01:病弱少年は死んでしまった
「……」
「早く!火を付けろよ!」
「殺せ!焼き殺せ!」
「ちょっと?!何もたついてんのよ!早く火を付けて!」
村の外れにポツンと立っている小さな家の周りで、ガヤガヤと騒ぎ立てる人の群れ。
その先頭に立った一人の男は片手に松明を、もう片方の手には油の入った袋を持ち、渋い顔でその家を眺めている。
彼の後ろには癇癪を起こす寸前といった様子の男女が幾人か。
この村では、どこかの旅の者が持ってきた酷い病気が広まり、多くの死者が出ていた。村長は止むを得ないということで、感染したものはすぐに処理するよう指示を出した。
家に火を付けようとしているのも、その中に一人の感染者が居るからであった。
そんな騒がしい正面口とは反対側に、一人の少年が居た。彼は気だるそうに体を動かし、表に居る村人たちに見つからないようになるべく静かにその場から離れていた。
少年の向かう先に安全な場所があるわけではない。同じ病により彼の両親は既に亡くなっており、頼ることのできる相手など一人もいないのだ。
ふらふらと、重い体を引きずるようにして歩く彼は、それを追うものからすれば、なんとも見つけやすい獲物だったのだろう。
ガタイの良い少年と少し線の細い少年、冷たい表情をした少女の三人組は、その病気の少年をさっと追い越し、その正面に立ちふさがった。
「おう、やっぱり森ん中じゃねぇか」
「流石だねシーラ!」
ガタイの良い少年は病気の少年を見て笑みを浮かべ、線の細い少年が冷たい表情の少女―シーラ―を褒めた。
シーラは小さくため息を吐いてから病気の少年へ向けて腕を振るった。すると、その腕の軌跡に氷のつぶてが生まれ、少年へ向けて飛んでいったのだ。
「ひうっ」
つぶては鈍い音を立て病気の少年へぶつかり、少年は小さく悲鳴を上げる。
「ふひゃひゃひゃひゃ!見たかよ?今の『ひうっ』ての、きめー」
「あー!俺が先にやろうと思ってたのに」
それを見ていたガタイの良い少年と、線の細い少年は思い思いの感想を述べるが、シーラは特に気にした様子もなく、病気の少年へ手を向ける。
手を向けられた病気の少年は、またあの氷のつぶてに晒されるのかと身を縮めた。
「っ」
「やめてっ!」
すると、どこからか小さな石がシーラに向けて投げられ、その石の後に続いて黒髪の少女がやってくる。
黒髪の少女は、病気の少年を庇うようにシーラたちの前に立った。
「ふ、フールラ、どうしてここに……」
ガタイの良い少年が黒髪の少女―フールラ―を見て、戸惑ったように声を掛ける。
「もういいでしょ?彼はこの村から去ろうとしている、これ以上痛めつける必要なんてないはず」
フールラは後ろで縮こまる病気の少年を憐れむように見たあと、鋭い目でシーラたちを睨んだ。
「今さら正義の味方気取り?ほんと図々しいわね、アンタは」
シーラは先ほどまでの冷たい表情とは変わって怒りを込めた目でフールラを睨み返した。
「あ、し、シーラ、おち、落ち着けよ」
「そ、そうだよ、シーラ。そう!フールラも!も、もう俺らそいつに興味とかないから、ね?」
一触即発と言った少女たちの雰囲気を察し、ガタイの良い少年がシーラを宥めるように前に出る。線の細い少年は手を叩いてフールラの注意を引き付けた。
フールラはそれを見て引き下がるように視線を緩めたが、しかし、シーラにとっては逆効果だったのか、彼女は開いた右手をグッと力強く握りしめ、更に強くフールラを睨んだ。
すると、周囲に凍てつくような寒さの風が吹き、近くにあった草花が凍り付いた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「お、終わった、シーラがキレた……」
「シーラ!どういうつもりなのっ」
ガタイの良い少年は一目散に逃げだし、線の細い少年は空を仰いだ。フールラだけは近くにあった小石を拾い、シーラへ構えを取った。
今まで静かにしていた病気の少年は、これ幸いにと少女たちの間を抜け、逃げていった。
「ま、待ってっ!」
「行かせると思う?」
少年を追いかけようとするフールラだが、シーラは行く手を阻むように彼女へ氷のつぶてを飛ばした。
病気の少年は、ちらりと後ろを振り返り、フールラを見ると、少しだけ頭を下げて、また歩いて行ってしまった。
「待って!ねぇ、お願い、行かないで!」
シーラの攻撃を避けながらも、フールラは少年に声を掛けるが、少年は止まることなく歩いていった。
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少年は、この世界において、無力だった。
誰もが特異な能力を持つ、この世界において、何の力も持たなかったのだ。
ガタイの良い少年は自分の筋力を何倍にも増す能力を、線の細い少年は炎の玉を出す能力を、冷たい顔の少女はものを凍らせる能力を、誰もが持っている当たり前の力、それが少年には現れなかった。
そんな少年を、ある人は蔑み、ある人は嗤い、ある人は恐れた。
彼にとって唯一救いだったのは、そんな少年を大切な息子として見てくれる両親と、ただの友達として接してくれる少女の存在だった。
「まだだ、まだっ」
少年はふらふらと森を進んでいくが、その目には確かな意思が宿っていた。
少年は、友達の少女と一つ約束をしていた。
『いつか村を出て、一緒に冒険をしよう』
些細な、人によってはくだらないと一笑するような、小さな約束。
ただ、何の能力もないとされ、狭い世界で生きてきた少年にとって、それはかけがえのない約束であり、支えでもあった。
だから、
だから――――――
「こんなところで、終われるかっ!」
少年は、目の前の狼のような魔物に向かって吠える。
グルルルル、と低い唸り声で答えた魔物は、手負いの獲物であっても手を抜くつもりはないらしく、油断なく少年を見ていた。
少年はその魔物と、決死の覚悟で戦った。近くにあった石や棒、色々なものを使って運命に抗った。既に病気によってまともに動けるか怪しいその体で、足掻きに足掻いた。
結論から言ってしまえば、少年は死んだ。
何の能力も持たない少年が、その魔物に勝てる可能性など、最初からなかった。結末を知っている者であれば、その少年の決死の覚悟を無駄な努力と笑うかもしれない。
だが、その様子をただ一人、いや、正確にはただ一柱とでもいうべき存在が、その少年の結末を静かに見守っていた。