表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第四羽
8/23

雀の涙②

「はぁ……」



「元気がありませんわ。どうかなさいましたの?」


 チャイムという音楽が流れる最中、溜め息をついた俺に申空時さんが近づき声をかけて来た。


「そ、そう?」



 彼女は寄り添って来ると、俺の手の甲に掌を重ねる。


「あ、あの……申空時さん……近い……」



 年頃の女の子に触れられる事に慣れない俺は、『離れて』とか言ったり手を退けたりする事なんて出来ず、下を向いてその場を過ごすしか出来ない。





「おっは~ん! って、何イチャついてんだよ二人ッ!」


 その時、巳山が走って登校して来た。

 染めた髪に耳にはピアス、だらけた服装だがコイツの登場に少しだがホッとしてしまった。


「聖羅ちゃん、オレにも朝のあいさつを――」


「近寄らないで下さる! ケダモノ!」



 巳山は机に鞄を置くと、申空時さんの顔に自分の顔を近づけようとするが、それを避ける為、彼女は俺から離れた。


 良くそんな恥ずかしい事を出来るのか不思議なもんだ。しかも学校……その神経わからん。


 でもお陰で申空時さんから解放された。




 接吻を拒否られた巳山は自分の席に座ると、お決まりのように俺の椅子を引っ張る。


「なぁ~なぁ~、鈴芽ちゃんは? 今日休み?」



「え……? あ、あぁ…………」


「桜次郎?」


 巳山は席を立ち、俺の前に来て顔を覗く。


「えっ!? ら、ららら落馬ぁ!!」



 今朝の出来事を簡単に説明すると、デカイ声の巳山は目を見開き驚いた。


「マジ? 鈴芽ちゃんが馬から落ちるなんて珍しい……大丈夫かな?」


「う、うーん。ギャーギャー言ってたからそんなに心配することはないと思うけど……」


 でもあの後連絡は全くなし。どうなったんだろう?


 そんな事を思い、掌に顎を乗せて机に肘をつきながら携帯の画面を見ていた。


――ピピピピッ



「うおっ!!」


 片手に持っていた電子機器が急に震えて音を鳴らす。ビックリした俺は、ガクッと顔が手の中から落ちるというベタなリアクションを取ってしまった。



「黒野さん?」



 画面を見ると、彼の名前が表示されている。


 俺はゆっくりと人差し指で通話ボタンをポチリと押した。



『桜次郎様、お忙しいところ申し訳ありません。今朝は十分な対応が出来ませんで大変失礼致しました』


「い、いえいえ……」



 電話で相手には姿が見えていないというのに、俺は顔と手を横に振った。


『鈴芽様のご容態ですが、打撲等はしていましたが骨に異常はありませんのでご安心下さい。しかししばらく病院で療養しなければいけないようです』



「そうですか……良かった。あ、あの……黒野さん?」


 重体ではないと聞き、俺は胸を撫で下ろすと間を空けず言葉を続ける。


「鈴芽のお見舞いに行きたいんですが……?」


『かしこまりました。では放課後迎えに参ります』



 黒野さんの優しい声音が電話を通して俺の耳に響いた。


 お見舞い……行ってもいいのだろうか? 俺が行ったところで、彼女は受け入れてくれるのか?


 考えても仕方ないよな?


「鈴芽ちゃんの病院行くのか?」


 黒野さんからの電話を切ると、巳山が俺の肩を叩き聞いて来た。


「行く?」


 彼にそう聞くと、目を輝かせて首を縦に振り即答していた。


「申空時さんはどうする?」



 俺は何となしに近くにいた彼女にも聞いてみる。


「なぜワタクシが辰酉さんを見舞わなくちゃいけませんの?」



 即答で拒否られた。

 そんな嫌がらなくても……クラスメートだろう。こんな時でも犬猿の仲か……。


 猿と鳥だけど。



「はいはーい。ホームルーム始めますよー」


 そんなこんなしていたら、扇子を持ってお立ち台に立っていてもいいくらいのボディコン姿をした卯月先生が入って来た。


 ボディコンというと表現が古いと言われるが、つまりは身体のラインがピッタリと強調された、上も下も見えそうで見えないギリギリのワンピースを着ている。



 先生、学校ですがそんな服装でよろしいのですか?




