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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第一羽
3/23

ようこそ、辰酉家へ③

「……」


 俺はベッドからむくりと起き上がる。



 どうやら眠っていたらしい。


 あの後、黒野さんから簡単に屋敷の案内をしてもらって……部屋に戻って資料を読み返していたらいつの間にか夢の中へ……。



 時計を見てみる。


 古めかしいが味のある時計。こういうの、何て言うんだっけ? プレミア……じゃなくて中古品? 骨董品的な……意味の言葉。


 まあいいや。



 時計の針を見る。


「……九時」


 って遅刻じゃねーか!?


 俺は立ち上がり部屋を飛び出した。


 ん? けど、俺、引っ越したから転校したのであって……転入の手続きをしないと学校に行けないんじゃないのか?


 しかも手続きって、保護者と一緒じゃないと出来ないんじゃなかったっけ?

 転校した事ないからわからんけど……。




 俺が廊下で立ち尽くしていると、ガラガラと何か向かってくる音がした。


「桜次郎様、おはようございます」


「黒野さん……」



 台車に何かを乗せて押しながら歩いて来たのは黒野さんだった。


 ん? 何かスゲーいいにおいがする。美味しそうな……。



「朝食をご用意致しましたのでお部屋にお持ちしますね」


 おぉ! その台車に乗ってるのはご飯だったのか。ってか、部屋まで持って来てくれるんだ。




 あれ? でも……?


「食堂で食べないんですか?」


 昨日、屋敷を案内してもらった時、大きな食堂があったよな?

 せっかく専用の部屋があるんなら、そこで食べようぜ? それとも使っちゃ駄目なのか?



「皆様忙しいので、食事は個々でお食べになってますから、最近はあまり使ってないですね」


 な、何と! あんな広い部屋を使ってないだと!


 もったいない……もったいなさ過ぎる!!


「く、黒野さん! 俺は食堂で食べます!」



 宝の持ち腐れ。在るのに使わないなんて、何てもったいない!


 そんな俺を、黒野さんはポカンと見ている。


 変な事言ったか、俺?



「かしこまりました。すぐに朝食を食堂にてご用意致します。出来ましたらお呼びに参りますので、少々お待ち下さい」



 彼はすぐにスマイルを俺に向けると、そう言って去って行った。


 ……何か、ワガママ言っちゃったかな?



 そんな後ろ姿を眺めていると、ハッとある事を思い出す。


「あ、俺、学校どうしたらいいんだろ……」



 そんな疑問を考え、ポリポリと頭を掻きながら部屋に戻った。




「お食事の用意が出来ました」



 部屋のドアをノックされたので開くと、そこには黒野さんが……って早ぇ!



「桜次郎様、こちらをどうぞ」


 何かを渡された。

 紙切れ?


 俺はその紙切れを広げる。


「これ……」


 地図!? じゃなくて屋敷の間取り図!?



「昨日のうちにお渡ししようと思ったのですが、桜次郎様、ご就寝されてましたので」


 微笑みながらサラリと言う黒野さんに驚いた。



 本当に作っちゃったのか……この人。ってか、作る暇なんてあったか? しかも、こんな大きな屋敷の間取りだぜ?


 わかりやすいように誰の部屋かも書いてくれてるし。俺の何気ない一言で、ここまで気遣ってもらって……。



「あ、ありがとうございます」


「桜次郎様のお役に立てたのであれば本望です。これから何でも申し付けて下さい」



 お礼を言う俺に向かって、ニコッと綺麗な顔に花が咲く。


 とても有り難いな……。

 でも、何かコレって俺を甘やかし過ぎじゃね?

 例え仕事だとしても、ここまでしてもらうと悪い気が……そう思ってしまう。


 じゃあ朝食を食べに行きますか~。


「桜次郎様」



 部屋を出ようとする俺を阻む黒野さん。


「言い忘れてましたが、タンスの中にあるお洋服はご自由に着用下さい。伝えるのが遅くなり、申し訳ありませんでした」


 彼は申し訳なさそうに、深々とお辞儀をする。


 そ、そんなに謝る事じゃないと思うけど……。



 けど、それを今言うということは……。


「俺、着替えてから行きますね」


 黒野さんの気持ちを汲むと、こういう事?



