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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第二羽
5/23

桜のない入学式②

 あっという間に放課後になった。


 授業もついていける範囲で問題はなかったし良かった良かった。



「なぁなぁ~」


 後ろの席から巳山が声をかけて来る。


「お前鈴芽ちゃんと兄妹って事はさー、彼女のスリーサイズとかわかる?」


 それ、今日会った初対面の人に聞く事か?

 どっかのギャルゲーのサポートキャラかよお前は!?


「……全く何言ってんだよ」



 俺は振り向かずに巳山に言う。すると奴は、俺の椅子を引っ張ったり押したりを繰り返して遊ぶ。お前は子供か!?


「じゃあさじゃあさ、鈴芽ちゃんの私服ってどんな感じ? あの子、家で何してんの? どんなパジャマで寝てんの?」


 質問多過ぎ! マシンガントーク過ぎ!


 転校生が質問攻めを受けるっていうのはわかるが、他人の事を聞かれるなんて予想外だぞ。



 俺は振り返り、巳山を見る。


「そんな事、俺が知るはずないだろ。この前引っ越して来たばっかなのに……」



 こんなに疲れる質問されたのは初めてだ。


「そんな事……?」


 ボソッと呟くような声が背後から聞こえた。


「あ、もう帰るの? じゃ~オレと帰ろッ」


 巳山は俺の後ろに立った人物に話し掛ける。



「アンタなんかと帰る訳ないでしょ。このスケコマシ!」



 この怒声は……鈴芽だ。

 俺は声の聞こえた方へ顔を少し向け、横目で見ると彼女と視線が合ってしまう。



「何でアンタなんかと同じクラスにならなくちゃいけないのよ」


 鈴芽はプクッと頬を膨らませ、腕を組みながら目を逸らした。



 何でと言われても……俺がクラスを決める訳ではないし……。


「俺は鈴芽と同じクラスで良かった」




「は、はぁ!? 何言ってんの、このアホウ!!」


 彼女のデカイ声が教室中に反響した。



「やっぱ知り合いがクラスにいた方がいいじゃんか……ってか、声のボリューム下げろよ」



 俺は片方の耳を抑えながら溜め息と一緒に口を開く。


「あ、アンタが良くてもアタシは嫌なんだから」


 口を歪ませ、頬を少し赤らめている鈴芽が俺を見ずに独り言のように呟いている。




「辰酉さん、貴女のその大きなお尻がワタクシの行く手をとーっても邪魔してるのですけれども、どうしたらいいと思います?」


 甲高い声の嫌味な台詞が俺たちの耳に入った。


「あらあら申空時さん。アナタ、ツルペタだからこれくらいの幅、通れるんじゃないの?」



 声の主は申空時さん。そんな彼女の言葉に鈴芽は買い言葉で返事する。


 何だか火花がバチバチと……仲悪いのか?



「無駄口を叩いてないでさっさとそこを通しなさい! ワタクシはぬりかべに用事があるのです」


 申空時さんはそう言うと、キッと鋭い目線で俺を見る。


「ぬ、……りかべ?」


 放たれていた火花が止まり、鈴芽がキョトンと不思議そうな表情になる。


「桜次郎が朝さ、聖羅ちゃんの前でボーッと突っ立ってたんだ」



 ケタケタと笑い、巳山が鈴芽に解説をする。つーか、お前現場を見てたんかい!?


「ワタクシ、忙しいのですから早くして下さらない?」


 申空時さんがイラついた声で俺に告げる。

 そう言えば、校舎を案内してくれるんだっけ?



「ごめん、すぐ行くよ」


 机に手を置いて立ち上がると、彼女は先に一人で教室を出ていってしまった。




「桜次郎、タカビーなお嬢様のお相手がんばれ~」


「……」


 人事だと思って棒読みで俺にエールを送る巳山。



 俺は二人に手を振って教室を出た。





「遅いですわ。女の子を待たせるなんて最低」



 教室を出ると申空時さんが立っていた。


「ご、ごめん……」


 最低とまで言われるとは。


「庶民の分際でワタクシに案内してもらえる事を誇りに思いなさい」



 ……分際って。確かに庶民だけど、庶民以下かもだけど……。


「いくら何でもそんな言い方は良くないよ」



 彼女の言葉にイラっと来たが、そんな気持ちを抑えながら柔らかい口調で言う。


「うるさい愚民ですわね。さっさと行きますわよ」



 愚民って……更に悪くなってるじゃん。


 何だか彼女に何を言っても無駄な気がする……。


 深く溜め息をついた俺は、申空時さんの背中を見つめながら後ろについていった。


「学園内と言っても広いですから、高等部の中で貴方が授業で使うだろう場所だけ案内しますわ」



 そう言って俺の顔を見ないで話を進める申空時さんに連れられて来たのは……。


「あ、この箱知ってる……確か上下に動くんだよな? 屋敷にもあった」



「箱って……エレベーターと言って下さらない?」


 冷たく言う申空時さんはボタンを押そうと手を上げる……が、押される事はなく元の位置に戻る。


「止め。密室で男性と二人なんてありえないですわ! エスカレーターで案内します」


 彼女はくるりと方向転換をする。



「あす、カレーだー?」


 明日カレーなのか?