 授業が終わり、校舎の外にある車の集まる場所、ロータリーというのかな? そこへと急ぐ。

 黒野さんはすでに到着しており、俺たちを見つけるとお辞儀をした。



「うわっ! しまった!」


 巳山がいきなり立ち止まり叫ぶ。


「オレ、用事があったんだッ! 後から追いかけるからさ、先に行っててくんね?」



 そう言って彼は急いで去ってしまった。……場所も聞かずに。まぁいいか。巳山だし。



 俺は車まで行き、黒野さんと病院を目指した。


 ビルのような大きな病院に着く。これ、病院?? 病院っていったら、俺的に一軒家の小さい診療所のイメージ。



 こんなデカイ病院来たことない……。


 キョロキョロとしながら黒野さんの後ろに続き歩いて行く。



「208号室が鈴芽様の病室となります」


 黒野さんは俺にそう言う。そして彼は『ここでお待ちしております』と続けた。黒野さんは行かないのか……。


 一人で行けと言われたようで、少し緊張しながら部屋をノックする。『はーい?』と返事が聞こえたので中に入った。

 扉を開けた先には広く白い部屋に大きなベッド。その上に鈴芽はいた。



「あれ? あんた確か……転校生?」


「……あっ」


 先客がいた。二人の女の子だ。制服からして、俺らの高校……見た事ないのでクラスメートではないのかな。




「アンタ、何しに来たの?」


 鈴芽はギロッと俺を見た。


「お取り込み中……? ごめん、出直すな……じゃあ」


「え? せっかく来たんだからいたらいいじゃん。ね、鈴芽」


「……」


 後ろに髪を結った一人の女の子が言うと、鈴芽は無言で外を見つめる。



「……だからさ、鈴芽、私同好会辞めるね」


「……うん」


 髪を結った子がそう口にすると、鈴芽は寂しそうに下を向く。


 な、何か重要な話してる? 絶対、俺いない方がいいよな??



「鈴芽ちゃん、今回は諦めようよ。鈴芽ちゃんならまだしも、わたし一人じゃあ何も出来ないし……」


 バレッタで髪を留めてる方の女の子が言った。


「今回やらなきゃいつやるのよ! アタシ絶対一週間で退院するからさッ! じゃないとトライロメオが……」



 鈴芽は掌で顔を覆いながら涙声で話す。



 話が読めない。


 やっぱり俺、部屋出た方がいいな。



「鈴芽ちゃんがいなきゃ、トライロメオを部動会に出せないし……そうじゃなくても皆怖がってるのに……」



 バレッタ少女が鈴芽の様子を伺いながらゆっくりと言う。


 舞踏会? 武道会? 葡萄会?


 何それ??

 トライなんたらって……?






「すっずめちゃ~ん! 大丈夫……ってあれ?」


 その時、勢い良く開いた扉から登場したのは巳山だった。


「舞奈ちゃんに海依子ちゃんも来てたんだー」


 マナちゃんにミイコちゃん? 知り合いなのか?


 巳山はニコニコと二人の女子に近づくと、手に持っていた花束を鈴芽に渡した。




 ……んん? あ、俺手ぶらじゃん。何で病院に手土産なしで来てるんだ? アホか俺は……。


「…………」


 女の子たちはあからさまに嫌そうな顔をしている。こいつ嫌われてるのか?


