幕間 お調子者の声援
「おい、一体これは何なんだ?」
部屋に入ってくるなり、紙を突き付けてきたイライアスとエレクトラに、チャリオットはきょとんと眼を瞬かせた。
何々と読んでみれば、どうやら高札に貼ってあったお知らせのようである。
「ダメじゃん。剥がしてきちゃ。返してらっしゃい」
「ふざけんじゃないわよ」
真面目な顔で高札の方を指したチャリオットを、エレクトラが冷たく睨みつける。
「一体これは何かって聞いてんのよ。ちゃんと答えなさいよ」
「そうは言われても……ねぇ。書いてあるそのまんまだよ?」
『クレメントの船長シルヴァ及びクレメントの船員は、此度の戦闘において多大なる貢献をした。よってその功績を持って、今までの略奪行為を不問とし、正式にルクセイアの守護として認める』
そこに書かれているのはクレメントに対する恩赦の報だ。
「義賊だからって、クレメントだけを特別扱いして意味もなく無罪放免にはできないでしょ。だから、ケンドルオール撃退の功労者として、恩赦を与えることで罪を帳消しにしたってだけだよ?」
こうすれば煩い奴らも黙らせることが出来るしねーと、さらりと言い加えるチャリオットに、イライアスが複雑そうな顔をする。
「初めから共闘を計画していたくせに、か?」
「それはそれ、これはこれだよ。将軍や王様みたいに身分や立場を気にしない人ってのはやっぱり少ないからね」
高札とともに公の声明が伝えられた今、クレメントは正式に騎士団と共闘関係になった。
面映ゆいが、まあそこまでは納得できる。だが。
「だからって、なんで俺達が街を守るために共闘を持ちかけたことになってるんだよ?」
歓喜を持って街の人々の口の端に乗せられるのが、まるで正義の味方のようなクレメントの雄姿ばかりと言うのもおかしい。嫌な訳ではないが、どうにも裏を感じずにはいられない。
隠す気もないのか、伝令騎士は素直に頷いた。
「そうした方が、クレメントが受け入れやすいからでしょ。これで義賊クレメントはルクセイアの英雄だからね」
「だが、これじゃあ、騎士たちの立つ瀬がないんじゃないのか?」
幾ら義賊とはいえ、クレメントは海賊。罪人がちやほや持ち上げられることに気を悪くする騎士たちが出てもおかしくはない。
しかし、チャリオットは笑って首を振った。
「前線で戦ったのがクレメントなのは事実だし。自分の立場のために戦っている訳でもないから、そんなことで不満に思う騎士はいないよ」
絶対的な不利な条件で戦い続けてきた騎士団に、自己の功績の為だけに剣を振るう者は残っていない。その手の人間は、今までの戦争でほとんど死んでいる。
「誰がために戦うのか。戦った先に何を求めるのか。それは、人それぞれだけど。戦いの中で、守りたい者がある人間の方が土壇場で強い。自己顕示欲が強い人間もいたけどね、そういう人間はこの国を抜け出して、スナヴァールに寝返っているからさ」
8年前のスナヴァールとの戦いは国境を破られた時点で、誰もがオルフェルノの敗北を予想した。戦力差は余りにも大きく、勝機の見えない絶望の中、守るものがない者たちにとってオルフェルノに残る意味はなかったのだろう。
だから今、騎士団に残るのは苦境にありながら決して逃げ出さなかった諦めの悪い騎士ばかりだ。そして、彼ら同様、逃げることなく農民、漁師、商人、職人……多くの民が共に戦い、後方を支援し、彼らを支えた。騎士たちは自分たちだけで戦い抜いた訳ではないことを、身に染みて理解している。
「だからね。この街を命がけで守ったクレメントは、俺たちと何も変わらないんだよ。騎士はね、仲間を大切にするんだ」
お調子者の騎士はそう言って、自慢するように胸を張った。
結果が出た今ならその信頼はわかるような気がする。
「だが、ケンドルオールと戦う前から俺たちを信じてくれたのは何故なんだ?」
彼ら騎士達の態度は、結果が出る前から一貫して変わっていないのだ。
それが不思議でならない。
腑に落ちない顔をするイライアスに、チャリオットが可笑しそうに笑いだした。
「そりゃ、あんた達がお人よしだからでしょ?」
