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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第一羽
2/23

ようこそ、辰酉家へ②

「う~ん」


 あの後、俺は菜子ちゃんに部屋へ案内された。広い空間に色々な家具、そして大きなベッド。


 その大きくふかふかなベッドに寝そべりながら、俺は先程渡された紙を見て唸っていた。



 目を通せ……と言われても一度にこんな沢山の女の子、覚えられない。

 十人姉妹……本当にコレ、後吉さんの娘さんか?



 資料を見つつ俺は、女の子の顔は覚えずにそんな疑問を覚える。





――トントン


 ギーギー頭の中で叫んでいると、不意に部屋のドアがノックされる。


 別にやましい事はしてないのに、俺はドキッとして紙を隠した。



「は、は~い?」


 間の抜けた声でドアの向こう側に返事をする。




「失礼致します」


 ゆっくりとドアを開けてこちらに深々とお辞儀をすると、一人の若い男性がこちらへ歩み寄って来た。


「初めまして桜次郎様。私、世話係の黒野と申します」


 黒野さん……という割には金髪で青い瞳してるんですけど。ハーフ?




「ご用件の時は何なりと申し付け下さい」


 そう言うと、綺麗な顔立ちをした世話係さんは部屋を出て行った。



 黒野さんが部屋を出て行くのをぼんやりと見ていたその直後、俺はベッドから飛び降りる。



「そうだ。まずはアレだよ」


 独り言を口にし、俺も部屋を出る事にした。

 姉妹の名前を覚えるより先に、家の中を覚えないと俺困る。


 これから住む家だし、それに家で迷子なんてヤだぞ。




 あ~、そうだ。黒野さんにでも案内頼めば良かったな。


 そう思うのも後の祭りだし、まず、目指すは玄関とトイレだ。



 少し後悔をしつつ、この城ように大きな家を探索しようと部屋を出た。




「広……」


 自分の部屋から出て廊下を歩く。


 広い廊下に沢山の部屋。しかしどれが何の部屋なのかさっぱりわからない。


 便所は『トイレット』と書いてるか、マークがついてるよな?


 ……家庭用トイレにそんなのは書いてないっけ?



 玄関なら何となくわかるから、まず、玄関に向かおうか。





「ん?」


 少し迷いつつも、足を進めて行くと少し開いたドアが目につく。



 見ないようにと思っていても、チラッと中を見てしまうんだな……。これは人間のサガというものか? それともただ単なる俺の性格?


 まあ、少し開いたドアをチラ見しただけじゃあ中の様子、良くわかんないんだけどさ。


「いやいや、チラ見もいかんだろ」


 口に出しながら自分に言い聞かすと、小刻みに顔を横に振る。そしてその部屋の前を通り過ぎようとした瞬間――


「邪魔」


「うぅぉッ!!」



 情けない声を出しながら、俺は一歩飛びのいた。


 ドアの隙間から覗かせる女の子の顔に驚き入る。


 いや、だって、ホラー映画のワンシーンとかでありそう……というか、俺が油断しきっていたという方が正しいか。



 パタンと部屋のドアを閉め、女の子はこちらを見ずに立ち去ろうとする。


 少し赤みがかったおかっぱの髪に青いヘアーバンド。



 あれ? この子は確か……?


「翼……ちゃん?」



 彼女は俺の言葉に反応し、ピタッと足を止めた。


「……桜次郎」


「えっ? は、はい」



 俺の名前呼んだ? 知ってるのか……。あのプロフィール、バラ撒かれてるんだろうな。複雑。


 こちらを向かずに彼女はそう言うと、すぐにまた歩き始めた。



「あ、つ、翼……ちゃん」


 ぎこちない口調で、俺は彼女を引き止めた。


 再び足を止めると、くるりと顔だけこちらに向ける。



「何か用? 私、忙しいんだけど」


 眉間に皺を寄せ、めんどくさそうに言われた。


「粟田桜次郎です。今日からこの家に住むことになり――」

「知ってる」



 最後まで俺の自己紹介を聞かずに、彼女はツカツカと去って行った。


 何つーか……俺、嫌われてんの? 初対面で?


 金持ちはわからん……。



 一息吐くと、周りを見渡す。

 豪華な額縁に入った絵やら変な形の壺。廊下にまでふかふかの綺麗な絨毯を敷きますかね~?



 ほんと、絵に描いたような金持ちだな。あ、絵画は至る所にあるんだけど。


 ……と、何を意味わからん事を考えとるんだ俺は!?





 階段を降りるとロビーにでる。


 ロビー? 一般家庭にロビーって何か違うような気がするが、玄関の前に広い空間みたいな……休憩出来そうなソファーがあったりとか……何かロビーっぽくない?


