戦場という名の授業
「なぁ~桜次郎」
教室に着くや否や、巳山が声を掛けて来た。
「お前、昨日三階から落ちたんだって? 大丈夫か?」
「さ、サンカイ? 何言ってんだ」
俺は眉間に皺を寄せながら首を傾げる。
「だって、あのなげーエスカレーターから転げ落ちたんだろ!」
コクっと頷く……。も、もしやあの動く階段は三階くらいの高さがあったのか?
そう考えると恐ろしい……。
「ちょっとオージロー!!」
巳山と話していると、鈴芽が俺の机にドカッと何かを置いた。
携帯だ。
「何でアンタの忘れものをアタシが持って来ないといけないのよ!」
携帯なんて持ち慣れてないから忘れてしまっていた。……と言うか、携帯の存在自体を忘れていた。
「あ、ありがと……」
横から鈴芽の苛立ちがひしひしと感じる……。
――ドカッ
「わっ!」
そんな最中、誰かに押された鈴芽が俺の机の上に倒れ込んだ。
「あら、ごめんあそばせ辰酉さん。貴女のその巨体がワタクシを遮ってましたからつい……」
「あ、申空時さん」
俺が申空時さんを見ると、そばに歩み寄って来た。
そして彼女の右手が俺の左頬にそーっと触れる。
「桜次郎様、お体と頬は大丈夫ですか? ワタクシが一時の感情で叩いてしまったから……一生の不覚ですわ」
今にも涙を流してしまいそうな申空時さんの顔が俺の目の前にある。
近すぎて何だか恥ずかしいんだが……。
――ドンッ
「きゃっ!」
申空時さんがゆっくりと床に倒れ込む。
「失礼。こんな狭いところで必死に男を誘惑してるからお邪魔でしてつい……このビッチ」
先程の仕返しなのか、鈴芽が彼女にぶつかり、嫌みったらしく申空時さんに目を向ける。
隣の机との間隔は広いから全く狭いとは思わないが……。
「貴女誰に向かって口を聞いてますの!?」
申空時さんは鈴芽につかみ掛かる勢いで立つと、二人の間には火花が散っていた。
ケンカなんてやめてくれよ。しかも俺のそばで……。
ちらっと巳山を見ると、ニコニコと見守っている。
何だその温かい目……。
「……二人とも授業始まんぞ」
溜め息を一つ吐き、二人に言った。
「うっさいわね! 男はすっこんでてよ!!」
「いくら桜次郎様のお言葉でも引けません。このワタクシにあのような罵倒、許しませんわ!」
う……、二人の眼光が突き刺さる。
犬猿の仲……というか、毛を逆立ててる猫同士の争いに見えるんだけど。
「はいは~い。皆静かにして下さ~い」
そのグッドタイミングな瞬間に先生は教室へ入って来た。
「あれ? チャイム鳴った?」
俺は巳山を見ると、彼は首を横に振る。
「突然ですが、次の授業は調理実習にします。だから家庭科室に移動してね」
先生は人差し指を立て、微笑みながらクラスのみんなにそう伝えるとさっさと教室を出て行った。
鈴芽と申空時さんは、言い争いを止めてポカンとしている。
調理実習とか唐突な話だが、それが功を奏したみたいで二人はケンカを中断していた。
ザワザワとしながらみんなは教室を出て移動を始めた。
「よっこらしょ……」
掛け声と共に椅子から立つ。
「アンタ年寄り?」
鈴芽に呆れられながら、俺たちもノロノロと教室を出る。
「桜ちゃ~ん!」
「うわッ!」
背後から駆け足の音がしたと思ったら誰かがぶつかって来た。
「みんなどこ行くの? 移動教室?」
ニコニコと眩しいほどの笑顔の羽流ちゃんが居た。
「家庭科室だよ」
笑顔の羽流ちゃんに対し、笑顔で答える巳山。
「んじゃ~あたしもついて行こ~」
両手を広げてウキウキと楽しそうにしている羽流ちゃんだが、彼女、違うクラスだよな?
