第96話:絡み合った運命
真っ暗だった世界は痛みと共に光が差し込んだ。自分で切りつけた左手首はじんじんと痛み、見てみると包帯が巻かれていた。天井から船内にあった医務室であるという事を察して体を起こす。隣のベッドにはプーちゃんが寝かされており、まだ意識は戻っていなかったが静かに寝息を立てている様だった。
「ヴィーゼ!」
最初に聞いたのはお父さんの声だった。部屋の隅で座っていたお父さんはすぐさま私の下に駆け寄ると私の右手を握り込んだ。自分の体温が低いのかお父さんの体温が高いのか暖かい手だった。
「良かった……目を覚まさないんじゃないかって……」
「あ……ご、ごめん。大丈夫だよ。それよりプーちゃんは……?」
「あの子は普通に寝てるだけだよ。ヴィーゼより先に目を覚まして動揺してたけど、命に別状は無いって話したら安心したみたいで……」
その話を聞いて安心した。もし自分だけ意識が戻ってあの子が眠ったままだったら、きっと私は耐えられなかった筈だ。生まれた時からずっと一緒に生きてきたあの子は、ただの妹って形では括れない。上手く言葉には出来ないけれど、とても大切な存在だ。
気が抜けたからか、少しくらっとくる。
「ヴィーゼ?」
「あはは……ごめんねお父さん、ちょっとふらついちゃった」
「無理もないさ。かなり出血が酷かった。少しでも運ぶのが遅れたら危なかったらしい」
「ごめんね……」
「……叱りたいけど、僕は二人は信じるよ。ああするしか無かったんだろう?」
「うん。少なくとも、あれしか浮かばなかったんだ」
「ならいいよ。今はおやすみ」
お父さんはそっと私を寝かせると医務室から出て行った。周囲を見てみたが治療をしてくれた筈の先生の姿が見当たらず、私とプーちゃんしかここには居ない様だった。
あれであの楔は何とかなった筈。ヘルメスさんはあの鏡を封印するって言ってたけれど、どうするつもりなんだろう? まだヘルメスさんやお母さん、それに……私達が生まれるきっかけになった装置が残ってた。あれを残したまま封印するってどうやるんだろう?
「ヴィーゼ、ヴィーゼ……」
横を向いてみるとプーちゃんがこちらを向いていた。眠っていたのかと思っていたが目が覚めたらしく、少し血色の悪い顔をしていた。
「プーちゃん起きたんだね」
「それはこっちのセリフ」
「だね、ごめん」
「へへへ……。ねぇヴィーゼ、起きれそう?」
「え? う、うん。でも寝てた方がいいんじゃないかな?」
「もう大丈夫っしょ。ヘル姉があの鏡どうしたのか気になるし」
丁度同じ事が気になっている様だった。実際あの鏡から行けたあの場所には危険な物が沢山あった。ほとんどを壊す事は出来たが、まだ剣や杖などは破壊出来ていなかった。ヘルメスさんが悪用するとは思えなかったが、まだ完全に対処出来た状況ではない以上は気になってしまう。
「どう?」
「……そうだね、起きようかな」
「よし! じゃあ行こうか」
まだ若干ふらつくのを何とか抑えながら立ち上がり医務室を出た。甲板に出れば誰かとは会えるだろうと感じて廊下を歩く際中、何度もトワイライト王国の人々とすれ違った。国を失くした彼らにとってはこれからどうすればいいのかも分からず、新しい場所へ移住するにしてもそう簡単に決められる事ではないのは明らかだった。
しばらく歩き続けて広間へと差し掛かると中から声が聞こえてきた。扉越しに聞いてみるとレレイさんやヘルメスさん、他には女王であるレーメイさんの声が薄っすらと聞こえてきた。扉を開けてみると実際にはお父さんやリオンさん、更にオーレリアさんもそこに居た。
「二人共! まだ寝てなきゃ駄目だろう!」
「もう大丈夫だよお父さん」
「そっ。そんでさ、どうしたの?」
「……ヘルメスが説明するわ」
レレイさんに促されてヘルメスさんが口を開く。
「あっえっと……あの鏡の事なんですが……」
「私達も気になってたんです。もう封印したんですか?」
「う、うん。簡易的にだけどね。剣と杖ももう誰も使えないと思う」
「どうやったのさ? 楔に使おうとしたアレみたいな感じ?」
「え、えっと……リ、リオンさんに手伝ってもらって海に沈めました、はい」
ヘルメスさんが楔に使っていた『圧縮消滅球』を使ってないって事は、そんなに量産出来ないのかな……? そう考えると壊せない様な頑丈な物だったら海の底に沈めた方が確かに早いかもしれない。私達が作った『エア・ピル』を使ってもあれを回収するのは大変かもしれないし……。