「あー、じゃー私帰ろうかな……巳山来ちゃったし。海依子も帰るっしょ?」


「えっ……あ、うん……。じゃあ鈴芽ちゃん、またね」



 ミイコと呼ばれたバレッタを付けた少女は、少し驚いたように返事をすると鈴芽に別れを告げる。


「えーッ! もう帰っちゃうのぉー」



 巳山はブーブーと文句を言いながらも、すぐに笑顔で彼女たちを見送った。そしてくるりと鈴芽に顔を向け近づいて行くと、爽やかに微笑み口を開いた。


「やっと二人になれた」



 鈴芽に熱視線を送ってるようだが……。


「俺、いるんですけど」


「……何だ。桜次郎いたんだ。全く気づかなかったぞ」



 巳山はケタケタと笑いながらも、鈴芽のそばへと行く。


 さっきからずーっといただろ。お前の目は節穴か。



「居ても意味ないし……俺も帰るな」


 溜め息をした俺は、二人に手を振って部屋を出ようとした。



「オ、オージロー帰るの……?」


 後ろから鈴芽の声が聞こえ、名前を呼ばれた。

 ドアノブを掴んだまま振り向くと、ベッドの上の鈴芽が何かを訴えるような目でこちらを見つめている。


「……」



 そんな顔されても口に出してくれなきゃわからん。




「帰るんだったら、窓にいるタラシ君も一緒に連れて帰って」



 鈴芽は窓際で外を眺めている巳山を指す。タラシ君て……別に否定はしないけどせめて名前で読んでやれよ。


「俺が? 巳山はまだ居たいようだけど」


「アタシは寝るの! 二人ともさっさと出てって!!」



 声を張り上げながら、鈴芽は布団の中へと潜り込んだ。



 眠いのに眠りを妨げられるのは嫌だよな。

 まぁ、実際本当に眠いかどうかは別として……。



 俺は不満そうに口を尖らす巳山を引っ張って部屋を後にした。


 待合室で待機していた黒野さんと合流をすると、巳山を見た彼は『下でお待ちしておりますのでごゆっくり』というような事を言って去って行ってしまった。



 えっ!? いや、別に巳山と喋くるつもりはないし……。



「黒野さんってさ、美人だよな~」


 突然、巳山が黒野さんの後ろ姿を見ながら言った。


 美人……まぁ美人だな。でもその単語、男性に使うのか? 美形? まぁ今の時代は使うのか?

 ……っていったら俺が年寄りみたいじゃん。




「じゃあ黒野さんのご厚意に甘えて、夜まで語りますかー」


「はぁ!?」



 巳山は俺の肩をポンポンと叩く。


「冗談だって。そんな顔すんなよ」



 ……どんな顔してたんだ俺。


「じゃ、オレ行くから。バンド、途中で抜けて来ちゃったんだ……また明日~」


 大きく手を振る巳山を見送ると、俺も早く帰ろうと先へ進む。


 悪い奴ではないんだろうけど、ちょっと疲れる時があるんだよな……巳山と居ると。





「?」


 あれ? あの女の子……。


 俺の進む先には、さっき鈴芽の部屋にいた女子生徒。


「!?」


 目が合ってしまった。

 髪をバレッタで留めた女の子……。何て名前だっけ?



「粟田君……?」


 女の子は俺の名前を呼ぶと、そばにいた執事らしきお爺さんがササッと後ろに下がる。


「あれ? 何で俺の名前知ってるの?」



「えっ……ゆ、有名だもん……粟田君。申空時さんのお気に入りみたいだし……」


 彼女は俯き加減でモジモジしている。



 有名!? 俺が? 何で?

 転校してまだ余り日にちも経ってないのに……。


「……」


 下を見ていた彼女が、いつの間にかこちらをじっと見ていた。




「えっと……」


「あ……わ、私、寅尾海依子トラオミイコです」


 自己紹介をしてニコッと微笑む。


「あのさ、寅尾さん。さっき話してたブドウカイって何?」


 ちょっぴり気になっていた武道会の事を聞いてみた。

 まさかこの子や鈴芽が、天下一を決める武道大会に出場するなんて話……ある筈ないよな?



「粟田君は引越して来たばかりだから知らないかな。部活動発表会……」



 寅尾さんは部動会の正式名称を教えてくれた。


 そういう事か。部活動ね……。



「まだ部活に入ってない二年生や、新しく入った一年生の為のイベント。部動会は来週あるんだよ……聞いてない?」



 寅尾さんは首を傾げている。しかし、そんな話は全く聞いてないぞ。


 俺も釣られて首を傾げた。




「寅尾さんも馬術部?」


 病室での会話的にそうなんじゃないのか?


