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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第11章:ピオニール集会所
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第94話:因果帰結の楔

 意識がない内に辱めを受けた恥ずかしさで頭に血が上った私は足早に部屋を出ると、下を覗いてみる。そこにはお父さん達が居た。先程話に聞いた通り、私はお父さん達に攻撃を仕掛けていたらしく、お父さんは腹部を押さえながら立ち上がった。


「ヴィーゼ! 大丈夫か!?」

「は、はい。大丈夫ですシーシャさん! え、えっと私……何か大変な事しちゃったみたいで……」

「いや、気にするな。君が自分の意思でやった訳じゃないのは分かってる」


 出てきた部屋の方を振り向く。プーちゃんと一瞬目が合ったが、まだ少し頭に来ていたので何も言わず部屋の中へと視線を移した。壁には黄金色に輝く剣が刺さっており、床の上には同じ様な色をした杖が転がっていた。

 さっきはあの剣に操られてたんだよね。だとすると気になるのはあっちの杖……プーちゃんはあれを使ったみたいだけれど、どうして私の洗脳を解く事が出来たんだろう? 『先駆者』の人達の目的は人間をもう一度支配下に置く事。剣は武器として使えるから分かるし、現に私はあれに操られた。でも杖は? 剣の持つ力を消してしまう様な道具を作った理由はいったい何?

 そう思案しているとシーシャさんがお父さん達を上へと登り、引っ張り上げていた。三人共怪我の様なものは無く、お父さんが少し痛そうにしているだけだった。


「ヴィ、ヴィーゼ……無事かい?」

「う、うん。お父さんごめんなさい……私……」

「いや、いいんだ。ヴィーゼは悪くないよ」

「あ、あの! さ、さっきの剣は部屋の中ですか……?」

「え? ああ、はい。そうみたいです」


 ヘルメスさんは急いだ様子で部屋の方へと駆けていきプーちゃんとすれ違った。私の側へと寄って来たプーちゃんは申し訳なさそうな表情を向けており、これ以上今のままだと泣いてしまうのも時間の問題なのは明白だったため、流石に頭が冷えた。


「あの、ヴィーゼあたしさ……」

「もういいよプーちゃん。私もごめんね。状況が状況だったし、私も逆の立場だったら、似た様な事やっちゃったかもしれないし」

「へ、へへへ……だよね? ヴィーゼもそうするよねぇ?」

「そうだね。まぁ、もうちょっと言葉選びは気をつけるけれど?」

「……以後気をつけますです」


 目を合わせ互いに少し微笑み、部屋の方へと再び視線を向ける。見るとヘルメスさんは剣と杖の両方を持ちながら部屋から出てきた。その様子を見たシーシャさんは一瞬身構えたが、すぐにヘルメスさんがいつもの反応を見せたため、戦闘態勢はすぐに解かれた。


「わわわっ!? わ、私は大丈夫です、はい!」

「……そうなのか? 触ったらあんな感じになるんじゃないのか?」

「え、えっと……あれはヴィーゼちゃんとプレリエちゃんの体質に関係してるんじゃないかと……」


 多分ヘルメスさんが言ってるのは『純正の血』の事だろう。私達がヘルメスに感じた奇妙な親近感。何百年も生まれ変わりを繰り返しているヘルメスさんを含めた『新人類』。もしかしたら、そういう事なのかもしれない……私達の記憶にもヘルメスさんの記憶にも無いけれど、あの親近感が気のせいじゃないとしたら、きっと私達も同じだ……だとしたら、どうして私達は……。


「あ、あのさヘル姉……あ、あたしね、ちょっと思ってる事があるんだ。ほんとちょっとした予想みたいなものなんだけどさ……」

「き、聞かせてもらえるかな……?」

「えっとね……」


 考えるよりも先に動いていた。


「プーちゃん」

「え?」

「そのお話ってさ、絶対に重要なお話?」

「え、えっとぉ……」

「……私はあれに触って操られた。それで済む話でしょ? ただ操られやすい体質だった、それだけなんだよ」

「…………うん。ごめんヘル姉、やっぱいいや」

「そ、そうですか」


 きっとプーちゃんは私の様子で察してくれたのだろう。いや、この子もきっと同じ答えに辿り着いた筈だ。だから今このタイミングで質問したんだ。疑念を確証に変えたかったから。でも……そんなものはずっと疑念のままでいいんだ。私達は私達以外の何者でもないんだから。ヴィーゼとプレリエ、私達にある名前はこれだけだ。これ以外は無いし、必要無い。


「ふぅ……それで、どうするんだい? それは」

「え、えっと、これは外に持ち帰ります。これを処分する道具は持ってないですから……」

「確か部屋は全部で6つだろう? 残るはあと一つか」


 ヘルメスさんの話では全部で6部屋あるとの事だった。現に今見回して目に入る部屋は全部で6つしかない。最初の部屋の機械はまだ稼働中だが、少なくとも本は鞄の中にあり、薔薇は既に枯らせた。最後の部屋にあるのが何かは分からないが、あの剣と杖が残っている以上は早めに済ませた方がいいだろう。


