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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第八羽
22/23

心の渦巻き①

「だからさぁ~、桜次郎がプラン組んでくれよぉ~」


「蝶子さんとデートしたきゃあ自分で頼めよ」


 廊下を歩きながら巳山は妙なプランを持ちかけるが、俺はそれを却下していた。



「?」


 歩いていた先には数学の先生と話をしている真希ちゃんの姿があった。真希ちゃんが何故? ここ、高等部だけど……。

 しばらくすると彼女は先生に一礼をして去って行った。



「……って桜次郎、聞いてた?」


「え?」


 どうやら巳山の話は続いていたらしい。……何で人のデートを取り次がなきゃならんのだ? 断ったじゃんか。


 ため息を漏らしながら止まっていた足を上げる。



「だからグループデートだよ~、グループデート。桜次郎も参加ッ!」

「却下」


 俺は巳山の顔も見ずに返答し、すたこらと教室へ戻っていった。





 屋敷に帰った俺はバイトまで時間があるので少し部屋でくつろごうと思っていた。

 部屋に戻ろうとダラダラ歩いていると、数学のテキストを持った真希ちゃんと目が合う。ニコリと微笑んだら煙そうな顔をされてしまった。……何故? そんなに不気味だったのだろうか?



「不良とばかり関わりますと、よろしくない噂がたちますよ? あの学園厳しいんですから」


 彼女はムスッとしながら恫喝するように口を開く。不良とは恐らく巳山の事だろう。まぁ、既に妙な噂は立ってるみたいだけど。


「真希ちゃんは何で高等部にいたの?」

「勉強です」


 人差し指でクイッと眼鏡を上げた真希ちゃんは、テキストをペラペラ開いていた。高等部まで来て勉強熱心だなぁ……。


「ここなんですけど……」


 俺の隣に来た彼女は、テキストをこちらに見せる。

 この問題は確か今日の授業でやった……勉強って高等部の勉強?? 何で?


「わかりませんか?」


「あ、あぁ……これは……」

「桜次郎、これ借りてくぜ」


 俺の横をスッと横切ったのは千代花ちゃん……手に持っているのは俺の時計!?


「えっ? 何で千代花ちゃんが? ってか駄目だって、ソレ。今から必要なんだからさっ!」


 千代花ちゃんを止めるも、彼女は聞く耳持たず足早に去って行く。あれがないと完璧困る! バイト行くのに時間確認出来ないじゃないか。



「ごめん真希ちゃん、今度でいい? ……ちょっと、千代花ちゃんッ!」


 真希ちゃんにテキストを返し、俺は千代花ちゃんを追いかけていった。




 あの後、千代花ちゃんから時計を返してもらいバイトへと向かった。学校で一度真希ちゃんに会ったが、素っ気ない感じでよそよそしかった。

 その後、同じ家だというのに真希ちゃんにはしばらく会えずじまいの日々が続いたのだった。


 何だかモヤモヤするなぁ……。考えすぎだろうけど、これじゃあ俺が嘘つき意地悪お兄さんみたいじゃん……。



「……お前変わってるよな。青い目した馬なんて初めて見たよ」


「ヒヒン」


 俺は厩舎でキュータローの世話をしていると、背後から不穏な空気が流れた。



「天子ちゃん……。毎回思うんだけど、そんなコソコソしないでいいから……」


 ため息をついた俺は、木の側でチラチラこちらを見ている天子ちゃんを手招きして呼ぶ。


「哀愁漂うチーちゃん、サイコーだお」


 俺の全身をくまなく見る天子ちゃんはニヤニヤと笑顔を溢す。


「あ、哀愁……?」


「普段はそつなくこなして意地っ張りだけど、その内心には傷が……」


 き、傷? つーか、俺、意地っ張りじゃないよな? 多分。



「日常では強情なSなんだけど、それは仮初めで実は心が脆く流されやすい。Sだけど受け……」


 S?? サイズの話か? 俺、そんな小さくないけど。 天子ちゃんはつらつら次々言葉を発してるが、何の話してんだかサッパリ……。首を傾げながら彼女の顔を見たが、自分の世界に入っているのか、フワフワとしてた。 




