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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第七羽
21/23

跳ねる恋③

万福マンプク大学の一年、植峪旺盛ショクヨクオウセイ十八歳。好きな食べ物はケーキとピザとハンバーガー。大きめサイズ専用ブティック『TABERU』でバイトをしている。昔からぽっちゃり系だった」


 ノートを見ながら鈴芽はつらつらと書かれている文章を読む。

 ……ん? それってもしや、デート相手の……?



「そんな事じゃなくって、もっと内面的なのは?」


「……じゃあ、自分で読んだ方が早くない?」


 鈴芽は溜め息をつくと、サングラスを掛けながら聞いていた蝶子さんにノートを渡した。ノートの内容を見た蝶子さんも溜め息が漏れていた。



「ってーかよォォーッ! 何であたいが使いっ走りなんだぁ??」


 極秘ノートを持って遊園地に来ていた千代花ちゃんが文句を垂れる。


「アンタ暇でしょ?」


「はぁ? テメェみたいに暇じゃねーよッ! 運び屋なんて雇えばいいだろーがよーッ!」



「いいじゃない。持ってくるくらい……ケチ臭いわね」

「あぁ? ケチはテメェだろッ! お嬢の癖によォ!」


 何故か鈴芽と千代花ちゃんの言い合いが続く。つーかさ、そんな大きい声を出しちゃあ尾行になりませんぜ?


 まぁ羽流ちゃんたちとは結構距離もあるし、二人は放って置いていいとして……それよりも蝶子さんの姿が見えなくなったな。彼女の事だ、次の事を考えて何か手を打ってるのかも。



 とにかく今は羽流ちゃんの行動を監視……か。見失わないようにしなければ。



「ちょっとオージロー!? 何で止めない訳!?」


 羽流ちゃんたちに視線を向けていた俺に背後から馬鹿デカイ声で名前を呼ぶ。



「単なる姉妹喧嘩だろ。勝手にやっとけ……けど声のボリューム考えてやれよ」


 横目で鈴芽にそう言うと、すぐに視線を戻した。


「何よそれぇ!」


「ケケケ……やっぱお嬢さまってのは究極の『かまってちゃん』なんだなぁ~?」

「うっさいうっさいィィィーーッ!」



 言い合いは続いている……。


「あれ……?」


 羽流ちゃんの姿が急に消えた!?

 さっきまであそこで食事してたはず……。見失ったのか?


 周囲を見るが、それらしき人物の姿はない。近くにいたら結構目立つのですぐにわかるんだが……。



 別の方向をくまなく探しても見つからない。こんな短時間で移動するのはあり得ないが、後ろの方も確認するが、鈴芽と千代花ちゃんのつまらない喧嘩が続いているだけで羽流ちゃんらしき姿はあるはずもなく……。


「ほら、何やってるの。次はコーヒーカップに行くわよ」


 つば広の帽子にサングラス、口元を隠すようにリネンのストールを巻いて現れたのは……。



「ち、蝶子さん……?」


「あんまり目立った行動は顔が割れそうだから私は影からサポートするわ」


「確かにチョコ姉がいたら周りの客が騒ぎ出しそうだもんね……」


 鈴芽は周囲をキョロキョロしながら言った。そう言われると、何だか周りの人たちが立ち止まってこちらをチラチラ見てる気もするが……。



「だからデート現場周辺にはあなた達三人で行ってね」


「マジかよ……そんな事であたいを呼んだんじゃあねーだろーな?」


 蝶子さんは嫌そうに顔をしかめる千代花ちゃんの肩をポンポンと軽く叩く。



 しかしコーヒーカップって何処に……あぁ、あのトンネルの先か……。


 それにしても周りの視線が気になって来た……。蝶子さん美人だし皆見るよな……とは違う? 見てるの、女の子多いし。


「今はあの二人を見守る事だけを先決に。……じゃあいってらっしゃい。何かあったら電話してね」


 蝶子さんはそう言ってスタスタと早歩きで去っていった。


「……で、なぜコーヒーカップに乗るんだ? 別に周りで見張ってればいいんじゃねー? 全員が乗る必要性って……」


「あー、グチグチウルセーなぁーッ! 乗っちまったもんはしゃーねーだろッ!!」


 ゆっくりと動くコーヒーカップの中で、目深にキャップを被りながら思った事を口に出した俺に、フードを被り濃い色のサングラスを掛けた厳つい雰囲気の千代花ちゃんがめんどくさそうに言う。


