千代に八千代に⑤
「お兄ちゃん?」
ハッと顔を上げると、テーブルを挟んだ向かい側に菜子ちゃんが見えた。
早々に旅館を出て家に帰った俺は、考え事をしながら昼食を食べていた。こんがらがった頭の中で色々と整理していると、疑問が膨れ上がって脳みそが痛い。
レッドローズか……相当な修羅場をくぐって来たのか、雰囲気がもうヤバイって感じの娘。
そもそも、暴力沙汰で丑光の病院が潰れたなんて犯罪じゃないか? 親父さんの怪我は重傷みたいだし……つーか、俺も被害者じゃねーか。
でも、罰せられた様子はない。何故? 少年法? 少年院は行ってなくても、せめて保護観察とかには……いや、詳しくないからわからんけども……。
「桜次郎様、お口に合いませんか?」
今度は黒野さんが声をかけて来た。
俺、食事中なのにまた考え事してたか。
「いえ、合います。美味しいです……俺には勿体ないくらいに」
そう言ってパンを頬張っていると、菜子ちゃんの強い視線を感じだ。
「お兄ちゃん、大丈夫ですか? お腹痛い?」
「え? だ……大丈夫大丈夫。痛くないから」
心配かけてしまったか?
「あれ? 鈴芽は?」
何だかんだ言って、最近鈴芽は食堂で食事している。休みなので部活もないし……どこか行ったのか?
「鈴芽お姉ちゃんは『新しいお馬さんがどーのこーの』言ってました」
菜子ちゃんは食事を終え、ナプキンで口元を拭いた後にそう言った。
「新しい……馬?」
――バン!
突如開かれた扉にビクッとなる。
「ちょっとクロノ!」
眉間に皺を寄せた鈴芽が入って来た。
「鈴芽様、彼は来られましたか?」
「来たわよ。綺麗な白毛で気品のありそうな子が!」
鈴芽はスゴい剣幕でズカズカと黒野さんに詰め寄る。それに対し、黒野さんは爽やかな笑顔を向ける。
誰か来たのか?
「良かったですね」
「良かないわよ! 全っ然動こうとしないじゃない! 私が喋るとビクビクするし!」
「それは鈴芽様が怖いからではないですか?」
くすくすと微笑みながら、冗談っぽく黒野さんが言う。
「あ~もう、何なのよ。うっさいわね! ……ちょっとオージロー!!」
「え?」
急にこっちを見た鈴芽は、俺の腕を掴むと無理やり立たされた。
「馬には馬並みの男よ! 一緒に来なさい!」
「はぁ? おい……意味がわからん……つか、まだ食ってねーっての」
「あっ! 待って! 菜子も!」
食事を中断させられ、鈴芽に引っ張られながら部屋を出た。
屋敷の外に来た。
「一体何だよ……」
俺は鈴芽を見ると溜め息をついた。
綺麗な白毛とか馬並みとか……巳山が聞いたら下ネタ言い出すぞ。……って、そう考えてる俺も俺だが。
「トライロメオに好かれるってくらいなんだから、あの馬も何とかしなさい」
鈴芽の指した先には、白い毛色の馬。しかし、トラックからは出ようとしないで、その場で固まっている。
「あ、チーちゃん」
「桜ちゃん、やっぽ~」
トラックの近くには、羽流ちゃんと天子ちゃんがいた。
「この子、てんで出ようとしないんだよ。何か嫌なのかな?」
「擬人化……」
羽流ちゃんは『むー』と唸りながら首を傾げ、隣で天子ちゃんが何か呟いていた。
「だからって俺にどうしろと……」
「新参者には新参者でしょ! アンタがトラックから出してあげなさい」
鈴芽が命令口調で俺に指令を出す。
何度も言うようだが、何故俺が……?
「牡馬でしょ? あの子。女の子だらけだから緊張してるのかも」
フローラルな良い匂いが漂うと、俺の肩にポンと手を置いた女性。蝶子さんだ。
「チョコ姉? 何でここにいる訳? デートじゃないの?」
「ん~、だって家に白馬が来るのよ? 見たいじゃん。王子様」
鈴芽は不満そうに蝶子さんにそう言うが、彼女はお姫様のようにゆるやかに微笑んだ。
「白馬って珍しいんですか?」
「芦毛なら結構見るけど、純粋な白毛の馬は珍しい方ね。ほら、白馬の王子様が向かえに来るのを待ってるっていうじゃん。珍しい馬に一国の王子様が乗ってくる……あれってそれだけ珍しいって事」
にっこりと蝶子さんは頬に手を当てながら喋る。
……つまり、めちゃくちゃレアだって話? 三毛猫のオスみたいなもんか?