「やっぱ……擬人化……萌え」


 急にキュータローの側へ近づいた天子ちゃんは、マジマジ見ながらぶつくさと何かを話している。その様子は実に嬉しそうでして……。


「いいなぁ、天子ちゃんはいつも楽しそうで……悩み事なんてなさそう」


 何も考えず言った俺の一言……これが彼女の逆鱗に触れたのか、天子ちゃんはみるみる表情が歪んでいった。


「チーちゃんは何もわかってない。悩みがない人なんていない……生きてるんだから」


 天子ちゃんはそうボソッと口にすると下を向きながら去って行ってしまった。


 余計な事言ったのか、俺。


 この家に来て数ヵ月経ったが、皆とは未だに打ち解けていない。親たちは夫婦になっているのに子供の俺たちはまだ他人同士同然。何ヵ月もあったのに、何故こんなにバラバラなんだ、俺たち?


 会わないだけで会えない訳じゃない。同じ家なんだから会いに行くチャンスはごまんとあるはず。



「ヒヒン」


「そうだよな、真希ちゃんとこ行かなきゃね」


 俺が『今度でいい?』と後回しにしたのに、そのまま音沙汰ないのは裏切ってる事になるよな。こっちからアクションを起こさないと。


 キュータローに挨拶をし、俺は屋敷の中へ戻っていった。




 真希ちゃんの部屋は確かここだ。


――コンコン


 ドアをノックすると、しばらくして真希ちゃんが出てきた。


「何か用ですか?」


 真希ちゃんはこちらの顔を見て、すぐさまそう言った。覚悟して来たのに俺は何故か動揺してしまう。


「あ……えっと、前、わからないとこがあるみたいだったから……」

「……あの問題はもう解けましたので大丈夫です。お手数かけました」



 俺の言葉は主語が抜けていたけど、ちゃんと真希ちゃんには通じていた。しかし素っ気なくあしらわれてしまった。



「用事がないのならもういいですか? 勉強の途中ですので」



「あ……じゃあ息抜きでもしない?」

「別にお腹も空いてないですし、喉も乾いてないので結構です」


 飲み食いしたり一服する事だけが息抜きじゃないけど……。


「散歩は散歩」


「散歩……? 興味ないのでいいです……」


 真希ちゃんは『それでは失礼します』とお辞儀をすると、部屋の中へ戻っていった。


 う~ん……最近の中学生は散歩しないのかなぁ?



 結局何の力にもなれなかったな……。

 俺は肩を落としながら自分の部屋に帰った。






「なぁ~んだよ、女の子へのアプローチ方法なんてオレに聞いてくれよんッ!」


「クレヨン……」


 やっぱこいつに話すんじゃなかった……。


 次の日、学校で俺がちょっと口が滑った単語を聞いた巳山は、しつこく聞いてきたので昨日の事を簡単に話したのだ。


「桜次郎は女の子を難しく考えるから駄目なんだよ。アプローチ方なんていくらでもある……例えば」


 得意げに話している巳山は、サッと胸ポケットから紙を出す。


「このチケットをヒラヒラとターゲットの前に落とすじゃん。……そしたら女の子は絶対拾うだろ?」


「まぁ、目の前に何か落ちて来たら普通拾うかな……」


 巳山はチケットを床へ落とす。俺はそれを拾い、チケットを見た。


「クラシックコンサートぉ?」


「それ、オレのチケット。クラシック興味あんなら一緒に行かない? ……みたいな感じで」


「そ、即誘うのか……? えらい弾丸だなー。つーか、クラシックなんて聞くの?」


 俺は巳山にチケットを返しながら聞いた。正直、巳山とクラシックが結びつかない。確かロックバンド……じゃなかったっけ??



