第93.5話:聖杖
ヴィーゼはいつもと違う顔をしてた。顔は同じで変わってない筈なのに、雰囲気は完全に別人だった。その手に握られた剣はとても本物とは思えないくらいにヴィーゼの細い腕で軽々と振るわれていた。シー姉が何回もナイフで切り掛かってもヴィーゼはひらりひらりと躱して、その剣を振るっていた。
多分シー姉も本気で攻撃してる訳じゃない筈……だって、だって体は間違いなくヴィーゼだし……あの剣を手から落とそうとしてるだけの筈……。
「プレリエ逃げろ!!」
「プ、プレリエちゃん! は、反対側です! わ、私の記憶が正しければあそこには……!」
ヘル姉が何かを伝えようとするとヴィーゼはすぐさま切り掛かった。運良く躱す事は出来たみたいだけど、でも時間の問題かもしれない……。さっきヴィーゼが言ってた事が本心だとしたら、きっと二人は……。
頭の中に浮かんだ嫌な予感を振り払う。そんな事は起こさせない……あっちゃいけない。
「お父さんこっち!!」
あたしはお父さんの手を掴んで部屋から駆け出した。広間から突き出ている足場を駆け、反対側の部屋へと急いだ。しかし、何か鈍い音が響いたかと思うと足場は崩れて、そのままあたしはお父さんと共に滑り落ちてしまった。
「いった……」
「プレリエ、大丈夫か!?」
「う、うん。何とか……」
広間と足場以外の部分が凹む様に低くなっているのはここに来た時から気付いてはいた。多分そういうデザインなんだと思ったし、そこまで気には留めてなかった。だけど……。
顔を上げると崩れた足場の上にヴィーゼが立っていた。剣には血が付いていなかったため、恐らくシー姉もヘル姉も怪我はしていないのだろうと直感的に理解出来た。
「ダメだよ逃げちゃ。ねぇお姉ちゃんの言う事聞いて欲しいな」
「ヴィーゼ!! お願い! しっかりして!」
「しっかりするのはプレリエの方だよ? ほら、思い出してよ。昔さ、一緒にお花畑に行ったの覚えてる?」
今のヴィーゼが話してるのは絶対あたしが知ってる記憶じゃない。あたし達の記憶じゃない。正直……正直考えたくもなかったけど、きっとあたし達は……。
「そんなの知らない!!」
「ああ……そっか。やっぱり『お母さん』最低だよ」
ヴィーゼは突然振り返り、後ろから飛んできた矢を切り落とす。
「今はプレリエと話してるんだよ? そういうのやめてね」
何か変な感じがする……今のヴィーゼは確かにいつもと違う。でも操られてるって感じじゃない。あくまでヴィーゼな気がする。今の矢を切る動き。妙に大振りだったし、今までシー姉が撃ってた矢と同じ速度だったと考えると、今のヴィーゼの動きは最初から計算されてたみたいな……。
「プレリエ急ごう!」
「あ、うん!」
あたしは一旦考えるのを止め、お父さんの後に続いて反対側にある部屋への足場付近へと急いだ。後ろではヴィーゼが飛び降り着地した音が聞こえ、数秒後にはこっちに走ってくる音が聞こえ始めた。
運動神経が悪いヴィーゼがあんな動き出来る訳がない。飛んできた矢を落とすなんて正面からでも絶対に出来ない。ましてや後ろからなんて無理だよ。そう考えたら、もう出てくる答えは一つしかない。この答えが違ってたら、他には思いつかない。
「本当に痛くしないって」
「プレリエ、耳を貸しちゃ駄目だ!」
「うん……!」
やっぱりそうだ。ヴィーゼはさっきからこっちに中々追い着けてない。あたしとお父さん、ヴィーゼの間にははっきりと体力や運動神経の違いがある。それに走る時にインコース側に寄るみたいに走ってる。確かにヴィーゼならそれくらいは思いつくかもしれない。でも、あたしには分かる。普段のヴィーゼは運動しながらそんな事考えられる余裕は無い!
