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じゅうしまつ。  作者: 麻田なる
第五羽
12/23

千代に八千代に②

「何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ……皆には更に白い目で見られるし、バイトにも行けないし……」


 包帯グルグルの俺は机にへばりつきながら、巳山にボヤく。


「まぁまぁ落ち着け。今度襲われそうになったらオレを呼べぃ! オレ、強いから」



 巳山は腕を組み、自信満々に言った。だが、もう喧嘩もあんな目にも遇いたくない。



「でも、その集団ってもしや隣町の

レディースじゃね? 千代関連っしょ?」


「レディース……? 確かに女の子だったけど」


 俺の言葉を聞いて不思議な顔をしていた巳山だが、彼はそのまま言葉を続けた。



「赤毛の女か……。多分だけど【レッドローズ】とかいう奴じゃないか。【御前会】って暴走族の総長の――」

「暴走……って!? 千代花ちゃんが暴走族なはずないだろ!?」



 その言葉に、椅子から立ち上がった俺は巳山に掴みかかる。


「いてーなぁ。んな事、オレが知るか! 千代に聞け!」



 俺の腕を振り払うと、巳山はムスッと頬を膨らませた。



「なぁ、粟田」


 こちらへ近づき話し掛けてきたのはクラスメートの二人の男子。


「あのさ、前の学校で番長だったって本当?」


「は……?」


 クラスメートの思いがけない台詞に目が丸くなってしまう。


「違う違う。裏番だって」


 隣で言い直す、もう一人の男子生徒……。だが、どっちも同じようなモンだろ。


「どっから出たんだよ……そんな話」



 俺は呆れながら二人を交互に見た。


「風の噂」


 何だ、その信憑性に欠ける噂は? それを信じるのか、君たちは?

 溜め息が漏れて仕方がない。

 こんな状態の時、そんな謂われのない噂を立てられてるなんて何かショックだ。



「いつも巳山従えてるしさ」


「それじゃー、語弊があるぞ。俺が桜次郎の手下みたいじゃん」



 巳山がムッと膨れて男子生徒たちに言う。そんな巳山を無視して彼らは話を続けた。


「それによ、この間、族に囲まれてたって話だし」


「こんな包帯番長、どこにいんだよ……」


 俺は自分に巻かれている包帯を見ながら言う。


「それって、相手が女の子だったから手出ししなかったんだろ? 漢だねぇー粟田」



 何故かあの惨劇を美化されてる。

 囲まれたのは事実だが、手出ししなかったんじゃなくて出来なかったからボコられたんですが……ってのは言わないでおこう。何となく。



「何にせよ、そんな噂……真に受けるなよ」


 そう言うと、二人は満足したのか、そそくさと去って行った。


 何だったんだ……。






「何で俺が怒られなきゃなんねーんだよ」


 数日後、包帯の取れた俺は唯一辞めていなかったコンビニのバイトに来ていた。そして夕方勤務のシフトをあがると、ユニフォームを脱ぎながらロッカーの前でボヤいていた。


「機嫌が悪いからって、こっちに当たらないで欲しいよなぁ」


「いい大人なのにマナー守れっつーの。普通、タバコ吸いながらレジに来るか? 注意したら逆ギレするし……。『若いのにそんな事いうな!』って意味がわからん」



「久々に見た。黒アワダ君」


 バイト仲間と愚痴っている最中、店内からバックルームにポニーテールの女性が入って来た。


「て、店長……帰ったんじゃ? ってか『黒』って何ですか……『黒』って」


「黒は黒。それよかさ、店の前でたむろしてる子がいるんだよね……」


 店長は店内を覗き、店の外を見ながら溜め息をつく。


「仕事終わったのに申し訳ないんだけど、私一人じゃコワイからついて来てもらっていい?」


 俺らを交互に見た店長は再度溜め息をもらした。



「いいですよ。でも、店長は危ないんで離れてて下さいね。桜次郎がしっかりガツンと注意してくれるんで」

「おい……」


 俺らは帰り支度をすると、店の外へ出て駐車場で座り込んでいる集団を確認した。集団といっても三人程。


 明るい髪色にたくさんのピアス。それに手に持っているのはタバコ。柄の悪そうな雰囲気は、まさに絵に描いたような不良だな。未成年か?