「ギャップだよギャップ」


「ギャップねぇ……こんな古典的な方法で上手くいくとは思えんけど……」


「成功率九割ッ! 実践あるのみさ」


 巳山はニヤニヤしながらそういうと、廊下をズカズカと歩いてきた鈴芽目掛けてさりげなくチケットを落とす。


「ちょっとオージローッ!」

「あ……オレのチケット……」


 鈴芽はチケットには目もくれず、むしろチケットをグシャッと踏み越えて俺の前に来た……何やらご立腹な様子で。


「何でアンタは毎度毎度毎度ケータイを……わーすーれーるーのーでーすーかぁぁーー」



 彼女は俺の耳元で嫌みったらしく小言のように言うと、携帯を手渡してきた。


「ありゃ、また忘れてた? ごめん……」

「ごめんじゃないわよッ! 何であたしが持ってかなきゃなんない訳!?」


 イライラする鈴芽の隣では破れかけのチケットを見つめる巳山が打ちひしがれていた。





 この学園に来て何ヵ月になるだろう……今になってもまだ校内の地形がよくわからない。



「なぁ~桜次郎ぉ~。何で中等部なんか来たんだよ~」


「この書類を中等部の先生に渡すように頼まれたから。……ってか、何で巳山まで来てんだよ」


 別に来なくていいだろうが、お前は。


 放課後、俺たちは卯月先生の頼まれ事の為に中等部の校舎へ来ていた。


「そりゃー中等部にも可愛い女の子いっぱいいるからさぁ……偵察偵察」


「……あんまキョロキョロすんなよ」


 変な先輩だと思われるだろ。


 巳山はウキウキと楽しそうに中等部の教室を覗いていた。




「失礼しました」


 書類を渡した俺は、職員室を後にする。その間にも巳山は、職員室に来た女子中学生をなめ回すように見物。……これはもう、他人のふりをするしかない。



「さて……さっさと帰ろ……」


「卯月先生、何、あんなに書類渡してたんだろなー??」


 てくてくと後ろからついて来た巳山は、腕を組み首を傾げながら疑問を口から溢す。


 確かに、届けたのは段ボールいっぱいに入った書類。わざわざ届ける程の大量の資料……何だろう? 高等部で使ったテストのプリントを中等部で使う……ってなはずないし……って詮索しても意味ないか。




「あれ?」


 急に足を止めた巳山は、二階の窓から顔を出して外を見ていた。


「おい……帰らないのか?」


「あの子、何だっけ? ……何とかちゃん? なぁなぁ、何だっけ?」


 巳山は手をばたつかせ手招きする。どうせ女の子だろうけど、俺には中学生に知り合いなんていないから、その子が何ちゃんかなんて聞かれても知らん。


「――って天子ちゃん?」


 窓越しに視線を向けてみると、知った顔がそこにはあった。しかしここは中等部の敷地内、彼女がいるのは不思議ではない。


「そうそう。天子ちゃん。鈴芽ちゃんたちの妹ちゃん。……何か探してんのかな? さっきからうろちょろしてるけど……あ、隠れた」


 挙動のおかしな天子ちゃんは、何かを探したり隠れたりと忙しそうに校舎裏を駆け回っていた。


「あれ? いなくなっちゃった?」


 巳山は火事場から去る野次馬のように、ササッとその場から離れる。再び木陰に隠れた天子ちゃんは、そのまま姿を出さなかった。




 階段を降りようとすると、踊り場から話し声が聞こえた。


「先生は何もわかってませんっ!」

「担任なんだから、お前の事もちゃんと理解している」

「先生、数字しか見てないじゃないですか……しかも素行の悪い子ばかり贔屓(ひいき)して……」


「何だ、その口の聞き方は!? お前こそ何もわかっていないんじゃないか?」



 先生と生徒が話し込んでるみたいだが、ここを通らないと遠回りになるので普通に突っ切る事にする。人に聞かれてマズイ話だったらこんなところでするなってだけだし。

 巳山と俺は構わずに階段を降りた。


 踊り場には知ってる顔の中学生。制服を崩さずにカチッと着こなし前髪をピンで留めている眼鏡の似合う女子生徒。


「……」


 俺と目が合った少女は、一つに結った髪を揺らして、すぐに階段を降り立ち去ってしまった。


 真希ちゃん……だよね?

 中等部なので彼女がいる事に不思議はないのだが、何故逃げた? つーか、俺を見て逃げた??