 俺が首を傾げるとスゴイ鋭い眼差しで見られた。


「何を聞いてますの? エスカレーターですわ」


「S彼だー?」


 彼女の形相が次第に般若に変化していく。



「貴方わざと!? それとも大馬鹿無知野郎ですの?」


 うわぁ……酷い言われよう……しかし後者だな。



「俺金持ちの世界って初めてでさ。しかも、良く、常識無さ過ぎだーって言われるんだよな~」


 俺は頭をポリポリと掻き、笑いながら自嘲すると彼女はわかりやすい程の苛立ちを顔で表現している。


「罵倒されて何ヘラヘラしてるんです! 男ならプライドがあるでしょ!」


 プライドは女の人でも持ってると思うけど……。つーか何故そんなに怒ってるんだ彼女は?


「だって本当の事だし。あ、わざとじゃないよ」


 知らんものは知らんのだからしょうがないじゃないか。




 申空時さんは見下したように鼻で笑うと、スタスタ歩いて行った。




「エスカレーターって動く階段の事か~」


 俺たちはエスカレーターの前へ来ていた。


 知ってる。これなら見たことあるや。



 一人でうんうんと頷いていると、彼女はそんな俺を無視して自動階段に乗る。


 続いて俺も隣に飛び乗った。おぉ~、コレ、勝手に動いてるぞ。何か感動……。





「……そうだ、君って理事長なんだよね? じゃあ親御さんは学校関係の人?」


 学生で理事長だなんて漫画みたいな話だよな……。

 俺は沈黙を破り、彼女に質問する。



「何で貴方にワタクシの事を話さなくちゃいけないのです?」


 予想通りの反応だ。気高くプライドの高いお嬢様はプライベートは話さないか。




「嫌ならいいけど。ただ申空時さんの事、知りたかっただけだし」


 返事はしてくれるって事はまだそこまで嫌われてはないのか?



 ……って何故そこで赤くなる?

 彼女を見ると、頬がほんのりと色付いていた。


 俺、何か恥ずかしい台詞でも言った?




 彼女は前を見ず、俯きながらエスカレーターを降り、足早に歩く。


「あ、あなたもワタクシの、び、美貌にやられた一人ですのね……」


 口をモゴモゴとさせながら、何やらそのような事を言っているみたいだ。

 女の子は良くわからん。



「キャッ!」


――バサバサッ


 突然通路の角から現れた生徒が、俯いていた申空時さんとぶつかり持っていたプリントが床に散らばった。



「ごめんなさい……理事長」


 女子生徒は申空時さんに謝罪をすると、すぐにプリントをかき集めだす。



「全く危ないじゃないですの……ワタクシが」


 彼女は床にしゃがみ込む生徒を見ながら注意をしていた。ワタクシがって自分だけかよ。




「君、大丈夫?」


 俺はその生徒に近寄り、一緒に大量にバラ撒かれたプリントを拾う。



「突っ立ってないで申空時さんも手伝ってよ」


 見下すように高い位置から俺たちを眺める彼女に言うと、ぷいと立ち去って行ってしまった。





 沢山散らばったプリントを全部拾い終わる。


「これ、どこまで持って行くの?」


「わ、わたし一人で大丈夫ですので、早く理事長を追い掛けて下さい」


 女子生徒は首をブンブンと振ってそれを断固断る。

 仕方ないのでプリントを生徒に渡すと、その子は深々とお辞儀をした。


 そして女子生徒は俺の顔を見ると、もう一度深くお辞儀をし、通り過ぎて去って行った。





 申空時さんに追いつき横に立つと、彼女の瞳がギロッと俺に向けられた。



「貴方ワタクシとあの娘、どっちの味方ですの?」


 は?


 何を言ってるんだこの理事長は。


「ワタクシに好意を寄せておきながらあの生徒にまで……」


「……待て、何か話おかしくない?」


 申空時さんのぶつくさと呟く言葉が引っ掛かり、俺は疑問を投げかけるが彼女は知らん顔をする。



 そして何故か険悪状態になった中、黙々と校舎の案内が続けられたのだった。


 俺、そんなに悪い事したか?



 廊下を歩いていると、申空時さんの眉間に刻まれていた皺が、更に深くなる。


 そんなスゴく怖い形相をした彼女の目線の先にいたのは、パーマのかかった金髪の女の子が窓の外をぼんやりと見ていた。


 あの子、見た事あるぞ。



 申空時さんはズカズカと足音をたて、金髪の少女に近づいて行く。


「ちょっと辰酉千代花さん!」



 あぁ……そうだそうだ。姉妹の一人だ。確か厩舎で会ったような……あの子にはちゃんと自己紹介してなかったな~。


 申空時さんがそばに行くが、千代花ちゃんは気づいていないのか、彼女を見ない。いや、気づいてるだろ……あんだけ近かったら。



 完全無視をされ、申空時のお嬢様はご立腹。


「辰酉さん、まだ学園にいらっしゃったの? ワタクシはいつでも辞めて頂いて結構とお伝えしましたが」



「……」


「人が話してるのにダンマリ? 失礼にも甚だしいですわ」



 何だか申空時さんの周りの温度だけ上がってそうなくらい、彼女は一人ヒートアップしている。


 ダンマリって……それ、君が言うかな? 