 うん……今から降りる訳にもいかないから仕方ないけどさ。



 俺は羽流ちゃんたちを見ると、彼女はコーヒーカップをグルグルと回していた。植峪さんは気分が悪そうで動かずに顔を青くして座っている。

 回ってるのに更に回すって……三半規管弱い人には悪魔の乗り物だよな……彼が三半規管弱いのかは知らんが。



「ねー、思ったんだけど、コレさっきから『ギィギィ』いってんの……気にならない? 揺れるし」


 鈴芽は自分たちが乗っているコーヒーカップをジロジロと調べると、ガタガタ動かした。


「はぁ? こりゃ回して動かすんだから揺れるんは当たりめーだろ」


 千代花ちゃんはカップの中心にあるハンドルを握り、思いっきり回し出した。



「ち、千代花ちゃん……ちょっと回し過ぎッ!」


 風を切り、グルグル回るコーヒーカップ。遠心力で放り出されそうだ。

 俺はカップのフチに腕を回すと、もう一方の腕を千代花ちゃんの手元に伸ばす。




――ガゴンッ!


「えっ? 何か変な音が――」


「キャァァッ!」


 音の原因を探そうとした瞬間、その時にはすでに空中に浮いていた。そして気づけばコーヒーカップごと柵の外へと吹っ飛ばされていた。


「痛ってェ……」


 千代花ちゃんは首を回しながらぶつぶつ言っている。

 しかし、カップのお陰か、ハンドルに腹は打ったものの大きな怪我もなくよく着地出来たものだ。


「……」


「だ、大丈夫?」


「やっぱ立て付け悪かったんじゃないの、コレ!」



 先程までくたっていた鈴芽が急に立ち出して、コーヒーカップの外へ出ると、周りに来ていた従業員の方へ歩き出した。


 やれやれ……これじゃあ俺らの方が災難に見回れてるよなぁ。

 溜め息をつきながら身体を起こそうとすると、周りから『ギャーギャー』という悲鳴じみた叫びが耳に入る。


――ドガッ!!


「!?」


 刹那の出来事であった。上から大砲でも落ちてきたかのような衝撃。しかし大砲ではない。プニプニしている。このドデカい図体は植峪さん……?

 何故、空から肉だるまが降って来るのだ? 空から暑苦しい男が落ちて来ても嬉しくも何ともない。



「だーッ! ウゼェーなぁぁーッ! さっさと退きやがれッ!」


 俺と同じく肉だるまに潰されていた千代花ちゃんは、コーヒーカップの隙間から身体を無理矢理出して、植峪さんを押しながら脱出する。




「……大丈夫ですかー?」


 と、声をかけても、植峪さんはグロッキー状態。意識朦朧としている彼の耳には俺なんかの声は届いていないようだ。

 しかし、彼は遠心力で外へ吹っ飛ばされのかなぁ~? 何つーか……あり得るのか、そんな事?



 その後、遊園地の従業員たちによりアトラクション『コーヒーカップ』は一時閉鎖となる。トラブル続きで大丈夫かよ、この遊園地……。


 カップ内より抜け出した俺たちはスタコラとその場から逃げるように柱の陰へと行った。これだけ騒ぎを起こしてるのに、全然羽流ちゃんにバレてないのが不思議だ。……実は気づいてんじゃないのか? とか思ってしまう。


 植峪さんは、俺たちがクッションになったからかはわからないが、怪我は全くなかったみたいだ。それはそれで良かったけれど……。




「何とかここまでは惨事にはなってないみたいで良かったわ」


 見つからないように柱の陰にいると、ひょっこり蝶子さんが現れた。


「……怪我もないし惨事ではないですけど、結構な事故だと思いますが」


「次はメリーゴーランドに行くみたいよ」


 来た……次か……。


 蝶子さんが指した先にはメリーゴーランドに向かう二人の姿。また遠心力かよ。


「げ……もう行くのか? タフだな、アイツら」


 千代花ちゃんは掌をおでこに当て、げっそりと疲れた様子で口を開くが、君がハンドルを回さなければもう少し体力は残っていたかもね……。




 メリーゴーランドにゲームコーナー、ミラーハウスなど……行くとこ行くとこ、何かしらトラブルが付いてくる。こうなるともう、何か憑いてんのかって感じだ。

 トラブルが憑いてくる←これ正解。



「どうやらやっとゆっくり休憩するらしいぞ」


 千代花ちゃんは物陰にいた俺のところへ来る。羽流ちゃんたちはどうやら何か飲み物か食べ物を買うようだ。


「そういえば鈴芽は?」


「彼女には先にあそこに行ってもらってるわ」


 スッと現れた蝶子さんは、売店の方に綺麗な長い指を向ける。数人並ぶ列には羽流ちゃんたちが……その少し前に鈴芽が並んでいた。


「……で、あたいが後ろから並ぶ。つまり挟み撃ちって事か」


 にやりと笑った千代花ちゃんがそう言うと、彼女は売店の列へと走っていった。

 最初嫌々だったのに、今ノリノリじゃんか……。



「ほら、桜次郎君もこれ着てこれ持ってあっち行くっ!」

「えっ!?」


 蝶子さんにまたもや何か衣類を渡された。そして、アメリカのスーパーマーケットにでもありそうな謎の巨大カート。何ぞ? これ。


 つーか、また服着替えるんかい……これって俗にいう『こすぷれ大会』ってのか?