「あいつら大学生かなぁ……?」


「どっちにしろ営業妨害だろ。……ん?」


 不良に向かって歩いて行く途中、俺は集団の一人の顔に目を奪われる。



「あいつ、中学の時の……?」


「何だ? 桜次郎知り合い?」


 見た目はチャラくなっていてるが、確か奴は中学の頃の同級生だ。


「そうみたい……」


「じ、じゃあ任せても……いい?」


 ビビりながら後退りをして聞いて来た。俺は溜め息をついて小さく頷くと、彼は店長のいる店の方へと行ってしまった。

 物陰に隠れながらこちらを見守っているようだ。見えてるっつーの。



 ひとりにされた……。まぁ、頷いたけどよ……結局人任せかよ。

 同級生といっても、仲良くなかったし、俺の事を覚えてるかどうか……。


 名前は丑光斗樹ウシミツトキだったか。通称トッキー、トキ様。家が歯医者で金持ち。何かと鼻につく喋り方で、俺がいうのも何だが、ガキの癖に粋がった嫌な奴だった。個人的に好きにはなれなかったな。



 ま、そんな事はいってられない。さっさと店の敷地内から出てってもらおう。


 俺は重い足を上げて、不良グループの前へ歩いて行った。



「丑光?」


 声を掛けると、脱色して白っぽくなった金髪の男子がこちらを向いてゆったりと立ち上がった。


「……」


 不機嫌極まりない顔付き。連れの不良たちはガムをクチャクチャと噛みながら俺を睨んでいる。



「覚えてないだろうけど、俺、中学で同じだった……」


「あぁ……粟田?」


 丑光は思い出したかのように口角を上げた。


「覚えてるのか」


「有名だったからな……貧乏で」



 にやけた顔が腹立つが、覚えてるのならば話は早い。


「なぁ、ここにいると――」

「トキ、ほら情報料」


 俺が口を出そうとした瞬間、不良たちは丑光に封筒を渡す。すると、面倒臭そうにして去って行った。



 何かわからんが、集会はお開きになったのか? まぁ、邪魔者がいなくなってくれたら何でもいいんだが。



「……情報料?」


 しかし、その封筒が気になるぞ。どう考えても金だよな。


「情報は情報だ。僕は情報屋だからな」



 丑光は俺を見下して、鼻を高くしながら話す。……威張るところなのかな?


