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風の担い手は悲劇的な女性だった。
運が悪い、間が悪い、相手が、時間が、状況が、全てが悪い。そういう星の元に生まれたのだと突きつけてくるかのごとく、彼女の人生は悲劇的だった。
それでも彼女は笑顔を絶やさなかった。それは、家族の存在が大きい。
自分のような疫病神に愛を与えてくれる家族。何よりも大切な存在。
だからこそ、神剣の担い手に選ばれた時は喜んだ。力が手に入る。家族を守れる力が。
“自分にもついに運が向いてきた”
そう思ったのが運の尽きだったのだろう。
彼女の故郷が魔族に襲われた。
・・・
どうして自分がこんな目に会わなければならないのか。
どうして自分がここまで苦しまなければならないのか。
どうして、どうして、どうして。
頭の中では答えのない問いが常に巡っている。
戦争は良かった。自分の怒りを、憎しみをぶつける相手がいた。
その後にわけわかんない奴が介入してきた時は最悪だった。なぜ魔族と手を取り合わなければならないのか。
けれど我慢できた。私のために泣いてくれる仲間はいたから。私とともに立ってくれる味方がいたから。
けれど、
全てが終わった時、私には何も残っていなかった。
消えたと思っていた負の感情は一欠片も減ってなどいなかった。ただ別の感情で埋めていただけだった。
憎い、憎い、憎い憎い憎い!
私の家族を殺した魔族が憎い!
どうしてあいつらはのうのうと生きている。なぜあいつらは間抜け面で手を取り合える。
そいつらは敵だ。殺し、蹂躙し、その肉片に至るまで存在を許してはいけない敵だ!
私には力がある。神剣の力が。大いなる風の加護が。
例え魔王が相手だとしても、決して負けない。負けるわけにはいかない。
私が正しい。私こそが正義。
全てを奪われ、壊され、無くしてしまった私だからこそ、私の成す事は正しく神罰足りうる。
消えてしまえ。苦しめ。もがけ。後悔しろ。泣け喚け。その苦しみは一度私が受けたものだ。今度は私がお前たちに与えてやる!…
「やっほー。君が風の担い手かな?」
次の瞬間には肉片に変わっているだろうバカな魔族が声をかける。その後ろには見知った顔が三つ。うち一つは、魔王。
かつての仲間が生きる価値の無い存在の横に立っていることに怒りで体が燃え上がるような錯覚を覚える。
殺す。必ず殺す。魔族も、魔族と手を取り合う事を良しとした裏切り者の人間も。そして真に平和な世界を、人間の世界を取り戻す!
「とりあえず最初に言っておくね。__君らは本当にバカだよね」
・・・
「すげえな」
「ああ、すげえ」
「すごいというか、酷いの」
俺たちは一歩離れたところで風の担い手__フウカとシアンを眺めていた。
フウカの後ろには人間派閥のメンバーが控えており、シアンは一人で会いたいしてる状況だ。
そんな状況化で、あいつは。
「君たちは魔族のことをプライドが高いとか戦闘狂だとか自己中心的だとか言うけれど、それじゃあ今の君たちはなんなのさ。まるで自分たちが世界の中心で、自分たちだけが悲劇に満ちた舞台に立ってるかのように振舞ってさ。君たちと同じように大切な人を失いながらも未来に悲劇は持ち込ませないと動いてる同盟派閥や、面倒ごとはごめんだと言わんばかりに自分たちの国に帰って大人しくしてる魔族派閥の方がよほど理性的だとは思わないかい? それなのに君らが語る言葉は自分たちの思い出と正当性ばかり。まるで自分たちが正しいと言わんばかりじゃないか。けれど気づいてる? 君らだって魔族を殺してるんだよ。特に君らのリーダー様はかの戦場で万を超える魔族を葬った女じゃないか。そんだけ殺戮しといて言うに事欠いて「私は家族を殺されました」なんて笑っちゃうよね。君の家族は魔族の命数万よりも重いなんてびっくりじゃないか! 別に命の価値について語るつもりはないけれど、ぶっちゃけただの私怨だよねそれ。私怨で殺しといてこれもそれも真の平和のためにとか、どの口が言ってんのって感じ。少なくとも君が言うセリフじゃないのは間違いない。そもそも一体この集まりになんの意味があるの? 無いでしょ? 神剣の担い手の中で魔族殺すーなんて子供の駄々みたいなのこねてるのは君だけじゃないか。