「プレリエ、上に!」
「お、お父さんは!?」
「僕はいい! 早く!」
そう言うとお父さんはあたしの足を下から押し上げる様にして上へと持ち上げた。そこは丁度ヘル姉から伝えられた部屋へと続く足場だった。あたしは全力で体を引っ張り上げる様にして足場へと登った。すぐに下を見下ろしてみるとお父さんの目の前にはヴィーゼが立っていた。ヴィーゼはゆっくりと視線をあたしに向けた。
「お父さん、邪魔しないでくれる?」
「その声で僕を父親呼びしないで欲しいな……」
「私達を生んだ癖に親だって認めないの?」
「僕の娘は確かにヴィーゼとプレリエだよ。だけど、君じゃない」
「……」
「プレリエッ!」
お父さんの怒号が飛び、あたしは咄嗟に部屋に向かって駆け出した。すると足場が一瞬震え、下を見てみるとヴィーゼの持っていた剣が足場に刺さっておりその上にはヴィーゼが立っていた。お父さんは剣の柄で突かれたのかお腹を押さえてうずくまっていた。
「プレリエが悲しむだろうし、殺したりはしないよ。『お父さん』」
「ヴィーゼ、どうして……」
「怖がらないで大丈夫だから」
ヴィーゼは足場に手を掛け上へと登り始めた。まだ足場が崩れる様子は無かったためあたしは急いで走り指示された部屋へと飛び込んだ。部屋の中にはさっきの部屋と似た様な台座が真ん中にあり、そこには杖の様な物が垂直に立っていた。
「プレリエ」
後ろを振り返るとヴィーゼが立っていた。いつものヴィーゼであればもっと苦戦する筈の高さだったというのにあたしの予想よりも少しだけ早かった。奥を見てみるとシー姉やヘル姉が足場から下に飛び降りているのが見えた。
「ヴィーゼ、予定が変わったみたいだね」
「うん。でもあの二人を始末する事には変更は無いよ。プレリエに思い出してもらう事にもね」
あたしはどんな力を持っているのかと不安を感じつつも、この状況を打破するために杖を握って台座から引き抜いた。杖は剣と同じ様に金色に輝いており、先端部分には蛇を模した様な装飾が付いていた。一瞬、ヴィーゼの足が止まる。
「どうしたの? 思い出させてくれるんでしょ?」
「……手を離して」
「何の話?」
「その杖だよ。手を離して……」
今のヴィーゼは何かに怯えている様子だった。あたしに怯えている訳ではなく、かといって杖に怯えている感じでもなかった。今あたしがこの杖に触れている、この状況に怯えている様に思えた。その瞬間あたしは、この杖が剣と対になる位置に置かれていた理由に気が付いた。杖がヴィーゼの人格を変えてしまった剣と対になる力を持っているという事に。
あたしは杖をつきながら一歩近付く。
「どうしたの?」
「離して……」
「何で?」
「離しなさい……」
「理由は?」
「いいから……」
「納得出来ないよ」
「どうでもいいでしょ……」
「話せないの?」
「それから手を離してッ! お姉ちゃん命令だよっ!!」
ヴィーゼの怒鳴り声が響き渡り、一瞬静寂が訪れた。
「やっぱりね」
「何……?」
「今のヴィーゼはあたしが知ってるヴィーゼじゃないよ」
「何言ってるの? 『私』はヴィーゼ……あなたのお姉ちゃんだよ?」
「そうだね。声も顔も体もよく似てるよ。でもさ、上っ面だけじゃん」
あたしが一歩近付く毎にヴィーゼは後ろへと下がっていく。まるであたしに恐れをなす様に。
「ヴィーゼはね、どんな時でもあたしを怒鳴ったりしなかったの。あたしがどれだけ迷惑掛けちゃっても、優しく言ってくれた。あたしが怖くない様に言ってくれたの」
「さ、さっきのは慌ててたから……それ本当に危ない物なんだよ?」
「もちろん大きい声を上げる事はあったよ。でもさ、少なくとも『命令』はした事なかった」
一瞬たじろいだヴィーゼは突然床を踏み込んで剣の柄の部分をあたしの顔に当てようとしてきた。しかし、あたしは足を引っ掛けて転ばせる。
「うあっ!?」
あたしはすぐに部屋の出入り口に立ち塞がった。これでターゲットはあたしだけになる。
「無駄だよヴィーゼ。忘れたの? 今までヴィーゼが運動であたしに勝てた事無かったでしょ?」
「そ、そうだね……で、でも、プレリエだって今までお姉ちゃんに逆らった事無かったよね?」
嫌になる。
「ねぇ」
