捨てられないのには理由がある
ごく普通の家庭に生まれ、
容姿も性格も人並みな
大学生2年生の彼女、
ふゆきには
一つだけ欠点があった。
「物が捨てられない」こと。
その欠点はある日突然明らかになる。
「大事なものを失くした」と言う。
その大事なものを失くしてからというもの
ふゆきは物が捨てられなくなってしまったのだ。
捨てられない生活が始まって
かれこれ5年。
彼女の部屋は
ゴミ屋敷のようになっていた。
母親が見かねて
「ふゆきちゃん、いい加減に捨てない?」
そう言うが彼女は首を縦に振らない。
そして決まってこう言う。
「もう、大事なものを失くしたくないの」
母親は部屋を見渡す。
大きなゴミ袋が幾つもあり、
雑誌やらの紙類は散乱している。
服もいつ着たのか、着てないのか
判らないくらいに山積みになっている。
とても大事にしてるとは思えない扱いだった。
「じゃあ、これはみんな大事なものなの?」
そう聞くと黙って首を横に振る。
「だったら捨ててちょうだいな」
母親は少しイライラしながら言うと
「これから大事になるかも知れないから嫌」
そう言う。
正直、母親は呆れ果てていた。
5年前までは普通の子だったのに―と。
何がこの子をそうさせたのか。
だが、その理由を聞くつもりもなかった。
どうせ面倒がって
捨てないだけなのだ。
母親はそう思っていた。
ある日、
母親がふゆきの部屋の
ドアの前に立った。
ドアも開けずに
「ふゆきちゃん」
「明日、便利屋さんが来るから」
「一緒に片付けてもらいなさいね」
それだけ言うと
階段を降りて行った。
それをベットの上で聞いていた
ふゆきは憮然とする。
―勝手なことを。
誰が何と言おうとこれは
あたしのものなんだから
捨てさせはしない。
ふゆきはそう思い、
少しだけ怒りを感じていた。
「こんにちわー便利屋ですー」
下の階から聞こえるその声で
ふゆきは目を覚ました。
「ホントに呼んだんだ・・・」
そう呟き、起き上がる。
母親が
「わざわざすいません」と
何度も言いながら説明している。
何で謝るんだろう。
お金を出してるんだから
別に謝らなくてもいいはずなのに。
ふゆきはまだボーっとした頭で
そう思っていた。
階段を上がってくる足音が聞こえ、
部屋の前で止まる。
そしてドアをノックする音が聞こえた。
「こんにちわー」
「ふゆきさん、いらっしゃいますかー?」
若い男の声がする。
返事もしないままでいると
ドアが静かに開いた。
「入りますよー」
青の作業着にGパンと言う格好をした
若い青年が入ってきた。
そしてまだベットの上にいた
ふゆきを見つけると
「こんにちわ、便利屋です」
そう言って頭を下げる。
―この部屋を見て驚かないなんて。
お母さんなんて
卒倒しそうな顔してたのに。
ふゆきは正直、戸惑っていた。
便利屋はふゆきのそんな気持ちを
知らないのか、
平静な顔でゴミをかき分け、
ふゆきがいつも座る
テーブル前の空いたスペースに立ち、
部屋を見回した。
「お母さんに頼まれてきたんですけど」
「どこから片付けますか?」
そう聞く便利屋をふゆきは睨みつけ、
「あたしは頼んでないわ」と言う。
すると困った顔をして
「うーん、でもお金もらっちゃったし・・・」
「何もしない訳にもいかないんですよねぇ」
そう言って笑う。
便利屋は少し考えてから
「とりあえず」
「周りからキレイにしましょうか」
そう言って
山積みになっている
テーブル周りのものを集めてゆく。
―あたしのものに触らないで。
また失くしてしまったらどうするのよ?