「アンタは関係ないでしょ」
犬に『小屋に戻りなさい』と指図するように、羽流ちゃんの教室を指す鈴芽。
「え~、あたしも桜ちゃんの手料理食べたい~」
「わっ!」
羽流ちゃんが俺の腕を引っ張りしがみつく。
「ちょっと落ち着きのない方の辰酉さんっ! 桜次郎様から離れなさい!」
申空時さんがズカズカと近付いて来ると俺と羽流ちゃんの間に割り込む。
「あんな方と居たらアホになってしまいますわよ」
申空時さんが俺の背中を押して前へ進みながら言う。
いや、それは言い過ぎだと……。
――ル~ルル~♪
ピアノのメロディアスな音が廊下に響き渡る。
これは確かこの学校のチャイム……。馴染みがなくて、一瞬わからなった。
「オイ、急がないと!」
振り返り、皆を急かしてみた。
「って誰もいないし……」
「桜次郎様~こっちですわ。早く~」
通路の途中にある角から申空時さんが顔を覗かせる。
こんな広い学校、まだ覚え切れん。
「辰酉さん、申空時さん、巳山くん、そして粟田くん。遅刻よ~」
やっと辿り着けたが、時既に遅し。ドアを開けた目の前には卯月先生が待ち構えてた。
「す、すみません……」
「まぁ、ギリギリに伝えた先生も悪かったから今回はセーフって事で」
新婚さんのようなフリフリのエプロンをまとったお色気ムンムンな先生は俺たちにウインクをする。
「昨日着てたピッチピチの服であのエプロン着て欲しかったよな~」
巳山がデレッと鼻の下を伸ばしながら俺に同意を求める。
いやぁ……あの胸の開いた、スカートの短いピッチリした服でエプロンとか……。正面から見たら最早裸エプロンじゃん……。
皆がいる公共の場。それは共感しかねるぞ……ましてや学校の先生。
「さ、調理実習開始よ。グループ分けは終わっちゃったから、ちょっと少ないけど四人でやりなさい。貴方たちはK-5を使ってね」
K-5? 部屋?
グループ毎に調理する部屋があるのか?
皆、違う教室で作るのだろうか?
「先生、一体何を作るんですか?」
「あの机にある食材を使って一つのグループで料理を四品作ってもらいます。出来たら先生のところに持って来てね」
フムフム。あそこにある食材で何か作れと……って、それじゃあ調理実習でなくて、料理対決じゃねーか!?
「あ、あの……。料理を教えてくれるんじゃないんですか?」
先生の顔を横目で見ながらそっと聞いてみた。
「先生、料理苦手だから……。それに料理を教わりたければ料理教室にでも行きなさい」
え~……何じゃそりゃ?
学校は教えてくれる場所じゃないの?
「あ、でも君は実習初めてだから教えてあげてもいいわよ」
そう言った先生は俺の顔に顔を近づける。
これはフェロモンなのか香水なのか……プンプン匂いますけど。つーか、料理が苦手なのに何を教えてくれるんだ……。
「ちょっとふしだら教師! 生徒をたぶらかしてんじゃないわよ! 時間がなくなるじゃない!!」
「今回は辰酉さんに賛成ですわ」
鈴芽が間に入って来ると、申空時さんが俺の腕を引き先生から離す。
「そうね、時間がなくなっちゃうわね。じゃ、早く美味しい料理作ってね~。あ、ご飯は品数には入らないから」
先生、何と言う大人な対応。鈴芽の暴言に怒ってもいいと思うんだが……立場上それは厳しいのか?
「あ~、オレ、先生に教わりたかったなぁ~」
ぶつぶつと何かをほざいてる巳山は放って置いて、俺らは食材のある机に急いで行った。
「四品……だったら一人一品作る、でいいよね?」
面倒臭そうに話す鈴芽に、俺は首を縦に振って同意した。
「でも、結局何を作ればいいんだ?」
見たことのない、不思議な野菜を物色しながら聞いてみた。
「得意料理、もしくは作れる料理」
「ふーん、じゃあ鈴芽は何作るんだ?」
「お、オムレツ……」
顔を逸らし、モジモジとしながら言う鈴芽。オムレツとか……意外と可愛いな。
「ワタクシはタルトタタンですわ」
林檎を持った申空時さんがそばに寄って来た。すると鈴芽が怒鳴り声を上げる。
「アンタ、アホウ!? そんなのおかずにならないじゃないの!」
「うるさいですわね! 一品は一品じゃないですの!」
「それじゃあ一品じゃなくて一皿よ!」
「同じじゃあないですの!」
二人の口論は続く。こんなところでまでケンカしないでくれ……熱い。
「巳山は?」
「オレ、食うの専門だから。それに料理は女の子がするもんじゃん」
胸を張って自慢げに話す彼に鈴芽が掴みかかる。
「アンタ話聞いてた!? ただでさえ人数が少ないんだから協力しなさいよ!」
俺は、再度怒りをあらわにする鈴芽を落ち着かせようとした。
「偏見ですわ。今の時代、男性も料理が出来てこそカッコイイのですから」
「そうなの? じゃあやる」
申空時さんの一言でやる気を出す。単純……。
それよりも、食うの専門イコール料理出来ない……だよな? 何か不安過ぎる。
「桜次郎は?」
「俺? ん~俺は……肉じゃがにしようかな?」
俺の言葉で巳山が固まる。変な事言ったか?