 溜め息を出しながらも、服を来て帽子を被って手袋をはめカートを押して売店の側のゴミ箱へ……って今度は清掃員かよッ! このカートはゴミを回収するアレか?


 あれやこれや考えていると、羽流ちゃんたちは買い物を終え、売店から離れようとしていた。彼女らより列の前にいた鈴芽は、近くのベンチで周囲を凝視していた。


 それにしても、羽流ちゃんの手にはポップコーン二つに……あのバケツに入ってるものは唐揚げか? 植峪さんもジュース二つにソフトクリーム二つに……って大丈夫か? 持てるのか??


 危なっかしい二人を見ていると、羽流ちゃんは案の定階段というには寂しい段差につまずく。


「わッ!」


 転びはしなかったが、唐揚げを数個落としてしまったようだ。無事ならそれに越したことはないが……無事なら。



「うわぁっ!」


 羽流ちゃんの後ろについて歩いていた植峪さんが唐揚げを踏んで転びそうになる。

 ……これは予測出来た事だ。しかしまさか彼の足元に、誰かが飲み物を溢したのだろうか、氷が散乱していただなんて……。


 溶けかけの氷を踏み、持っていたものをぶちまけて、漫画のごとく見事に体が浮く植峪さん。危ないと叫ぶより早く、いつの間にか彼らの近くにいた蝶子さんは、レシーブをするみたいに物凄い力で、かつ味方に優しくトスを上げるように植峪さんの巨体を更にふわりと宙へ浮かした。


「蝶子さん??」



「桜次郎君ッ!」


 その様子を第三者のようにボーッと見ていたが、呼ばれた声にハッと我に返ると植峪さんがこちらに向かって来てるではないか!?


 俺は咄嗟にカートに手を伸ばし、植峪さんの落ちてくる方へと向けた。



――どすっ!


 恰幅のいい彼はカートにジャストフィットした。そして中に入っていたゴミ袋がクッションになり、ダメージは軽減されたと思われる。怪我は無さそうでよかったのだが……。



「大丈夫ですか……??」


「……何でまたこんな目に……」


 カートにはまっている植峪さんはブツブツ言いながら天を仰いでいる。さすがに一連の出来事に参ったのか? 確かにこんなデートは願いたくもない程嫌だけど。



「よっしゃ、ナイス桜次郎ッ!」


 千代花ちゃんたちが俺のところに集まってきた。勿論羽流ちゃんも。もうそろそろバレるだろうな……つーか、いくらなんでもバレてるか。



「あっれ~? 何でみんないるの?」



 ほらバレた……って今気づいたのか、羽流ちゃんは。ずっとバレバレだったから、てっきり既に見つかってると思ってたけど。


「ハネル! あんたねぇ、人にどんだけ迷惑かけてると思ってんの?」


 鈴芽は羽流ちゃんに説明するように説教をしだした。


「あんな電波でいけ好かないクズでも人間なんだから迷惑はかけちゃーダメでしょ」


 植峪さんを指しながら言葉を続ける鈴芽。これ、本人に絶対聞こえてるよな……。君のそのズケズケと物を言える性格は尊敬するよ。


「タイプじゃないと思うけど、デートしたいのならオージローにしなさい。アレならどーなってもいいから」


 はいはい……聞こえてるよ……。妹思いなのは大変いいんですけどねェ……けど、俺も人間ですよ。




「わん」


 ……わん??


 鳴き声のする方へ顔を向けると、小さな生き物が俺の足元へ来ていた。


 それは昔、指を噛まれたトラウマ。

 それは昔、タックルして来て倒されたトラウマ。

 しかし大人になるにつれ、それを克服しようと試みるがことごとく失敗。


「も、もしや……こ、こりゃあ犬ってやつじゃあないかあぁ……?」



「きゃん」

「ヒッ!! ……あっ!」


 子犬の鳴き声に驚いき、カートを思いっきり押し飛ばしてしまった。


「おいッ! 何やってんだ!?」


 千代花ちゃんは急いで坂を下るカートを追いかける。だがカートは停泊してあったトラックに激突してしまったのだった。



「何でオージローのくせに犬が苦手なのよッ! 犬が苦手なのはアンタじゃないでしょ!?」


「何だよ『くせに』って……。『くせに』の意味がわからん……つーか、言ってる意味全てがわからん」


 鈴芽の罵倒が続いているみたいだが、耳には入らなかった。確かに手を離した俺が悪いんだけどさ……。


  植峪さんの乗ったカートはスピードが緩かったので大事故にはならなかった。まぁ、ぶつかったのは事実だから事故は事故なんだけどね。

 そして悪運が強いのか、彼はまたもや擦り傷も打ち身も何もない全くの無傷で、やっぱりぶつぶつと呟いていた。それでも俺の不注意が招いた事だ、あの後彼に平謝り。植峪さんは怒る訳でもなく嫌そうにするのでもなく、ただただ呟いていたな。