 あー、自分で言っていて良くわからん。




 それより、この家、庭ってのがあるんだよな~。庭があるなんて金持ち。どうせだし、行ってみるか。



 俺が玄関を出ようとするとサッと足元に靴が用意される。しかも一足じゃなく、四、五足。



「お車のご用意を致しますので少々お待ち下さい」


 靴を用意してくれたのは黒野さんだった。……それにしてもいつの間に? しかも何故こんなにも靴?



「……ってお車!? いや、俺は単に家の散策を……というか庭でも見学しようと思って……」


 俺はあたふたと手を左右に振って、外出しない事をアピールする。




「左様でございましたか。失礼しました」


 ビックリした……。何だこの待遇の良さ。


「謝らないで下さい。黒野さんが悪い訳じゃないんですから……それより一つ聞いていいですか?」


「はい。何なりと」



 綺麗な髪をサラサラとなびかせ、白い歯をキラリと……何処の王子様だよ……この人。


「家の地図みたいなの……あります?」



 馬鹿な質問。普通、家に地図なんかあるはずないだろ……ちょっと考えたらわかる事じゃねーか。つーか、地図って何だよ。間取り図だろ……。


 自分の馬鹿さ加減に自嘲する。そして脳内一人ツッコミ……。

 俺の口からは黒い溜め息がスーっと抜けた。



 黒野さんは顎に手を当て、思い出しているようだ。



「現在、そのようなものはありませんね……すみません」


 ほらね。


「ご夕食までにはご用意しておきます」



 ほらね。


 ……用意って? つ、作るの?



「桜次郎様はごゆるりと、お好きなようにお過ごし下さい」


 またまた甘いマスクに白い歯がキランと……。

 この人プリンスか? プリンススマイル。略してプリンスマイル。違うか……プリスマか。



 ってそんなこたぁどうでもイイんだよ!


「く、黒野さん。間取り図は結構ですから、家、案内していただけます?」


 さすがにわざわざ作ってもらうのは悪い。そして密かに【地図】を【間取り図】に言い換えてる俺。



「お安いご用です」


 ニコッと微笑む黒野さん。


 うわー……こんなイケメン見たことないや。もし俺が女の子だったら惚れてるかも。


 こんなカッコイイ人が俺の世話係?


 俺、惨めだな……。


「あ~ん! 黒君じゃないのぉ~!?」



 玄関付近でモゴモゴとしていると、外から女性の声が聞こえた。


 声の聞こえた方へ、パッと顔を向ける。


 前から歩いて来たのは二人の女性?



 彼女たちは、俺と黒野さんの前へ来ると、亜麻色の巻き髪の女性がこちらをじっと見ていた。桃色のワンピースに白のカーディガン。いかにも【お嬢様】って風貌だ。


「もしかして貴方、桜次郎君?」



 優しく微笑むお嬢様。この人も姉妹の一人か。


「はい……。粟田、桜次郎で――」

「キャー! やっぱり? 会えて嬉しい」



「えっ!? ちょ……」


 自己紹介を言い終える前に、巻き髪のお嬢様は俺を抱き寄せる。


 戸惑いつつも、彼女から香るいい匂いと、目の前の豊満な胸に顔を赤く染めるしかない。



「かわいい弟がずーっと欲しかったの~」


 そう言いながら、段々と抱きしめる力が……つ、強く……なって……。



「蝶子!」


 もう一人の小麦色の肌をした女性の一言で、蝶子と呼ばれた美人の腕の力が緩む。



「……こほっ」


 あ、朱色に染まった顔が、一瞬、蒼白になってしまった……。


「ごめんなさいね~。つい嬉しくって……。私、辰酉蝶子タツトリチョウコです。チョコちゃんって呼んでね」


 彼女は、エヘッと可愛らしい笑顔を見せる。整った顔がすごく美しい……。しかもモデルのようなプロポーション。

 けども、この華奢な体のどこにあんな力があるんだ……。



 俺は苦笑いをしながらペコリと会釈をした。




「で~、こっちの大きい女の子が辰酉楓タツトリカエデちゃん。私のお姉ちゃんで~す」



 蝶子さんが隣の女性を指しながら、にこやかに語る。



「……何で勝手にあんたがウチの自己紹介するねん」



 溜め息をつき、呆れながら言った髪の短い女性。

 確かに背、高い……。俺と同じくらいか??


 あれ、関西弁?? 何で? まぁいいけど。




「今日からこの家に来ました、粟田桜次郎です……」


「辰酉楓。よろしく。じゃ、ウチは急ぐんで」



 淡々と自己紹介を済ますと、楓さんはサッサと屋敷の中へと入って行った。


 サッパリした人だな。




「桜次郎君、私も行くね~。また、あ・と・で~」


 蝶子さんはおしとやかに手を振ると、彼女も屋敷へ入って行った。




「桜次郎様?」


 呆然と屋敷の中を見つめていると、黒野さんに声を掛けられる。


 そうだ。案内だ、案内。


「……家の中を詳しく案内してもらってもいいですか?」




「かしこまりました」


「あっ! お兄ちゃ~ん」


 黒野さんが一礼をしたと同時に、幼い声がこちらに向けられた。


 走って来たのは菜子ちゃんと……あの女の子は? 彼女も姉妹なんだろうか……?