だからこそ後ろの二人にプラスしてマオまで出てきたんでしょう? バカなことはよせ。冷静になれ。そう言う警告の意味も込めてさ。というか君らの力なんてたかが知れてるんだよ。水の担い手一人突貫させればそれで終わるんだよ。それすらわからないの? というかもしかして勝てる気でいるの? いやー、冗談きついよー。勝てるわけないじゃん。彼なら君ら一人も殺さず逃さず無力化なんて簡単だよ。労働にすらならないんじゃないかな。まさか一緒に戦ったことだってあれはずの風の担い手がわからないはずないよね? 絶対に覆すことのできない相性差ってやつ。ここまで君たちが自分たちの悲劇を飲み込んで引きこもるための理由が揃ってるのにそれでもなお自分たちの正当性を訴えかけるのならそれってただの現実逃避。落ち着いて、深呼吸して、もう一回諦めよう? また失うのは嫌でしょう? 今度失うのは自分の命かもしれないよ?」
これこそが俺たちがすごい、酷いと言ったその内容である。
ただひたすらに、相手を傷つけるためだけの正論を垂れ流す。鋭利な刃で、同じ場所を何度も何度も突き刺すような行為を、シアンは平然と行っていた。
「と、言うわけでさっさと自分たちの居場所に引きこもってくださいね。それがお互いにとって最良の選択ってもんですよ。あ、ただし風の神剣は没収です。好き勝手やり過ぎたね」
シアンは最後まで笑顔を崩すことなく言い切った。凄えよ……なんて胆力だよ。
……いや、多分目の前の存在を虫けら程度にしか思ってないだけだな。
「……言いたいことはそれだけか」
「えー、そういう返事を待ってたんじゃないんだけど」
「なら、死ね!」
そんな光景を眺めながら、ホムラが話しかけてくる。
「なあ、止めた方が良くないか?」
「もうやらせとけって。楽しそうだし」
「お前シアンちゃんに甘いぞ」
「少なくとも、フウカがどうなろうと構わんからなぁ」
事前に話していたとはいえ、あまりにも一方的な光景に俺たちは最早緊張感を無くしていた。
「いや、メイド服の性能おかしいじゃろ」
マオは一人、その光景を見てポツリと呟いていた。
そう、シアンが普段から来ている服は本人の言葉に偽りなし。戦闘においてもマジで優秀なのである。
素材をとことんこだわり、付与効果を厳選し、詰めれる技術を全部のせたメイドインシアンのアルティメットメイド服なのである。
ただ、相性によるところも大きい。
「メイド服もそうだけどさ、フウカは爆発力に乏しいから」
「さすが瞬間最大火力ナンバー1の炎の担い手様はいうことが違う」
「魔法使いとして見るなら、正しく究極に近い場所まで極まってるのじゃが……それ故に悲惨じゃ。出力が足りておらん」
俺たち神剣の担い手は、それぞれの戦闘スタイルがある。当然と言えば当然だが。
例えば俺なら、回復魔法をかけ続け死に続けながらも限界を超えての活動を可能とする離れ業に合わせ、時には自分の肉片で敵の魔法のコントロール権を奪い取る戦闘継続能力に特化した形だ。
ホムラなら自分の感情の高まりに合わせて高まっていく魔力をふんだんに使い、瞬間最大火力に特化した超短期決戦仕様である。
話にも上がってない地の担い手ならば、ゴーレムを正しく軍単位で作り出し、操るというこちらも人間離れした能力による広域制圧型とでも言うべき戦い方である。言うなれば一人軍隊。
では、風の担い手であるフウカは。
簡単に言えば、広域殲滅型である。自分を中心に発生させたフィールド内の空気を操り、金属すら豆腐のごとく切り裂く風刃を作り出す。それにより、不可視であり必殺の一撃を近づいてくる魔族に対し片っ端からころしていくのである。
さらには広域、とつくらいである。その効果範囲は絶大で、噂では国一つ囲むほどの広さなどと言われいる。
だが、弱点がある。いや、正しく弱点ではない。それは魔法使いとしては正しいことなのだから。しかし、それ故に彼女がシアンに勝つことできない。
シアンお手製のメイド服。それは、耐魔法エンチャントがこれでもかというくらいつけられた魔法使いキラーとでの言うべきメイド服である。これにより、シアンに勝つには耐性を打ち抜けるほどの高火力を叩き出すか、物理攻撃で直接殴るかである。
しかし、魔法使いとして一つの境地に達しているフウカではそれができない。なぜなら、フウカは魔法以外にまともな攻撃手段が無いからだ。
