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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第四羽
7/23

雀の涙①

「なぁなぁ桜次郎」



 授業が終わり帰り支度をしていると、いつものように巳山が俺の椅子を引っ張って来た。


「何だよ……?」



「桜次郎ってさ、部活入らないよな!?」


 キラキラとした瞳をこちらに向けて巳山は言う。


 入ってないし、入る予定もないけど……でも、そう決め付けられると何か嫌だな。


「部活か……。何かいいのがあったらやってみようかな?」



 目を細めて顔を前に戻すと、入る気のない部活動に悩むような声で、言葉だけを巳山に放った。


「えーっ! 部活なんかやらないで、オレのバンドに入ってよぉ~!」


 椅子をガタガタと揺らされ、俺の体勢が不安定になる。う、うるさい奴。



「……バ、バンド?」


「そう! ロックバンドだぜぃ!」


 これ以上椅子をグラつかされても困ると思い観念をして振り返ると、巳山が満面の笑みで俺を迎える。




「こないださー、ボーカルの奴が抜けちまってよ。絶賛メンバー募集中!」


「ふーん。頑張れ……じゃあな」


「ちょっ……待てぃ!」



 立ち上がり、何気なくその場から逃げようとしたが、しっかりとコイツに捕まってしまった。


「無理」


 何か言われる前よりも先に、俺は拒絶の言葉を口にする。


「なーんで!? 絶対いいと思うんだけど。桜次郎の声、特徴あるしさー」


 巳山は褒めてくれてるかもしれないが、俺は自分の声が嫌いだし音感もない。

 わざわざ皆の前でコンプレックスを曝そうとは思わないし。



 俺は溜め息をもらすと、首を横に振るしかなかった。


「あれ?」


 首を振っている途中で、窓の外に目が止まる。



 あれは……鈴芽?


 俺が外を見ていると、巳山がひょこっと隣から窓の外を見る。


「あ、鈴芽ちゃん。頑張ってんね~馬術部」


 窓の外にある広いグラウンドの隅で、鈴芽と数人の女子が乗馬をしている。



「あぁ、今は【部】じゃないのかな?」


 巳山の付け足した言葉に疑問を抱き話を聞くと、どうやら今の馬術部は過疎化しているらしい。

 相次ぐ事故が原因で馬の数が減ると同時に部員も減っていった。それに今は馬術の必要性がない、時代の流れ……? とか巳山は言う。



 そういえば、屋敷にも馬がいたな。わざわざ学校で乗らなくても家で乗れば……なんて思ってしまったが、彼女は彼女の考えがあるのだろう。




「じゃあ、そういう訳で。……巳山さいなら」


「は!? どういう訳だよ!? お、桜次ろ――」


 呼び止められる前に教室を出た俺は、一目散に学校から撤退した。



 そういえば『お帰りの際は申し付け下さい』と、黒野さんが言っていたな。


 しかし、今だに携帯が使えない俺には黒野さんに連絡しようにも出来ない。


 一応、巳山に雑な説明を聞いたが良くわからなかった。


 プッシュホン? メール? 何それ……。そんな事を言っていたら皆して『あなろぐあなろぐ』と連呼された。

 そもそも【あなろぐ】とは何だ?

