戦場という名の海
今日はバイトだ。ちょっと急ごう。
実は学園を出た先にある公園に、こっそりチャリを置いているのだ。校内に自転車置き場がないから仕方なしに。今度先生に校内のどっかに置いてちゃダメか聞いてみよ。
「粟田君!」
校門を抜けようとした時、女子生徒の声が俺の名を呼んだ。振り返った先には寅尾さんがいた。
「寅尾さん?」
「あ、粟田君……今日も部活休み?」
部活……馬術部には全く行っていない。う~ん、入部した記憶はないのだけども……。
「家で馬飼ってるんなら、わざわざ部活で乗らないか……」
寅尾さんは肩を落としながら口にする。
確かに家で乗馬するよな……しかし、それじゃあ鈴芽はどうなるんだ……。
「ねぇ、粟田君の家のお馬さん、名前何ての??」
「え……」
名前……か。馬はいっぱいいるけど……。そういや、あの白馬の馬房の入り口に何かプレートが増えてたな。
「キュータロー?」
……ん? 馬の名前か、コレ? でも、馬に名前付けんのに別に厳しい規定はないよな? カタカナで文字数制限が……ってそれは競馬での話か?
「へぇー、何だか粟田君と兄弟みたい」
ニコニコと嬉しそうな笑顔で寅尾さんは言う。
……それを言っちまったら俺、弟ですか?
「会ってみたいな」
「え??」
苦笑いをしていたら、彼女はモジモジしながら俺をチラ見する。
「粟田君家行ってみたい……な。キューちゃんに会いに」
キューちゃん……。
あぁ……そういう事か。白馬なんて珍しいし……ってか、寅尾さんを家に呼んだらおもっきし素性バレるな……。まぁ、隠す必要性全くないけど……。
そして一瞬、オバケじゃなくてキュウリの方が頭に浮かんだんだのは何故だ。
ん? オバケ? オバケって何だ……何を言っているんだ俺は……。
「桜ちゃ~ん!! かっえろぉ~」
「うわっ!!」
背後からタックルしてきた少女のツインテールが視界に入る。
「……羽流ちゃん、重いから」
俺は背中に飛び乗って来た羽流ちゃんを何とか降ろした。
「やっ! 海衣ちゃん」
「辰酉さん……」
ウキウキと両手を上げてピョンと跳ねる羽流ちゃんは寅尾さんに挨拶する。その落ち着きのない様子はバカな子に見えるからやめようぜ? せめて場所をわきまえましょう。
「ねねね、桜ちゃん一緒に帰ろ~。そして寄り道するのだッ!」
「よ、寄り道!? 俺、そんな暇ねーよ!」
「そ~なの? じゃあ海衣ちゃん帰ろッ! 寄り道付きで」
羽流ちゃんはそう言って寅尾さんの腕を掴む。
「えっ! あ、あ……」
「どこに行ったかと思えば……何してんの、アンタたち!」
ワタワタと困った表情をしていた寅尾さんとテンションの高い羽流ちゃんの間に鈴芽が割って入って来た。鈴芽登場で何だか寅尾さんはホッとした様子。
「ミーコ、早く部活に来なさい。ミーティング始めるわよ」
「は、はいっ!」
「夏だー! 海だー! 青春だぁぁー!」
ものすごい勢いで駆けてきたのは巳山だ。恥ずかしげもなく大声で叫んでる。
「桜次郎! 海だ海ッ!!」
「はぁ?」
「海だ海ィ!! 明日行くぞ!」
「はぁぁぁ!?」
巳山の唐突な提案に、おのずと声が大きくなる。
「あ、みんなも行かない?」
鈴芽たちに気づいた巳山は彼女たちに声をかけた。
「わ~、行こっかな~」
「アタシはパス」
乗り気の羽流ちゃんに対し、嫌そうに顔をしかめる鈴芽。『えーッ! 行こうよー』と巳山は粘っているようだが……。
「粟田君は行くの?」
「俺?」
「もちろん! だから海衣子ちゃんも行こ」
巳山が横から顔を出して寅尾さんに話しかけた。……何故お前が答える!
「じゃー明日、水着を持って海集合ーっ!」
巳山のその一声で『帰って用意しよ』やら『部活行くわよ』やら口々言いながらみんな解散した。
「……って、俺水着持ってないんだけど」
「オレの貸してあげよっか?」
「いや……結構」
人の水着を借りれるかッ!
