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第一話 魔王の祝福

 広い空間だった。

 薄暗い中見えるのは、いくつもの円柱とその中央を走る赤黒い絨毯。

 そして壁には、ゆらゆらと映し出される影が二つ。

 一つは、床に倒れこんでいる影。もう一つは大柄で、悠然と、倒れこんでいる影へと向いている。


「我に……この魔王に、傷をつけるとは、貴様の気概には恐れ入った」


 重々しく、まるで地の底から響いてくるような声。世界中の恐怖を詰め合わせたような声色の中に、僅かばかりではあるが喜色めいたものが感じられた。


「のう、勇者。死に逝く貴様に我から褒美をやろう」


 勇者と呼ばれた倒れ伏せた人影は、低く呻き魔王を見上げた。

 屈強な肉体には幾つもの傷が走り、魔王然としたその厳つい顔は、先ほど勇者が放った一太刀で抉られた左眼から滴る血液で染められていた。


「なあに、貴様が先ほど我から獲った、云わば戦利品だ。遠慮することはない」


 差し出した魔王の手にあったのは、眼球。

 魔王は勇者のそれでも揺るぎことのない瞳の炎に、くつくつと笑い、「ああ、そうであったな」と呟き、自らの眼球を握りつぶした。

 唖然とする勇者に、魔王は愉快そうに顔を歪めた。


「あのままではちと不便そうだったのでな」


 握られた手を開けば、あったのは一つの黒い指環。闇のように深く、まるで絶望そのもののような禍々しさを放つソレに、今まで揺らぐことのなかった勇者の瞳が一瞬にして恐怖へと染まった。

 まともに動くことのない体を芋虫の如く懸命に動かし、ソレから離れようとする。

 

「のう、勇者。我はまた、貴様と相見えるのを楽しみにしている」

 

 耳元で聞こえる魔王の囁き。

 左手の親指に、冷たく硬い感触。

 勇者の喉がヒッと鳴る。


「これは『魔王の円環』」


 指環が完全に入ったとき、勇者から何かが剥離し、そして歪まされ、


「我の……魔王の祝福だ」


 爆散した。

 薄れる意識の中で見た魔王は、恍惚とした顔で自らの左眼を撫でていた。







 もう二度と開かぬと思っていた目が開いたとき、痛みと苦しみ恐怖安堵が綯い交ぜとなり、その感情は涙とともに溢れ出た。

 影しか分からないぼやけた視界。身動きひとつ、自由にならない体。言葉を紡げない口。

 そして、


「おめでとうございます!元気な男の子です!」


 そう女の声が聞こえ、理解しがたいことを理解せざるをえなかった。

 赤子になっている。

 あまりの衝撃に思考が停止する。

 そんな彼を落ち着かせるように、優しさが包み込んだ。


「生まれてきてくれてありがとう、私の赤ちゃん……」


 荒れた心を優しくなでる声色、太陽のような温かく良い匂い。

 

「よく生まれてきたな、我が息子よ!」


 ごつごつした手が不器用気に頭をなでる。海のように広くたくましい安堵感が、緊張の糸を解いていく。

 何とも言えぬ心地よさが微睡みを誘う。

 こくりこくりと舟を漕ぐ息子に、母と父は顔を見合わせ微笑んだ。


「おやすみ、“アルベルト”。私の赤ちゃん」


 噛みしめるように。


「愛してるぞ、二人とも。俺が絶対守るからな」


 決意するように。

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