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「なんなんだよお前」
目の前には、全身に傷が付き満身創痍といった状態の魔族がいた。
目からは恐れの感情が見て取れて、自分に理解できないナニカを拒絶するような動きを見せる。
「くそっ、くそっ、くそっ。負けた、負けた、負けた。人間ごときに、最悪だ。ちくしょう、なんなんだよお前」
再度、同じ言葉を吐く。もはや頭は回っていないだろう。
それはこちらも同じだった。
「もういい。殺せよ。それで満足だろう? ボクはお前の同胞をたくさん殺した。殺される覚悟くらいある。だけど、忘れるなよ。お前だって殺した。英雄気取りのクソやろうめ。死ね、死ね、死ね!」
どこまでも強い言葉を使う。
例え死んでも、あの世から呪い続けてやると、憎悪を滾らせ、殺意を奔らせ、恐怖を写す瞳でこちらを見ていた。
そんな魔族に、俺は__
「__いや、待て」
急に声の調子が変わる。恐怖と殺意が消え、困惑の色を含んだ声に。
「待て、待て、ふざけるな! やめろ!」
先ほどまでの態度はどこえやら。死にかけの体にムチを打ち、必死に逃げようとする魔族を俺は力の限りに抑え込んだ。
「殺せ! もういい殺せ! 何をするつもりだ! やめろ、やめ、やめぎぃぃいいぃぃいいいぃいい!?!?」
絶叫が響き渡る。だが、その声を聞くものはいない。
すでに、俺とこいつの周りには、屍と血溜まりしかない。
「痛い、痛い、痛いぃいいいい! やめ、いや、やめて! あ、くぅ、あん…がっ」
俺は力の限りに抵抗する力もない魔族を押さえ込んだ。
押さえ込み、そして__欲望を注ぎ込んだ。
「やめ、あん、やめて! お願い! 痛い、ん、のに、痛いのに、なんで!? 」
悲鳴を無視した。懇願を受け付けなかった。懺悔を聞き流した。
もはや頭など回っていない。ただ、自分の欲望を注ぎ込んだ。本能のままに、叩き込んだ。
「あっ、くぅん…あっふ、ふ、かはっ」
もはや抵抗する体力さえ尽きたか、魔族の声の調子も変わってくる。
「ん、なん、で、いや…なのにぃ、ふっ、んひゃっ。いや、な、のにぃ…」
その声からは、最初のような怒りは感じない。
困惑と、恐怖と__喜び。
「いやぁ、あん、ん、ひゃあ!? やめ、ん、ふぅっ。ボクが、変わって、あ、あ、んく! お、おわ、終わっちゃう…!」
自分の中で高まっていくものを感じる。滾り、昇り、破裂しそうなまでに膨らんでいくそれを、
「あ、あ、だめ、いやっ! ひゃう、いく、イk
・・・
「……夢か」
視界が切り替わる。
見覚えのある天井。俺の寝室。
窓に目を向けると、外は暗くまだ夜のようだ。
「……ん、うん」
もぞりと隣で同居人が動く。
同じベットの布団の中。隣には裸のシアンが入っていた。
「……ああ、そうか」
自分もまた裸なことを確認し、ようやく状況を思い出す。
とは言っても説明するのは簡単だった。
指令書を速攻で終わらせて、家帰ってヤルことヤッただけだ。
シアンの顔を覗き込めば、とても満足そうな顔で寝ていた。
「……」
スッと、その体に触れる。
やや筋肉質ながらも、細くスラリとした手足は美しさすら感じさせられ、触ることを躊躇うほどだ。日中であれば大きく開いている瞳も今は閉じられ、月明かりに照らされる青髪と首の鱗がどことなく幻想的な光景を映し出していた。
「ん、ふぅ」
どこか艶っぽい声を出す。どこか変なとこでも触ってしまったかと思ってしまうが、喉の動きを注視し……
「おい、起きてんだろお前」
「……寝てまーす」
「起きてんじゃねえか」
そこまで言って、ようやく目を開けるシアン。どことなく不機嫌そうに顔を歪める。
「せっかく、あのまま寝てたらどこまで触れてくれるのか確かめるチャンスだったのに」
「心配しなくても起きてようが寝てようが触って欲しいとこに触ってやるよ」
「ボクが触って欲しいとこじゃなくて君が触りたいとこを知りたかったの」
わかってないなぁ、とため息をつかれた。
「なにその女心を理解できない男を哀れむような感じ。この世の誰に言われてもお前にだけは言われたくねえから」
「はいはーい。意気地なしくんの言うことは聞かないよーだ」
そう言ってこっちとは反対側に体を向けるシアンにイラッとする。言わせとけばこの野郎。
しかし、そこで思考が傍に逸れる。反対側をシアンが向いたために、首の裏側が見えるようになったのだ。そして、その中央部分に他とは雰囲気の違う鱗が……?
好奇心にかられ、思わず撫でるようにタッチしてしまった。
「ひゃぁうあ!?」
反応は劇的だった。飛び起きるように状態を起こし、急変するシアンに思わず引いてしまう。
「あ、悪い。つい」
そう謝るも、肩で息をするように、何かを落ち着かせるように何回も深く呼吸するシアンにさすがに心配になってくる。
少ししたところで、ようやく顔をこちらに向ける。それを見て俺は__また硬直する。
「はぁ……はぁ、スイッチ入りかけちゃったじゃん……」
雰囲気が完全に先ほどまでと変わってしまった。いや、変わったのはそれだけでなかった。
眼だ。眼もまた、大きく変化していた。
瞳孔が細く縦に長く伸び、爬虫類を、否、龍を思わせるような瞳へと変貌していた。龍の血を引いた魔族、龍人に見られる特徴の一つだ。極度の興奮状態に陥ると変化し、攻撃性が増すという特徴がある。
しかし、そう滅多にお目にかかれるものではないはずだが……と、ここで思い至る。
「あー、さっきの鱗?」
「はぁ、はぁ、ふぅー……。そうだよ。逆鱗ってやつでね。龍人によって生える場所は違うけど、一番脆いって意味でも、エッチ的な意味でも弱点なんだよね。ついでに、認めた相手以外が触れたら即座に八つ裂きだから」
「一応、認められてるってことですかね」
「そりゃあ、まあ。ボクはボクの全部を捧げてますし……ただ、触るなら先に言って欲しかったな」
でないと、と言い、覗き込むように上目遣いでこちらを見つめてきた。
「興奮しすぎて、全力で貪っちゃうかも?」
「なら、全部受け止めてやるのも男の度量ってやつだな」
そう返すと、呆気にとられたような表情に変わる。龍の眼の状態でそういう表情をされると、少しだけ面白い。
「……はぁ。もういいよ。いつでもお好きに触ってね」
「いいのか」
「いいよ。ただ」
どん、と体を押し付けて、そのまま俺ごと倒れこむ。そのまま俺の耳元で囁くように、
「ちゃんと受け止めてくれなきゃ、死んじゃうよ?」
・・・
「んー、ふぁ」
結局、あの後もう一回戦行い、お互いに眠りについた。いつも通りの時間に起きれたのは、日々の習慣の賜物だろう。
隣からシアンの姿は消えており、ベットは所々赤く染まっている。
「……買い替えかねえ。シーツだけで済めばいいけど」
そこらへんは後で考えようと思い、とりあえずはと窓を開ける。
そこから庭を見下ろせば、いつ起きたのか、というか昨日のことは夢だったのではないかと思ってしまう程度には普段通りに洗濯物を干しているシアンの姿があった。
「あ、おはよー」
「おう、おはよう」
今日もまた、一日が始まる。