「こん人がテンのチーちゃんだか?」


 ん??


 少女は俺をジロジロと見定める。


「占い通りっチ!」


 その紫の色をした長い髪をなびかせて、少女はキャッキャと嬉しそうにはしゃぐと、頭に乗せた大きなリボンが揺れる。


「チーちゃん、テンは辰酉天子タツトリテンコゆーんだお」


 俺の手を握りと、上下に揺らす。


「て、天子ちゃんね。俺、桜次郎です……」



 明るくて可愛らしい子。そしてちょっと変わった子……って言ったら失礼か。


 レースやらフリフリやらがいっぱい付いた服が可愛い。こういうお人形さんみたいな可愛い服を着た子、なんていうんだっけ?




「チーちゃんも行く?」


 俺が考え事をしていると、天子と名乗った少女が首を傾けて言った。


 チーちゃんって俺の事か?


「お馬さんにご飯をあげに行くのです」


 そう口にすると、菜子ちゃんは大量の人参の入った箱を台車に乗せて持って来た。


 この家には馬がいるのか……。



「そ、それにしてもスゴイ量だね……」


「はい。皆さんにあげますから」



 皆さんって? 一頭や二頭じゃないのか?


「チーちゃん用の馬ちゃんも飼わなきゃぬ~」



 馬を飼う!? 俺用って??


 天子ちゃんの言葉に疑問を抱き、チラリと黒野さんを見る。すると彼は微笑ましくこちらを見ていた。



「皆様、自分専用の馬をお持ちでして、今度桜次郎様にもお好きな馬を手配させて頂きます」


 自分専用の馬? 自家用馬ならぬ自己用馬?




 何だか規模が違い過ぎてよくわからん。


「じゃあ俺も行こうかな。お馬さんにご挨拶しなきゃね」



 俺は笑顔で菜子ちゃんと天子ちゃんに言うと、彼女たちの表情にパアッと笑顔が咲く。


「黒野さん、家の案内、後でもいいですか?」


「いつでもお呼び下さいませ」



 黒野さんに別れを告げると、家の敷地内にある厩舎へ行く事にした。


 庭の散策もしておきたかったし一石二鳥?



 ……広い。広いどころの話ではない。庭じゃないだろこれ。公園? 違う。物凄いデカイ公園……ていうか、日本にこんなにも土地があったんだ。


 向こうの方には森らしき場所が見えるし……まさかあそこも敷地内とは言わんよね?




「馬小屋~」


「馬ちゃ~ん」


 天子ちゃんに菜子ちゃん、二人の女の子は無邪気に走って行く。



 若いっていいなぁ~と、少しオッサン染みた事を考えていると、厩舎の辺りに誰か立ってるみたいだ。先客がいるらしい。



 鼻が高く、パーマのかかった金髪の少女。その少し哀愁のある横顔を見ていると、少女はこちらに気づいた。


「!!」



 すると彼女は猛スピードで走り、俺たちの前から消えて行った。



 …………?


 な、何だったんだ?


「千代花お姉ちゃん、帰ってたんだ……」


 菜子ちゃんがぽつんと独り言かのように言う。


 お姉ちゃん? じゃあ、あの子も……



「ナコにチーちゃん、早くぅ~!」


 いつの間にか厩舎の中へ入っていた天子ちゃんが、顔を覗かせながら叫ぶ。


「うわ……」


 で、デカイ。当たり前だがデカイ。馬デカイ。噂では聞いていたが、初めて見た……。



「お兄ちゃん、馬、乗れる?」


 もちろん乗れません。



 俺が苦笑いをしてると、菜子ちゃんは満面の笑みで言う。


「今度一緒に乗ろうね」



 可愛い……。妹ってこんな可愛いものか? 本当の妹じゃないのに。


「ナコも~、みんなに餌やってお~」



 そんな俺たちを見て、天子ちゃんは地団駄を踏んでいた。


「チーちゃんもー、はい」

「ん?」


 天子ちゃんに手渡されたのは人参。カットされたものじゃなくて、丸々の人参。

 しかも結構大きい。形も良いし、葉っぱも新鮮だ。ちょっと美味しそうだとか思って生唾をゴクリ……って思う俺は馬並なのかな。





「きゃっ!」


 俺が人参の姿に目を奪われていると、天子ちゃんの叫ぶ声が耳に入った。



「大丈夫!?」


 彼女を見ると、馬は天子ちゃんにスリスリと擦り寄っている。

 馬の力強い好意に押されながら、天子ちゃんはニコニコと微笑む。



「チーちゃんも戯れよお~!」



 そんな姿を見ていると、この家でもやっていけそうだと思った。




 菜子ちゃんに天子ちゃん。



 寧ろ、母と二人暮らしの時より楽しそうで癒されそうだ。


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