「大丈夫大丈夫、水着など必要なし! だって他にすることあるじゃん」
ニヤニヤする巳山が不気味過ぎる……。寒気がした。
「海に行って他にすることなんて――」
「girl hunt」
素晴らしい発音で言ったけど、それ和製英語だし。
「つまりはナンパかよ」
気合いをいれる巳山とは対照的に俺は深い溜め息をついた。
「じゃあ明日海に来いよ~!」
彼はそう言い残し、『バンド遅れる~』と急いで去って行った。一気に行く気がなくなったんだけど……。
しかしもうそんな季節……海開きか。海水浴なんて何年行ってないだろう。夏休みはバイト漬けだもんなぁ……。
……ん?
「あ、バ、バイト遅れるッ!」
翌日、海になど行く気はなかったが、巳山のモーニングコールに加え羽流ちゃんに引っ張られて仕方なく来てしまった。
「水着~水着~」
キャッキャとはしゃぐ巳山の先には水着姿の羽流ちゃんに寅尾さん。普段、制服姿なので何も思わなかったが……ん~、大きい。巳山が凝視するのもわかる気がする。勝手な見解だが、まさか二人がビキニを着るとは思ってなかった。レースの付いた淡いピンクの可愛い水着に、キラキラとラインストーンが光る黒いセクシーな水着。
「二人共大胆な水着だね~」
「だ、だってワンピースだとキツくて……」
舐めまわすようにジロジロと見る巳山に寅尾さんは恥ずかしそうに答えた。
巳山……それがホントのセクハラです。触っちゃないけど。
「あれ、桜ちゃん水着着ないの?」
「え……あぁ……」
羽流ちゃんは俺の隣に来て顔を覗いてきた。童顔で巨乳って……グラビアアイドルか?
よくよく考えれば、羽流ちゃんが飛び乗って来た時の背中に感じる柔らかいあの感触って……。
……そういうのはあまり考えない方がいいかな?
「やっぱ鈴芽ちゃん来なかったかぁ~」
「鈴ちゃんカナヅチだからね」
がっくりする巳山の背中を羽流ちゃんはポンポンと叩いた。
「じゃ、女の子二人は思いっきり遊んどいで。桜次郎は借りるよ」
「ほーい! んじゃ~ひとっプロ行ってくるかぁ~! 桜ちゃんまったね~」
「えっ……た、辰酉さんッ!」
羽流ちゃんは寅尾さんの腕を掴むと、浜辺へ向かって猛ダッシュして行ってしまった。
いやいや、風呂じゃないし……。浴場は浴場でも海水浴場……。
「女の子はかわゆいねぇ~。あの柔らかそうな秘境に顔を埋めたいよな、桜次郎」
……同意を求めるな。
「さてと、俺らも一仕事しますかッ!」
「……ひとシゴト?」
海に来て仕事? 巳山の発言の意図はいったい……って、ナンパを仕事とかいうなよ。てか、マジでナンパなんてするのか? 帰ろうかな……。
若干冷ややかな目で巳山を見ていると、何か布製のものを渡してきた。
「エプロン?」
「お願い、桜次郎さまッ! 助けてちょ!!」
彼は両手を合わせ、神を拝むかのように懇願する。
訳がわからず眉間にしわを寄せる俺に、巳山はお洒落に飾り付けられた仮設小屋を指した。
「いとこの海の家……手伝って」
甘えた声を出すな、気持ち悪い。
呆れつつも巳山の話を聞いた。
こいつの言い分はこうだ。
彼のいとこが毎年やっている海の家を今年も開く為に仮設の小屋を建てるが、いとこはぎっくり腰になってしまったんだとか……。明日には地方からヘルプが来るから初日だけ乗りきってくれと頼まれたそうだ。
「休めばいいじゃん。一日くらい」
「ばっかもーん!! 海開き初日なんて書き入れ時に休めるかァァァー!」
そう言って熱血講師のごとく、巳山は両腕を上げながら真っ青な空を見上げた。
そんな書き入れ時を素人に任せるかなぁ……。
「わーッ! ウソウソ。桜次郎様、そんな顔しないで。下民に愛の手を……」
「何か帰りたくなってきた」
「バイト代弾むからさッ! 今度学食もおごるッ!」
その後数分、巳山はどうにかして俺を手伝わせようとすがるのだった。
海の家【ウミヘビ】……俺らはとりあえず、そこへ向かった。
段差を上がり、中へ入る。仮設の小屋といっても、立派な家だ。調理場に休憩所……天井は結構高く、床には、すのこがひかれていて、濡れて上がって来ても水捌けがいいようになっている。風通しもいいし、海の家としては十分過ぎる。もう、ここ住めちゃうぞ、俺。
「桜次郎は焼きそば作ってくれ。後、横でフランクフルトも焼いて。オレがその他、会計もろもろやるから」
「もろもろって……」
俺の視線の先にはクーラーボックス。中にはジュースにビールなどが入っていた。これは売り物だというのはわかる。それはいいとして……。
「巳山、あれは……」
「ん? ソフトクリームにかき氷の機械。やっぱり夏はこれっしょ~」
「は、はぁ……」
「へへん。オレ、一回使ってみたかったんだよなぁ~」
「……」
機械にポンと手を置き、微笑む巳山に俺は絶句。
一回使ってみたかった……だと?