「お人よし……」
海賊に言う言葉じゃないだろう。
何とも言えない顔をした彼に、チャリオットは素直だなぁと内心だけで苦笑する。
「んー、あんた自分で思っているよりもずっと人がいいんだよ。じゃなきゃ誰かのために悪党になんてなろうとしないでしょ。考えてもみなよ、もし将軍が同じ立場に陥ったとしたなら、あんたと同じ道を選ぶと思う?」
「………………………………いや」
何故だろう、あの男ならば正当な手順などに拘ることなく、何の躊躇いもなくえげつない行動をとったのではないだろうか。陥れられたのであれば、間違いなく倍返しで相手を追い詰め、蹴り落とすような気がする。
「でしょ?あんたが最善だと思ったその行動は、一番割を食う弱い人たちをまず助けるものだけど、将軍だったら一旦彼らの悲鳴を黙殺して、元を絶つ方を選択すると思う」
そして状況をひっくり返す。状況が変われば彼らを取り巻く環境を一気に変えられる。そういうやり方で彼らを助けるだろう。
「将軍は感情で行動しない。そう言う割り切りができちゃうからね。実際の話、あんたのやり方じゃ、目の前にあることをどうにかすることは出来ても、結局根本的な問題は何ひとつ解決しない。焼け石に水ってやつだよね」
自分でもわかっていたことだ。イライアスのやり方では何も変えられない。
ぐっと、言葉に詰まったイライアスに、でもさ、とチャリオットは続けた。
「一人の人間として。感謝したくなるのは、共感して応援したくなるのは。……きっと、あんたのやり方なんだと思う」
弱きを助け、強きを挫く。
本当に苦しい思いをしている時に颯爽とやって来て、手を差し伸べる。
折れそうな心を支えたクレメントは紛れもなく彼らにとっての英雄だ。
辛い思いをしている誰かを放っておけなかったのがクレメント。ならば。
それを作ったイライアスがどれほど悪ぶっていても、荒くれ者を気取っても。
結局のところ、彼は直情的で情に脆い、お人よしなのだ。
だから、将軍やチャリオットにからかわれる。
「この美談も素直に受け取っておきなよ。将軍なんて、吟遊詩人をばんばん使って、自分やロヴァルの英雄譚謳わせてるし。あの人見た目は出鱈目に綺麗だから、そりゃもう、効果抜群だったでしょ」
「……は?」
悪戯心を滲ませて喜々として続けられた言葉に、イライアスは動きを止めた。
将軍の英雄譚は確かにこの国に居ればどこでも聞けるくらいに有名だ。華やかな歌は聞く側にも歌う側にも好まれる、もはや定番と言ってもよい。
それが……やらせ、だと?
固まるイライアス達に、チャリオットは噴き出した。
彼らの反応は狸に囲まれた王城の中ではなかなか見られないものだ。喜怒哀楽の表現が豊かな分、彼らの反応は若手騎士たち近いものがあるかもしれない。
チャリオットにとっては非常に揶揄いがいのある人物である。
「将軍の功績は事実だから、誇張もなければ嘘もないよ。ただ聞こえの良い言葉には言い換えられているけどね」
戦争による悲劇の中、悲しみばかりがあふれる街でそれを塗り替えるためには、明るい話題が必要で、未来に対する希望の光が必要だった。
(だから王様と将軍は一方的な期待を受け止めるために、輝かしい英雄になった。……そんなもんじゃないって、誰より思っているのは本人たちなのにね)
華やかな表舞台に立つ獅子王、冬狼将軍が実は一番と言っていいほど名声を気にしていないなんて、傍に居なければわからない。
目的の為ならば泥を被ることも、虚飾の英雄像であろうとも、全く気にしない二人だからこそ、自分の掌から零れ落としてしまったものの多さに、血が滲む程ほどきつく拳を握りしめていようとも、それを表には出さず堂々笑顔の仮面を被るのだ。
しかし、彼らのそんな部分を教えるつもりもなく、将軍の側近たる伝令騎士は驚きに染まる海賊たちの顔をしっかり堪能すると、満面の笑みで突き出されていた紙を指先で弾いた。
将軍たち程、割り切って賞賛を浴びることの出来ない、悪者ぶったお人よしに賛辞を込めて。
「まあ、頑張ってね。英雄さん達」
心からの声援を。




