝室に放り込み、夜の町に出かける。
「おぉ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
「なんてことだ!今までのご無礼をお許しください!」
「あぁ、坊や、もう身体は良くなったのね!私の可愛い坊やが帰ってきたのね!」
僕のやることは特に難しいことではない。
この身体に与えられた力を考えれば、まだまだ先があると言えるだろう。
誰にも見えない装いで、誰か助けをと縋る者の元へ行き、誰も知らない力でこの町を塗り替えていく。
王城、第一王子の眠る寝室。
「やぁ王子様。君は今日の夜をどう思う?」
「………ははは、どうにも眠れないと思ったらそういうことか!こんなにもおかしな客が訪ねて来るならば眠る方がおかしいというもの!」
そこには、快活に笑い、僕を出迎える金髪の王子様がいた。
「ふはは、素晴らしいな!まさか寝たきりの患者が飛び上がるとは」
「いや、あれは僕も驚いたけどね」
僕と王子はかなり気が合った。
僕が冗談を言えば、王子は豪快に笑い飛ばした。王子が城の中を駆け回れば僕は城の中で翼を広げた。王子が見回りに見つかりそうになったら僕が見回りの後ろに回って音を鳴らして気を逸らし、王城の中を歩き回った。
つまり、何だか初めて会った気がしないくらいに、僕らはその夜に親しくなったのだ。
「テンシ。これは、ある男にしか頼んでいなかったことだが、お前には伝えてみよう」
「何かな?」
「私は第二王子を殺した、……殺すことを命令した人間を探している」
「へぇ、そりゃ難儀な話だね」
「ああ、そうだろう。私もその男に頼んだときには二、三度首を横に振られたよ」
「見つけてどうする?」
「……少し話がしたいだけだ」
彼とは初対面から少し時間が経ったくらいだが、それでも彼がこんな真剣な顔をして嘘を言うような人間ではないことくらいは理解できた。
「ふむ、まぁ、いいよ。分かったら伝えに来るよ」
「……頼んだ。………よし、じゃあとりあえず今日の土産にこれを持っていくといい!」
王子はそう言って僕に酒瓶を投げた。
「何これ?美味しいやつ?」
「そうだな!そして馬鹿みたいに高い!」
「そりゃあ貴重な品だ」
「持っていくといい、何かには使えるだろう」
「うんうん、了解。んじゃ、また来るよ」
「あぁ、またな!」
そうして、僕は大金と、それ以上の価値のある酒瓶を持ってビレーヴィの家へと戻った。
「ああああああああああああああ」
朝、というか昼。ビレーヴィは膝から崩れ落ち、両手を地面に付けて嘆いていた。
「なんで酒を飲んだ私ぃぃぃぃ」
昨日のはっちゃけっぷりは本意ではなかったようで、彼女は盛大に嘆いていた。
「ビレーヴィさん、食事の用意できました」
「ぁぁぁぁぁありがとうフールラちゃん、ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
フールラは、ビレーヴィの様子を見て再起不能と判断したのか、台所を借りると言って朝ごはんを作ってきてくれた。
「ぁぁぁぁぁ…………美味しい、ありがとうねフールラちゃん……ぁぁぁぁ」
食事の最中、口に物を運んで飲み込むまでは静かに、丁寧に食べて、そうして怨嗟の声を上げ続ける。
「まあまあ、ああいうのも偶にはいいと思うよ?」
「ぁぁぁぁぁ……そうでしょうか?」
「うんうん、あんなの可愛いものだって」
「かわ……かわ………?」
「ビレーヴィさん、器下げますね」
「ありがとうフールラちゃん……」
怨嗟の声を止めて、地面より更に下を見つめ始めたビレーヴィを気遣ったのかその場にいるのが嫌になったのか、フールラは皿を洗いにいった。
「あの、テンシさん」
「うん、何かな?」
「フールラちゃん、良い子ですよね……可愛いし」
「うん?うん」
「フールラちゃんって、その、多分今住む場所に困ってるんじゃないですか?」
「あー、うん、そうだね」
「テンシさんって、結構一人で生きてる感じしますし、多分何も困ってない感じしますけど、フールラちゃんは何かにずっと困ってる顔をしてました」
「そうかもね」
「その、テンシさんがどこかをフラフラと歩いて回ってるのは何となく分かったので、よかったらフールラちゃんだけでも私の家に……」
「……そうだなー。一応彼女を連れて行く場所は考えてるからそこに向かうまでの間ならここに居られるかもだけど」
「……そうですか………でもそれでもいいです。もう少し誰かと一緒に居たいので」
「そうだね、君はきっとその方がいいよ」
「天使様ー?どうかしたのですかー?」
「いーやー、なんでもないー。ちょっとここに泊まらせてもらう時間が長くなりそうだけどいいかなーって話ー」
「それなんでもなくないですー」
フールラの若干不満そうな声が聞こえたが、よしとします。