「うん。……でも馬術同好会かな? 部員、私と鈴芽ちゃんしかいないから」


 眉を下げて、彼女は切なげに笑う。

 少ないとは思っていたが、まさか二人しかいないとは……想定外。



「……」


 次第に寅尾さんの顔がどんよりと雲っていく。



「と、寅尾さん?」


 彼女は瞳をウルウルとさせてこちらを見つめる。



「私じゃ、トライロメオを助けてあげられないよ……」


 すると下を向いた寅尾さんの目からしくしくと涙が流れる。


 彼女はポロポロと溢れ出す涙を手で必死に拭っていた。



 その姿を見てオロオロとうろたえてしまう。


 お、俺どうしたらいいの?


 端から見たら、俺が泣かせたみたいに見えるのではないか??



 え~、こういう時の対応は……? けどマニュアルなんてないよな。


 廊下という公の場。しかも後ろには彼女の執事さんが待機している。下手な事は出来ないよな。



「寅尾さん、お、俺手伝うから……二人なら馬術同好会の紹介出来るだろ??」


 焦った声音で俺は寅尾さんに告げると、彼女は涙で濡れた目でこちらに視線を注ぐ。



「……だからさ、泣かないで。女の子が泣いてるところなんて見たくないしさ……」


 何て言ったら正解なのかわからないが、これが今の俺に出来る全て。

 取り敢えず泣き止んでくれ。



「ありがとう……粟田君」


 寅尾さんは涙を浮かべたまま、ニコッと微笑んだ。


「二人なら部動会に参加出来そう……でも……」



 でも?


「トライロメオの安全性が……」


 彼女は言葉を全て言い切らずに下を向いてしまった。


「あ、安全性? トライロメオって何?」



 さっきも出てきた単語だ。助けるとか助けれないとかって何の話だ?


「数ヶ月前に学園に来た名を馳せた競走馬なんだけど……。でも、トライロメオは誰にも馴れなくて……暴れて……それで皆、馬術部を辞めて行って……」



 寅尾さんは俯いたまま、ポツポツと話す。

 もしや、巳山が言っていた事故って……。


「トライロメオは誰にも心を開かなかった……けど、やっと鈴芽ちゃんには馴れて来たところだったのに」


 俯いた彼女は、両手で顔を塞いだ。


 う~ん、まだ話が読めないんだが……。



「トライロメオを助けるってどういう意味……?」


 俺は塞ぎ込む彼女の気持ちも考えず、質問をぶつけてしまった。

 だが、寅尾さんは顔を上げて話してくれる。



「……部動会でトライロメオは大人しい馬だって証明が出来ないと、他の高校や乗馬センターとかに行ってしまうの」


 有名な馬だから、どこも欲しがるって訳か。


 ん? 名馬……なんだよな?



「そんな凄い馬なのに、ちっとも馴れないの?」


「……うん。鈴芽ちゃん曰く『皆扱いが下手なだけよ!』だって……」



 寅尾さんは両手を前で組み、モジモジとして言う。


 扱い方が下手だから……理由は本当にそれだけなのか? つーか鈴芽……容赦ないな……。もっと言葉選べよ。そんなんだから皆辞めてったんじゃねーの……?



「お嬢様、そろそろ……」


 彼女の執事さんがこちらに来ると、そっと優しい声で時間を告げる。寅尾さんはチラリと執事さんを見て頷いた。



「はい……。じゃあ粟田君、また明日」


 ペコッと一礼をした彼女はそう言い、執事さんと去って行った。





 

 部活動発表会……。



 活気があった馬術部を、同好会にまで人数を減らさせた暴れ馬を皆に【大人しい】【怖くない】とアピールする事が条件。


 骨が折れそうとか以前に、それって俺に出来るのか?



 手伝うとは言ったものの……。


 う~ん……何か余計な事に首を突っ込んでしまったのかな?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