16:影と陰の道具屋
王子が亡くなった。とは言っても大して必要でないと言われていた方。第二王子が亡くなっただけ。お城の方ではそこまで慌ただしく動く人間はいないらしい。
むしろ、第一王子の派閥だった人間は第二王子の死を喜んでいるそうだ。
「フールラは好きな人とかいるの?」
「えっ、えっ?何の話ですか?」
「好きな人いない?」
「いや、それは聞きましたけど。急にそんなことを聞くなんて」
「ちょっとフールラと話そうと思ってね」
「そう思って出てきた話題がそれなんですか」
「違う話題って言われてもな。……何だろ、好きな食べ物?」
「好きな食べ物ですか。……特に記憶にないですね」
「あらら、会話って上手くいかないものだね」
「いえ、どちらかというと今のは特殊な例だと思います」
フールラと会話しながらバイラの町を歩いて回る。
本来の目的である学校は閉まっていたので、割と本当にすることがない。
すぐに他の場所へと飛び立つというのも手なのだが、それでは本当にここに来た意味が薄い。何か次の目的地の手がかりでも掴めないものだろうか。
「何かさ、もういっそのこと違う国行ってみない?」
「違う国、ですか?」
「そうそう、その国の学校行こう」
「えーと、そうですね。……他の国」
「何か気になるところある?」
「いえ、あまり知らないな、と思いまして」
「まあそうだよね、何か図書館とか無いのかな?」
「図書館ならありましたね」
「閉まってたけどね!」
「……はい」
「どっかに図書館並みに情報持ってる人いないかなー」
「居たらびっくりですね」
現在、通りかかった道具屋に入ってダラダラと会話している。
何だか静かで落ち着くお店だ。飲み物とか売ってたら買うし座る椅子があったらずっと居たくなる感じ。
店主らしき人は、そんな風に雑談する僕らを横目で少し見るだけで、注意する様子はない。
きっと、僕らの着ている高い服が役に立っているのだろう。
通りかかった高そうな服屋で適当に僕の服を買った。
フールラの服は、お店の人に勧められるままに買った。フールラはお洒落な服が貰えて嬉しそうな反面、ぽんぽんとお金を出していく僕を不思議そうに見ていた。
お金ならあるのさ。
買うものを選んでいると、何だか目を惹く品物があった。
「それ、買うんですか?」
「何か、すごい気になって」
蛇の形をした耳飾り。特にそれ以外に言うことがないそれ。
しかしその耳飾りにはどこか異様な雰囲気を感じた。僕はそれを手に取って店主のところへと歩いていく。
店主はこちらをじっと見ている、その眼差しはさっきまでの穏やかなものと違って、どこか冷たい。
『大きいのを三つ、それと首輪』
店主から、何か聞こえた。僕は聞こえたそれをそのまま口に出す。
「大きいのを三つ、それと首輪も」
「はい、畏まりました」
店主は、僕がそう言うと静かに頷き、ゆっくりと歩いていって、お店の扉を閉めた。何かの合言葉だったらしい。
「あの、天使様?」
「こちらへどうぞ」
店主は、お店の奥にあった扉を開けると僕をその中へと招き入れる。
不安そうなフールラを連れて、店主の後を追った。
お店の奥に行くと大きなソファがあって、そこに座るように店主に言われた。
僕は何も気にせずにそこに座ったが、フールラは不安があるようで座らずにソワソワとしている。
店主は僕らの前に置いてある小さな椅子に座った。
「それで、依頼内容は?」
店主は、重苦しい声で、こちらに依頼内容というものを聞いてくる。
道具屋で頼む依頼って何だろう。特注品とか?