感情に左右されないほどに完成された魔力コントロールで常に必殺の攻撃を放ち続ける。これ以上ないくらい理想的な戦い方だ。それ故に、ホムラのような爆発力をだせない。
魔法による殲滅こそが彼女の真価。。しかし彼女は風属性。地属性であれば質量で押しつぶす。火であれば熱で、水であれば窒息などと言ったことができるが、彼女の風ではそれができない。周囲の風を操ろうにもメイド服にかけられた強力な耐魔法の術式で散らされてしまう。
神剣のブーストによって身体能力は高くなっている。そんじょそこらの魔族には負けない程度には。しかし、彼女は魔法使い。剣はせいぜい基礎中の基礎が備わっている程度。四天王に名を連ねていたシオン相手では話にならない。
フウカは強い。しかし、戦闘スタイルが魔法に偏り過ぎてしまっていた。それ故に、魔法でどうしようもできない相手に対し、致命的なまでに他の取りうる手段がないのである。
「どうしたのさ! ほら、もっともっと足掻きなよ! 大口叩いてその程度? ボク一人倒せないじゃないか! あっはははは!」
「あいつ楽しそうだなぁ」
「これ、トラウマになるだろ」
「こういうとこは昔と同じじゃのう」
シアンの言葉に触発されたのか、攻撃の激しさがさらに増す。だが、無意味だ。シアンの防御を抜くには手数でなく一撃の攻撃力を上げるか物理攻撃しかない。
しかし、フウカはそれでもなお風刃を放ち続ける。
「なぜ、なぜ、なぜ!?」
「そんなの決まってるじゃないか。君が弱いからだよ」
「弱い!? この私が!? 私は、私は風の神剣の担い手だぞ!」
「ボクの前じゃ無意味だ」
「私は私だけではない、みんなの思いを背負っている!」
「人口全体からみたら圧倒的少数派じゃないか」
「家族の無念を、晴らさねばならぬのだ!」
「だったらさあ」
突然声のトーンを落としたシアンが、初めてモーションらしいモーションをとる。
片手をフウカに向けてかざした。
それだけだ。それだけで、フウカはその場から動けなくなり、魔法も正しく発動しなくなる。
「なっ」
「君もまた死ぬ覚悟があるんだよね風の担い手。だってそうじゃないか。魔族を殺し家族の無念を晴らすのであれば、君一人殺せばそれだけで万を超える無念が晴れることか。結局君たちは、自分たちの都合しか考えてないんだよ。だからこそ、自分たちの前に自分たちより強い存在が現れることを想定しなかった。さっきからうだうだ言ってるけど、結局悲劇のヒロインぶってスポットライトの中心にいるのが楽しかっただけでしょ」
弱者を一方的に嬲る行為にどうやらスイッチが入ったらしく、セリフは先ほどから油でも指したかのようにスラスラ出ている。魔族の本質がよく出ていた。
「なあ。なんでフウカは動かなくなったんだ?」
「空気中の水分に干渉して物質化と空間固定を行なっておる。簡単に言えば、「いしのなかにいる」状態になってるわけじゃ。さらに、同じ空気に干渉し合っている状態なわけじゃから、完全に出力負けして風の魔法も思ったように発動できんのじゃろう」
「フウカもせめて風魔法の物質化できればなぁ。風は風のままが最強! って拘ってたからなぁ」
なまじ技量が高いために、そういう変な拘りを持ってしまうところが非常に残念だった。物質化できれば魔法に物理属性を付与できて、一矢報いる事ができたかもしれないのに。
「ぐぅぅあ! あ、あ"あ"あぁあ!!!」
「ねえどんな気持ち? 魔族に許せなくて、復讐してやろうって、機は満ちたって、行動に出たその瞬間に出鼻を挫かれるってねえどんな気持ち? 教えて欲しいなぁ。ほら、ぼくそういう弱いやつの気持ちって微塵も理解できないからさぁ!」
「ああああああああ!!! 殺す! 殺す! 殺してやるぅううう!!!」
「もっと吠えて! 惨めったらしくもっともっとみっともなく吠えてよ!」
新しいオモチャを買い与えた子どものごとく、輝かんばかりの笑顔を振りまくシアンにもはやフウカの後ろに控えていた面々は全てを諦めたような表情に変わってしまっていた。
まあ、うん。お気の毒に……。
「もうよかろう。そろそろ止めて、引き上げるぞ」
「風の神剣。素直に渡してくれるかな」
「無理だろ。頑張ってくれ代表様」
機が重いと言わんばかりのホムラに適当な慰めの言葉をかけつつ、シアンに声をかけようと息を吸ったその瞬間だった。
