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 龍がいた。

 吹き荒れる嵐の中で悠然とその場に立つ龍がいた。

 しかし、もはや恐れることはない。

 わかる。今の私は、全てを凌駕している。

 さあ、始めよう。ここからが私の、物語の出発点なのだ。


「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」


 聞きなれない音が聞こえた。なにかの鳴き声のような、そんな音。

 だが、もはやそんなこと関係ない。私の道を邪魔する者は、誰であろうと排除する!


 ぷしゅっ


 気の抜けた音がした。突然、体の左側が軽くなり、右側へと体が傾いた。


 __なんだ?


 自分の体に起きた異変を確かめるために、自分の体を見下ろす。そして、気づく。

 ()()()()()


「は?」


 意味がわからない。いつ、どうやって、誰が。

 先程まで怒りと憎しみによって埋まっていた思考に隙間が出来る。あまりにも突然、なんの脈絡もなく、体の部位が喪失したことに、意識がそちらへと向かってしまう。

 空白の時間。

 私は、無数の水に貫かれた。


 ・・・


「いかん、龍化か!?」


 マオはシアンの変化を正しく理解していた。

 露出していた肌は鱗に覆われ、手足の爪はどこまでも禍々しく肥大化し、角はその力を誇示するかのように伸びていた。スカートからは尾が伸びており、目の前の竜巻に対抗するように水柱がシアンを中心に天に向かって噴出していた。

 龍人が自らの感情をキーにその戦闘能力を何倍にも引き上げる状態変化。それこそが龍化。

 しかし、マオが倒したことのあるシアンはここまでの力は無かったはずだった。


「これは、さすがの我でも……! シスイ、シスイ起きぬか!」


 この場で唯一シアンを止めれる者がいるとすればシスイのみ。その直感に従いマオは動くが、一歩遅かった。


 ぷしゅっ


 その絶望的なまでに気の抜けた音は、周囲が荒れまくってるこの状況でも周囲に響いた。

 マオは見ていた。何が起こったのかを正しく理解していた。

 フウカの左腕が一瞬にして霞となって消えた。

 そうとしか言い表せれない。止める間もなく、シアンの力によって消滅させられた。しかも、傷口にリザレクションまで掛けてしまった。

 これにより、フウカの左腕は()()()()()()()となってしまった。もはや、二度と左腕が生えることはあるまい。


「シスイ起きぬか! いつまで寝ておる!」

「起きてるよ……。いやー、効いたぁ。久しぶりだな」

「起きてるならシアンを止めろ!」

「無理だ」

「無理でもお前以外には止められん! 元仲間が死ぬぞ!?」


 気怠げに、どこまでも自分のペースを崩さないシスイに苛立ち始めた頃、状況がさらに悪化する。

 シスイの魔法によって精製された水の針によって、フウカがその場に縫いとめられる。さながら、十字架に磔にされた罪人のごとく。


「あー、そうだな。流石にやべえか。シアン!」


 流石に死なれてはまずいと思い名を呼ぶが、反応はない。

 シスイの中で一つの考えが浮かんだ。


「……思ったよりやべえ状況だ」

「どういうことだ!」

「完全に暴走でもしてくれてた方がまだいい。けど、俺の声に反応しねえってことは意図的に無視してる。暴走してりゃあそんな知恵は回んねえ。今のシアンは正気だ。正気のまま、フウカをどうにかしようとしてんぞ」


 そして、それこそが一番やばい。

 自分の力を完全に支配下に置いた上で、自分のやりたいことを通そうとするのだ。厄介なんて者ではない。

 気づけば風は止んでいた。あれほどまでに吹き荒れていた魔力の奔流が、どこまでも弱々しくなっていた。


「__やめろおおおおおおお!!!」


 そんな混迷極める状況の中に、一人の男が突っ込んでいく。

 炎が尾を引き、神剣の力を最大解放したホムラがシアンに挑みかかっていた。

 しかし、振り抜かれた剣をシアンは右腕で軽く受け止める。衝撃の余波で地面が凹み、周囲に風が一瞬強く吹くも、シアンはホムラに目を向けることはない。いや、もはやシアンの目は何も視界に入れていない。