一国の王子様単体だけでもレアだけど。
「実際に白馬にまたがった王子が来たら引くっつーの。そんな話はどーでもイイから早く行ってみてよ」
鈴芽は俺の背中をトラックの荷台へ押し、急かす。
だから何故馬に詳しくない俺が!?
「……」
勢いで登ってしまうと、目があってしまった。
「……」
すると、雪のように白く綺麗な馬は俺のそばへ来た。
何かわからんが、取り敢えず手綱を持ってトラックを降りる。
「やっぱアンタは動物に好かれるタチなのかしら」
唇を尖らせながらムスッとした鈴芽が言う。
「タチ……チーちゃんがタチ? そのパターンもいいかも……」
天子ちゃんは白馬を撫でる俺をジーッと見つめていた。
「まぁいいわ。早速だけど乗ってみましょ」
鈴芽は溜め息をつき、白馬の手綱を掴もうと近づいた。だが、馬はそれを避けるように歩き出す。
「ち、ちょっと!」
手綱を掴み損ねた鈴芽は苛立ちを顔に出す。羽流ちゃんはそれを見てケタケタ笑っていると、屋敷の方から菜子ちゃんがパタパタと走って来た。
「わー! 白いお馬さんキレー!」
菜子ちゃんは馬に触ろうとそばへ行くが、拒むように馬は再度歩き出した。
「極度の人見知り……なんですかね?」
菜子ちゃんをサポートするように黒野さんは自分の方へ彼女を抱き寄せる。
「女性が苦手……いい属性だっち。……早く書き留めたい」
天子ちゃんは『ククク』と怪しい笑いをすると、屋敷へと帰って行った。
何の話をしているのやら、俺にはさっぱり……。
「あれ? 蝶子さんは……」
もう一人いたはずの女性が見当たらない事に気が付く。
「だいぶ前に出て行ったわよ」
「――うわっ! 翼ちゃん!? いつの間に……」
「さっきからいたけど」
そこには、蝶子さんの代わりにいつの間にやら居た翼ちゃんがノートパソコンをポチっていた。
「これ」
翼ちゃんはノートパソコンをクルリと回すと、画面を俺に見せて来た。
「発信器、さっきまで音沙汰なかったのに、急に反応しだした」
「壊れてなかったのか」
「そうみたい。反応するということは、発信器はこの街にある」
千代花ちゃんも帰って来てるって事か?
「そこに行こう!」
「……待って。何で今さら反応があったのか……そう思わない?」
自転車を取りに行こうとする俺に対して、冷静に話す翼ちゃん。
「何で……って」
「罠じゃない?」
「わ、ワナって……そんなはずないだろ。誰が仕掛けるんだよ」
冗談で言ったのかわからないが、翼ちゃんは無表情でそう言う。
「千代花ちゃんの合図かも……とにかく行ってみるよ。場所は?」
「詳しく調べてみる」
翼ちゃんはパソコンを自分に向けると、作業し出した。
俺はその間に自転車を取りに行く事にした。
「場所なんだけど……隣街との境目にある大通りを抜けた細い道のようなところ。良くわからないけれど、路地裏かしら……」
自転車を押して戻って来ると、翼ちゃんはパソコンを見せながら説明してくれた。
パソコンには地図が映されている訳ではなく、何やら数字なのか文字なのかが書いてあって……全くわからん。
「わかる……? 学園とは反対側へ進んで……」
「あー、鳩羽区との境目の大通りだろ。あの辺、バイトで行ってた事あるからわかると思う」
俺は急いで自転車に乗ると、下方からプシューとか細い音が耳に入った。
嫌な予感。
「……パンクしやがった!」
いざ行こうとしたらコレかよ。
靴下を脱ぎ捨てるように自転車を雑に降りた。
「あ……」
翼ちゃんの喉から小さく声がもれる。
「反応が消えた……」
その言葉に俺は、彼女の横へ行ってパソコンの画面を見る。真っ暗だ。
「もしかして千代花ちゃんの身に……」
「それはわからないけど」
「と、取り敢えず急いで行かないと!」
「パンクしたんでしょ」
翼ちゃんは転げた自転車に目線を向けた。
そうなんですよね~。足がないと、ちょっち辛い……。
「どうかされました?」
俺ら二人でワタワタしていると、黒野さんがこちらへ来たので声をかける。
「黒野さん、自転車ってないですか?」
「自転車ですか……なかったと思います……。自転車をご使用なさるのは桜次郎様だけですので……。お出かけでしたらお車をご用意します」
マジか……皆自転車乗らんのか。交通手段どうしてんだ?
「道が狭いから二輪のがいいわ」
翼ちゃんがボソッと呟くように口にする。その言葉に黒野さんは悩む。
「……二輪ですか? 緑山君のバイク……とか?」
バイクか。移動手段としては道幅を選ばないからとてもいいんだけど、俺は免許など持っていない!
