千代に八千代に④
今日は学校もバイトも休みなので、俺は東北にあるという千代花ちゃんのいた施設に行く事にする。
「高いな……」
翼ちゃんに施設の場所と名前を聞いた俺は、新幹線に乗るべく切符を買おうとしていた。
「何やってるの……早く行くわよ」
「うん。けどなぁ……高……ってわっ!?」
財布を見てブツブツと呟いていたら服を引っ張られた。クルッと方向転換すると、そこには翼ちゃんの姿があった。
「翼ちゃん? 何で?」
「施設まで行くんでしょ……」
俺は狐につままれたように呆然となる。だって、さっき施設までの道程を教えてくれた人物がここにいる。
「翼ちゃんも行くの……?」
「お礼は弾むって言ったでしょ。案内してあげるわ」
オーバーオールを着た翼ちゃんは、そう言いながらズボンの裾を巻き上げる。そしてリュックから何か出した。
「もう手配はしてあるから……行きましょ」
手配してると聞いて、自家用ジェット機にでも乗るのかと想像してしまったが、俺たちは普通に新幹線に揺られていた。
だがしかし、新幹線に乗るなんて行為、俺にとっては人生二度目というレアな出来事である。 小学校の修学旅行で乗ったっきりだ。中学の時は風邪で行けなかった……というよりも、金銭的に難しかったので行かなかった。
そんな昔話を思い返しながら窓の外を見ていたら、肩に何かもたれかかってきた。顔を向けると、俺の身体をクッション代わりにして翼ちゃんがグースカと眠っている。
熟睡……いや、爆睡といった感じ。相当疲れていたんだろう。
「着いたの?」
急に瞼を上げた翼ちゃんと目が合ってしまった。
先ほど出発したばかりで、当然着いてるはずもない。
「到着したら知らせて」
周囲の様子を確認した彼女は、再度眠り出す。
着いたら起こして……か。
それは俺には寝るなと言ってるのか。まぁ、寝ないけどさ。
翼ちゃんにもたれられた俺は、窓の外で移り行く景色を眺めながら揺られていた。
「ここが……」
千代花ちゃんのいた施設。原点。
年齢は様々だが、幼い子供たちが遊ぶ様子はまるで保育園。しかし思っていたよりも小さな養護施設だ。
入り口に立っていると、一人の女性がこちらに歩いて来た。職員の人か?
「お久し振りです」
「翼ちゃん、大きくなったわね」
ペコッと軽く会釈をした翼ちゃんに、女性は満面の笑みを見せる。
……??
お久し振り……大きくなったわね?
「彼は? 家族の方?」
「まぁ……」
「そっかそっか。良いご家族さんに恵まれたのね。……とりあえず、中へどうぞ」
そう言った女性は、施設の中へと案内してくれた。
……何だろ。この会話。知り合いなのか?
「ワー」
「キャッキャッ」
パイプ椅子に座る俺たちの周りをグルグル回る数名の幼児。
向こうにいるのは、まるで産まれたばかりみたいな小さな赤ちゃんをあやす幼い少女。皆、施設の子か……。
「またおきゃくさんー?」
「後でおやつにするから、それまでお庭で遊んでてね」
「はーい」
女性がそう言うと、子供たちは聞き分け良く去って行った。
周囲に誰もいなくなると、翼ちゃんは口を開き話を切り出す。
「単刀直入に聞きます。取り壊しになるって本当ですか?」
彼女の言葉に一瞬辺りの空気がピリッとなったが、女性はその話を肯定する。
取り壊し……って。
話の見えてない俺の隣で、翼ちゃんは立ち上がった。
「わかりました。ありがとうございます。……では」
「では……って……。えっ? もう行くの!? 千代花ちゃんの話は?」
「私は噂の真相が聞けたから……」
部屋を出ようとする翼ちゃんの言葉だけが俺の元へ届いた。そして彼女はそのまま去って行った。
「翼ちゃんも相変わらずね」
女性は右手を口元に当て、クスッと笑う。
「……」
「えっと……用件しか口にしないところが昔と変わってないなぁ~って」
ポカンとする俺に、女性はそう言った。
そうか。翼ちゃんは昔からあんな感じなんだ。……昔から?
む、昔からって……。
それって、翼ちゃんも施設出身って事か!?