 自分の服をジロジロと見ながら言った。俺的にはそんなに汚いと思わないけどな……。


「かしこまりました。私は部屋の前に待機していますので、何かございましたら何なりとお呼び下さい」



 ペこりと一礼をすると、黒野さんは部屋を出て行った。



 え!? た、待機?


 いや、待機して頂かなくても……。恐縮。



 まぁ、取り敢えず着替えますか。


 俺は部屋の奥のタンスに向かう。その途中、あることに気づく。


「俺、もしかして臭い……?」



 自分の腕を鼻に当て、臭いチェック。

 多分臭くないと思うけどな……。一応、毎日濡れタオルで身体拭いてるし。



「……」


 自分の体臭って、本人はあまりわからないらしい……って聞いたことある。


 俺はチラリと横を見ると、個人用の風呂がある部屋の扉が目に入る。

 部屋に風呂って……。しかもそれ以外に屋敷には大きな浴場があるみたいだし……どこの旅館だよ!? いや、ホテルか?



 何という贅沢な……。毎日の水道代いくらかかってんだよ。

 個人的に部屋に風呂より便所がある方が……。


 どうせだし、少し入って行くか?



 朝シャンなんて初めてだ。それに、風呂に入るのが久しぶりだ。

 俺は部屋の外にいる黒野さんにその事を伝えた。


 彼は、俺が風呂から上がるまで待ってると言っていたが『いいです、悪いので結構です』と言い押し切った。


 まぁ風呂に入ると言っても、シャワーをササッとするくらいでいいかな?



 何気にシャワー、初体験だったり……。





 湯煙と共に風呂を出た俺は、一時の間、立ち尽くしていた。


 ホカホカとした体から蒸気が立ち上る。



 何だ? あそこは風呂か? いや、部屋だろ?

 いや、風呂か? しかし風呂にしては広いだろ。


 頭の中で、悶々と広さについて考えているが、明らかに風呂。湯舟もシャワーもある。

 第一、俺、気持ち良くシャワー浴びてたじゃんか。……決定的。



 腰にバスタオルを巻き、タンスへ向かった。


 そしてゆっくりとそのお洒落なタンスの扉を開く。


 扉を開けると、そこは不思議な世界でした。





 ……なんてはずはない。たしかそんな話あったよね~。


 しかし、あながち嘘じゃないかも。扉の先は別世界だ。


 見たことのない服の量。

 スーツがあればカジュアルな感じの服もある。でも、一つ言える事。どれも高そう……。


 これ、俺が着てもいいのか? どう見ても新品の服だよな。



 戸惑いつつも、手前にあった比較的安そうな服を手にした。


 今まで着ていた服とは着心地が全く違う事を実感し、食堂へと向かった。





 食堂へ行く途中には沢山の骨董品があった。


 この、昔っぽい古めかしくて味があるところがいい。後吉さんはこういうのが好きなのかな?