……となると、やはり。
鈴芽から逃げるように蛇行して歩く白馬を俺はチラッと見る。
すると白馬はこちらへ来た。
「ああだこうだ言ってられない」
今は一時を争う。
深呼吸して馬へ飛び乗る。
「はい」
手綱を握り、意を決した俺に翼ちゃんがさっき自転車を倒した時地面に落とした携帯を渡してきた。
「いってらっしゃい」
「あの……桜次郎様、どちらへ?」
何か不信に思ったのか、黒野さんが目を細めて聞いてきた。
「あ、千代か――」
「何でもないです。黒野さんは気にしないで」
別に話しても支障はないだろうと口にした時、翼ちゃんが割って入る。
何だ? 話さない方がいいのか?
翼ちゃんに『さっさと行け』と言わんばかりに睨まれたので急いで行く事にした。
馬は軽車両扱いだから公道を走っても違反ではない……んだが、何だか視線が……。
当たり前と言えば当たり前か。普通見るよな?
都会の真ん中で誰が馬に乗るんだよ。日本だぜ、ココ……。
いかんいかん。そんな事を気にしてはッ!
俺は人の少なそうな道を選びながら、鳩羽区との境目へ急いだ。
翼ちゃんが言っていたのは、確かこの辺……?
大通りの近くにある路地? しかし、この辺りにあるのは大型スーパーや銀行など。
道路を挟んだ反対側には工場に倉庫……。無数の倉庫か。う~ん、まぁ家に見えなくもない。
半信半疑だがそれしか考え付かなかった俺は、倉庫が建ち並ぶ場所へと進んで行った。
細い道と聞いていたが、普通に車でも通れそうな道幅なんですが。
でも、日が暮れている訳でもないのに何だか薄暗い。勿論、道路の向かい側とは違い、全く人が居なく賑わいがない。
俺はゆっくりと馬を歩かせる。
しかし、人っ子一人見つからず……。ここにはいないのか……もしくは、倉庫の中か。
つーか、倉庫なんて鍵が掛かってるだろ。なら、別の場所って何処だ? わからんぞ……馬に乗りながら路頭に迷うか?
「悪かったな……巻き込んで」
俺は白馬の頸をポンポンと撫でるように叩いた。
「ひひ~ん」
「うぉっ!!」
何故かいきなり動き出した馬は、ある倉庫の前へ行く。
「な、何だ? ここに何か……」
……!? 隙間? 開いてる?
左右の扉の間にある十センチ程の黒い線。そこから風がスースーと通り抜けている? 隙間だ。
馬から降りると、重い扉を開ける。一人分程の間を開けて、無理矢理中へ入った。
更に暗い倉庫内。
目が慣れるまでは真っ暗だった。
薄暗く、物の形くらいは見えるようになったが、何が置いてあるかまではわからない。
しかし、床に倒れてるのは人影だよな?
近付いて行くと、段々と全貌がわかる。
「千代花ちゃんッ!?」
ウェーブのかかった金髪に学校の赤色をした制服。頬には細かい傷が沢山ついている。
彼女の肩に手を回して抱き上げた。息はしているが、呼び掛けに反応がない。
「……ん?」
千代花ちゃんの腰に手を当てた時、ドロッとしたものが手に付着した。
鉄の臭いがする液体が指を伝う。血だ。
「千代花ちゃん! 千代花!!」
何度も名前を呼んだが、無反応。しかし、『う、う』と苦しそうに息を漏らしているところを見ると、朧げながら意識はあるようだ。
そうだ、電話!
電話をしようとポケットから携帯を取り出すが、焦ったのか滑ったのかわからないが、手の中から落ちた。
背後へと飛んでいってしまった携帯を取りに行く為に、千代花ちゃんを横にして離れた。
血で滑ったのか? だからといって、どこまで飛んで行くんだっつーの。
扉付近にまで飛ばされた携帯を手に取る。
そうだ。
扉をもっと開けよ。
少しは中も明るくなるし、千代花ちゃんを馬に乗せたいし……。
「よっ……と」
分厚い扉を踏ん張って開ける。
何とか馬が入れるくらいのスペースは開いたけど……。
馬の他に、別の影……。
「丑光……何でお前がここに……?」
俺がいる事に驚いているのか、奴は放心状態でこちらを見る。
「いや、そっち……こそ」
丑光はチラッと奥にいる千代花ちゃんを見ると視線を泳がした。
――ぽとっ
「何か落ちたぞ」
俺は丑光の落としたものに目を配る。
……発信器?
これって、あの時、千代花ちゃんに付けた発信器だよな。
「何でお前が……?」
何でこいつが持ってるんだ。
それに何でここにいるんだ?