「残念だけど、あたいはまだ退学になってねーよ」



 千代花ちゃんが壁に寄り掛かり、申空時さんの方を向く。


 金髪ロンスカであたいって……一昔前の不良みたいだな。


「ずっと停学中でよろしかったのに。貴女のような不良がこの高貴な学園にいる事自体が迷惑ですもの」



 彼女を見下し蔑むような口調で申空時さんが口にする。


「悪かったな。でも、あたいは自分から学園を去ろうとは思ってないから」


 軽蔑されても千代花ちゃんは気にした様子はなく、言い返した。


「貴女は良くても学園が困るますの! 評判が落ちてしまいますわ」


 冷たく見下した目。汚いものでも見るように顔を歪ませて申空時さんが言う。





「それはないだろ」


 女の子同士の会話に口を挟むのは微妙だったが、ついつい口をだしてしまった。


 二人は同時に俺に目をやる。


 俺は少し焦りつつ、チラッと申空時さんに顔を向ける。


「千代花ちゃんは学校にいたいって言ってるんだからさ……いいじゃん。学校って生徒の味方じゃないの? 理事長ならなおさら……」


――バシッ




 俺が言い終える前に、申空時さんの平手が頬に打たれた。


「さっきから貴方何なんですの!?」


 お、俺……悪い事した?

 間に割って入ったのは確かに良くないかも。空気読めてねーよな。

 読めてねーかもしんないけど平手打ちって……。


 ジンジンと痛みがする左頬に手を当てる。



「ワタクシが直々に案内をしてあげてるというのに、ドジな生徒や不良の味方して……」



 違う違う。味方なんてしてないぞ。それは君の態度が自己中だから……。


 突然殴られた事で少しボー然としていたら、申空時さんは廊下を走り去って行った。




「お前バカだな。あいつに目、付けられたぞ」


 隣で千代花ちゃんがボソリと俺に言うと、彼女もスタスタと去って行ってしまう。



 入学早々、学校の権力者に目を付けられてしまったなんて……。


 ……もしかして俺の学園生活、波乱の予感?


 しかもこんなところに置き去りにされてしまった。取り敢えず、申空時さんを追い掛けよう。

 まだ校内を全部案内してもらってないし。





 見つけた。彼女は下りのエスカレーターに乗ろうとしているところだった。



「申空時さん!」


 俺は彼女の名前を呼び、そばに行こうと駆け寄るが、申空時さんは俺を見ると再び走り出す。


 動く階段で走ったりしたら……。



「きゃッ!」


「あ、危ない!」


 エスカレーターの隅に足を取られ、彼女は体勢を崩す。


 俺は急いで申空時さんの手を引き抱き寄せるが、間に合わず、一緒に長いエスカレーターの下まで転げ落ちてしまった。



「いってぇ……」


 思いっきり腰と尻打った……。こりゃ絶対打ち身出来てるぞ。


 まぁ、頭じゃなくて良かった。



 それよりも……。


 俺は腕の中でうずくまる申空時さんを見る。


「大丈夫?」



 小さく頷く彼女を見る限り、意識はあるし怪我もなさそうで安心した。


「……」



 視線が刺さるのを感じ、ハッとして俺は彼女を体から離すと立ち上がる。そしてゆっくりと申空時さんに手を差し伸べた。


 お、怒られる……。




 内心冷や冷やしていた中、彼女はずーっと俺の瞳を見つめると、差し伸べていた手をとった。



「身を呈してまでワタクシの事を……。貴方のお気持ち、十分にわかりましたわ」


 頬を染め、肩をすぼめながら優しい口調で俺に語る。


 あれ? 怒ってない?



「その想い、受け止めさせて頂きます……」


 瞬きもせず、俺を見つめる申空時さん。

 何だろこの雰囲気……。



――ざわざわ


 エスカレーターから落下した時の大きな音の所為もあり、周りに沢山の人が集まって来た。


 またこのパターンかよ。一日何回囲まれなきゃならんのだ。



 その野次馬の団体から黒服たちが飛び出し、申空時さんの近くへ行くと辺りを厳重に囲む。



 そりゃー財閥の令嬢があんな上から落ちたんだもんな……大騒ぎだろうよ。そして俺は蚊帳の外かよ!? 一応当事者なんですが……。




 申空時さんが黒服たちの間から顔を覗かせ俺の顔を見る。


「そ、それではご機嫌よう……またね」


 彼女は顔を赤らめたまま恥ずかしそうに言うと、そのまま彼らに連れられて行ってしまった。




 え……、学校の案内は……?


 ざわつく中で、俺は一人その場に立ち尽くしていた。






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