「お前は嫁か? 嫁にでも行くんか!?」
「何故そうなる……」
得意料理は肉じゃがです。肉じゃがを作れたらお嫁に行ける……そんな事ないだろ? ってか、その発想古くね?
「巳山もさっさと作るもん決めて行くぞ」
鈴芽と申空時さんは食材を持って、先にK-5という調理場に行ってしまった。
巳山は首を上下に傾げながら相当悩んでいる。
ご飯が駄目ってのは米系は駄目なのか? 焼き飯とか……。
「あ、いいのあんじゃん。巳山、みそ汁だ」
閃く。我ながらいい考え。
「無理。味を調整する系は絶対無理」
うわぁ……即答。味噌を溶かすだけなのに。
「最終手段、サラダだ。飯じゃないからオッケーだろ?」
「おぉ! オレにも出来るかも」
俺たちは材料をかき集め、調理場を目指した。
さて、始めるか……。
何かまだ何もやってないのに疲れた。
鍋ってこれしかないのかな? 確か圧力鍋ってやつ? 使った事ないが……。
俺は鍋を片手に周りを見渡すと、皆一生懸命に調理している。
鈴芽も必死にボールの中に卵を何個も割って……ん?
「おいおいおい。ちょ……ちょっとストップ!」
俺は鈴芽の腕を掴み、卵を割る作業を止める。
「な、何よ!」
「何? じゃなくて殻だらけじゃんか!?」
ボールの中に浮く、卵の殻の量が尋常じゃない。殻ごと入れてるんじゃねぇかってレベル。
「うっさいわね! 男のくせに小さいのよ。これくらいどーって事ないじゃないの」
鈴芽は俺の腕を振り切ると、両方の手で卵を一つずつ持ち、再び割り出した。
「どーって事あるっつーの! まず、もっと丁寧に割れよ」
「もう、うっさいうっさい! アンタは姑か!」
鈴芽はぶつくさと怒りながら料理という作業を続ける。
「って申空時さん!」
林檎と包丁を持つ彼女に声をかける。
「あ、危ないですよ。そんな持ち方じゃあ……」
「そうですの? ワタクシ、包丁持った事なくて……」
はにかむ申空時さんは包丁をまな板に置いた。
包丁を持った事ないのに、よく林檎を剥こうと思ったもんだな。
何て危なっかしい。見てるこっちが冷や冷やする。
「桜次郎ぅぅ……」
振り向くと沈んだ顔の巳山がいた。
「オレ、切る系も無理だ」
そう言う巳山の手を見ると、指と手の甲から血がポトポト滴っている。
「どうやったらそんな場所を切るんだ……。とにかく先生んとこ行って絆創膏貼って来い」
彼は急ぐ様子もなく、笑いながら去って行った。
全く……どういう風に包丁使ったんだ。
「桜次郎様、包丁の使い方を教えて下さらない?」
……こっちにも包丁の使い方が微妙な方がいたんだった。
「あ、うん。えっと……」
申空時さんが包丁と林檎を持って寄り添って来た。
包丁を片手に持った姿がちょっと怖い……。
「包丁を持つ時はこう。あ、向き逆……。あれ? 申空時さんって左利き?」
「いいえ。右利きですわよ」
「じゃあ右で持とうよ……」
申空時さんは左右の手を見ながら何か悩んでる。
何を悩んでんだか……。
「――ってオイ鈴芽! そのまま焼くのか!? 殻出せ殻!」
少し逸らした目線の先には、先程のボールの中身をフライパンに流し込もうとしている鈴芽の姿があった。
「何よ? また口答え?」
鈴芽は膨れっ面になりながら手を止める。セーフ。
「まず殻を全部取り出して、ちゃんと掻き混ぜる! 目玉焼きを作るんだったら混ぜなくてもいいけどさ」
「あーもう! アンタは先生か!?」
鈴芽は苛立ちを表情に出すが、その手は菜箸で殻を一つずつ取り除いていた。
「やっぱ女の子が料理してる姿っていいね~」
「み、巳山……いつの間に」
「オレ、復活~」
微笑みながら彼はピースサインをする。
しかし女子を見ているだけで動こうとしない。
俺は巳山にレタスを一玉渡す。
