13:人間と魔物
「魔物、全く襲って来ないですね」
「そうだね、結構近くにいるのに」
森に入ってからしばらく時間が経ち、かなり奥の方まで進んでいる。魔物と呼ばれる彼らの生活圏にもとっくに侵入しているはずなのだが、こちらの様子を伺うだけで攻撃してくることはない。
「やはり、天使様が特別な存在だからでしょうか?」
「どういう……って、そのままの意味か」
「えっと、何か気に障ったのなら申し訳ありません」
「いやいや、何かあんまり自覚がないだけだよ」
「あ、そろそろ水飲もう」
「はい、ありがとうございます」
彼女は袋からコップを取り出して、それを僕の前に差し出す。
彼女の水分補給は1時間に一回を目安にしていて、飲み水は僕が状況に合わせてその場で手に入れている。
例えば水滴の付いた葉が沢山あるときはそこから水滴を集めて、僕が取り除ける分のゴミを取り(正直この時点で多分飲める)、最後に煮沸させる。
他には地面に溜まった泥水も、要らないものを除いて煮沸さて、とりあえず僕が飲んでみて(よく考えたら僕は泥水飲んでも死ななそうなので毒見役としては使えない)味とか問題無さそうなのを確認してからフールラにあげた。
基本は不純物取り除いて煮沸させてるだけなのでそんなに難しくない。
「ありがとうございました」
「うん、トイレ行きたくなったら言ってね」
「……えっと、実は」
トイレに関しては、この森で彼女から離れるにはいかないので、この前星空を作ったアレと同じことをして彼女の周りを囲み、そこで用を足してもらっている。
中に彼女がいるのはその空間を作り出した僕は分かるし、彼女も周りの目を気にしなくてよくなるので便利だ。
拭くものは、一時的であれば僕が大体何でも作り出せるので、それで紙を作った。
僕が意識を別のことに向けると作った物が消えるので、結構大変だったりする。出したものは土に埋めて終了。
「………行きましょう」
魔物は相変わらずこっちを見ているが襲ってくる様子はない。
「んー、一匹捕まえてみる?」
「そうですね、向こうから何か反応があれば良いのですが」
ダメと言われる前提で話してみたが、意外にも許可されてしまった。
ならやってみよう。
ホップステップな軽やかな動きで魔物の横に飛び出し、群れの中から一匹捕まえてフールラの隣に戻る。
「おぉ、流石に敵意がすごい」
「でも、見ているだけで襲っては来ませんね」
「うーん、何なんだろうなぁ」
暴れる魔物を抑えながら周りの様子を伺う。どうやら仲間を一人連れ去られても襲いかかることはないらしい。
とりあえず魔物要らないから返すか。
「はい、さよなら」
ポイっと放り投げて魔物の群れの中へと返す。驚いたような鳴き声が聞こえた気がしたが、大丈夫だろう。
しばらく魔物に囲まれながら森を進んでいると、こちらに近づいてくる魔物が現れた。
先程捕まえた魔物よりも大きなもので、こちらの様子を伺いながらも堂々とその姿を現す。
「親分的な?」
「こんな大きなものが居るなんて……」
その大きさはフールラ4人分くらい。
「今になって出てきた理由は何かな?」
親分な魔物に話しかける。どうやら対話の意志があるようだ。
「あー、うん、なるほどね。とりあえず僕は君たちを攻撃するつもりはないよ。村を襲うのは勝手にするといい、ただしばらく待ってほしいかな。人間側から攻撃をした場合も特に気にせず反撃してもらって構わない」
「しばらくってのは、そうだなぁ。後二週間くらいかな?」
「あ、そう。大丈夫そう?うん、了解。じゃあよろしく」
話が終わると親分な魔物は周りの魔物たちと一緒にどこかへと去っていった。
「話は終わった、ということでしょうか?」
「うん。とりあえず二週間はあの村が襲われることはないね」
「……そうですか」
「とりあえず、何で村が襲われたのかは分かったし、帰ろうか」
「えっと、どうしてでしょうか?」
「ん?」
「村が魔物に襲われた理由です」
「あー。まぁ、別にそんなに難しい理由じゃないんだけど、あの魔物が村に大した戦力がないことを理解して村を襲ったっていう話」
「……もう少し詳しくお願いしてもいいでしょうか?」
「えっとね、あの魔物は生まれたときから他の魔物よりも頭が良くって、体も大きかったらしいのね。それで、長生きしてたら、人間が襲ってくる時期があることを理解して、襲ってこないときには村には強い人間がいないんじゃないかってことを考えついたみたいなんだよ」
「それで、自分が力を付けるまでは実行には移さずに、人間の動きを見てたそうなんだよ」
「そして、人間の中でも強い奴がいないあのときに村を襲ったって話」
「…………分かりました、ありがとうございます」
フールラは僕の話が終わると苦い顔をしながらそう言った。
「やっぱり魔物が怖い?」
「いえ、魔物が怖いのは当たり前です。当たり前なんですが、彼らに以前とは違う変化が起きているというのが、少し気味が悪くて」
「気味が悪い、か」
人間が知恵を絞って生き残ろうとしているように、彼らもまた、生きるために必死なだけなんじゃないだろうか。
なんて、こんなことを言えるのは、無能だと言われた彼でもなく、この地に生きる人間でもない僕だからなのかもしれない。
「人間と、魔物、ね」
まるで、善と悪みたいに言ってくれる。
少なくとも彼が死んでいった過程は、善人たちによって行われたものなんかじゃなかったというのに。