 表情は抜け落ち、人形のような形相を、ただ真っ直ぐにフウカに向けていた。

 空いた左腕をフウカに向けてかざす。しかし、フウカはすでにそこにはいなかった。


「させぬわ!」


 マオがすでに回収していた。空間と時間、時空を操る魔法こそがマオの真骨頂。動かぬモノを手元に引き寄せるなど造作もないことだ。

 だが、それで終わるほどシアンの怒りは甘くはなく、その力は強大すぎた。

 マオがそれに気づいたのはフウカを回収した直後だった。

 フウカの右腕と両足に、なにか青く光る小さな物体が刺さっていることに。

 それはまるでガラスの破片のようでもあった。しかし、なぜここにそんなものが?

 そこまで思考を巡らして、気づく。これは何かの破片ではない。シアンの鱗である、と。


 ぷしゅっ


「あ、あぁあ」


 思わず、情けない声が出る。

 全てが手遅れだった。

 フウカの両手両足が消失。傷口は全て綺麗に塞がれ、もはや再生することはできない。

 炎の神剣の一閃を受け、しかし一切モノともしなかった真の強者は全ての事が終わった後で、再び笑顔を作りこう言った。


「あー、スッキリした」


 ・・・


「♪〜♪〜」


 キッチンの方でシアンが鼻歌交じりに洗い物をしている光景を、俺はながまりながら見ていた。

 すでにあの一件からは数日の時が過ぎていた。

 シアンの暴れっぷりを見て、人間派閥は完全に心折れ、引きこもりに徹していた。

 フウカについては国から世話する人を付けられ、風の神剣は国に返還されるそうだ。

 別れ際のフウカはうわごとで「なぜ、どうして」と、延々と呟き続けていた。もはや、正気は完全に失われてしまった。

 しかし、今回の戦犯たる俺とシアンの日常にはなんの変化もなかった。俺たちの世界はこの屋敷の中で完結していて、元仲間だと言っても俺たちにとっては世界の裏側で赤の他人が死んだに等しいレベルの事柄でしかなかったようだ。