「何……?」
「あたしの大切なお姉ちゃんの顔で口で体で、汚い言葉使わないでくれる?」
「……えっ?」
「あたしとヴィーゼはずっと一緒だった。生まれてからずっとね。今までヴィーゼは一度だってあたしを下に見る様な発言はした事無かった。妹としては見てくれたけど、それはあくまで対等な立場での話だよ」
今にも噛みつかんとしている様子の蛇の装飾を『偽物』の顔に突きつける。
「『逆らった事無い』ってさっき言ったでしょ。ヴィーゼはそんな言葉あたしに言った事無いよ?」
「さ、さっきは頭に血が上って……」
「頭に血が上っても言われた事無いよ。ヴィーゼは優しい子だから」
杖の輝きが強くなり始めた。それを見たヴィーゼは剣で横薙ぎに切り払い、再び柄を当てようとしてきたが、その動きはあたしから見れば単調な動きだった。組み付いて足を引っ掛ければ、簡単に押し倒す事が出来た。その様子はさっきまでシー姉と戦っていた時とは大違いだった。
「どうして……うっ! 放して!」
「あたしの事甘く見過ぎ。さっきシー姉の矢を切り落としたでしょ」
「……?」
「あんなのヴィーゼに出来る訳ないんだよ。100回やってやっと一回成功するかどうかってレベルだもん」
あたしは何とか手から落とさずに済んだ杖を二人の間に挟まる様な位置で構えた。
「その剣……未来が分かるんでしょ。次に相手がどう動くか、どう動けば一番有利になれるか。だからさっきも矢を落とせたんだ。飛んでくる方向とタイミングが分かってたから」
「そ、それが分かったからどうしたの? 今でも出来るんだよ?」
「そうだね」
やっぱり今目の前に居る『こいつ』はヴィーゼじゃない。今のあたしの言葉が意味してるのが何なのかを理解出来てないんだもん。もしヴィーゼだったら、今の言葉の意味を理解してくれる。そして褒めてくれる。「凄いね」って言ってくれる。
杖の輝きは更に強くなり続ける。段々目を開けるのも大変になってきていた。それに気付いたのか『偽物』は剣を握っている右腕を動かそうとしていたが、それをすぐに左腕で押さえ付けた。
「っ!?」
「ヴィーゼの動きなら手に取る様に分かるんだよ? もう十年以上も一緒に居るんだから、当たり前だよね」
足でもがこうとしている事に気付き、つま先を『偽物』の両足の内側に入れ、広げる様にして稼働範囲を狭める。
「いっ!?」
「ほらね、足で暴れようとした。あたし知ってるんだよ。ヴィーゼ体固いもんね? これ以上足広がらないんでしょ?」
最早目の前に居るヴィーゼの顔すら視認出来ない程光は強くなった。目を開ける事も難しくなり、それは『偽物』も同じ様だった。
「もう一つ違うとこ教えてあげるよ」
「……何言って……」
「ヴィーゼはあたしの事『プーちゃん』って呼ぶの」
目を閉じてから数秒後、部屋全体を衝撃の様なものが走った。あたしと『偽物』の体は一瞬宙に浮いた様な感覚がしたが、床に叩きつけられた様な感覚も無かったため、あくまで気がしただけらしかった。
目を開けてみるとそこには意識を失っているヴィーゼの姿があった。顔を見ただけで元に戻っているのが直感的に伝わってきた。顔を上げてみると剣は吹き飛ばされたのか壁に突き刺さっており、相変わらず黄金色に輝いていた。杖はあたしとヴィーゼ二人の間から転がり落ちたらしく、右手側に転がっていた。
「ヴィーゼ。ヴィーゼ?」
「う……んぅ……?」
頬を軽く叩いてみるとヴィーゼは意識を取り戻した。自分の身に何が起こっていたのか気が付いていないらしく、目をパチクリさせていた。
「あ、あれ……?」
「ヴィーゼ、あたしの事分かる?」
「え、え? プーちゃんでしょ? あれ私……何で倒れてるの?」
「良かったぁ……!」
思わず力が抜けて抱きつく様に倒れ込んだ。ヴィーゼはよく分かっていないらしかったが、あたしの様子を見てか、戸惑いながらも頭を撫でてくれた。正真正銘間違いなくヴィーゼの手だった。
やっぱりあの杖は対になる力を持っていた。人の精神に干渉して洗脳を解くための力。どうして人を支配しようとする先駆者のための場所にそんな物があったのかは分からないけど、もしかしたら誰か裏切った『新人類』の人が置いてくれてたのかな?