「あぁあ"あ"ああぁ"あーあぁ"ああああ"あ"あ"!!!」
もはや、どんな発生をしているかもわからない叫びを上げ続けるフウカに、変化が起きた。
魔力が膨れ上がる。
「やべえ!?」
「嘘だろ!」
「このタイミングでか!?」
戦争中、ただの一度も乱れなかったフウカの魔力が乱れた。膨れに膨れ上がった負の感情がエネルギーとなり、魔力を暴走させる。
フウカを中心に静止していた風が動き出し、竜巻を発生させる。
「うっわ。煽りすぎた」
「このアホー!」
シアンのメイド服でも散らしきれない魔力の奔流が場を支配していく。
その後ろで、今にも吹き飛ばされそうな人の姿が目に映る。
すぐ横にいたホムラの首根っこを掴み、全身に魔法をかけて肉体のリミッターを外し、全力で投げ飛ばした。
「行ってこい!」
「一言なんか言えやああぁぁぁぁ……」
声が遠ざかっていく中で、きちんと向こう側で炎の壁が展開されるのを見て一息つく。
「マオ。あれ止めれるか」
「下手に止めると爆発しそうじゃな。じゃがそうも言ってられん…っ!? 退け!」
マオが声を荒げるようにして跳びのき、一瞬遅れて俺もまた全力で後方に飛ぶ。が、一歩遅かった。
竜巻の中心で幽鬼のごとく佇んでいたフウカの目が、こちらに向いていた。
見覚えのある目だった。あれとよく似た目を、俺は知っている。
俺の体が両断される。
・・・
「……シスイ?」
・・・
マオは体を両断されたシスイを見て、一瞬身をこわばらせるが、即座に意識の外に放り投げる。
__どうせすぐ復活する!
すでに魔法はかかっている。心配するだけ無駄というものだ。
しかし、シアンだけでなくこちらにまで意識を向けた以上、いよいよ持って事態が緊急を要してくる。
「こうなったら、腕の一本は覚悟しとけよ風の担い手よ!」
魔力を高め、術式を構築し、魔法を行使しようとする。
しかし、それが放たれることはなかった。
フウカのすぐそばで、もう一つ爆発的に高まる魔力の存在がマオのその手を止めさせた。
フウカは触れてしまったのだ。シアンの、龍の逆鱗に。
・・・
ボクは犯された。
戦場で、屍の山のその中心で、シスイの手で犯された。
龍人の誇りを汚し、ボクの体を汚し、ボクの心までも汚していった。
狂いそうなほどに怒りが、憎しみが、殺意が心を埋め尽くし溢れ出そうと暴れ回る。
目から血が出そうなほどに、全身の血管が炎のごとく燃え盛るかのように、制御不能な感情がただただ胸の奥に溜まっていった。
しかし。
不意に、体のずっとずっと奥の方で疼く火照り。
__気持ちよかった。
体が、心が、理性が、本能が、求めてしまう。
シスイの死を/シスイの手を。
めちゃくちゃに殺したい/めちゃくちゃにしてほしい。
血肉をぐちゃぐちゃに/ボクの体をもっとぐちゃぐちゃに。
相反し、決して混ざることのない二つのボクの存在が、すでに手遅れを通り過ぎてどうしようもないところまで振り切ってしまっていた。
村娘を犯した。満足できず村を破壊した。
山賊に犯された。一度も達する事ができず全員の首を落として捨てた。
薬に手を出した。効果が無く、腹いせに販売元を壊滅させた。
行くあてもなく、何度も、犯し、犯され、挿し、挿されを繰り返し、しかしただの一度も達する事ができず、ボクの中でシスイの存在がとても大きいものとなってしまっていた。
そして、心が限界まで磨耗し、廃人になりかけてい時だった。
シスイに出会った。
嬉しくて、興奮して、生きてる実感が湧き、柄にも無く泣きそうになり、殺した。
殺してすぐ、ボクは泣き叫んだ。
嫌だ、死なないで、一人にしないで、起きて、怖い、生きて、ボクを助けて。
何度も何度もその顔を殴りつけながら、首を締めながら、胸に爪を突き立てながら、目の前の死体に向けて懇願する。
不意に、頭に暖かい何かが乗る感覚があった。
__しょうがねえ奴。
撫でられているのだと、遅れながらに気づいた。
それだけで、心の奥底まで暖かいものが満ちていくのがわかった。
生きてきて、初めて満たされる感覚。
ボクとシスイの関係の始まり。
人間も魔族もどうでいい。
ただ、彼と二人で、静かに、殺し合いながら暮らせれば、それだけでいい。
だから、
彼の全てはボクのモノだ。
ボクのモノに手を出して存在を、ボクは決して許さない。