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 何ともあっけない幕引きではあったものの、兎にも角にも戦いは終わった。

 クレメントの出番は、とりあえずはこれにて終了である。


 しかし、今回裏方に回った騎士団にとってはこれからが本番なのだろう。

 所謂、面倒な戦後の処理というやつだ。忙しなく行き交う騎士たちを尻目に、イライアスはゆっくりとした足取りで将軍の下に向かっていた。


 ここに来る前に船医であるラジオルのところに顔を出して仲間の安否を確認してきたのだが、即席の救護区域から出たところで、遠目に将軍の姿を見つけたのには少々呆れた。

 最も多忙な男だろうに、何ともフットワークの軽いことだ。

 まあ、こっちとしては、探す手間が省けるだけありがたい。

 どうせ奴のことだ。視線は向かなくとも気が付いてはいるだろうと、騎士たちの上げてくる報告を聞きながら次々と指示を出しているところに遠慮もなく歩み寄る。


「泳いで上陸しようとしている兵士たちは如何致しますか」


「捕虜にしろ。恐らく丸腰か、あっても短剣程度の武器しか持たないだろうが、油断はするな」


「はっ」


 肩越しに振り返って海を見る。船から投げ出されたケンドルオールの兵士たちが、波間を必死になって泳いでいる姿が目に入った。

 なるほど、確かに武装したまま泳げるほど、ここの海流は甘くはない。


「怪我人はフェロー医師の元へ」


「助けるのかよ」


 思わず口を挟むと、報告を上げていた騎士がイライアスを見て苦笑し、将軍は無作法を咎めることもなく「当然だろう」と頷いた。


「戦いは終わった。戦意のない者に降り下ろす剣を持つ騎士は我が国にはいない」


 正に騎士の鏡のような言葉が返される。


 だが、額面通りに受け取れるはずもない。

 そんな騎士道精神に溢れた男でないことは、この短い付き合いでも十分に理解できている。


「ふうん。で、その心は?」


「さて」


 まあ、素直に本音を口にする男ではないか。

 わかっていたことだから、敢えて追及はやめておく。


 報告を終えた騎士はそのやり取りに小さく噴き出すと、しかし、無駄なことは言わずに、イライアスの肩をぽんと叩いて静かに去っていく。言葉ではない、その労いの行為が何とも面はゆいが、悪い気はしなかった。

 口元が緩む。

 が、目の前にいる男の視線に気が付いて、咳払いで誤魔化した。

 揶揄うかと思えばそうでもなく、将軍は口を開いた。


「被害は?」


「あんたから借り受けた船は結構沈んだな……というか、沈めた。3分の1は完全大破、残りも半分以上が要修理だ」


 特攻ありきの作戦なのだ。短時間の戦闘の割に船の損害が多いのは致し方ないと思っている。それに対しては同様の意見だったのか、彼も非難することなく頷いた。


「それは想定内だから構わない。人的被害の方は?」


「負傷者はいるが、死者はなし」


 火傷や砲弾による被弾、破損した船の破片で怪我を負った者はいたが、海に投げ出された者たちも誰一人行方不明になることなく、全員無事が確認できている。

 運が良かったのは確かだ。だが、それだけじゃない。


「港の会議所を開放してくれていたんだってな。助かった」


 早期に適切な治療を受けられたからこそ、誰一人命を失うことなく済んだのだ。

 ラジオルによれば、会議所には簡易の治療室や手術室が設置されており、衛生材料や薬、実際に治療にあたる医師や宮廷薬師、衛生騎士まで手配され、治療に必要なものが十分に整えられていたらしい。「ここまで任せとけって言いたくなる環境は今までありませんでしたよ。万全の体制で仲間を受け入れられるんですから、本当に頼もしいったらなかったです」と苦笑していた。


「それは何より。そちらもお見事でした。今後も期待していますよ、海賊どの」


 涼し気に微笑む男に、溜息が漏れる。


「人使い荒いな、あんた」


「使えるものは王でも使えが信条なものですから」


 言うと、将軍は表情を改めた。


「死者もなく、大きな損害を出さずに片付けられた。感謝する」


 真っ直ぐに向けられた言葉に、イライアスはまじまじと将軍を見返した。

 それから返事をしようとして、……言葉を詰まらせる。

 確かに作戦の実行を担い、それを成功させたのはクレメントだ。だが、この緻密に計算された作戦を立てたのも、海賊である自分達を信じ全ての責任を背負ったのも、そして、彼らを誰一人死なせないよう最大限の準備をしたのも、他でもないこの男だ。

 無条件に信用していたわけではないだろう。

 しかし、信頼をしていなければ彼らにこの大役を任せることはなかった。

 イライアスの胸の奥に、熱いものがこみ上げた。

 その顔をみて、将軍はふと笑った。


「適材適所と言うでしょう?」


「あんた、人たらしだな」


「貴方に言われたくありませんよ。……まあ、必要悪と言うやつだ。かまわない、好きに生きろ」


 急に砕けた口調に、イライアスも笑う。


「もし、俺たちが害なす存在となったならどうする気だ?」


「そのときは容赦なく叩き潰すだけだ。だから、逆に王や俺がこの国の害となるようならば……いじけてないで、引き摺り落としに来い」


 専制政治の故の欠点だ。愚王が立てば国民の生活は容易く壊される。だからこそ、ロヴァルもクレメントもそしてギルドも、民に寄り添えばいい。


「この国の自浄力作用としてその存在を期待する」


 それが、アルムクヴァイドの願いであり、ヴィルヘルムの望む彼らの在り方だ。

 真っすぐ向けられた灰色の瞳の奥にある真摯な光に。


 イライアスの胸を叩いたのは、――――たぶん、安堵だった。


 そうか。この将軍は、王は。


(……民の味方なのか)


 噛み締めたくなるような歓喜の中で、しかし、同時に沸き起こったのは口惜しさだった。


「なんで16年前あのとき、お前らじゃなかったのかな」


 つい零れてしまった望み。

 もしそうだったならば、父は今もまだあの大らかな笑みを見せてくれていたかもしれない。

 母もまた、父の隣に寄り添って笑っていただろうに。

 だが。


「いくら俺やあいつでも10やそこらの子供では、その期待には添えなかったと思うが」


 そう返されて、イライアスは衝撃のあまり言葉を失った。

 王をあいつ呼ばわりしているのはこの際無視だ。

 長い沈黙を経て、ようやく絞り出せたのは。


「…………まじか」


 そんな一言だけだった。


「何が」


 怪訝な顔をする男に、イライアスは思わず吠えた。


「太々しいわ、貫禄はありすぎるわで、10以上も年下だとは思ってなかったんだよっ!」


 完全なる逆切れである。

 しかし、美貌の英雄は、そんな八つ当たりを物ともせず、しれっとして言い放った。


「失礼ですね。どう見ても若いでしょうに」


 ……確かに若くないわけではない。

 ただ、年相応の……いや、人間としての控えめさがないだけだった。


 そう気が付いて、イライアスはがっくりと肩を落とした。











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