「俺らド素人だぞ。焼きそばとジュース売るくらいならわかるけど、いくらなんでも二人って辛くないか?」
「何とかなんじゃね? 水とかも全部セルフだし」
か、軽ッ!!
「オレたちゃ売るだけ。がんばろ~ぜ」
ユルいノリだな。何故かコイツと一緒だと、先行きが不安でしかない。
……なんて考えても仕方がない。とりあえず焼きそば作るか。
「えっと……ソフトクリーム二つと焼きそば一つ下さい」
素人の俺らだけで、店は何とか回せている。何と言っても、巳山が以外と器用で、ソフトクリームを作るのが早くて上手かった。
「いらっしゃ~い」
せっせと焼きそばを焼いていると、巳山がヘラヘラとしてお客さんを迎える。
「あたしフランクとビールにしよっかな?」
「じゃ~あたしは~……フランクとビール」
「あ、真似した~。ってあんた未成年じゃん」
「あはッ! そうだ~……って、同い年なのに人のこと言えるかっ!」
金髪でクルクルとした巻き髪のビキニを着た女性と、茶髪のクルクルとした巻き髪でサングラスをかけた似たような雰囲気の女性がカウンターの前でわちゃわちゃしている。最近のギャルたちはやかましいな……さっさと注文しろよ。
「未成年にゃ酒は売れんよ~。ごめんね」
「バレちゃった~。そんな若そうに見える? 私たち」
軽くあしらう巳山に対し、俺は溜め息を漏らす。何を言ってるんだ、この女子どもは……さっき自己申告しただろ。つーか、まさか酔ってる?
「うーん。女の子は背伸びしない方がカワイイよ」
「でも中学生なんて子供じゃん」
巳山がニヤニヤしながらそう言うと、ギャルたちはキャッキャと楽しそうに会話している。
この子たち、中学生なのか? なんという発育の良い中学生……。
「……お兄さんたちも若そうだよね? 高校生?」
「そう見える? まぁオレらはもーちょい背伸びしないとね」
「じゃあ大学生?」
「まーね」
女子中学生と楽しく会話する巳山だが、嘘は良くないぞ。サバを読むな、上に……。
散々しょうもない会話をした挙げ句、少女たちはかき氷を買って『またね』と手を振り帰っていった。
「やっぱどう見ても桜次郎は高校生だよな……」
「は?」
巳山はそう口にしながら俺の背後に回る。そしてバンダナを俺の頭に巻き、掛けろと言わんばかりにサングラスを渡された後、手拭いを肩にかけてきた。
「はぁ?」
訳がわからず巳山に顔を向けると、鼻の下に何か付けられた。
「これで完了!」
掌で自分の顔を触る。
「……ひげ?」
「アハハっ! チョー似合ってんじゃん、桜次郎っ! 誰かわかんねーッ! ってか怪しすぎー」
ゲラゲラ笑う巳山を睨みつつ、俺はガラスに映る自分を見て溜め息をついた。
おもいっきり変装ってヤツだ。自分でいうのもなんだが、不審者みたい……。
「別に高校生でいいじゃんか……ここまでする必要ないだろ?」
「一応さ、経営者不在だからさ。高校生だけで切り盛りしてんのビミョーじゃん、漫画じゃあるまいし」
巳山は笑いをこらえるようにもっともらしい事を言う。
「はぁ……」
「ほらほら、桜次郎、これから昼だから忙しくなるよー」
俺はヒゲをビリっと取ると、再び焼きそばを焼きだした。
昼になれば、一休みしようという輩も増え、休憩所は満席。店の売れ行きも上々。さしずめ昼ピークといったところだな。
しかしその分、ちゃんとマナーを守らない人やトラブルは付き物になる。
「はいは~い、一列に並んでくださいね~」
「きゃっ! アイス落としちゃった!」
