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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第五羽
16/23

千代に八千代に⑥

 ずっと挙動不審だった丑光は俺の顔を見ると後退りをして、逃げようと身体を回転させた。


「ちょ……待った!」


 逃がすまいと丑光の腕を掴んで、倉庫の中へ引き入れる。



「……そ、そんな睨むなよ」


 裏返った声の丑光は俺の手を振り払うと、ムッと顔をしかめてこちらを見た。


「別に睨んでないけど……」




「おっ…………おう……じろ」


「千代花ちゃん!?」


 絞り出たような弱々しい彼女の声が微かに部屋に響く。千代花ちゃんの元へ急いで行くと、俺はまずは救急車を呼んだ。翼ちゃんたちには、もう少し落ち着いてから電話しよう。


「千代花ちゃん、もう少し我慢してね」


 彼女の傷口を押さえていたら、そばに来た丑光が全身の力がなくなったかのようにうちひしがれた。



「お前、あいつらの仲間なんじゃないのか……? イエローサイクロン……だろ」


 こいつ、千代花ちゃんに言っているのか? あいつらってもしや……?


「仲間かどうかは知らない……けど仲間にこんな事をするか?」


 俺は丑光の腕を掴み、立ち上がらせた。自分一人では立てないのか、ふらふらとしながらこちらに寄り掛かる。


「……僕が悪い……のか……」


「何で…………おい丑光。大丈夫か?」


 ふらつきながら遠い目をしている丑光を支えていた俺は、こいつの目の前で手を左右に振った。俺の掌を見ているが、焦点が定まらない様子で、ボーっとしてる。


――バシッ!