「それを説明してた感じ?」
「いえ、私共にお話があるとの事で……」
レーメイさんは不安そうな顔をして答えた。
「あ、あの鏡は『先駆者』が作った物です。その内の一つがどうして女王様の国にあったのかと……」
「……私が代わりにお話致します」
ヘルメスさんの質問に答えたのはオーレリアさんだった。その無機質な瞳が彼女の方へと向き、ピシッと背筋を伸ばしたままの姿勢で話し始めた。
「あれは私が王国に持ち込んだのです」
「ど、どこからですか?」
「遠く離れた地で御座います」
「あの、もうこのお話は終わりにしませんか……」
「何を隠しておられるんですか、女王。私もここの副官として皆の事を知っておく必要があるんです」
レレイさんは鋭い目を向けた。普段は優しくて聡明な印象を受ける人だったが、今のレレイさんはそれとは真逆の印象を受けた。様々な事件が起きて大量の人員が増えてしまったため気が立っている様だった。
「ですが……」
「……女王、問題ありません。お話しましょう」
「で、でもオーレリア!」
「私はここから遠く離れた地、ホルンハイムと呼ばれた場所から女王の下へと参りました。かつて住んでいた場所からあの鏡を持ち出したので御座います」
「ちょっと待って。今、ホルンハイムって言ったのかしら?」
「ええ、そのように申し上げました」
レレイさんは口元に手をやり神妙そうな顔立ちをしていた。その隣ではリオンさんも同様に緊張している様だった。
「……それで?」
「もうやめましょう……」
「私はある使命を仰せつかるために製作されました」
その言葉を聞いて嫌な予感がした。ヘルメスさんや私達もある意味では目的のために輪廻する様に作られた存在だった。オーレリアさんももしかしたら私達と同じ『先駆者』なのではないかと感じた。
「……僕の妻やそこのヘルメスと同じ様にかい?」
「皆様の事情は詳しくは存じ上げませんが、皆様の姿には覚えがありませんので恐らく貴方様のお考えは違うのではないかと」
「じゃあ何かしら……」
「レーメイ様の下で働き、あの王国を監視する事。それが私に課せられた使命で御座いました」
レーメイ女王は特に驚くといった反応は見せなかった。ただ目を閉じて悲しそうに口を噤んでいた。もしオーレリアさんがそういった目的で自分の所にやってきたと知っていたのだとしたら、何故そのまま召使いとして雇っていたのだろうか。
「誰からの命令でした?」
リオンさんは声を震わせて尋ねる。
「ブルーメと名乗っておりました」
「えっお母さん……?」
「……やはりそうですか」
「あ、あのすみません! リオンさん何か知ってるんですか?」
「はい。自分は以前、姉さん達と三人で野盗の様な事をしていたのです」
「ホルンハイムでね。その時現地に視察に行ったのが私だったのよ」
「え? じゃあレレイ姉は昔からこの船で働いてたんじゃないの……?」
「そうよプレリエ。私は役人の一人でこの子は野盗だった。本来なら出会う筈が無かった」
そこからレレイさんはリオンさんとの出会いを語り始めた。偶然レレイさんの一行へと襲い掛かったリオンさん達はなんと返り討ちにされてしまったのだという。あの三人が束になっても敵わなかったというのが信じられなかったが、リオンさん曰く本当に負けたらしい。その後、数々の罪状によって極刑になる筈だった三人をレレイさんが救ったのだという。どうやら三人は仕事が無く、戦う事くらいしか出来なかったため、そういった事をしていたらしかった。何とか極刑を免れたリオンさんは恩を返すためにレレイさんに付いて行こうとしたが、リオナさんはそれに反発してその結果離れ離れになってしまったらしかった。
「リオラさんも言ってました。そういう事だったんですね……」
「あの子達は付いて来なかった。私の事を信用出来なかったんだと思うわ」
「あの二人は放っておけばいんです! 恩一つ返そうとしないんですから!」
「いいのよリオン。それでね、あの子達がどこで生まれたのか、親は誰なのか調べたのよ。そうしたら……」
「そうしたら?」
「どこにも記録が無かった。いつの間にかリオン達はそこで暮らしてて、誰も親戚が居なかったの」