「お父様、アンティーク好きだから……」



 俺がボーッと時計を見ていると、隣でクスクスと笑う声が聞こえた。


 あ~、そうだ。アンティーク。それが言いたかったんだ俺。


「桜次郎君もアンティーク好きなんだ?」



 にこやかに微笑む美しい顔に、彼女からいい匂いが香る。


「蝶子さん……」


 俺はペこりと一礼をした。


「あ、その服……紺のカッターシャツにベージュのチノパン。シンプルだけど桜次郎君に良く似合う~」


 蝶子さんはジロジロと俺の服を見る。適当に着た服なんだけどな。チノパンってんだ、このズボン……。


 俺も自分が着ている服を見ていると、不意に蝶子さんが俺の髪を触る。



「後、髪型ね~。手入れしてる?」


 ビックリしたな……。女の人に髪を触られるなんて初めてだな。母親は除外として。


「切る暇なくて……」


 俺は伸びっぱなしの髪を掴みながら言った。


「髪を切ったらもっとカッコよくなるわよ~。あ、色を入れるのもいいかも」


 きゃっきゃと楽しそうにしている蝶子さん。もしかして俺、カスタマイズでもされるんかな……。



「高校生が髪を染めるのは校則違反です!」


 苦笑いをしていると、前髪をピンで留め、眼鏡を掛けたセーラー服の女の子が近づいて来た。


「あら真希ちゃん」



 蝶子さんは、その真希という真面目そうな少女にニッコリと微笑む。


「蝶子さん、早く大学に行かないと間に合わないんじゃないですか? エントランスで青柳さんが待ちくたびれてましたよ」


「青柳さん……?」


 俺は不機嫌そうな眼鏡っ子の言葉に続き、聞き慣れない名前を口にする。


 お手伝いさんかな?


「あ、桜次郎君は会った事ないよね? 青君は私のイケメン執事様。後、私たちのお世話をしてくれる係りに緑君って子もいるのよ~」



 蝶子さんは楽しそうに、執事さんたちの話をしてくれた。


 俺たちの身近なお世話をしてくれる人が、今は三人いるらしい。


 青柳さんという方は、主に蝶子さんに楓さんの大学生組と菜子ちゃんのお世話をしていて、緑さん……本名緑山さんは天子ちゃんたち中学生組のお世話。


 そして黒野さんは俺たち高校生組を主に担当……って確か俺を含めたら五人程いたんじゃないか?


 黒野さんだけに苦労症。……ってか、それって俺が増えたからってのもあるよな?



「お世話係りさんは男性ばかりなんですね」


 俺の勝手なイメージだが、お手伝いさんって何故か女性のイメージが強い。巷でメイドさんが流行ってるみたいだからかな?



「え~、そりゃあ私、女なんで異性の方が嬉しいじゃん」


 蝶子さんはクネクネしながらそのような事を言っている。


 そんなもんか?


 俺だったら、身の回りを異性にお世話してもらうなんて緊張して仕方がない。

 だから黒野さんでちょっと安心した。



「……」


 世話係について会話をしている俺と蝶子さんを、真希ちゃんがじぃーっと見つめていた。


「そういえば真希ちゃん、学校は?」


 機嫌のよろしくなさそうな真希ちゃんとは相反し、蝶子さんはのほほんと彼女に質問する。



「どっかのお馬鹿さんの所為で学級閉鎖! 全く、受験だってのに」


 真希ちゃんがぶつぶつと呟やいていると、途中まで話を聞いていた蝶子さんは『じゃ、青君待たせてるから~』と言って去って行った。

 何という自由人……。


「あ、そうだ……俺、粟田桜次郎。昨日からここでお世話になってます」


 取り残された俺は、真希ちゃんに向かい、ペコッと一礼した。

 すると不機嫌だった彼女の表情が変わり、眼鏡をクイッと上げてお辞儀をする。


辰酉真希タツトリマキです。中学三年の七女です。今後よろしくお願いします。どうぞ仲良くして下さいね」



 彼女は丁寧に自己紹介をしていたが、何だかマニュアルを読んでるみたいで淡々としている。社交辞令ってヤツか?


 それにしても七女って……スゲェ。



「では私は部屋で勉強をしますので失礼します」


 最低限の自己紹介を終えた真希ちゃんは、深々とお辞儀をして俺のそばから立ち去って行った。




 俺も早く食堂へ行かないと朝食が冷めてしまう。というか、もう冷めてるな……。






「……」


 食堂へ着いた俺は、席につき、テーブルの上の食事を凝視していた。

 冷めてるどころか、出来立てのように温かそう。



「食事量、足らなかったですか……? それとも何かお気に召さないものが……」


 おろおろと俺の顔を伺う黒野さんだが、お気に召さないどころか、こんな朝食、初めて見た。



「初めて見ました……こんな豪華な食事……」


 俺ん家の朝食と言えば、ご飯にメザシが二匹程。豪華な時は味噌汁と目玉焼き付き。



「本日の朝食は【枝豆のビシソワーズ】に【国産蒸し鶏のサラダ~フランボワーズソース添え~】【季節の野菜と姫トマトのキッシュ】【ナッツとクルミのブリオッシュ】です。野菜中心でヘルシーに仕上げました」


 俺が目を見開いて見てる隣で、黒野さんが朝食の説明をしてくれている。



 び、びしそわ? ティッシュ? ぶり……?