「そ、そうですね。最後の部屋、行きましょうか……」

「だね。その二つは絶対ヤバイやつだし、ちゃちゃっと終わらせて早くこっから出よ!」


 ヘルメスさんは残された最後の部屋へと歩き出した。私達はこの場所の封印を急いで終わらせるために後を追って部屋の中へと入っていった。

 部屋の真ん中には一本のくさびが打ち込まれていた。恐らく金属で出来ており、表面には図形が描かれていた。その図は中心にある大きな円から複数の小さな円がいくつも繋がる様にして伸びているというものだった。小さな円同士は他の円と幾重にも重なっており、一つの模様の様になっていた。


「これは? 楔か?」

「はい。私の人生における最大の過ちです……」

「ヘルメスさん?」

「君が、これを作ったのかい?」


 ヘルメスさんは剣と杖を部屋の隅へと置くと懐から羽根を取り出した。即座にそれは黒色の手の平サイズの球体へと変化した。恐らく今までに見せていた物質を転移させるあの羽根と同じものだろう。


「は、はい……これは8人目の私が作ったものです。まだ私が……『新人類』としての使命を果たそうとしていた時です」

「そんなに昔の物なのか? よく覚えてるな」

「もちろん忘れてる事もありますよ。何百年も生きてれば忘れる事だっていくらでも……。でもこれは、私が作った物……私が最後に残してしまった、最悪の道具ですから」

「そ、そんなに危険な物なんですか?」

「危険というよりも厄介な物です、はい。だからこれだけは、絶対自分の手で消しておきたかったんです……」


 ヘルメスさんは私達に下がる様に手でサインを出した。言われた通り下がると、先程手元に出現させた球を楔に向かって放り投げた。すると楔に直撃した瞬間、球の中から広がる様に真っ黒な球状の何かが出てきた。それは楔を呑み込むとすぐに縮小していき、最終的には空中で静止している球の中へと消えていった。そしてそれが終わった頃には、楔の姿はもうどこにも無かった。ヘルメスさんは球を回収すると懐へと収めた。


「よ、よし……これでいいかな」

「す、凄い……」

「ヘル姉、今の何したの……!?」


 ヘルメスさんは剣と杖を回収するとこちらに歩き出した。


「え、えっと……『圧縮消滅球』って言って……飲み込んだ物を消滅させる力を持った空間を閉じ込めておく道具なんです。剣と杖も消したいんですけど、これで消せるのは一個につき一つだけなんです」

「……えっと、お父さん分かる?」

「僕に分かる訳ないだろう……? 僕の専門は生物学だよ」

「シー姉は?」

「おい私は完全に専門外だぞ」


 私にもまるで意味が分からなかった。まず『飲み込んだ物を消滅させる空間』というものが何なのかが分からない。錬金術だから作れる物なのかもしれない。恐らく自然界にはそんな空間は存在していない。ヘルメスさんレベルの錬金術士になれば、そういった空間を作る事も容易になるのかもしれない。原理としては『狭間の絵筆』が近いのかな?

 今一よく分からなかったが、これで全てが終わったためヘルメスさんと共に部屋を出る事にし


「……れは? 楔か?」

「はい。私の人生における最大の過ちです……」

「ヘルメスさ……」


 ……あれ?

 私達の目の前には楔が刺さっていた。今消滅した筈の楔が、まるで何事も無かったかの様にそこにあった。疑問に思っていたのは私だけでは無かったらしく、ヘルメスさんですら困惑していた。


「あ、あれ……?」

「何だ……今私、何て言った……?」

「ヘルメスさん、今何が起きたんですか? 確かに楔は消えた筈じゃ……」


 ヘルメスさんは再び球を出現させるとそれを楔へと放った。すると先程とまるで同じ様子で消滅し、ヘルメスさんは慎重な様子で球を回収した。


「お、おかしい……どうして……」

「ヘルメス、あの楔……いったいどんな力があるんだい?」

「あ、あの楔には物事をひと」

「れは? 楔か?」

「はい。私の人生におけるさいだ」


 目の前には楔が刺さっていた。

 まただ……おかしい、この部屋に入って来た時の行動を繰り返してる。時間が巻き戻ってる……?