 倉庫に鈍い打撃音が響く。


「いでっ!」

「大丈夫か?」


「……あぁ。けど、殴っといていう台詞かよ、ソレ」



 掌が少しジンジンする。グーにしとけばよかったか。


 丑光が首を左右に振った後、俺を見て溜め息をついた。何はともあれ意識が戻った様子でよかった。聞きたい事が山積みだからな。





「…………謝るって……」


「?」


 何から聞こうか考えていると、丑光が口を開く。


「イエローサイクロン……居場所、見つけたら……あいつ、謝るって…… 」


 丑光は下を向きながら、ポツンポツンと区切りながら言葉を繋ぐ。


「あいつって……」


――ピーポーピーポー……



 詳しく聞こうとした瞬間、救急車の音が近くなる。


 話は後回しだ。先に千代花ちゃんを病院に連れて行く為に、俺は救急車を呼びに行った。




 病院に着き、千代花ちゃんはすぐに手術室に通された。


 傷は浅かったのだが、致死量ではないものの出血量が多く貧血気味だったようだ。

 しかし貧血が治まろうが傷口が塞がるまで暫くは安静にするよう釘を刺された。




――ガチャ


「うわっ……」


 まだ目を覚ましてない千代花ちゃんを置いて病室を出ると、目の前に丑光が居た。


「何で驚く。お前が待ってろって言ったんだろ」


「そうだけど……何も部屋の前で待たなくても……」



 まぁ逃げなかっただけいいけど。こいつの事だから、勝手に居なくなってると思ったが……。



「で、何だ?」


 丑光は壁にもたれる。


「何だって……話の続きだろ」


「話? 何の話だ?」



 そっぽを向きながら白々しい表情の丑光。そう来たか。しらを切るつもりだろうがそれは無理な話だ。


「しらばっくれてもあの場所にいた事実は消せないぞ。救命士さんに見られてるからな」


「冗談だって」



 不機嫌そうな丑光はチラッと俺を見て、何かを渡して来た。ネクタイピン型の発信器だ。



「あいつらにイエローサイクロンがあの倉庫にいるって伝えたのは僕だけど、これは落ちてたのを拾っただけだ。……これで満足か?」


 投げやりな感じで説明をされた。


「あいつらって……赤毛のあの子の事……だよな?」

「違うんだよ! 仲間が行方不明だから捜してくれって!!  なのに何で……」


 急に豹変したように、俺の腕を力を入れて掴んだ丑光の大きな声が廊下に響く。


「……」


「ご、ごめん」



 周りをキョロキョロ見た丑光は小さく謝った。……俺に謝られても困るけど。




「そういえばさっきさ、『あいつが謝る』とか言ってたけど……何に……?」


 手すりを持ちながら、壁にもたれた俺は隣で肩を落としている丑光に言う。

 まぁ、あいつってのはレッドローズだとして。


 暫く間が開いた後、ゆっくりと顔を上げた丑光がこちらを向いた。



「……僕の親に」


「?」



「……僕の病院がなくなった原因はあいつ……」


 やっぱり不祥事を起こした不良ってのは御前会だったのか。


「けど何だよ? 秘書か弁護士か知らんが、そいつだけ来て金で解決やと? 張本人は来んけん」



 肩を落とす丑光は俯きながら溜め息をついた。


「金だけやない……気付いたんや。でも金は必要けん」



 確かに丑光の母親は病気がちだし、父親も職を失ったんなら金は大切だけど……。

 まさかこいつからこんな言葉が出るとは。中学の頃は、金と上部で友達とつるんでたって感じだったから……あ、噂だけど。



 しかし、それを信じるのか……。奴らが約束を守るとは思えないけど。


「何だよ、その顔。あいつらの言葉を本気にするなんてバカだな……とでも言いたいのか?」


「……そんな事、言っちゃないだろ」


 言ってないが思ったけど。


「嘘か本当かは置いといて、それよりも条件付きで謝罪するってどうなんだ? そんなんで謝られても、本当に悪いと思ってないんじゃないか? 非を認めて謝るからから謝罪だろ」



「あー! やかましい奴!」


 ブスッと表情をしかめる丑光は小さく地団駄を踏んだ。

 俺、間違った事は言ってないと思うけどなぁ……。



「……で、いつ謝ってくれるんだ?」


「向こうから連絡するって……」



 丑光は携帯電話の画面を見ながら溜め息交じりに言う。


 連絡か……いつ来るのやら疑わしい……。

 連絡……?



「そう言えばお前、千代花ちゃんの居場所を奴らに伝えたんだよな? 連絡先知ってるなら電話すれば?」


「そうだな」


 そうだなって……。

 まぁ、奴らが素直に電話に出るとは思えないが……。


 電話を片手に丑光は病院内の通話をしていい場所を探す。俺もそれについて行った。



 電話の出来る場所を見つけると、翼ちゃんに連絡を入れた。携帯電話を持っていながら公衆電話を使う俺。携帯って電波が悪いのか、ガサガサするから嫌だ。



「……ん?」


 受話器を戻すと、そばで携帯の画面をガン見する丑光の姿が視界に入る。液晶には『レッドローズ』の名前が表示されていた。



「電話しないのか?」


「するさ……するけど……」


 するすると言いつつも、丑光の指は一向に通話ボタンを押そうとはしない。



――ピッ


「だー! 何勝手に押してんだよっ! 用もないのに電話してボコられたらどーすんだ!?」


 悩む丑光の代わりにボタンを触ると怒られた。当たり前だけど。



「さっさと電話しないから。それに用はあるだろ」


 あの様子じゃあ絶対に電話しそうになかったからな……つーか、電話したくらいでボコられるとか大袈裟じゃねー?

 そもそも相手が電話を取るかどうかが疑問。



『用があんなら早く言え!!』


 振動で掌から落ちてしまいそうな程の怒声が丑光の持つ携帯から聞こえた。


「わっ! あ……えっと……」


 丑光は咄嗟に携帯を耳に当てると、困り果てた様子でこちらを見る。相手が電話に出てラッキーなのに何故困るんだ……?



「あ、あの……」


 喋り出したかと思えば沈黙。携帯の向こうから苛立っているのが漏れてきているようにこちらにまで伝わって来た。




「えっ……あぁ……そう……ですねぇ……」


 暫く固まっていた丑光は歯切れの悪い返事をする。『あの』と『でも』を繰り返すこいつの携帯に耳を近づけた。


『ったくよくわからんヤツだなぁ! とりあえず、こっちから電話するから掛けてくんな!』


 レッドローズは電話の向こうで怒鳴り散らすが、何故か通話を切ろうとしない。



『おい……あの後、イエローサイクロンの様子見に行ったか?』


「え?」


 先程のトーンとは打って変わって話し出すレッドローズだが……何を言い出してんだ?

 そんな彼女に丑光は正直に今現在の様子を話す。


『そうか……』


 そうか?


「何でそんな事聞くんだよ!? 千代花ちゃんをこんな目に遇わせたのはそっちなのに!」


 俺は丑光の手から携帯を奪い取るようにして、あたかも自分の電話の如く話し出した。



『……誰だ? てめぇ?』


 返ってきたのは当たり前な台詞。だって俺の携帯じゃないもん。



「……あ、兄だけど。千代花ちゃんの」


『アニ? あいつ、そんなのいたか?』


 一瞬、間が出来たが、すぐに相手側が喋り出す。



『カニだかアニだかしらねーが、私たちに関わるな』


「千代花ちゃんは、君らのグループを離れたいって……」

『うるせーな! 何も知らねー奴がいちいち口出すんじゃねぇ!』


 身体に電気が走ったかのような衝撃が耳を貫く。怒号で携帯が壊れるのかと思った……。


『やめたきゃ勝手にやめればいいんだよ。後がどうなろうが保障しないが』



 保障しない? 今回みたいな事がまたあるという事か?