「おい! 何で高等部の生徒がいるんだ!? 部外者だろ。用がないならさっさと帰れ」


 真希ちゃんの行方を見ていると、先程彼女と口論していた教師が俺たちに怒鳴り出す。


 ってかよー、用事があったからいるんだってば……。何言ってんの、こいつ。



「担任から書類を届けるように言われたので来たんです」

「ふーん。そうか」


 何だその目は……信じてないだろ……。


「ところで彼女は?」


 俺は真希ちゃんの去った方角を見て聞いてみた。



「私の生徒だが? 部外者には関係ないだろう。……用がすんだのなら早く帰りなさい」


 嫌みったらしい教師は、諭すようにこちらに言った。


「彼女、僕の妹でして……その……心配で……」


「? ……あいつに兄なんていたか?」


 ボソッと言葉を漏らす教師。


 担任なら自分の生徒の家族構成云々くらいわかっとけよ。……と思うのは酷なのだろうか。例えクラスの生徒と言えど何十人といるしね。




「辰酉は家ではどうだ?」


「え?」


「最近急激に成績が落ちている。本人は勉強してるとは言ってるが……」


 教師は顎を触りながら目を細めて俺をチラリと見た。


「毎日勉強してるみたいです……」


「どうだかなぁ……。君が付きっきりで勉強を見ている訳ではないのだろう?」


「そうですけど……」


 首を左右に振りながら長いため息をつく教師。生徒の言葉を疑う担任っていかがなものか。


「あいつは私が頭の悪い生徒ばかり可愛がってると思っているらしいが、『そんな事を考える暇があるなら勉強しろ』と君からも注意しておいてくれないか?」


 教師はため息をつき、しかめた顔で俺に言った。自分で言えよ、担任。


「……真希ちゃんは勉強してますよ」


「それが本当なら成績が落ちない筈なんだが…………」


 ……何か話戻った? 同じ内容エンドレス?? こんな担任嫌だな。



「あの……まず誤解を解いた方がよくないですか? その……『お前だって俺の可愛い生徒なんだぞ』……みたいな」


 舌足らずなしゃべり方で俺は軽く意見……と言うほどでもないが、そのような事を言ってみる。案の定教師から返ってきたのは、非難の言葉であった。


「なぜ私の生徒でもない君にそんな事を言われないといけない? 君の家族の前に、彼女は私の生徒だ。私には私の教育方針がある。君たちは余計な事はせず、用事が済んだのであれば早く高等部に戻りなさい」


 怒り気味でガミガミと口を尖らせた教師はこちらを睨む。

 そんな怒られるような事言ったかな?


「ハイハイ……帰りますよ。……行こうぜ、巳山」


「え!? あ、ああ……」


 ……このセンコー嫌い、俺。

 俺らはその場をさっさと去ろうと、大股で歩き出した。





「全くどいつもこいつも……。生徒は大人しく私に従っていればいいんだ……――ッ!?」

「お前先生だろッ!! 何で生徒の芽を摘むような事ばっか言うんだよ! 教師なら可能性を伸ばしてやれよ! もっと皆の事考えて行動しろよ!!!!」


「お、桜次郎!? 待て待て!」


 いつの間にか教師の胸元を掴んでいた俺を、巳山が後ろから引っ張り倒した。


「…………」


「生徒の分際でよくもーー」

「まぁま、センセ。コイツ妹思いなだけで悪気はないんです。ただちょこっと周りが見えてないっつーか……。ここは俺に免じてどうか……って言うのはおかしっスかね。けど、ここでトラブル犯しても、忙しい先生には何のメリットないじゃないっスか」


 何とか巳山が仲裁してくれ、教師はぶつくさ言いながら去って行った。しかしあの顔は絶対不服に思ってる。そう書いていた。先生ならもっと言葉を選べっつーの。




「なぜかああいうクソな先公もいんだよ……この学校にも。まぁ、桜次郎の気持ちもわかるさ」


「巳山……悪い……」


 俺は腰を落としたままガクッと項垂れると巳山は長いため息を吐いた。


「でも、お前バッカじゃねーの? もっと賢いと思ってた。もし手ェ出してたら即退学かもしれんぞ。あんなのには極力関わんなって」


巳山はそう言いながら俺の腕を掴み、立ち上がらせる。


「うん……何か昔の事思い出してさ……」


「昔? 引っ越して来る前?」



「そうだ巳山。俺、真希ちゃん捜してから帰るな」

「え……あ、おい、桜次郎!?」


 巳山の横を通り過ぎ、真希ちゃんの消えて行った方向へ走ってはいけない廊下を走って行った。




 しかし真希ちゃんを見つける事は出来なかった。もう家に帰ったのかもしれない。……高等部の男子生徒がいつまでも中等部をウロウロしている訳にもいかないし、そろそろ退散しなくては…………。今日はこの後直接バイトに行くので、彼女と話せるのは明日か……。