「うわ~ん! ママぁ~」
「おい、そこ俺らの席なんだけどッ!」
うわぁ……めんどくさい客も出てきた……。まぁ席はフリースペースだから……でも、店内に散乱したゴミやら食べ残しは片付けなきゃな。しかしお客さん、結構並んでるし。
「おい巳山。俺、ここするからお前ホール回ってくれない?」
「何じゃ? お主はオレにウェイトレスになれと?」
「なぜウェイトレス……ウェイターだろ……。まぁホールってか、ちょっと店ん中汚いから回ってきて片してほしいってだけ」
「え……あ、うん。わかった」
何だか素直に返事をした巳山は、布巾を片手に休憩所へ出て行った。
「……ふぅ」
溜め息をついたのも束の間で、お客さんの列を見ると、更に増えていた。
「…………」
……よし、いっちょ頑張るか。これくらいなら捌けるだろ。バイトだからって舐めんな。
サングラスを中指で上げた俺は、気合いを入れて焼きそばを作りつつ接客に励んだ。
「ありがとー」
俺は少年たちにかき氷とソフトクリームを渡す。こういう時に限って手間のかかる注文が多いんだよな。
だが、一段落ついたみたいだ。何とか乗り切ったぞ……。
……で、だ。あれから巳山が全然戻って来ないんですけど。
チラッと休憩所の方を見ると、椅子に座って女の子たちとぺちゃくりとお話しているじゃーないか。人が頑張って働いてるのにナンパ?
「……ったく」
舌打ちをしながら顔を戻した先に、つばの広い帽子を被り、水色のパレオを巻いた女性が立っていた。
いかんいかん、仕事に集中しなければ。
「何にしましょうか?」
「うーん、どうしよっかな?」
女性は手を顎にあて、悩んでいる様子。帽子で顔が隠れているが、体型や声からして美人なんじゃないかと思える。
「蝶子さん、ひどいっスよ!」
「何か食べるんですか? おれ、奢ります」
いきなり、どっからか湧いて出た男性集団が店の中へと集まっていた。
……蝶子さん?
そーっと帽子の中を確認しようとしたら、バチンと目が合ってしまった。確かに俺の知ってる蝶子さんだ。こんな美人を見間違えるはずない。
「かき氷にしようかな?」
「は、はい」
蝶子さんは俺に気づいていないようだ。良かった……って、別にバレても構わないじゃんか。
「おい、虫どもどけッ!」
かき氷を作ろうとすると、取り巻き男性集団を掻き分けて一人のハデな男が蝶子さんの隣にきた。
「さがしたぜ~、蝶子。こんなクズ虫たちほっといて、二人で遊ぼうぜ」
男は蝶子さんの肩に手を回したが、彼女はすぐにそれを振りほどく。その行動が何回か続いた。
「やめて。あなたとは遊ばない」
「な~んでだよ。お前、オレの女だろ?」
男性は蝶子さんを無理矢理抱き寄せると、周りにいた男性集団が悲鳴染みた声をあげていた。
そんなこんなしている間に、お客さんが並んできたのですけども……。
「何も買わないんならどいてもらえますか?」
俺は蝶子さんの腰に手を添える男に向かって口を開く。
「あぁ? 買ってるだろ。こいつはオレのツレだぜ?」
「そのわりには彼女、嫌がって見えますが?」
――ガシッ
突然、目の前に鉄板があるというのに男はお構い無しで俺の方へ手を伸ばす。避けようと身を後退させたが間に合わずに胸ぐらを掴まれてしまった。
「んだぁ!? その態度は! オレを誰だと思ってんだ? 無駄口たたかず注文したモンよこせよな!」
痛い痛い……つーか下からの熱が熱いんですけどッ! それにあんたなんか知らんがな……。