 それとも……。


『まぁ、あいつには出来ねーだろうな』

『ローズさん!! 奴ら、モッチューに…… 』


 レッドローズが喋っている途中、電話の後ろから別の声音が微かに聞こえると、すぐにプーップーッと通話が切れた。



「……モッチュウって?」


 携帯を丑光に渡しながら首を傾けた。



「モズチュウの事か? 藻豆区中央公園。中央といいながらも、住所は藻豆区南にある不思議公園。けど何で?」



 藻豆区モズクの事だったんだ……。


 南か……さほど遠くないな。ここからだと、バスが通ってる。


「そこに行けばレッドローズがいるかもしれないのか」


「は? 何言ってんだ? 確かに不良の溜まり場になってるけど……」



 ボソッと口にした俺の言葉に、丑光は表情を固くしながら携帯をチラチラと見た。



「……ちょっと行ってくるから、千代花ちゃんのことヨロシクな」


「は? 行くってアイツのところにか? 止めとけ! 辰酉家潰されるぞ!」


 足を上げた瞬間、腕を掴まれた。こいつの必死な声に固まる。


 その言葉の内容はどういう意味だ?



「けど、このままじゃあ何の解決にもなってない。また千代花ちゃんが危ない目に遭うだけだ」


 掴まれた腕を振りほどくと、丑光はため息をついた。


「お前、戌養九八イヌカイキュウハチって知ってるだろ?」


「戌養って確か政治家の?」


 突然出されたお偉いさんの名前に口を歪める。

 何故、政治家が出てくる……そんな話の流れだっけか?



「レッドローズは奴の隠し子だ」


 周囲を見渡す丑光は俺に耳打ちをした。

 あー近い近い……近いんだよ。内緒話って耳がこそばゆいんだよなぁ~。



 …………?


「はぁ!? 何言ってんだ?」


「……も、もう少しボリューム下げて」


 丑光は少し慌てた様子で首を振る。



 政治には詳しくないが、そんな話は全く耳にした事はないぞ……。政治会を牛耳ってるって噂は聞いた事はあるが、もしそれが本当ならマスコミが騒ぎ出すだろ。



 あー、嘘か? いくらなんでも一般人がそのような極秘内容知るはずない。


乾七二イヌイナツ……勿論、公にされてないけど、戌養の娘。いろいろ揉み消してるけどな」


 まぁ隠し子が本当なら、揉み消すだろうな。



「ん、乾って……?」


「レッドローズ。バックにデカイのがついてんだから、下手に行動しない方がいいぜ」


 丑光は再度ため息をもらしながら釘を刺す。



「だから? 親が凄いからって行かない理由にはならないだろ?」


「お前アホか」


「どんな権力者だろうが、それは親の話。子供のケンカにゃ関係ないっしょ」


「話聞いとんけ?」


 イライラしている丑光は放っておいて、実際問題その話が本当だとしても、何かアクションを起こさなければこのまま何も変わらない。だったらどうする? 動ける時に動くだろ。


 つーか、アホ発言は頂けないな。

 目を細めながら丑光を見ると、奴は下を向いて何か考えていた。



「……このまま帰っても気持ち良く寝れねーからさ。やっぱ俺行くな」


「お、おい!?」


 欠伸をしながら足を上げた俺に、丑光が困ったような声音を発する。


「ん? お前も行くか?」

「いや、行かない」

「だろ? じゃーな」


 そのままこいつの顔を見ずに通り過ぎて病院を後にした。




 病院の近くにあるバス停で待っているのだが、全く来る気配がない。


「……」


 時刻表によれば、もうすでに来てるはずなんだが……。


 何かトラブってるのか? 渋滞してんのか? 事故ってるのか? こっちは急いでんだよッ! って俺の都合なんて関係ないし仕方ないけどッ!