「……おいヘルメス、こいつ……まずいんじゃないのか?」

「お、おかしい……ここまで強力にはしてない筈……」


 ヘルメスさんは再び消滅させようと一連の動作を始める。


「ヘル姉、ちょい待ち! 先に説明して。これってどういう道具なの?」

「こ、これは因果を一つの地点に帰結させる楔です、はい……」

「い、因果……?」

「昔の私……8人目の私は『先駆者が人類を再び支配する世界』に帰結させる様にこの楔を作ったんです」

「え、えっとつまり?」

「……どこでどんな事が起こっても絶対に『先駆者が人類を再び支配する世界』に行きつく様にする道具という事です、はい」


 つまりこの楔が存在している限りは、絶対に人間は支配される立場に戻る事が決定づけられてるって事……? もしかして、さっきから楔が何度も復活するのもこの力が原因? 楔が消えたら効果に矛盾が生じるから、絶対に消えないって事?


「ヘルメス、消す方法は何かあったりするのかな?」

「け、消したり壊したりは出来る様にしてた筈なんです! こ、こんな風に自分が存在する事を決定づける力は無かった筈です!」


 ヘルメスさんの証言が本当だとするなら、誰かが楔に手を加えたという事になる。もちろん、こういう事をする必要があるのは先駆者の味方をしている『新人類』の人達だろう。この楔を作ったのは8人目のヘルメスさんらしいし、今までに力を改造されるタイミングはいくらでもあったという事になる。


「……それで? どうするんだ。私にはよく分からないが、かなりまずいんじゃないのか?」

「ま、まずいですとってもまずいです! どうすれば……どうすれば消せる? 因果をどこかで消す? でもこの楔そのものが因果に繋がってるのだとしたら?」


 ヘルメスさんは激しく動揺しながらぶつぶつと解決策を練り始めた。製作者であるヘルメスさんですらここまで当惑しており、私にはどうすればいいのか考える事すらも難しかった。


「ヴィーゼ」

「え、何?」

「これ似てるよ」

「似てるって何に?」

「ほら、あたしが前に杖作ったじゃん?」


 海賊の首領の人が持っていた杖に対抗するためにプーちゃんが作った杖の事だろうか?


「あの、花みたいな装飾があったやつ?」

「それそれ。あれとさ、この楔、すっごい似てるんだ」

「えっと、どういう意味?」

「あれはさ、『特定の行動』とそれを『反対から再現した行動』の間の時間の中に閉じ込める力があったんだよ。それは覚えてる?」

「う、うん何となくね……未だに納得はいってないけれど……」

「まあ原理はどーでもいいんだよ。要はこの楔も似た様な事を今やってるって事」


 プーちゃんの言ってる事が真実だとするなら、この楔は『私達が部屋に入って来た瞬間』に私達を閉じ込めてるって事? もしそうなら……。


「プーちゃん、じゃあもしかして……」


 私はプーちゃんの手を引き、部屋の外へと出てみる。しかし、想定していた様な事は起こらずに普通に外に出る事が出来た。


「あれ……?」

「ヴィーゼ何か勘違いしてない? あくまで似た様な事なんだよ。さっきヘル姉が言ってて分かったんだ。あれは『自分が壊された』時にだけ『自分が壊される前』に戻るんだよ。あの杖みたいに『その行動をした時間』に固定させてるんだよ」

「え、えっとごめんね……つまり……?」

「要するに!『楔は壊されない』っていう所に行かせない様にしちゃえばいいって事!」


 この子の考える事はいつも私の想定を超えてくる。しかし、一見無茶苦茶な事を言ってる様な時も実際はそれが正解な事が多い。私にも全てが理解出来た訳ではないけれど、簡単に言えば楔が持ってる力を消せばいいって事だ。

 私達は部屋へと戻る。


「二人共、どうしたんだい?」

「あのねお父さん。あたし達なら何とか出来るかも!」

「確かなのか?」

「は、はい。私も全部分かった訳じゃないんですけれど、多分出来ると思います」


 ヘルメスさんは今にも泣きだしそうな顔をしながら私達に頭を下げた。


「お、お願いします! で、出来るならお願いしたいです……!」

「そ、そんな頭を上げてください……!」

「心配しないでヘル姉! あたし的にはばっちりレシピ出来てるから! でもヘル姉にも手伝ってもらうね?」

「も、勿論です! 私に出来る事なら……!」

「ヴィーゼ、プレリエ、僕達に出来る事はあるかな?」

「んっとね~」


 プーちゃんは数秒思案した後、口を開いた。


「お父さんとシー姉はハサミと眼鏡を見付けてきて欲しいな。あっ二つずつね?」

「大きさの指定とかはあるのか?」

「別に使えれば何でもいいよ。ねっヴィーゼ」

「いや私はプーちゃんのレシピ聞いてないから話振られても分からないよ……」

「じゃ、じゃあ急ぎましょう! あの楔を壊さないと、全部無意味になります……!」


 私達はプーちゃんが閃いたという道具を完成させるために一旦船へと戻る事になった。肝心の道具が何なのかはまだ分かっていなかったが、私よりも遥かに閃く力を持っているプーちゃんを頼るしか道は残されていなかった。

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