09:張り付いた笑顔
「お待たせしました!」
扉を開けて出てくるのは、既に完成された笑顔を顔に貼り付けたシーラだ。
「全然待ってないよ」
タックと話していただけだし。
「ふふ、優しいんですね」
彼女はそう言うと、僕の腕を引いて歩いていく。
いや、走っていく。
「なんなら村の外まで抱えて走ろうか?」
「よろしいのですか?」
「構わないよ」
彼女が頷いたのを確認して、彼女を抱き抱える。
さて、どのくらいの速度で走るのがいいんだろうか?
「わぁすごい速いですね!」
彼女の反応を見ながら、あまり速くし過ぎないようにして、村の外へと出ていく。
というか、村の外にこのままの速度で出たら木にぶつかるな?ぶつからなかったとしても抱えている彼女の気分が悪くなる程度には彼女を揺らしながら木々を避けることになるだろう。
それはまずいと思った僕は翼を広げて空へと飛び立つ。
「ひゃっ」
空へと上がることは予想していなかったのか、悲鳴があがる。
「大丈夫?」
「あ、いえ、少し驚いただけです」
彼女は、眼下に広がる木々を物珍しそうに見ながらそう答えた。
どうやら空に上がったのは正解らしい。今の彼女は少しだけ楽しそうだ。
高さを変えないようにしながらゆっくりと村の周りを回っていく。
「………小さい」
「どうかした?」
「あ、いえ、ただここに居ると小さく見えて面白いなって」
「そうだね」
彼女は、ぼそっと呟いた言葉を誤魔化すようにニコニコと笑った。
さて、そろそろ十分だろう。
「じゃあ降りるね」
「………」
「降りるよー」
「あ、はい!ありがとうございました、楽しかったです」
ゆっくりと村の中へと降りていく。
空の上での彼女が少しだけ素直だったような気がするのは気のせいだろうか。
パタパタと駆けていく彼女を見ながら、そんなことを思った。
シーラ家に入ると、フールラが机に料理を並べているところだった。
それを見たシーラがまたしても眉間に皺を寄せるが、すぐに表情を作り直し、こちらに笑顔を見せる。
「どうぞお座り下さいテンシ様」
そうして、腕を引いて僕を座席まで案内する。
「あー、いや、僕はタックを呼んで来ようかな」
「タック?」
シーラがどうして?という顔をしている。
横から視線を感じたのでそちらを見ると、目を薄く開いてこちらを見るフールラの姿があった。
『私をここに置いていくつもりですか?』
という声が聞こえてきそうだった。というか聞こえた。
「あ、ちょっと待って!念話とかできないかな?!」
頭に手を当てて、何とかイメージ通りに動かないか試してみる。
タックとのパスは繋がっている。(ここでいうパスとは念話の通信回線みたいなもの)この前治療したときに色々と体を弄ったお陰だ。
繋がれー、繋がれー、繋がってお願いだから。
じとーっ、という粘ついた視線に冷や汗を流しながらタックへと語りかけ続ける。
『タック!カムバック!』
『え?うぇ?……何だ?!』
『説明は後、シーラの家に来て!』
『お、おう。分かった』
『あ、でもちゃんと身体は洗って土は落としておいで!』
それだけ言って念話を止める。
「おっけおっけ、大丈夫大丈夫〜」
ふぅーと、息を吐いて困難を乗り切ったことを実感する。
危ないところだった。シーラはどうやらフールラが苦手というか嫌いみたいだし、フールラがシーラの家で勝手に動いていることをあまりよく思っていなさそうだ。
そんなシーラとフールラがここに二人残るのは非常に危険だと言えるだろう。
「えっと、どうかなさいましたか?」
シーラは片方の眉を上げて、僕の不思議な行動を見ている。
「ううん、何でもない。さぁ食べよう食べよう」
「はい、そうですね」
それから、タックがやってくるまで、ピリピリとした空気が続いていて、僕は食べた料理の味を覚えていなかった。
「うめぇ!」
美味しそうにフールラの作った料理を食べるタックを、僕は羨ましく思う。