 でも、タクシーに乗るなんて余裕なんてないし……。



――チリンッ


「粟田!」


 ベルの音が聞こえたと同時に名前を呼ばれた。顔を向けると自転車にまたがる丑光の姿があった。


「急ぐんだろ? 行くぞ」


「えっ……あ、あぁ」


 こいつが何でここにいるかなんて、この際どうでもいい。今は藻豆区中央公園へ行くのみ。


 俺が自転車の後ろに乗ると、丑光は急いで発進した。





 何だか人気(ひとけ)が少なくなってきた。


「あそこ」


 丑光が顎で指した先には【藻豆区中央公園】と書かれた看板が倒れている。



 公園なのに何だ? この鬱蒼としてて陰湿な感じ……こんなんじゃ、子供も寄り付かないぞ? 手入れの行き届いてない木や草が生い茂ってて中の様子がよくわからんし。


「ほんとに公園かよ? ここ」


「一応な。でも使ってんのは不良ばっか」




 俺たちは自転車を降りて、暗雲立ち込める怪しさ満点の公園へと入って行った。


 何だ何だ? 学ランや特効服を着た奴らが数人倒れてるぞ。まぁ、見るからに不良集団であり、喧嘩に敗北したんだろうけど。

 それにしても悲惨な光景。こんな惨状、喧嘩しない自分には全く無縁だからな。




「!?」


 俺がうずくまる人達を見渡していると、急に服を掴まれ後ろへと引っ張られた。


「何だ、てめーらもシマを荒らしに来たのか?」


 チラッと目線を背後に向ける。そこにいたのは金髪の若い女の子たち……見るからに中学生くらいの少女だ。絵に描いたような不良少女AとB……とか悠長に考えてる場合じゃないよな。



「ローズさん、どーします? コイツら」


 少女は大声を出し、向こう側にいる赤毛の女性に報告する。


 あの目立つ赤い髪はレッドローズ……。やはりここに来ていたんだ。


 こちらを見ると口角をクイッと上げ、ゆっくりと歩いて来た。




「丑光じゃねーか。誰の許可でここに来てんだぁ?」


 近くにいた丑光は、いつの間にかペタンと座り込んでいた。


「……丑光?」


 蛇に睨まれた蛙のごとく、ぴくりとも動かない。大丈夫……じゃなさそうだな。



 俺は胸を擦り鼓動を速さを鎮める為、大きく深呼吸をした。……が、やっぱりボコられた記憶が脳裏を霞む。しかし『はぁ……また病院送りか』と半ば諦めながら顔を上げた。




「千代花ちゃんの事で話あんだけど」


 何とか平静を装って口にすると、レッドローズの紅い瞳が徐に俺を見た。




「は? てめー誰だ?」


 覚えてないんかい! あれだけボコボコにしたくせに……事件は加害者よりも被害者のが覚えてるものなのか。



「あぁ……お前、チヨカの男か。何の用だよ」


 俺の顔を見ていたレッドローズが口にした。

 何か違ってる気がするが、この際それはどうでもいい。レッドローズから話を持ちかけて来た今がチャンス。今が話時。



「何でそんな千代花ちゃんに執着するんだ?」

「チヨカに執着? 何言ってんだ?」


 レッドローズは俺の言葉を復唱すると、肩を震わせてクククと小さく笑った。


「あいつとの関係を親子とでも思ってんのか?」


 親子の執着心……【子離れできない親】とか【親離れできない子】とか……? いや、思ってないけど。


 レッドローズの口から親子という単語を聞くと、先程の丑光が話した内容がマジなのかと思えてくる。



 しかし、俺にとっちゃあレッドローズの身の上話なんぞどうだっていい。


「千代花ちゃんは、もう君らとは関わりたくないんだと」


「ふぅん。それはアイツ本人が言ってたのか?」


 首を縦に振るとレッドローズが近づいて来て、俺の襟ぐりを掴んだ。



 顔を歪ませるレッドローズの力が強くなってきた。


「で、何でテメェがあいつの代わりにそれを言いに来たんだ?」


「な、何でって……あんたが千代花ちゃんを病院送りにしたからだろ!」


「チヨカはそんなにヤワな奴じゃねェ」

「ヤワじゃなければ暴力ふるっていいのかよ!?」


「暴力? ……テメェはおしおきって言葉知ってるか?」



――ドガッ!


 暫く言い争いが続いた後、レッドローズは俺の顔を殴り、ぶっ飛ばした。


「ぅッ!」


 後ろにあった電柱に頭をぶつけた。

 口の中に血の味が充満する。唾を吐くと、赤く染まっていた。


 歯でも折れちまったかと思ったが、単に切れただけのようだ。

 



「あわ……粟田?」


 丑光の震えた声音が微かに耳に入る。




「うるせー野郎だ。……もしやチヨカの奴が甘っちょろい事を言い出したのはテメェのせいか?」


 レッドローズは指をポキポキ鳴らしながら近づいて来た。


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