 情報屋か……。



「なら【レッドローズ】って知ってるか?」


 俺の出した単語に丑光は大袈裟なくらいビクッと肩が揺れた。


「レッド……。な、何でお前がそんな事聞くんだ!? 知り合いとか……まさか?」


 青ざめた顔で声を震わせて口にした。


「お前ら何の話してんだよ」



 威勢のいい聞き覚えのある声の方に顔を向けた。ムスッとした表情にパーマのかかった金髪の女の子。


「千代花ちゃん……」


 眉間に深く皺を刻んだ少女が近づいて来る。


「良かった。あれ以来会えなかったから……」


 俺が安堵の気持ちでホッと息を吐くのに対して、丑光は更に顔面蒼白になっていた。



「い、イエロー……サイクロン……」


「ん? ……丑光?」


 後退りをすると、呼び止める俺を無視して彼は一目散に走って何処かへ消えてしまった。


「……イエローサイクロン?」


 千代花ちゃんを見て言った、丑光の言葉を彼女にぶつける。すると、俺の顔を見て深く溜め息をつかれた。


「……あたいの二つ名……らしい」


「ふたつな……蓋つきのツナ缶?」


「お前……わざと言ってるだろ……」




 呆れ顔で大雑把に頭を掻いていた千代花ちゃんが急に俺の腕を掴むと、引っ張りながら駐車場から遠ざかって行く。


「ちょっと面貸しな」

「え? ちょっ……俺、自転車……店の前」


 千代花ちゃんに連行されている俺は、日本語覚えたての外国人のように片言で単語をポツポツと口走る。




 大きな道路から離れて、人通りの少ない薄暗い道へ入ってしまった。


 面貸せって……。もしや、俺ボコられる?? いやいや、千代花ちゃんだし。


 前回の出来事を思い出し、少し冷や汗がタラリと一筋……。

 そんな事を思っていると、立ち止まった千代花ちゃんが勢い良くこちらを向く。目の前に彼女の顔があった。



「ち、千代花ちゃん?」


「お前、変な事を嗅ぎ回るなよ! また痛い目に遭いたいのか? 絶対あの女には近付くな」


 威圧感のある表情で、きつく釘を刺された。


「けど……」


「これはあたいの問題。自分で解決する! 他人に口出しされたくないね!」


 何度も念を押すと、彼女はその場から立ち去ろうとして足を上げる。



 俺は千代花ちゃんの手首を掴んで行動を止めた。


「何だよ」


 千代花ちゃんは怒った声でこちらを向き、ギロッと俺を見据えた。


「……話してよ。一応、俺、被害者だし。千代花ちゃん、何であの人たちと関わって……」

「――うるさいな! 他人のお前には関係ないっつっただろ! 首を突っ込むな!」



 少女の怒声が辺りに響き渡り、俺は一瞬強張ってしまう。


「他人他人って……知り合った以上は他人じゃないだろ!」


「他人だろ! 居候の分際で!! 自分以外は皆他人だ!」


 千代花ちゃんの声が次第に大きくヒートアップしていく。

 自分以外は他人……彼女の言ってる事はわかる。わかるし正しいかもしれないけど…… 。


 俺は黒野さんから渡されてポケットに入れっぱなしにしていた親からの手紙を広げて彼女の目の前に突き出した。





「……」


 手紙を見ていなかったみたいで、その内容を読んだ千代花ちゃんは口を開いたまま固まっていた。



「籍……入れたんだと。いつの間にって感じだよな? いっつも母さん、俺に何も話さないで決めるから困んだよ……。離婚も婚約も結婚も」


 俺は頬を膨らませた後に深い溜め息をつき、手紙をしまう。その様子を見ていた千代花ちゃんは、急に口角を上げて、先程のコワイ表情が緩和する。


「ま、あたいには関係ないけど……。つーか、お前マザコンなんだな。男子高生の癖に」


「……マザコン言うな」


 何がツボなのか、彼女は『傑作傑作』と口を押さえている。



「母さんを大切にする事がマザコンって言うんなら、俺はマザコンでいいけど……」


 含み笑いをする彼女に近づき、瞬きをせずにジッと瞳を合わせた。



「けど……俺、マザコンというよりファミコンだ」


「……」


 数秒間の沈黙が押し寄せると、千代花ちゃんの顔が歪んでいく。



「はぁ? マジメな顔して何を言い出すかと思えば……」


「母さんも含め、家族が一番大切……ってファミリーコンプレックスとは言わないのか?」


「知らねーよ!」


 あれ……余計に怒らせた? 何か違ったのか。



「つまりは千代花ちゃんが心配で、あんまり危ない事は……」


「し、心配なんていらねーんだよッ!」


 腕で顔を覆いながら、千代花ちゃんは外方を向く。

 そんな仕種を見て、ちょっぴり安心した。根っこから悪い人間な訳ではなさそうだ。



「とりあえず家に帰ろ。俺だけじゃなく、皆心配してるから」


 俺がそばに寄ろうと近づくと、 後方へと逃げる。



「ひ、ひとりで帰ってファミコンでもしてろ! バーカ!」


 そうこちらへ捨て台詞を言い放つと、猛ダッシュして去って行ってしまった。



 ……逃げられた。



 ああだこうだしていたら、こんな時間になってしまった。


 暗い夜道を歩き、家路を急ぐ。


「あれ?」


 屋敷からは電気がついている様子。誰か起きてるのか? それとも夜も付けっぱなしなのか? 電気代勿体ないな。



 玄関のそばに自転車を停め、家へ入る。


「お帰りなさいませ」


「え……。ま、まだ起きてたんですか?」



 ペコッとお辞儀をして迎えてくれたのは金髪で細身の男性。黒野さんだ。


「皆様のご帰宅を無事に確認するまでは、気になってゆっくりと休めませんから……」


 目尻を下げて、微笑みながらそう言う。

 ……という事は、黒野さん、もしや最近あんまり寝てないんじゃあないか? 千代花ちゃんは家に戻ってないし。心配性の彼の事だ……あり得る話だな。


 つーか、この人が休んでるところを見た事ないや。



「ディナーは如何なされますか?」


 俺の鞄を持とうと手を差し伸べた黒野さんが聞いて来た。


「あ、大丈夫ですから、黒野さんは早く休んで下さい」


 黒野さんにそう伝えると、手を振って早々と自分の部屋へと急いだ。グダグダとしていたら、あの人は絶対休息を取らないような気がする。だからといって、彼の心配性が治る訳ではないが……。



 部屋に戻りながら、いろいろと整理する。


 千代花ちゃんはあの不良グループの仲間で、仲間割れをしていた時に、俺が乱入した。


 何で仲間割れしてたんだ? ヤンキーはよく仲間内で喧嘩するのか? そもそも本当に千代花ちゃんはあのグループに属しているのかも不明……。お金持ちのお嬢様が暴走族?



 何故そうなるかわからん。理由がわからん。全くわからん。

 彼女の言う通り、首を突っ込まない方がいいのかな……。巳山の言葉を借りると、面倒事に関与するな……か。



 だからといって、見て見ぬふりをするのって後悔をする。いや、関わっても後悔する時はするか。つまりは自分の気持ちや後味の問題。


 うーん……年頃の女の子って難しい。



――ドンッ!