 穴炉具? 何かの道具か? 囲炉裏的な……。



 首を唸りながら歩いていると、いつの間にか校門を抜けていた。学校の姿も小さくなっている。大分歩いて来たみたいだ。




「?」


 あれ……あそこにいるのは……。


「千代花ちゃん?」


「うわッ!」



 彼女は俺の声に驚き、こちらを向くと同時に身構える。


「……何だ、お前か」


 深い溜め息をつくと、何もなかったかのようにそのまま俺の横を通り過ぎた。


「ちょちょちょっと待った!」



「何だよ。うるせーな……」


 呼び止めた理由は特になかったのだが、無言で去られると何か傷付く……。



「千代花ちゃん……さ、今から家に帰るとこ?」


「何だよ。あたいがいつ帰ろうが別にいいだろ」



「う、うん……別にいいと思う。けど、深夜帰りや朝帰りとかは駄目だよ。女の子なんだから……」


 ……って何を言ってるんだ俺は。


 はにかみながら、たどたどしく喋っている隣では呆れ顔の千代花ちゃんがその場に留まっていた。


「あの……、さぁ……今から帰るんなら……一緒に帰らない?」


 吃りながら彼女に言う。


 ……俺、生まれて初めて女の子を誘ったぞ。初めて言ったぞ『一緒に帰ろう』なんて台詞。



「はぁ!? 何でそうなんだよ! 第一、お前何で車で帰らねーんだよ!?」


 千代花ちゃんの怒声が耳を通り抜ける。


 く、車か……。車を呼ぼうにも、黒野さんに連絡出来ません。



 それに車に乗る程遠くないし。車なんて贅沢じゃんか。


「嫌なら無理に誘わないけど……さ」



 俺がポリポリと頭を掻きながら下を向くと、暫くの間沈黙の時間が流れた。





「……し――」

「――せめて家までの道教えて!」


 千代花ちゃんが何かを言い出したが、その前に顔を上げた俺が意を決して彼女への頼み事を口に出した。よくよく考えると、俺、この辺に来るの初めてだからな。


 しかしその言葉を聞いた千代花ちゃんの眉間には段々と皺が刻まれる。



「はぁ!? お前、ただの迷子だったのかよ!」


 再び大きな怒声が俺の耳を貫く。


「一生迷ってろ!! バーカ!」


 捨て台詞のように去りながら言うと、彼女は俺の前から去って行ってしまう。




 怒らせてしまった……。





「桜次郎様? お帰りなさいませ。お電話して下されば迎えに行きましたのに……」


 何とか家に辿り着いた俺は、門を抜けてあの広い庭園を歩き豪邸へと辿り着く。中に入ると黒野さんが出迎えてくれた。



 スッと隣に来た黒野さんは『お持ちします』と言って微笑んだ後、俺の鞄を持ってくれる。


「じ、自分で持てます」


「桜次郎様はお疲れでしょう。私にお任せ下さい」



 キラキラとした笑顔をこちらに向ける彼はとっても紳士的な行動。……でも、俺も男です。多少なりとも体力はあります。


「桜次郎様、お食事はどちらでお召し上がりになりますか?」



 その質問は食堂で食べるか部屋で食べるか……って事か?


「食堂で食べます」


 即答。そりゃそうだ。使わなきゃ勿体ない。

 しかし、あの広い部屋でポツンと食べてるのは何だかむなしいんだよな。




「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」


 この明るい声は……。


 パタパタと足音が近づくと、こちらまで来た小さい女の子が会釈をして俺に微笑む。


「ただいま、菜子ちゃん」


 微笑み返すと菜子ちゃんは『エヘヘ』とはにかんだ。


 妹って可愛いなぁ……。

 歳が離れてるからそう思うのか、義理だからそう思うのか……とかそういう事はどうでもいい。



 しかし自分でいうのもなんだけど、このままだと俺、シスコン街道まっしぐらじゃないか?


「お兄ちゃん、晩ご飯食べるの? 一緒に食べていい?」



 ……シスコンでもいいか。


「本日の夕食は【マルゲリータ】に【カルツォーネ】【カプレーゼ】【イカスミのパスタ、ボロネーゼ】それと【コーンのスープ】をご用意致しました。食後に【エスプレッソ】に【ティラミス】と【ビスコッティ】がございます」



 食堂に入り着席すると、机の上には取り皿と豪華な食事が広がる。黒野さんがいつものようにメニューの説明をして一礼をすると壁際に下がった。


 すんげー夕食……。高級ホテルのディナーみたいだ。




「桜次郎様、お飲みものは何になさいますか?」


 黒野さんと交代に、スッと隣に誰かが来た。


 あれ……? 初めて見る顔。ブカッとしたサイズの合ってない燕尾服を着たこの男の子は?



「えっと……じゃあお茶で……」


「青ちゃん、菜子もお兄ちゃんと同じでお願いします」



 隣の席に座っていた菜子ちゃんが、ニコニコと少年に向かい言う。


 青ちゃん?


 ……そういえば、青なんたらさんって執事さんがいるって聞いたような?


 しかし、こんな若い子だとは……予想外です。


 小中学生……くらいだよな?



「お茶はどのような……?」


 ど、どのような……とは?


「じゃあ温かい焙じ茶で……」



「かしこまりました」


 正直、飲めたら何でもいいんだが。


 ……あれ? イタリアンにお茶っておかしいか? まぁいいか。


「お兄ちゃんの座ってるところ、楓お姉ちゃんの席なんだよ」



「えっ……そうなの?」


 菜子ちゃんの言葉に、俺は咄嗟に席を立つ。

 もしや、皆の座席が決まってる? 指定席?