「まさか……」
レーメイ女王が何かに気付いた様な反応を見せた。
「……そうです。リオン達は人為的に作られた存在だった。あの時は信じられなかったけど、今となっては分かるんです。もしかしたらオーレリアさんもそうなんじゃないですか?」
「それ、は……」
口籠る女王の代わりにオーレリアさんが答えた。
「はい。私はホルンハイムで製作されました。リオン様も同じなのですね」
「自分も初めて会った時、何か不思議な感じはしていましたが……」
リオンさんの過去を知り、ある事実が浮かんでしまった。それはリオンさん達三姉妹がお母さんを基にして作られたのではないかという事だった。初めて会った時から妙にお母さんに似ていると思っていたが、あくまで他人の空似だと思っていた。今の話が事実だとするなら、誰かがお母さんを使って三人を作ったという事になる。しかしもしそうなら、どうしてお母さんはオーレリアさんを作ったのだろうか。あの王国を監視させる事に何の意味があったのだろう。
「ね、ねぇちょっと待ってよ! じゃあリオン姉は……」
「……すみませんヴィーゼ、プレリエ、もっと早くに言うべきだったのかもしれません。自分は初めて二人に会った時にどこかで会った様な感覚がしたのです」
「僕も最初はブルーメに似ているだけの人だと思ってた。だけど……」
「きっと二人が思ってる通りなんでしょうね……二人のお母さんとリオン達は何か関わりがある」
言葉を失ってしまった。似ているだけだと自分自身に言い聞かせていた。まさか本当にお母さんと関係があるなんて思いもしなかった。もしそうならお母さんは今どこに居るのだろうか。何か意図があってリオンさん達を作ったのだろうか、それとも……。
静まり返った中、最初に口を開いたのはヘルメスさんだった。
「あ、あのじゃあ……オーレリアさんはそのホルンハイムという場所からいらっしゃったんですね?」
「はい。監視を行う様に言われましたので」
「じょ、女王は知ってらっしゃった?」
「……この子が、どこかに手紙を出しているのを見たんです。当時まだ子供だった私にオーレリアは内緒にして欲しいとお願いしてきたんです。あの時私は疑いもしなかった。成長するに連れて疑問に思う気持ちが出てきても、この子が裏切る訳ないと思い続けていました」
「私の使命は監視ですので。裏切る事は使命に含まれておりません」
「ね、ねぇオーちゃんはお母さんに作られたって事だよね? お、お母さん元気そうだった……?」
プーちゃんは少しでもお母さんの情報を聞き出そうと必死だった。
「マスターは何かに焦っておられる様でした。私には詳しくお話にはなりませんでしたが」
「オーレリアさん、お母さんから言われた監視の命令ってトワイライト王国が対象ですよね」
「はい。恐らくですが、マスターはあの巨人の事を感づいておられたのではないでしょうか。その上で私に使命を与え、更にあの鏡を持っていく様に言ったのではないかと」
そうだ、オーレリアさんが鏡を王国に持ち込んだって言ってた。という事はお母さんはあの鏡の存在を知ってた事になる。それ自体は何もおかしくない。ヘルメスさんもお母さんも『先駆者』だった。当然知ってた筈だ。もしかしてお母さんは他の『先駆者』に裏切り者だって気付かれた? だから鏡をオーレリアさんに託したのかな……?
「……あ、あのいいですかレレイさん?」
「どうしたのヴィーゼ?」
「ホルンハイムに連れて行ってもらえませんか」
「あたしもお願い! お母さん、そこに居るかもしんない!」
「……私の一存では決められないわ。船長に聞いてみないと」
「僕からも……お願いします。わがままだとは承知しています」
「聞いてはみます」
そう言うとレレイさんは少し申し訳なさそうな顔をしながらリオンさんと共に広間から出て行った。女王はオーレリアさんに手を引かれて出て行った。国民が住む場所を失くし、召使いが最初から別の目的を持って働いていたと知らされて精神的に相当疲れたのか、その姿は母親に手を引かれる子供の様だった。
「私達も戻ろう」
「うん……」
「二人共医務室に戻るんだよ、先生も薬を取って帰ってきてる筈だから」
「うん」
お父さんに言われて私達は医務室へと戻る事にした。広間を出る前に見たヘルメスさんの表情は酷く真剣で緊張しているものだった。