「お前はレタスでもちぎってろ」
「やっぱ料理しなきゃ駄目?」
巳山は目を細め、虚ろにレタスを受けとった。
「桜次郎様、切れましたわ」
申空時さんがそばで耳打ちをし、指を向けた方には綺麗にカットされ整列した林檎たち。
「えっ、スゴイじゃん」
俺は林檎の皮を持つ。
皮には殆ど果肉もついてなく、本当に皮と果肉をわけて綺麗に剥いてある。
これだけ出来て包丁持った事ないって? 無駄がなくてとっても丁寧なんだけど。
「お嬢様、後おいくつご使用ですか?」
「え?」
申空時さんの後ろにいる人、学生じゃないよね? 服装、佇まいがどう見ても料理人。
プロのシェフらしき人が俺に頭を下げると微笑んでいた。申空時さんは満足げに林檎を一つ口へと運ぶ。
「授業なんだから自分でやらないと……」
溜め息をついた俺の肩をポンポンと何度も誰かが叩く。
「終わった。次は?」
巳山がレタスをちぎり終わり、次にする事を聞きに来る。……何で俺が指示しなきゃならんのだ?
正直、レタスだけで『一品出来上がり』なんて駄目だよな?
「そうだ、魚だ魚。冷蔵庫から魚取って来て焼け」
返事をした巳山は魚を取りに行った。焼き魚なら誰から見ても一品料理。申し分ない。
「うぎょえぇー!!」
何だ!? この断末魔のような叫びッ!
奇声と共に鈴芽が俺に体当たりをすると、しがみついて来た。
「ご、ゴッキーが……ゴッキーが出たァァ」
さっきの威勢とは違い、鈴芽ははブルブルと震えている。
「ゴキブリくらい出るだろ。ここ家庭科室だし」
「何よ、その言い方! ゴッキーは私が嫌いな虫、No.1なんだから!」
俺を突き飛ばすと、人差し指を立て、机の下へ向ける。
そちら側に目をやるが、特に何もない。
「別に何もいないぞ」
「な、何ですって! そんなおぞましいモノがこの学園に!?」
申空時さんの顔色が見る見ると変化する。
どうやら俺と鈴芽の会話を聞いていたみたいだ。
「ただちに超強力な殺虫剤をッ!」
いつの間にか申空時さんの周りに待機していた黒服に、彼女は大きな声で命じる。
さ、殺虫剤って……こんな場所で?
「ちょ……調理中だし、それはやめとこ……」
「そ、そうですわね。桜次郎様がそういうなら……」
彼女は黒服に命令を取り消す。
俺が言わなくても、普通こんな場面で殺虫剤なんて使わねーだろ。
しかしモクモクと煙りが立ち上っている。
さ、殺虫剤!?
「いや……この焦げた臭い……」
俺は臭いの元を辿る。
そこには予想通り、魚を焼く巳山の姿があった。
「巳山、焦げてる! 火を消せ!」
「え、けど、しっかり焼いた方がいいじゃん」
「しっかりも何も、真っ黒焦げじゃねーか! 黒過ぎて何の魚かさえもわかんねぇ!」
巳山に皿を差し出すと、彼は魚をそれに乗せる。
「あははー失敗か?」
ニヤニヤと笑う巳山に溜め息しか出せない。
別にいいさ……うっかり焦がしちゃうのは……いいんだが。
「何故、七輪……? どっから持って来たんだ。っつーか、グリルでいいじゃん。確かに七輪のが美味しく焼けるけどさ……」
「桜次郎が怒る~。オレを責める~」
そう言いながら巳山は鈴芽の後ろに隠れる。
「怒ってもないし、責めてもないだろ……」
しかし、こんな密室で七輪使うかな……。
「そだ、桜次郎。肉じゃが出来た?」
「へっ……」
巳山の言葉に、俺は素っ頓狂な声が漏れる。
すっかり忘れてた……。
「もう時間ないぜ」
「ゴッキーも嫌だけど補習も嫌なんだから!」
「い、一品も出来てない……?」
俺たちはどんよりと顔を曇らせ下を向いた。
「桜次郎様、タルトタタンってどう作るんでしたっけ?」
うなだれる俺たちの前に申空時さんの無邪気な声が耳に響く。
「知らない……」
そもそもタタン何とかって何ぞや?