 自分はもうちょっと心温かい人間だっておもってたんだけどなぁ。


 チリン


「っ」

「ちょっと出てくるから大人しくしてろよ」


 体をゆっくりと起こし、相変わらずのシアンに声をかけてから玄関にむかう。

 ただまあ、来客は誰かというのは大体わかるが。


「やぁ」

「ふん」


 玄関に出向けば、やはりというか見覚えのある二人がいた。


「よお。数日ぶりだな。ホムラ、マオ。今日は何の用だ?」

「今日は報告しに来ただけだ」

「報告?」


 数日前に訪ねてきた時と違い、随分と雰囲気が怖い。

 まあ、当然か。あんなことやってしまえばな。


「なんかあったのか」


 その言葉に、ホムラの肩がわずかに震える。マオがそれを制すように前へ出た。


「風の神剣の担い手、フウカが自害した」

「……そうか」


 ショックが無いといえば嘘になる。しかし、それだけだ。俺の心はフウカの死による変化を一切起こさなかった。


「それだけか?」


 ホムラが語気を強ませながら言葉を発する。


「仲間が死んで、言うことはそれだけか!?」

「仲間、ね」


 たしかに、仲間だったのだろう。俺たちは、同じ神剣に選ばれた、同じ戦場に立った、命を預け合った仲間だった。

 けれどそれは、


「もう終わった仲だろ」

「……なんだよそれ。終わったってなんだよ。勝手に終わらせてんじゃねえよ! こんな事なら……お前らを連れいかなければ」

「こやつらを連れて行く判断をしたのは我らじゃ」

「そうだけど!」

「なら、飲み込め」

「……なあ、シスイ。どうして、お前は動かなかったんだよ。一度は声をかけたじゃ無いか。なんで、止めてくれなかったんだよ」


 悲しそうに、涙を目に溜めて、ホムラは俺に問いかける。

 あの時俺は、何を思ったのか。何を考えたのか。

 そう、あの時は__。


「お前らのために、わざわざシアンのやりたいことを邪魔すんのも面倒だったからな」


 正直、他に言い方ってのはあったと思う。


「__そうか」


 ホムラは失望したと言いたげな表情を浮かべ、そのまま立ち去っていった。


「これからも指令書は届く。働きを期待している」

「いいのかよ。俺なんかアテにして」

「キサマの人格はともかく、力は信用に値する。使わん手はない。だがまあ、今回のような仕事は二度と送らんじゃろう」

「そりゃ助かる」

「助かる、か。お主は……人間でありながら魔族よりも魔族らしい」

「そうかい」


 さらばだ、と言葉を残し、マオはホムラの後を追いかけていった。

 屋敷の中へと戻れば、そこには機嫌をよくしたシアンの姿があった。わかりやすいやつだ。


「おいシアン。フウカが死んだだt」


 視界が暗転する。

 目を覚ませば、ベットの上だった。視界いっぱいにシアンの顔が浮かんでおり、唇には柔らかい感触が広がっている。

 甘く、蕩けるような匂いにクラクラしながらも、俺は意識を無理やり覚醒させた。


「あ、起きた」

「起きた、じゃねえよ。唐突に首落としやがって」


 よく見れば、シアンのメイド服が血だらけになっている。俺の生首を抱きながら寝ていたのだろうか。再生しなかったらどうするつもりか。……そこまで考えてないか。


「だってー、あの女の名前出すもんだからついイラっとしちゃってー」

「そのくらいで殺すなよ……」

「で、なに?」

「死んだと」

「あっそ」


 シアンは俺の首に舌を這わせ、味わうようにねっとりと舐めてくる。本当に、どこまでもどうでも良さげだった。


「ご主人様だって大して気にしちゃいないくせにさ。ほら、こーんなに大きくしちゃってさ」


 耳元で囁くような声に俺の心がざわつき、当然愚息もむくむくと勃ち上がる。

 しかし、いつまでもやられっぱなしではない。


「それはお前のだ、ろ!」

「ひゃぅあ!?」


 俺はそういって、シアンの股間にぶら下がっているものを掴んだ。

 シアンの、男の象徴を。


「ひゃ、は、だ、ダメ! 不意打ちだめ! きちゃ、きちゃうからぁ!」

「おら、さっきまでの強がりがどこいった」

「だ、だめ、そこだめ、あ、あ、あ、イっくううううううううう!!!」


 ・・・


「ううぅ、酷い……」

「酷いのはどっちだ」


 なんだかんだ、結局あれから性行為に勤しんでしまった。

 終始俺がマウントを取る形で、一方的に攻め続けていた。いつものことである。

 俺がこいつを犯したその時から、ずっと変わらない力関係だ。


「最後の最後に優しくされちゃったら、イクにイケないじゃないか」

「知らねえよ」


 ラスト一回戦。めちゃくちゃにされたことで昂りに昂ぶったこいつをどうしてやろうかと思い、意地悪でただキスをしてやった。いつもの貪るようなものでなく、軽く触れてやるようなキス。

 これで終わりかと聞かれたから、終わりだと伝えたところ不完全燃焼だなんだと文句を言ってきたがった。それで酷い呼ばわりなのは納得いかない。


「いいだろたまには。優しくしたくなったんだよ」

「優しさを鬼畜さに変換して出直してきてね」

「お前なぁ」


 しょうがない、と乱暴に頭を撫でる。これで機嫌が直るとも思わないが、少なくとも嫌がらないのでそのまま撫でてやる。


「また今度な」

「約束だよ?」


 すぐに機嫌を直したシアンがベットから飛び起き、そのまま伸び一回。


「じゃ、今日も一日爛れていこー!」

「なんつー掛け声だ」


 いつもと変わらぬ日常風景がそこには広がっていた。

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