15:ヤブ医者天使
「それで、どうして私が寝ているのを二人の天使様が見ていたのですか?」
「いや、別に大した理由はないよ」
「ただやることが他に無かっただけ」
「……そうですか」
こちらを疑いの眼差しで見てくるフールラ。
もちろんやることが無かったというのはウソであり、この眼差しも受けて当然のものである。
フールラが目覚めるのを待つのは僕一人でいいので、もう一人はルークスの町にでも行ってくれはよかったのだ。
しかし、フールラを見守る僕からの情報が
『なんか分かんないけどこうしてるだけで和む』
とかいう意味不明なものだったため、二人掛かりでその謎を解くことになったのだ。
原因は絶対に僕以外のところと判明。フールラが寝てたらまた眺めてよう。
「フールラは特に何も持たなくていいの?」
「あまり持っていくものもないので」
一人の僕をルークスへと飛ばし、もう一人の僕はフールラをバイラの町へと送る。
軽装な彼女に疑問を感じたが、必要ないというなら別に何かを持たせる理由もない。飛ぶときに邪魔になって落としても悲しいし。
「バイラのことってどれくらい知ってるの?」
「この国の首都ということと、………学校があるということくらいでしょうか」
「学校。おー、学校か、いいね。行きたいの?」
「そうですね、行ってみたいと思っていました」
「今はいいの?」
「今は難しいと思いますので」
僕の目的は世界を救うこと。(世界を救うって何だ?)
彼女は学校に行きたい。
「よし、僕がどうにかしよう」
「え?いえ、天使様には他にもやることがあるのでしょう?バイラまで届けて頂ければ私は大丈夫ですから」
「いーよいーよ、ついでだから」
「しかし……」
「任せといて」
「うーん」
「いいからいいから」
「……では、お願いします。私を学校に行かせて下さい」
彼女は表情を引き締めて、ゆっくりと頭を下げた。
「任されました」
こうして僕は、無責任なまでに軽々しく彼女を学校に行かせることを承諾した。
僕一人で空を飛ぶときは何も気にせずにただ真っ直ぐ目的地に向かっていればいい。
けれど、普通の女の子を抱えて飛ぶのなら、その速度が速すぎてはいけないし、気分が良くなったからといって横に回転したり、急に高く飛んだり低く飛んだりしてはいけない。
何が言いたいかというと、非常に退屈な飛び方しかできないということだ。
それなのに、僕に抱えられたフールラは、目を輝かせて地上を見ている。
「何か面白いものでもあるの?」
「はい」
「何が面白い?」
「小さな木とか、その間に見える動物とか、近くを飛ぶ鳥とか、全部です」
「全部って……本当に?」
「もちろん、とても面白いです」
彼女はそう言ってニコニコと笑うので、そういうものかと納得することにした。
「あぁ、町が見えて来ましたね」
「そうだね」
そんなに空の旅が面白かったのか。彼女はどこか気落ちしているようだった。
「門番の方がいらっしゃいますね」
「特に大したことは調べないよ。せいぜいすごく体調が悪そうな人を入らせないようにしているだけ」
「そうなんですか」
門に近づくにつれて、僕は自分の翼を見えないようにした。
「そんなこともできるんですね」
「翼の生えてる人間なんていないからね」
門番は予想通り、こちらの顔色を窺うだけで、通行料を取る以外には何もしなかった。
「天使様、お金なんて持ってたんですか?」
「人を助けたらお金が貰えるって、この町で覚えたよ」
「流石天使様ですね」
人助けならお手の物っていう意味なんだろうか?まあ確かに彼女の前では人助けしかしていないからそう思われても仕方ないか。
首都バイラはかなり大きな町だった。町の中心には王様の住むお城があるし、綺麗な水(見た目が綺麗、恐らく飲めない)の出る噴水があるし、色々なお店の並ぶ通りが何本もあった。
だからこそ、そこを歩く人の少なさがかなり目立つ。
「やっぱり流行病の影響が大きいんですね」
「そうみたいだね」
流行病に罹っている人は、裕福な人も貧乏な人も皆同じように苦しんでいる。
違うのはお金がある人は、大量のお金を使うことで、病気の完全回復ができる能力者を呼べることだろう。けれどそんなのは本当の大金持ちだけで、その貴重な能力者は王様の近くにずっと配備されていて、殆どの人が気休め程度の治療しか受けられない。
だから僕は特に苦労せずにお金を貰えた。姿を変えれば誰だか分からないので付き纏われないし、病気を目の前で治せば僕が治したことはすぐに分かるのでお金を貰うときの証明は必要ない。家への侵入なんて大した手間でもない。
使えるものは何でも使っていく精神で、手持ちのお金で近くにいた暇そうな人にこの町について聞いていった。
「学校、閉まってるんですね……」
「この状況じゃしょうがないのかもね」
フールラを学校に連れて行くという約束だが、そもそも学校がやってないらしい。
落ち込んでいるフールラを連れてバイラの町を歩いていく。
『うーん、困った、このままじゃ王子に合わせる顔がない』
近くを通り過ぎていった男の心情が伝わってくる。
王子という単語が気になるので話しかけてみよう。
「やぁ、君。何かお困りかな?」
「え、天使様?」
「……………困ってるといえば困っているけれど。貴方はどこのどなたかな?」
優しそうな、悪くいえば頼りなさそうな、線の細い青年に声を掛けた。
「僕はテンシ。君の困りごとだけど、それは人に話して楽になりそうなことかい?」
「うーん、いや、特に話して分かるようなことでもないよ」
「……そうか。なら仕方ないね」
「あぁ、なんだか心配をさせてしまったみたいだけど、単なる悩み事だよ。だから問題ない」
そうして、青年は「あぁ、困った困った」と考えながら歩いていってしまった。
「あの、天使様、あの方に何かあるのですか?」
「うん、ちょっとね」
「そうなのですか、しかし、彼は歩いていってしまいましたよ?」
「上手くいかないことだってあるさ」
「そうなのですか」
フールラはどこか腑に落ちないといった様子で頷いた。