……と、そんな事を考えてる暇ないかな。
残り時間で後四品……。
もうこいつらに構ってられない!
俺は三人に指示をすると調理を開始した。
「せ、先生出来ました!」
俺たちはしっかり四品を完成させ、先生の待つ場所へと急いだ。
そうです。皆に伝えた指示というのは『何もするな』という事。お陰で何とか出来上がりました。
「桜ちゃん遅かったね~」
「あれ?」
先生の隣に、羽流ちゃんと……千代花ちゃん!?
「そこで千代ちゃんに会ったんだ~」
ニコニコ顔の羽流ちゃんに対して千代花ちゃんはムスッとした顔。どうも、無理矢理連れて来られたって感じに見受けられる。
「さて、貴方たちのグループの料理は……肉じゃがに味噌汁、だし巻きにサラダ……と、林檎?」
「うわーい、おいしそ~」
「は、羽流ちゃんも食べるの?」
「審査員~!」
キャハハと笑いながら、彼女はみそ汁を飲む。
「おいしいー、母の味だ!」
母の味か。母さんにみそ汁を作ってもらった事ないな……。
あぁ、何だか泣けてくる。
「この肉じゃが先生好みの味ね」
マジっすか? めっちゃ急いで作ったんだけど。間に合うか冷や冷やしたが、圧力鍋ってスゴイね~。これ、一家に一台欲しいかも。
「この卵焼き……」
「わー、フワフワだッ」
それがすんごく苦労したんだ!
フワフワ加減じゃなくて、殻を取るのに!!
チラッと鈴芽を見ると、彼女もこちらに顔を向けていたらしく目が合う。
しかしすぐに逸らされてしまった。
先生に千代花ちゃん、自称審査員の羽流ちゃんが揃って手を伸ばしたサラダ。
「魚の身が乗ってるんだー。何の魚だろ?」
これ、不安の一品。
巳山のちぎったレタスに数種類の野菜を足して、奴が焦がした名もわからぬ魚の身をほぐして乗っけたもの。
焦げただけで捨てるのは勿体ないからさ……。
し、しかしサラダにサーモンや海老とかを乗せてるのは見たことあるけど……謎の白身魚、しかも焼き魚。……これってあり?
「おー、オレ作の料理だな」
まぁ、巳山作? お前が焼き焦がした料理に変わりはない。
「このドレッシングおいしー」
羽流ちゃんがドレッシングだけペロッと舐める。
「あ、それリンゴをドレッシングにしてみたんだけど……」
あの沢山剥かれた林檎を何とか使えないかと考えた結果、俺にはこうするしか出来ませんでした。
しかも使い切れなかった、生の林檎まだいっぱい残ってるし……。
「桜次郎様、あんな短時間でこんなに作ってしまうなんて……是非ワタクシの為にタルトタタンを作って頂きたいですわ」
申空時さんが肩を添わすように俺のそばに近づく。
……だからタルタンって何ですか?
「あー、美味しかったわ」
「おいしかった~」
先生と羽流ちゃんは満足した様子で林檎をシャリシャリと頬張る。
何はともあれ良かった。美味しいと言ってくれたし。
「美味しかったけど~、四人共補習ね」
「えッ!?」
「何でよ!」
「個人授業ならウェルカムかな~」
先生の衝撃の言葉に愕然とする。
「だってタイムオーバーよ」
俺たちは揃って時計を見る。時計の針は、とっくに時間を通り越していた。……やべェ。
「あたしたちのクラスが次に家庭科室使うんだよ~」
ど、通りで……。羽流ちゃんが家庭科室にいる事に納得。
って納得してる場合じゃねー! 次の授業に間に合わん!!
また遅刻じゃんか!
「桜次郎、早く早く~」
巳山が廊下から手招きをする。
……いつの間にか皆いないし。
「あ、でも後片付けしないと……」
「おーじろー、早く~! 先行くぞ!?」
俺、頑張ったのに報われてない気がするのは気の所為なのか?
毎回こんなのだと身が持たないんだけど……。