 俺は高等部へ戻り卯月先生に書類を持っていった事を報告した後、鞄を取りに教室に戻るとまだ誰か残っている様子があった。


「あ、粟田……」


 そこにいたのは…………確か廣瀬さん? 少し茶色い髪のいつも楽しそうで明るい雰囲気をした同じクラスの女の子。よく鈴芽と喋ってるところを見かける。えっと何だっけ……ショートボブとかいうらしい。ボブって人名かと思ったけど髪型の事だそうだ。ボブ=髪型は常識だそうだ。



「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 廣瀬さんはモジモジとしながらチラッとこちらの様子をうかがう。


「え……? うん。俺に出来る事なら……」


「あのさ、好みの話なんだけどさ。……どんな子がいいのかなぁ……って」


「??」


 彼女は息を整えながらゆっくりと言葉をを出す。




「巳山に聞いて欲しいんだ……」


 チラチラチラチラ俺の顔を見る廣瀬さん。簡単に言うと、巳山に好きなタイプを聞けって話かな? 巳山に?



「……何で俺が?」


「な、何でって……仲いいじゃん、あんたたち」


 仲が良い? 悪かないけどさ……。

 けど、同じクラスなんだから自分で聞けばいいのに。普段話してるんだからさ……そっちのが早いし。何でそんなまどろっこしい事するんだ? これは女の子特有の何かか?? まぁそんな事を突っ込むのは野暮だよな……。


「……まぁ今度聞いてみるよ。『好きなタイプ』……だよな」


「ホント? ありがとう」


 廣瀬さんはニコッと微笑み小さく会釈をすると、鞄を肩に掛け教室から出ようとドアに触れた。


「そうだ、俺も聞いていい?」


 俺は廣瀬さんを呼び止めると、彼女はクルっとキレイにターンをしてこちらを向いた。

 この学校ってエスカレーター式だったよな? 余程の事がない限り、殆どの生徒はここの中学出身なはず……。



「中等部の先生でさ…………」


 あのクズ教師の事を聞いてみようと思ったが、アイツの名前知らないや俺。


「中等部?」


「えーっと……眼鏡掛けててスーツをピシッと着ててボタンというボタンは全て留めてて身長は俺くらいで……後、声が高めで陰険そうな……ってわかんないよね」


 ざっと特徴らしき事を伝えるが、こんな内容で人物を特定するのは…………。


「んー、陰険そうな先生……。多分、不藤先生の事かな?」


 首を傾げながらあやふやな態度で廣瀬さんは答える。スーツで眼鏡の先生でなく、陰険な先生で思い当たるのか……。



「でもあたしは担当してもらった事ないからよく知らないんだけど、友達の話からするにあんまりいい噂聞かないよ」


 彼女はドアにもたれながら、知ってる事を話し出した。


「教科は数学担当で、教え方はいいみたい。成績が上がったって生徒もいれば、挫折したって子も結構いるとか……。で、担当クラスの評価を凄い気にする先生。しかも春から担任を受け持ったっていうでしょ?」


 廣瀬さんはドアから離れると、肩からずり落ちた鞄を掛け直した。


「あたしが知ってるのはそれくらいかな? だって関わりないし興味もないしさ……」


「そうだよな……」


「じゃあヨロシクね」



 軽く手を振った廣瀬さんはドアを開けっ放しのまま教室を出ていった。


 まぁ、あんな教師の事なんてどうでもいいんだけどさ。

 俺は頭を掻きながら徐に教室の時計に目をやる。



 あ、バイト急がなきゃ……。


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