「ど、どうしたの? わ、私気絶しちゃってたのかな……。いったい何が……」
「あ、あのねヴィーゼ……」
あたしは先程まで何が起きていたのかを説明した。上手く説明出来ている自信は無かったが、ヴィーゼなら意味を分かってくれるだろうという自信はあった。
話が進む内にヴィーゼは動揺し始めた。そして話が終わると同時に声を上げた。
「ご、ごめんねプーちゃん! け、怪我とかしてない……?」
「う、うん大丈夫。ヴィーゼは? 痛い所とかない?」
「うん、私は大丈夫だけれど……」
「そっか……。えっとさ、本当に覚えてないの?」
「うん……剣に触ろうとしたところまでは覚えてるんだけれど……その後はちょっと……。気付いたら目の前にプーちゃんが居た感じだし……」
あの剣、多分あれはあたしやヴィーゼの中に眠っているかつてのあたし達を呼び覚ます力があったんだ。ヘル姉が言ってた『新人類』が武器として持って戦う。そうすれば未来を予知する力を使って絶対に戦いでは負けなくなる。もしかしたら、ヴィーゼの手に渡るのはイレギュラーだったのかもしれない。ヴィーゼは運動神経悪いし、それに双子のあたしからすればヴィーゼの動きは簡単に読めるし、それにどういう風に言えば頭に来るかも知ってる。ヴィーゼの一番の武器は頭だもんね。冷静さに欠けたヴィーゼなんてへなちょこだもん。
「プーちゃん何か酷い事考えてない……?」
「え、何も?」
「嘘……意地悪な顔してた」
「ホントに何でもないよ。ヴィーゼを信じて良かったなって思っただけ……」
「もう……そういう事にしとこうかな……」
少しだけヴィーゼに甘えていると部屋の外からシー姉の声が聞こえてきた。
「おい! おいっ!! 無事かっ!? 返事してくれ!!」
「あ、シーシャさん」
「そっか、シー姉もお父さんもヘル姉も下に居るんだ」
「そ、そういえばそう言ってたね。心配かけちゃいけないし、行こう」
そう言ってヴィーゼが動こうとした瞬間、何かに気が付いたらしかった。流石に気まずくなり目を逸らす。
「プーちゃん……?」
「な、何かな……?」
「ど、どうして私の足こんなにひ、広がっちゃってるのかな……??」
「しょっしょうがないじゃん!? だってさっき暴れてたし! ヴィーゼって体固いからこれ以上広げたら動かせなくなるだろうなって思ってやっただけだってば!」
「そそそ、そんなの他の方法とかあったでしょ!? よ、よりによってこんなっ……こんなっ……!」
「ごめんって……でもさ、ほら良かったじゃん? この部屋に居るのあたしとヴィーゼだけだし? それにさ、あたし達って昔から一緒にお風呂入ったり着替えたりしてたんだし、今更一つや二つ見えたところで」
「プーちゃんのバカッ!!!」
ヴィーゼはあたしを押し退け、顔を真っ赤にしながら部屋の出口へとつかつかと行ってしまった。今更気にする様な事でもない様な気もしたが、どうやら相当頭に来ているらしく、こうなったら素直に謝るしかなかった。
「ね、ちょ、ちょっと待ってよヴィーゼごめんってーーぇ!」
あたしはヴィーゼの後を追って急いで駆け出した。
ごめん『偽物』、前言撤回。ヴィーゼも怒鳴る事あった。