「ちょっとオージローっ! 聞いてるの?」


 うるさい声を張り上げた鈴芽は俺の服を掴む。


「え? 聞いてないけど」


「はぁ!? ったく、アンタのそーいう抜けたトコが――」

「鈴芽ってさぁ……俺に説教するほど偉かったっけ? それとも、そんなに構って欲しいとか?」


 俺の言葉に鈴芽は掴んでいた服をパッと離し、そして腕を組んだ。


「はッ! なっ、何言ってんの!? ただアンタが居候に近い分際で何もわかってないくせにお節介だから教えてあげてんじゃないのっ!」


 ブスッと機嫌の悪くなった鈴芽は拳を握りながら地団駄を踏む。


「お嬢さまは怒りっぽいなぁぁー……ケケケッ!」


 それを茶化す千代花ちゃんに、鈴芽は更にイラっとしているみたいだ。


「みぃ~んなぁ~ッ!」


 鈴芽と千代花ちゃんが睨み合ってる(?)時、羽流ちゃんのキャッキャした通る声がこちらに向かって聞こえた。


「ハネル、あのデブは?」


「あ、帰った」


 鈴芽の直球な問いかけに羽流ちゃんは何の問題もなく答える。……デート相手がその単語で通じてるという事実が何とも痛ましい気分。



「帰ったって……もしかして植峪さん、怒っちゃったのかな」


 もしや俺のせい? デートぶっ壊した?


「ううん。怒ってるっていうか、疲れた感じだった」


 羽流ちゃんの言葉に俺はちょっとホッとした。しかし、尾行なんてしなければ、こんな結果にはならなかったかも。



「何かさ、『もう君とのデートは勘弁したい』だってー」


「は? どんな理由だろうが女置いてブッチするか? 普通。あいつほんとにタマ付いてんのかよ」


 不満そうに頬を膨らます羽流ちゃんに、千代花ちゃんがキレ気味でぼやく。


「別にいいけどさぁ~。そんなにタイプじゃなかったし。……やっぱ見た目で騙されちゃダメだね」


 羽流ちゃんは『ハハハ』と過去体験を笑い話にするような口調で話した。こういうのを見ると、ほんと女の子って切り替えが早いなと思う。……それか無理してそう言ってるのか?



「あの見た目に騙されんのはアンタくらいなもんよ……。さて……仕事も終わったし、アタシも帰ろっかな 」


 身体を伸ばしながら鈴芽は方向回転をすると、出口のあるゲートの方へ歩いていった。



「そういえば蝶子さんは?」


「さっき囲まれてたぜ」



 俺がキョロキョロと周りを見ると、千代花ちゃんが蝶子さんのいると思われる方を顎で指した。


 囲まれて……って誰に? 蝶子さん親衛隊の皆さんとか?



「んじゃあ、あたいも行くとするか」


 そう言って千代花ちゃんは背中越しに手を振りながら帰って行った。



 ……植峪さんがいなくなった事で任務は一応完了したし、俺もここに長居してても意味ないから帰ろうかな、そう思っていた時だった。

 デートを強制終了させられ残された羽流ちゃんは俺の肩をポンポンと叩く。



「桜ちゃん、デートの続きしよう」


「いや、遠慮するよ」


 申し訳ないと思うが、女性の申し出をバッサリ斬った。可愛い妹のお願いだが、やっぱ我が身が可愛い。


「えーッ! 前は付き合ってくれたじゃーん」


 ……デート予行練習の事か。確かにあの時は何もなかったけど……。あれはデートってかシミュレーションでしょ? それに蝶子さんもいたし……。


「用事あるから……ごめん」


 俺は断るのにもっともらしい答えを言って出口の方へと歩く。すると羽流ちゃんの声と足音が聞こえた。


「えーッ! ちょっとくらいダメー??」


 彼女の行動に、思わず俺の足も速まる。


「ね~ね~、ダメ? 時間ない??」



 こ、これは追っかけられてる!?


 その後数分間、園内でデートらしからぬ追いかけっこを周りの客に見せつける事になるのだった。

 そして後から思い出すのであった……。好意を寄せる人とデートすると相手の運気を下げるって言っていた事を……。


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