ふゆきはそう思った。
便利屋は黙々とテーブルを片付けている。
「―触らないで!!」
思わずふゆきが叫んだ時、
その手が止まった。
「失くしたら・・・どうするのよ」
か細い声でふゆきは呟いた。
「あぁ、ごめんなさい」
「勝手に触ってしまって」
便利屋は警察に囲まれた
犯人のように両手を挙げた。
その格好のまま
「―ではこうしませんか?」
「僕が一つずつ貴女に聞きます」
「貴女はどうすればいいか指示してください」
「それなら失くさないと思いますんで」
そう提案してくる。
ふゆきは「失くさない」と言う言葉に反応した。
「ホントに失くさない・・・?」
ふゆきがそう聞くと頷き、
「えぇ、ちゃんと確認しますから」
「信じてください」
そう言って両手をゆっくり降ろした。
ふゆきはベットから降り、
ゴミをかき分けて便利屋の隣に行く。
改めてその顔を見つめた。
―・・・結構カッコイイ人だな。
久しぶりに年頃の女の子の
感情が沸いて出てきた。
やだ、あたしったら・・・
我に返り、顔を逸らす。
そんなふゆきに気づいてないのか、
便利屋はテーブルのノートを持ち、
「これはどうしますか?」
ふゆきに聞いてくる。
「それは学校の・・・」
ふゆきがそう言うと
「じゃ机ですね」
そう言うと一度部屋を出て
少し小さめのダンボールを
数箱持って戻ってきた。
その一箱を机の前に置き、
その中にノートを入れた。
「こうやって分類分けすれば」
「失くしませんからね」
ふゆきに言う。
そんな感じで作業は進んでいった。
少しずつ部屋が片付いていく。
便利屋が大きなゴミ袋に手をつける。
「見てもいいですか?」
そう聞かれ、ふゆきは頷く。
便利屋は中を覗いた。
バック、服、ぬいぐるみ、手紙etc・・・
ピンとくるものがあった。
「―これは」
ふゆきの顔を見ながら聞くと
「二番目に別れた彼氏からのもらい物よ」
「捨てられないけど見たくもないから」
「そこに入れておいたの」
ふゆきは少し淋しげにそう言った。
「―別れた彼氏のなら」
「吹っ切るためにも処分したほうがいいと思いますけど」
そう言われ、ふゆきは顔を上げる。
「この中にはこれから先、大事になるようなものは」
「ないと思いますけどね」
「むしろ、これがあるせいで」
「もっと大事なものが失われるような気がします」
便利屋は淡々とそう言った。
そう言われ、
―未練がましい女だと思われただろうな。
ふゆきはそう思うと
ふっと笑いがこみ上げてきた。
「―そうね」
「それはもう、いらないかな」
ふゆきがそう言うと
「了解です」
そう言ってゴミ袋を部屋の外へ出した。
分類分けが終わった頃には
もうすっかり日が暮れていた。
便利屋はふーっと溜息をつき、
「あとはあの本棚の一角だけですね」
そう言って指差す。
部屋が片付くたびに
ふゆきは不安になっていた。
―あの時、失くした大事なものは
出てくるのだろうか。
今はまだ出てきていない。
やっぱりもう、
捨ててしまったのだろうか・・・
「テストとかのプリントですけど」
「どうしますか?」
そう聞かれ、ふゆきは我に返る。
そう言えば、
悪い点数を取ってくると
親に見せたくなくて
その本棚の隙間に隠していたな。
「今更親に見せても・・・ねぇ」
ふゆきが苦笑いしながら言うと
「でもこれなら褒めてくれそうですよ」
そう言って一枚の紙をふゆきに渡す。
中学の美術の時間に
描いた風景画だった。
「懐かしい・・・」
ふゆきは思わず声にする。
自分では自信作だったが
「まだまだだな」と
父親に言われた苦い経験も
同時に思い出した。
「だからここに隠したんだ・・・」
ふゆきはそう呟く。
「あれ」
そう呟く声にふゆきは振り返る。
「これ―」
薄いピンクの封筒を手にしている。
ふゆきは目を見開いた。
慌てて便利屋から受け取り、
「・・・あった」と呟く。
「失くした大事なものってそれですか?」
そう聞かれ、
ふゆきは何度も頷く。
自然に涙が溢れていた。
彼女が5年前に失くしたもの。
それは当時親友だった子からの
最後の手紙だった。
転校する―。
それを聞いたのは当日の朝だった。
ふゆきが何故黙っていたと責めると
「言い出せなかった・・・」としか
言わなかった。
ふゆきも素直になれずに
その子とはその日、
それっきり口も聞かなかった。
昼休みロッカーに
この手紙が入っていたが、
ふゆきは封を開けることもなく
鞄に入れる。
―そして、会話もないまま
親友は転校してしまった。
ふゆきはふと手紙のことを思い出し、
探したが、どこにもなかった。
―鞄に入れたはずなのに。
焦りが募った。
ふゆきは後悔した。
あの時ちゃんと仲直りしていれば。
あの時すぐに手紙を開けていれば。
どんどん焦りは募る。
後悔ばかりが頭の中をめぐる。
それからふゆきは安易に
物を捨てられなくなってしまったのだ。
「捨ててなくて」
「良かったですね」
便利屋が言う。
ふゆきは顔を上げ、
また頷いた。
親は捨てろとばかり言ったが
この人は
「捨ててなくて良かったですね」
そう言ってくれたのだ。
ふゆきは
自分は間違っていなかった。
そう言ってもらえたようで
嬉しかった。
部屋がすっかり片付いたところで
便利屋は立ち上がり、
「では、そろそろお暇します」
そう言って頭を下げる。
「―ありがとう」
ふゆきがそう言うと
「いえいえ」
「これも仕事ですから」
「では―」
そう言って笑い、
部屋を出て行った。
その後、ふゆきは
大事なものは失くさないようにと
きちんと整理整頓をしているという―。
―end―