「わっ!」


 俺が下を向きながら考え事をして歩いていると、廊下の角で誰かとぶつかってしまった。


 こんな夜中に屋敷をうろついてるなんて誰だよ。人の事は言えないが。



「すみません」


 俺は床に落としたコンビニの袋を拾うと、顔を上げた。


「……」


「えっ……え? ち、ちょ……あの……すみません……」


 チラッと見た後、俺は視線を泳がす。

 一瞬見えた先には濡れた髪の翼ちゃん? 確かこの先には浴場があったから、理由はわかるんだけど……それよりも格好が……。


 何処に目を向けていいか戸惑っていた俺の前に彼女は近づいて来た。



「君、千代と会ってた? あの娘の香水の香りがするけど……」


「えっ……うん」


 そんなにニオイ移ってるのか?


 俺は自分の服を嗅ぎながら、翼ちゃんの言葉にチラリと近くにいる彼女を見てしまった。勿論咄嗟に顔を下げる。



「あ、あの……何で下着……なんですか」


 ついつい敬語で話してしまう。何となく。場が悪いというか……。


 服を着ろ服を。若い娘が下着でウロつくな、オヤジギャルか。はしたない。……とか思ったが、そんな事を言ってる余裕はなく、俺はただただ顔を赤くするしかなかった。



「服を持って行くのを忘れただけ……こんな夜に起きてる人がいるなんてね……」


 翼ちゃんは何も気にする様子はなく、淡々と受け答えをしているが、恥じらいはないのか君は。一応、俺男……一応じゃないか、歴とした男なんですが。



「……」


 しばらく続く沈黙。見た訳ではないが、翼ちゃんからジーッと凝視されてるような視線を感じる。


 うぅ……何だよ。この状況。



「ねぇ、それ何?」


「え?」


 深夜の廊下独特の静寂を先に破ったのは予想通り彼女が先。頬を染めながらドギマギと、翼ちゃんの指した方を見る。

 コンビニの袋、俺の晩飯だ。この時間だと、晩飯というか夜食になるのか?


「おにぎり……だけど」


「オニ……ギリ……?」


 興味津々に、近過ぎだろってくらい顔を袋に近づけると、翼ちゃんは俺の顔を見つめるように目を離さない。


 そんな物欲しげな顔で見ないでくれ。




「た、食べる?」


 何故かそう言わざるを得ない状態。俺はあまり腹減ってないし、おにぎりは二個あるし別にいいけど。



 すると、彼女はゆっくりと口角を上げて控えめに首を縦に振った。


「じゃあ、着替えたら桜次郎の部屋に行く」


 すかさず、また淡々と言葉を口にすると、翼ちゃんは下着姿で颯爽と自分の部屋へと戻って行った。

 


「……」


 あれ……おにぎり、いらないの?

 でも頷いてたよな? それに俺の部屋に来るって……?


「……」



 わざわざ俺の部屋に食べに来るって事か?

 何その展開。おにぎりを一個、彼女に渡そうとしていた俺の思考とは予想外だぞ。



「しかしこうしちゃいられない」


 首を左右に振りぼそぼそと小言を言うと、俺も自分の部屋へ急ぐ事にした。



 ……って何でそわそわしてんだ俺。


 だって女の子が部屋に来るってんだぞ? こんな出来事初めてだ。しかも夜。


 いやいや、ただ義妹が部屋へと来るだけだろ。緊張する方がおかしい。片付けるようなものは置いてないし。



 俺は深呼吸と溜め息を繰り返していた。






「梅に昆布……無難なチョイスね」


 部屋に来ていた翼ちゃんは、おにぎりを差し出す俺に対して呟く。文句あるなら食うな。


 彼女は梅のおにぎりを取ると、ベッドに腰をかけた。パジャマに着替えた翼ちゃんは、綺麗にフィルムをはがして小さな口におにぎりを頬張る。


「……」


 イメージと違い、可愛らしいピンクのパジャマ。あの下は白……か。

 ……何を考えてんだ俺は。普通、健全な男なら考えるよな……多分。



 しかし、彼女、相当お腹が空いていたのか? ペロッと全部食べてしまった。




「ねぇ」


 急に話しかけられて驚いた。


 何だ? 足らないのか?