その間もたくさんお客さんが並んできた。
「おい、 清陵院……やめ……」
心配そうに見つめる蝶子さんに、清陵院と呼ばれた男を取り巻き男性集団たちが止めている。
「うるせぇクズども! クズはクズらしくゴミ箱あさってろッ!!」
清陵院という男は、男性集団を蹴り飛ばすと、鉄板に置いていたヘラを彼らに投げ付けた。
奴のその行動のせいで周りがザワザワと騒ぎだす。
おいおい、トラブルを起こさんでくれ。俺の店じゃないんだから。……自分の店ならなおさら困るか? いや……店主がいない今の状況のがいろいろヤバい。
溜め息をついていると、清陵院が破れそうなくらい俺の服を引っ張った。
「何他人事みてーにしてんだよッ! だいたいテメーが――ヴッ!」
「それ、サービスするんで、さっさと出てって下さい」
俺は鉄板に焼いてあったフランクフルトを、目の前の喧しい口に突っ込んだ。すると、案の定奴は俺の服を離す。
「クッソ……この野郎ォォ!」
清陵院はフランクを力一杯投げ捨てると、こちらを睨んだ。
完璧、火に油を注いだなぁ……あ~あ。バカじゃん、俺。
「おいおいおい、何やってんだよ。めんどーな事はゴメンだぜ?」
俺に出てこいと言わんばかりの清陵院に近づいたのは巳山だった。正直、来るの遅せ~って思ってしまった。
「んん? ち、蝶子さんぢゃないっスかッ!!」
しかし巳山は清陵院を無視し、鼻の下を伸ばしながら蝶子さんのそばへと行く。
「巳山くん……だっけ?」
「そっス。いや~、こんなところで会えるなんて、幸せだなぁぁ~。後でteaとかいかがっスか?」
「おい! 何、人の女ナンパしてんだよッ!」
デレッとする巳山の服を眉間にシワを寄せる清陵院が掴んだ。
「は? 何言っちゃってんだ、お前。蝶子さんは皆の蝶子さんだろ??」
「そっちこそ何言ってんだ? オレを誰だと思ってる? オレと蝶子は――」
「あぁウルセーウルセー。喧嘩すんなら外出ろ。それとも警察呼ぶか? 営業妨害なんだよ」
巳山は清陵院に掴まれた服を勢いよく引っ張って、逆に掴みかかると、奴の耳元で諭すように口を開く。
「くそォ……」
怒りの形相をした清陵院……こいつこんな顔だったっけ? 初めと印象が全く違う。何か段々と劣化してきてる気が……。
巳山がパッと手を離すと、清陵院はよろめいた。
「涼……先出てて。後で行くから」
蝶子さんは溜め息をつき、清陵院の肩に手を置いて小さく言う。すると奴は不満そうに、お客さんが後ずさりして出来た道を通って店を出ていった。
トラブルが去ったと思うと同時に店内がガランとする。お客さんも去ってしまった……つーか、ただの野次馬?? 客違うんかったんかい!
「ごめんなさい……」
蝶子さんは俺に向かって謝罪の言葉を述べた。
「普段は悪い人じゃないんだけど……機嫌を損なうと手に終えないというか……」
何だそりゃ……ヤバイ奴じゃん。関わりたくねぇ~。
「清陵院涼翠センパイ。オレらの学園の大学生。清陵院コンツェルンの御曹司。何故か女子に人気……ん~やっぱ顔なのかなぁ?」
巳山は鉄板の焼きそばを食べながらさっきの人物の説明をしだした。
……蝶子さんとも同じか。って事は、もしかしたら学校で会うかもしれないの?
「貴方もセイラン学園なんですか? ……そういえば、どこかで見た事あるかも」
蝶子さんはそう言いながら、顔を近づけてくる。
そりゃ見た事あるだろう……学園以前に家が同じだし。しかしこんな間近で見てるのに気づかないのかな?