「でも全然使ってないのです。だから今はお兄ちゃんの席」


 使ってないか……。この部屋自体、使われてなかったからな。


 菜子ちゃんは椅子に座らせようと、俺の袖をクイクイと引っ張る。兄弟のいなかった俺にとって、その行動が何だか新鮮で愛らしく思えた。



 豪華な夕食をした後、部屋に戻った俺は携帯電話の説明書を読み耽っていたら、そのまま眠ってしまった。





 窓の外から光が差し込む。


 早々と床についた所為もあり、朝早くに目が覚めた俺は屋敷の中をさ迷っていた。



 トイレには行けたものの、俺の部屋はどこだっけ……?


 屋敷内を徘徊していた理由はそんなつまらない話。家の間取り図なんて持って来てないし……。

 まさか住んでる家がこんなに迷路だったとは……。しかも迷ってるなんて。



 でも、このたくさんある部屋を無造作に開ける訳にもいかない。自分の部屋に目印でもつけておけば良かったな……。己に失望。



――カチャ


 複数のドアたちを眺めていると、急に手前のドアが開いた。


「アンタ何やってんの……」



「鈴芽?」


 こんな早朝に部屋から出て来たのは、ヘルメットを被った鈴芽。


「何だ? 工事現場にでも行くのか?」



「はぁ? アンタ本当アホウ……どアホウね。どう見たらそうなるのよ」



 朝っぱらから阿呆呼ばわりされてしまった。

 確かに現場での、あの黄色もしくは白のヘルメットではないし、動きやすそうだがどう見ても工事をしに行くような服装ではない。

 そして極めつけは手に持った鞭。現場へ行くんじゃあないのは明らかだな。……しかしムチ?



「す、鈴芽……もしかして、変な店で働いてたりしないよな?」


「はぁ!?」


「俺、相談乗るからな! 俺に出来る事があれば言ってくれ!」 



 金に困っていかがわしい店で働いてないかと、鈴芽が心配になった俺は彼女に近づいたら思いっきり殴られた。


 廊下には、飛び起きてしまう程の素晴らしい目覚まし音のように濁りのない綺麗な打撃音が響く。



「い、痛ってーな!」


「な、何言ってんのアンタ! 頭いかれてるんじゃないのッ!!」


 あ~、うん……今の一撃でイカレた気がする。



 少し顔を赤くした鈴芽はプイと顔を逸らした。

 そして窓の外を見ている……。あっちの方角には確か……?




「あー、馬か?」


 確か乗馬の時に鞭を使ってたような……そもそも、彼女が金に困ってるはずないか。



「……」


 ご機嫌ななめになった鈴芽は何も答えてくれず、歩き出した。



「そういや、馬術部が危機だって聞いたけど……?」



「うっさいわね! 練習する時間なくなっちゃうじゃない!」



「す、すみません……」


 鈴芽の迫力に負け、何故か謝ってしまう。

 ご立腹の彼女はそのまま何処かへ消えて行った。


 何処かへ……ってか、厩舎へ行ったのだろうけど。



 その後、何とか……何とか無事に部屋に戻った俺は再度眠りにつく。


 だが、目が冴えてしまってなかなか寝れなかった。


 結局、登校時間まで睡魔は襲って来なかったので、頭をスッキリさせる為に風呂に入る事にした。



 シャワーを浴びて頭の冴えた俺は、少し早いが朝食を取ろうと食堂へ向かった。


 朝飯を食べて、早いけどそのまま学校へ行こう。うん。



 ……向かったはいいが、まだ食事の用意出来てないよな? 黒野さん、呼びに来てないもんな。




 ん……?

 玄関に誰かいる。



「あれ? 桜次郎、早いな」


「楓さん? もう学校行くんですか?」



 玄関で靴を履いていたのは楓さんだった。

 片手には大きな荷物を持っている。何だろアレ?


「うん。人が少ない内に行きたいから……んじゃ、急ぐんで」


 靴を履き終わった彼女は立ち上がり、手を振って登校して行った。




 俺は彼女を見送ると、そのまま玄関先の庭園を見る。

 本当、日本なのか……ここ?