 聞き慣れない言葉に頭の中がこんがらがる。



 皿を一つ一つ見るが、どれがどれかわからん……。な、何か冷や汗が出て来た。


 こんなドキドキする朝食は初めてなんだが……。足らないどころかボリューミーだし。

 食欲のそそられる料理に、ゴクリと喉が鳴った。


――カチャ



 スプーンを手にしたら食堂の扉が開く。

 そこから一人のセーラー服を着た少女が入って来た。



「あ……ダイニングに誰かいると思ったら……」


 ぽつりと呟いた少女が、三つ編みを結ったおさげ髪を揺らしながらそろりと近づいて来た。



「あの……あ、あの」


 こちらに来た彼女は口ごもって下を向きながら俺に何か言おうとしている。


 俺は手にしたスプーンを止め、ポカンと少女をじっと見つめていた。



「あああ、あの……ボク、雛……」


 モジモジと恥ずかしそうに口を開く。



 あ、もしかしてこの子も姉妹の一人か!?


 隣にいる黒野さんをちらりと見たが、彼は何も言わず、にこやかに俺たちを見ていた。


 何か言ってくれたらいいのに……とか少し思ったが、それはこっちの問題だもんな。


 俺はスクッと立ち上がり、少女に体を向けた。



「えっと……初めまして。俺、粟田桜次郎っていいます」


 少女は赤らめた顔を上げて俺を見る。眉と目尻が下がり、今にも泣き出しそうな顔だった。


 えっ! 何かマズイ事言ったか?


「……雛子ヒナコです……。よろしく、お願いします…………」


 泣いちゃうのかとハラハラしていたら、雛子ちゃんと名乗った少女は小さく会釈した。そしてまた下を向いてしまった。

 自己紹介を終え安心したのか、雛子ちゃんは『ふぅ』と溜め息を漏らす。



「雛子様、学校はどうなさったのですか?」


 黒野さんの急な問い掛けに、雛子ちゃんはビクッと肩を震わした。


「え……ええと……真希ちゃんが休み……言ったから……」


 雛子ちゃんは黒野さんの顔を見ずに、ぽつぽつと話している。



「帰って来たのですか?」


 彼女の体は小刻みに震えていた。


「雛子様……、真希様はクラスが学級閉鎖になり、ご帰宅されました。雛子様のクラスは学級閉鎖になったとはお聞きになっておりません」



 いつもより少し強めの口調で黒野さんは話している。叱られたという訳ではないが、雛子ちゃんの瞳はうるうるとしているようだ。


 その様子を見ていると、雛子ちゃんという子は繊細な子だな~と(勝手ながら)思った。



「私から緑山君に連絡をしておきますので学校へ戻るんですよ?」



 何だか親子みたい……。


 黒野さんの言葉にコクっと小さく頷いた彼女は、次に俺に顔を向ける。


「……こ、今度から……ボクもここで食事……しよっ……かな……?」



 雛子ちゃんは頬を染め、はにかみながらチラチラと俺を見て語ると、恥ずかしそうに部屋を出て行ってしまった。


 恥ずかしがり屋さんかな?



「あ、そうだ。黒野さん、俺は学校どうしたらいいんですか?」


「手続きは終わっていますので明日からでも行けますよ。後で制服を桜次郎様のお部屋にお持ちします」



 ……いつの間にか手続き終わってるぅ~!

 ってか、どこの高校に行く事になったんだ? レベルの高いところだったら、俺、留年だぞ?



「桜次郎様には【私立セイラン学園】に入って頂く事になりました。ここなら皆様方が通ってますので心強いでしょう」


 黒野さんが言うには、中、高、大学と一貫の学校らしい。そして、姉妹たちみんなが通う学校。


 すごく大きな学校だな……。


 俺の中では期待よりも、一抹の不安でいっぱいだった。


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