「じぃ~」
「……ち、蝶子さん、近い」
俺が腕で顔を隠しながら横を向くと、彼女は微笑みながら掌を握ってきた。
「また会えますね。……では」
クスッと小さく笑った蝶子さんは溶けかけのかき氷を持って店を出る。取り巻き男性集団も続いて去っていった。
「……」
掌にはお金。かき氷代か……。
「……で、巳山はいつまで食べてんだ?」
「んめーもん。おかわりー」
焼きそばにがっつく巳山に呆れながらも、彼用に焼きそばを焼いた。
「味付けもウマイけど……何でだろ? 何でこんなウマイの?」
「普通だろ……。あ、そこにあった料理酒勝手に使っちゃってたけど……」
「なぬ!? 酒が入ってるのか! 桜次郎、客を酔わせてどうする気?」
「……熱でアルコール飛ぶし」
ゴクゴク、プハーッとビールを飲む親父みたいにジンジャーエールを飲み干す巳山はほっといて、俺は店内を見る。急激に客が減ったな……。
「桜ちゃぁ~んッ!!」
飛び込むように入店してきたのは羽流ちゃんだった。俺を見るや否や、ケタケタ笑いだす。
「……って桜ちゃん、何ソレ。イメチェン~??」
「別に……。それよりそんな急いで何かあったの」
指摘されると何だか恥ずかしくなりサングラスを外すと、店内が眩しく感じた。普段掛けなれてないからかな?
「外でイベントしてるの。……粟田君たちも行かない?」
「サマーライブだって」
お客さんが減ったのはそのせいか?
「オレらはいいや。二人で行っといで」
寅尾さんの言葉に巳山はそう言う。オレ『ら』ね……。さりげなく俺も入ってるのね、その中に。まぁ店を空ける訳にはいかないし……その前にイベントに興味ないけど。
「ふーん。じゃ、あたしもいいや」
「あ、じゃあ私も……」
羽流ちゃんと寅尾さんは椅子に腰を下ろしながら言った。
「お二人さん、ソフトクリームとフランクフルトどっちがいい?」
巳山は席で話している羽流ちゃんと寅尾さんに注文を聞いた。
「あたし両方ッ!」
「私はソフトクリームで」
「だってー、桜次郎」
俺に向かって言うと、巳山は二人の席に座りくつろぎだした。
「『だって』じゃあない。お前も来い」
「え~」
しぶしぶと巳山はこちらに来てソフトクリームを綺麗にこしらえる。
「へっへ~。上手くでけた~」
「でも何で選択肢がその二つだけなんだ? かき氷でも焼きそばでもいいだろ」
「え~、やっぱ女の子がフランクくわえてたりソフトクリーム舐めてるところを眺めたいじゃ~ん」
ニコニコしながら鼻歌を歌う巳山は器用にソフトクリーム二つとフランクを持って彼女たちのところへルンルンで行った。
うーん……何つーか、巳山……お前もうアウト……。
よく見てみりゃあ、店内、俺たちしかいないじゃんか。それだけイベントの効果が強いのだろう。……有名人でも来てるのか?
しかし、この状態が続くとなると……。
「なぁ巳山、どうすんの? 客足全然なんだけど」
「う~、参ったなぁ~。売り上げ悪いといとこに怒られる……って事でお二人さん手伝ってくんない?」
イタズラを思い付いた悪ガキみたいに不適な笑みを浮かべた巳山は、何やら二人にゴニョゴニョと話す。
「うん。わかったー、頑張る」
「じゃあコレ着てね」
巳山は二人にエプロンを渡す。
……待て待て、水着のままエプロンするのか? 何かエロくないですか?
「じゃ~、いってらっしゃ~い」
やる気満々の羽流ちゃんと恥ずかしそうにする寅尾さんは盆に焼きそばを載せ、クーラーボックスを持つと店を出た。
「売り子……なんてしていいのか? 海で」
野球じゃあるまいし……。
「さぁ? まぁ呼び込み呼び込み」
あっけらかんとする巳山だが、海で呼び込みもしていいものなのか?
呼び込みはともかく、売り子は許可とかがいるんじゃないかなぁ……? 捕まって営業停止とかなったらどうするんだ?
しかし俺の不安をよそに、客の出入りが増える。売り子の二人も商品が売り切れたので戻って手伝ってくれた。それもあってか、イベント終了後、男性客を中心に店内がいっぱいになってしまった。
巳山のいとこいわく、どうやらこの夏一番……いや、海の家を今までやって来た中で一番売り上げが良かったらしい。
バイト代も奮発。上乗せしてくれたし、行って良かったかな?