だから『お久し振り』なのか。
「千代花ちゃんだけど……貴方たちが来る前に見かけたわ。外から施設の中を見てたみたい。でも彼女、見てるだけで入ろうとはしなくて……」
女性は優しい笑顔で語る。
「千代花ちゃん……来てたんですか?」
「えぇ。声をかけたら逃げちゃった。あの子もそういうところは昔のままね」
懐かしむように女性は一枚の写真を見せてくれた。集合写真だろうか。この端に写っているのは翼ちゃん。今と全く変わってない容姿だ。中学生くらい?
……で、この隅っこで写真から切れてるショートカットの子が千代花ちゃんらしい。
「皆の輪に入るのが苦手で……でも変わらず優しい子。きっと心配して来てくれたのね」
「あの……」
写真を返すと、不躾だが、わだかまりを質問してみる事にした。
「何で取り壊しになったんですか?」
詳しくないんだが、児童養護施設を管理、運営してるのって、国や社会福祉法人……だよな? 個人ではないはず。
解体となると、どんな理由だ。援助金や補助金を出さなくなった……とか? 孤児を見捨てるのか?
「色々あってね……」
想像通り、やはり詳しくは教えてくれなかった。そりゃあ、全くの無縁な奴に軽々しく話す話ではない。
……最近どっか別の場所でも『潰れた』とか『追いやられた』って話を聞いた覚えが……。
「つ、翼ちゃん?」
帰ろうと部屋を出たら、庭で翼ちゃんが施設の子たちとラジコンを操作して戯れていた。
俺の姿を見た翼ちゃんは操縦を止めると、子供たちとこちらへ来た。
「千代の事聞いた?」
……やっぱ千代花ちゃんの事、気にしてるんじゃん。
「さっきまでここに来てたらしい」
「ここに……となると……」
「まだ近くにいるかも」
「桜次郎、もしかしたらあそこかもしれない」
「え……?」
少し考えた後、翼ちゃんは俺の腕を掴んで施設を出る為足を進める。そして子供たちに見送られながらこの場を後にした。
連れられたのは公園。ブランコとロープや土管などで作られたアスレチックがある。
「ほら、あそこ」
翼ちゃんは一つの大きめな土管を指した。
「昔、千代が施設を飛び出してはあそこに隠れてた」
そう言うけど、昔の話であって……いくらなんでも今は――って居た!?
何気なくチラッと土管を覗くと、体育座りをしてそこへ顔を埋める千代花ちゃんの姿。俺はバレないように急いで身を引いた。
「い、いた……」
翼ちゃんにそう話したら、何か紙を手渡された。
「先に戻ってるから……後よろしく」
彼女は無表情で言うと、立ち去ろうとする。
「え……。千代花ちゃんに会わないの?」
「今まで何もしなかった私が今さら行ったところで、何? 千代が嫌がるだけ……」
そうかな……?
「同じ環境で育った義妹に『帰ろう』って言われたら嬉しいもんなんじゃ……」
「だから嫌なのよ。むしろ何も知らない貴方が行くべき。じゃあしっかりね……」
…………。
行ってしまった。
俺が話してまた逃げられたらどうするんだよ……。
溜め息をついて貰った紙をポケットに仕舞うと、深呼吸をして土管の中へ入って行った。
中へ入る音に気付き、千代花ちゃんがゆっくり顔を上げる。
「何でテメェがいんだよ……」
「えっと……」
何て答えるべきだ? 『君を捜しに来た』だなんてキザい台詞は言えないし。
「散歩」
「散歩!? どんだけ歩いてるんだよテメェは……」
頭をボリボリと掻いた千代花ちゃんは立て膝を崩し、あぐらをかきながら呆れた表情をする。
「……」
「……」
「……」
「……何か喋れよ」
俺が話すと逃げられるという前科がある為、暫し無言でいると、沈黙に耐えかねたのか千代花ちゃんがこちらを向いた。
喋れって……言われても。
「……千代花ちゃんは何でここにいるんだ?」
「別に何でもいいだろ」
「…………そっちが喋れって言ったから聞いただけじゃん」
ツンとする千代花ちゃんの横で、俺は小さく呟いた。
「この辺で育ったんだ……」
千代花ちゃんはポツリと独り言のように口にした。
「あたい、皆とは馴染めなくて……いつしか町に出ては喧嘩ばっかしてた。喧嘩する事で……傷付き痛みを覚える事で『あたいは存在してるんだ』って思えた……」
彼女は再度足を立てて体育座りをする。
「ある日死にそうなくらいボコられて……その時助けてくれたのがあいつ……レッドローズ」
千代花ちゃんは下を向きながら話を続けてくれた。
「あたいは強かったあいつに憧れた。忠誠も誓った。ローズがいなかったらあたい、死んでたし……」
レッドローズと千代花ちゃんの出会い……。てっきり俺は、レッドローズも施設出身だと思ってた。何となく。
「でも最近のローズはやりすぎだ……言っても聞かないし。むしろ、あたいにも強要してくんだ。だから……」
「あそこから抜けたい?」
千代花ちゃんはコクッと頷くと顔を伏せた。
「でも無理だ。皆に迷惑をかけた……。あの子たちにも……お前にも……」
顔は見えないが、涙声で肩を震わせていた。
泣いてる??