「千代、最近どうなの? まだ、あの変なグループにいるの?」


「え……」


 指に付いたご飯や海苔を舐めながら、翼ちゃんは俺を見る。


 変なグループって……あの暴走族の事だよな。



「……」


「そう」


 答えにくいと言葉に詰まっていたら、どうやら俺の気持ちを汲んでくれたらしい。


 翼ちゃん、事情を知っているのか。なら彼女に聞いたら早い。



「……あいつら何者? 千代花ちゃんは何であの人らとつるんでるんだ?」


「さぁ……知らない」


 腕を伸ばして欠伸する翼ちゃんに即答される。



「さぁ……って」


「あの娘、ここに来る前から変なグループと交流があったらしいから……」


「ここに来る前?」



 翼ちゃんはスッとベッドから立ち上がると、おうむ返しをする俺を見ずに言った。



「養子」


 相当不思議そうな顔をしていたのか、翼ちゃんは溜め息をつきながらそう説明した。


「千代花ちゃん、養子だったのか?」


 姉妹、血は繋がってないのか? 狐に摘ままれたようだ。だが、そう考えた方が納得。

 十人全員が実の姉妹だなんて、この少子化の時代、皆ビックリだよな。あり得なくもないが、きっと神様も驚愕……だろう。



 となると、千代花ちゃんのグレた角質は家庭内とは別にあるのかも。




「ねぇ」


 俺が考え事をしていた間に、部屋の何処かへ行っていた翼ちゃんが戻って来る。


「ん?」


「冷蔵庫、何も入ってないんだけど……。というか、電源切れてたわよ」



 どうやら部屋に置いてあった冷蔵庫を見に行っていたらしい。


「うん。使わないから」


「……」



 俺の言葉を聞いた翼ちゃんは、無言でドアの方へ歩いて行く。


 帰るのか?


「お礼は今度……弾むわ」


 ドアの前で立ち止まると、少し顔をこちらに向けるが視線は合わせずに言った。


「それと」

 



 乱れた髪を揺らしながら、彼女は細めた目でジロッと俺を見る。



「部屋にバスルームあるのね……うらやましいわ」


 恨めしそうな瞳をして細い声でそう言うと、翼ちゃんはトボトボと帰って行った。


 部屋風呂が欲しいと?

 しかし、それを俺に言われても困るんだが。






「ふぁ……」


「眠そうじゃん、オージロー」


 朝、玄関で大きく口を開けていたら、後ろから鈴芽が声をかけて来た。



「あぁ、ちょっと遅くまで話してたから……」


「話してたぁ? 誰と?」


 鈴芽は俺の顔を覗き込み、何故か詮索して来る。




「え、翼ちゃん……だけど」


 目を擦りながら靴を履いて覇気のない声で答えた。


「へぇ……。ツバサが学校以外で部屋から出るなんて珍しー」



 自分から振った話なのに、鈴芽はあんまり興味なさそうに低いトーンで答える。


 翼ちゃん、そんなに部屋からは出ないんだ。出たくないのかな? だからあんなに部屋風呂を羨ましがってたのか?



「オーちゃあーん!!」



 背後から気配がした。

 この元気のいい声は羽流ちゃんだ。


「桜ちゃん、歩いて行くんだよね? 学校」


「え……う、うん」


「じゃあ、あたしも一緒に行っていい?」


 羽流ちゃんは俺の腕に抱き付き、そう聞いて来た。断る理由などないので首を縦に振ると、彼女は嬉しそうにピョンピョンと跳ねながら、俺の両手を上下に振っていた。



「どうかした?」


 学校への道程で、キョロキョロと周囲を見渡す羽流ちゃんに声をかける。


「別に……あはは」


 そわそわとしていた羽流ちゃんは視線を元に戻すと、いつもの明るい表情になった。


 別に……って? ほんとに?




「アンタ、いつもこんなめんどくさい道を通って行ってる訳……?」


「面倒なら鈴芽は車で行けばいいじゃないか」


 文句をいいながら何故か俺たちと一緒に登校してる鈴芽がしかめっ面でぶつぶつと言っている。


 学校に自転車置き場があったらチャリ通しとるっつーの。車は良くて、自転車が駄目なんて学校、初めて聞いたぞ。それよりも、君らはこの距離を車で行くんですか……。俺にとっちゃあ、そっちのが不可解。



「あれ? ね、桜ちゃん。あれ何だろぉ?」



 校門の近くはザワザワと何やらやかましい。

 羽流ちゃんの指す方向には、少しだが人だかりが出来ていた。



「何か事件……かな?」


 羽流ちゃんは覗くように背伸びをする。


 取り敢えず、学校へ行く為には人がざわついているあの場所を通るので、ついでにちょっと見てみようと思いながら足を進めた。


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