 広い庭……庭師って存在するのかなぁ? 手入れをするのが大変だろうな。

 あ……そういえば、鈴芽が乗馬してるんだっけ? まだやってんのかな?


 玄関に置いてあった下駄を履くと、厩舎に向かってみた。




 俺は颯爽と馬に乗る鈴芽に目を奪われる。


 障害物をピョンピョンと越えて行く姿……カッコイイ~。



 こちらに気がついたのか、全ての障害物を跳び終えると大きな馬に乗った鈴芽はこちらへと来た。


「今何時? もしかして時間ヤバい?」



 高い位置から彼女は俺に時間を聞いた。


「いや……大丈夫」


「そ。良かった」


 ニコッと笑った彼女の顔には汗が滲んでいた。



「……」


「何? アタシの顔に何か付いてる?」


 鈴芽は首に掛けていたタオルで顔の汗を拭う。



「カッコイイな~って……。何か俺も乗ってみたくなった。無理だけど」


 俺は笑いながら冗談めいて言った。




「む、無理じゃないわよ……乗馬に運動神経関係ないし」


 鈴芽からは意外な言葉が返って来た。



「じゃあ今度教えてくれよ」


 ……とか言ってみる。運動神経は関係がないとはいっても、教えてもらわなけりゃ出来ないよな。




「…………こ、今度ね」


 これまた意外な言葉。『何でアンタなんかに教えなきゃならないのよ』とか言われると思ってた。


 俺は大きくパチクリと瞬きをすると、鈴芽は顔を逸らして馬を走らせた。




 ……ま、まぁ、本当なのか冗談なのかはわからないけど、馬に乗ってみたいのは事実だし。



 鈴芽の様子を確認した俺は、屋敷へ戻ろうと足を上げた。



「きゃッ!!」


 大きな悲鳴とドスンという音が耳に入り、そちらに顔を向ける。


 そこには倒れてる鈴芽の姿があった。馬は暴れて周辺をグルグルと回ってる。


 何があったんだ?

 俺は急いで彼女のそばへと駆け寄った。



「す、鈴芽!?」


「……」


 返事がない……意識がない?

 俺は何度も鈴芽の名を呼び、肩を揺する。



 すると朦朧としながらも、鈴芽はこちらに顔を向けた。……と思うと、急に身体を捻らせて俺のそばから離れた。



「イタタ……」


 苦しそうに顔を歪め、頭やら身体を触っている様子が見受けられる。



「おい、鈴芽……」


「近づかないでよ!!」


 さっきとは違い、猛烈な拒否反応を見せた。


「ら、落馬じゃないんだから……アタシが自分から落ちただけ……」



 彼女はしんどそうに唸りながらそう口にする。


 いやいや……落馬だろ。

 振り落とされたか自ら落ちたか…ってどっちにしろ、落ちた事には変わりないし。


 俺が再び鈴芽に近寄ろうとすると、彼女は手を前に出して断固拒否をしている。



「ケータイ貸して……」


「?」


「アンタ、今、携帯持ってるでしょ!? 寄越しなさい! ……痛ッ」



 大きな声を張り上げた鈴芽は、その声の振動が骨にでも響いたのか、身体を抱えている。

 仕方ないので俺は鞄から携帯を取り出し、鈴芽に渡した。鈴芽は誰かに電話をすると、携帯を返してくれた。




「お嬢様、大丈夫ですか?」


 しばらく経ち、先程の暴れ馬を連れた黒野さんが現れた。


「来るのが遅い! 痛いんだからさっさとしてよね!」



「申し訳ありません」


 深々とお辞儀をした黒野さんは、近くの木に馬を繋げ、鈴芽の身体を抱き上げると彼は俺の方を向く。



「桜次郎様、朝食のご用意が出来ました。ダイニングには青柳がいますので、彼に何でも申し付けて下さい。私がご案内出来なくて申し訳ございません」


 謝罪の言葉を残し、鈴芽をつれた黒野さんは去って行った。



「……」


 あんなに拒絶していたのに黒野さんはいいんだ。……って、まぁ普通に考えて当たり前か。


 でも、何か俺信用されてないなぁ……。ちょっぴり哀愁。




「ヒヒーン……」


「お前は悪くないよ……」


 一人残され、何も出来なかった自分自身に落胆した俺は、悲しそうに首を下げてる馬に語りかけていた。

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