こんな状況はどうしたら良いのだ? 確か、前にも似たような事があった気が……?
そんな事を思いつつ、俺は彼女の肩に手を回した。
「何すんだよ!!」
慣れない俺の不審な行動に気づいた千代花ちゃんはすごい形相で離れて行った。だが、苦笑いする俺を見ると、溜め息をついていた。
「て、テメェはいつからそんなキャラになったんだ……巳山にでも侵されたか」
そんなキャラって……どんなキャラだ俺は。
「いや……ごめん。でもありがとう」
「感謝はいらん。……ちょっと喋り過ぎたな」
深く息をはいた千代花ちゃんはゆっくり身体を動かし土管の出入り口を向いて四つん這いになった。
「一応話しただけだ。……じゃないとお前、理由もわからずにただ殴られただけだからな」
彼女は振り返らずに土管から出て行った。
千代花ちゃんの心の内が多少聞けた。やっぱ、あの集団から抜けたいらしく……でも抜けられない……何かに葛藤しているのか?
……で、まだレッドローズにも思い入れがあるようだし。
まぁ何にせよ、結局逃げられたのだが。
俺が土管を出ると、千代花ちゃんの姿はもうなかった。辺りを見ると夕方。仕方ないので、まずは翼ちゃんに会おうと彼女からもらった紙に書いてあった住所を探す。
少し迷ってしまったが着いた。
そこはいい感じの老舗っぽい旅館で……。
「桜次郎様でございますか」
一歩足を踏み入れると、着物が似合う女性が現れた。女将さん……みたいな?
何がなんだかわからないまま、女性に部屋へ案内された。見るからに豪華な扉の隣にある札には【鳳凰】と書いてある。
靴を脱ぎ、部屋に上がる。
一番に目に入ったのは床の間にある龍の掛け軸。隣には変わった形の壺? 何に使うのかわからないが高そうだ。
「おかえり」
隣の部屋から声が聞こえた。
そちらへ向かう。
木で出来た長い机の上にノートパソコンを置いて、その前でお茶をすすっていたのは翼ちゃんだ。
「た、ただいま……」
彼女からもらった紙に書いてあった宿だ。翼ちゃんがいてもおかしくはない。
「やっぱ無理でしょ」
無理って……千代花ちゃんを連れ帰るのはお前じゃ無理だって事か。
翼ちゃんはお茶を置くと、パソコンをポチポチと触る。
俺はガックリと肩を落とし、彼女の隣へ行った。
「……付けた?」
「付けたって? 何を?」
動く指を止め、白い目でこちらを見られてしまった。
「ごめんごめん。発信器でしょ? 付けた付けた」
千代花ちゃんにバレないように付けた発信器。気が引けるが、そうでもしないとすぐに何処かへ行っちゃうから……あの娘。
「反応がないんだけど……」
再度パソコンと睨めっこをする翼ちゃん。
「ちゃんと千代花ちゃんに付けたし電源も入れた」
「そう。だとすると、千代に気づかれて電源を消された……もしくは壊れた」
「壊れた……」
がーん。女の子の肩に手を回してまでしたのに、俺の苦労は水の泡?
「電波が来ないって事は、もうこの町にはいないかも……」
翼ちゃんはパソコンを閉じると立ち上がった。
「どっちにせよ、遅いから明日帰った方がいいわね」
翼ちゃんはチラッと時計を見ながら伸びをした。
明日か……。じゃあ、この老舗っぽい旅館に泊まるのかぁ……。何かドキドキして来た。
「明日は朝イチで出るから早めに寝ましょ」
欠伸をする翼ちゃん。
……ん? 寝ましょって……翼ちゃんもここで寝るのか? 料金的に二人一部屋のが安いしね。一人一部屋なんて贅沢。
女の子と同じ部屋で寝るなんて……初めてで緊張する……。義妹だろうと女の子は女の子だし。
「じゃあ、私戻るから……」
翼ちゃんはパソコンを持つと、部屋を出て行った。
で、ですよねぇ~……。
お茶を淹れた俺は座布団に座り、一息つくのだった。