「ごめん、少し君に話があっただけなんだよ」
「……え?」
僕がそうやって嘘を吐くと、店主は先程の重苦しい声とは打って変わって甲高い声を漏らした。
「いやね、どうして君がこういう仕事をしているのか興味があってさ」
「……えっと?依頼じゃないってことですか?」
「うん、紛らわしくてごめんね」
「あの、それで、私に何の御用でしょう?」
「まずは君の名前を聞こうかな……あ、僕の名前はテンシね」
「えっと、私の名前はビレーヴィです」
「ビレーヴィ、君はどうしてこの仕事をしているの?」
「その、最初は私もする気はなかったのですけど」
「うんうん」
「やってみたらって言ってきた人がいて」
「そっかそっか」
彼女は訥々と自身の事情を語っていった。
フールラは首を傾げたり、眉を顰めたり、話についていけないことを不安そうにしていた。
何か情報を掴めないものかと始めた会話だが、フールラには申し訳ないことをした。後で謝っておこう。
頭の中で、彼女の話した内容と、断片的に読み取れた考えを合わせていく。
彼女の名前はビレーヴィ。道具屋として生活しているが、ある人間に唆されて暗殺の仕事を行った結果、非常に上手くいき、それ以来暗殺者としても仕事をしている。どうやら彼女の能力が暗殺に向いているらしい。
暗殺の依頼を頼むときは、お店の奥にある蛇の耳飾りを持って店主に「これの大きいのを三つ、それと首輪も欲しい」と言う。
それを合言葉とし、奥の部屋で依頼を聞くのだそうだ。
彼女への依頼は、ビレービィへの仲介役である男―――最初に彼女に暗殺を唆した人物―――を通じて行われる。
そして、ここからは特に聞いたわけでもなく、彼女が勝手に話し出したことなのだが、どうやら第二王子を殺したのは彼女らしい。そして、第二王子の暗殺は第一王子派閥の人間が依頼してきた可能性が高いそうだ。
「そっかそっか。色々と教えてくれてありがとう」
「あぁ……いえ、話せと言われたわけでもないのに長々と話してしまってすみません。私の話なんて詰まらなかったですよね」
ビレービィは申し訳なさそうに目を伏せる。
長々と話してしまった後に自分の話が相手にとって無益だったことに気が付いてしまったという感じだ。
それにしたってちょっと纏ってる雰囲気が暗過ぎる気がしないでもないが。彼女の周りだけ陰の気が強い気がする。
「いやいや、そんなことはないよ」
「ほ、ホントですか?」
彼女は椅子から少し腰を浮かせ、こちらの顔を覗いた。少し明るい雰囲気が漂う。
僕は驚いて表情を強張らせる。
「す、すみません。今のは方便というものですよね。ごめんなさい、調子に乗りました」
彼女は深く椅子に座り直す。そして暗い雰囲気に戻る。
「いや、そんなことないけどね」
「ほ、本当に?私の話、詰まらなくなかったですか?」
「うん」
第二王子のことについて聞けたし。
「あ、あの、よかったらこのあとご飯でもどうでしょうか!」
「んっんん」
フールラが咳をした。
「あ、そ、そうですよね。既にお相手がいるに決まってますよね……」
何だろう、この感じ。
彼女は指を突き合わせてボソボソと呟いている。
今にも地面に穴を掘ってそこへ入っていきそうだ。
「よし、ご飯食べに行こう」
「え?」
「天使様?」
「隣の子も連れて行って構わないかな?」
「えっ?」
「……天使様?」
椅子に座ったビレーヴィを立ち上がらせ、隣で居心地悪そうにしているフールラを歩かせて、道具屋を後にした。
「あの、こんな高そうなお店、本当にいいのでしょうか?私が居たら邪魔じゃないですか?」
「そんなことないよー」
「……美味しい」
とにかく高そうなお店に入って料理を頼んだ。
そろそろお金はピンチな気がする。
もぐもぐと料理を食べていくフールラに釣られて、僕も料理に手を付ける。
「あー、うん、美味しいかなぁ」
何がどうで美味しいとか、そういうのが分かんない美味しさ。
とりあえず高そうな味。
ビレーヴィは僕を見たりフールラを見たり料理を見たりと視点が定まらず、落ち着かない様子だ。
「食べないの?」
「あっ、いえ、頂きます!」
彼女は勢いよく返事をしたが、料理はゆっくりと落ち着いて食べていった。
「……う、うぅ、味が分からない」
そして料理を食べて泣きそうな顔をしていた。
料理を食べている間、終始幸せそうだったフールラと、泣きそうな顔をしているものの楽しそうなビレービィの様子が見れたので概ね満足である。
料理を食べ終わり、所持金が消し飛んだ以外は。
またどこかで『人助け』をしなければ。
「あの、すみません、ありがとうございました」
「いや、いいっていいって」
「天使様、お金大丈夫なんですか?」
「それはだいじょばない」
「やっぱり……」
「ええっ!そ、そんな悪いですよ、お金ならありますから貰ってください!」
「あー、いや、本当に大丈夫だから」
「しかし……私のせいでお金に困ることになるなんて、そんなの………」
ビレービィの少し明るかった雰囲気が急激に暗くなっていく。
「あの!」
「うん、何かな?」
「よ、よかったら今日私の家に来ませんか?お、お金とか困ってるなら泊まる場所もないです、よね?」
「……天使様?」
「あー」
ビレーヴィは何かを期待するようにこちらを見ていて、フールラは少し疲れたようにこちらを見ている。
今から大金を背負って帰ってくるには、少々時間がかかり過ぎる。フールラを放ってどこかへ行くのもあまり良いとは思えない。
「んー、じゃあ、申し訳ないけど泊まらせてもらおうかな」
「わ、分かりました!その、お店の中で待ってて下さい、ちょっと準備してきます!」
ビレーヴィは早口でそう告げると、その場から消えるように走り去っていった。
「あの、天使様。大丈夫なんですか?」
フールラの言葉には、ビレーヴィのことだけではなく、「こんな行き当たりばったりでこれから大丈夫なんですか?」という意味が込められていそうだった。
うむ、僕も良くないとは思っているよ。
フールラは自身の首元に手を伸ばしてそこにあるらしい何かを見つめながらため息をついた。