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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第11章:ピオニール集会所
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第92話:花言葉

 ヘルメスさんに連れられて新たな部屋へと入るとそこもまた石造りの殺風景な部屋だった。しかしその部屋の真ん中にはとても似つかわしくない一本の青い薔薇が咲いていた。少なくとも私の中には青い色をした薔薇は一度も見た記憶が無く、それ故にか不思議な雰囲気を醸し出していた。それを見たお父さんは酷く動揺していた。


「ヘルメスさん、これは……?」

「こ、これも『新人類』が作ったものの一つです、はい。たった一本の薔薇……」

「ちょ、ちょっといいかな? 一人の生物学者として意見させて欲しいんだけど、これはどうやったんだい……? 学会では青い薔薇は存在しないという見解なんだけど……」

「そ、その通りです。青い薔薇は自然界に存在しません。だけど、錬金術を使えば作れるんです。世のことわりを超えた……生き物と呼べる存在かは分からないですけど……」


 私の記憶の中にも無い事に納得出来た。実際に見た事がないだけではなく、そもそも存在しないから図鑑でも見た事が無いのだ。『存在しないのだから記憶に無い』それ故に今目の前に実在しているという事実が妙に不気味だった。


「私も見た事が無いな……まぁあまり花の色がどうとかは考えた事も無かったが……」

「ねぇヘル姉、これはどんな力があるの?」

「か、簡単に言うと……新しい生命の誕生、かな」

「ま、まさか……!」


 新しい生命……私の中に該当する記憶がいくつもあった。大量発生していたトウモロコシ、最早どんな姿だったかも思い出せない何かの獣、太陽の光を糧とする虫、そのどれもが見た事も無い生き物達だった。


「あの、ヘルメスさん。もしかして……」

「うん。あの虫達もそうです。どれくらいの数が生まれてるのかは分からないですけど、多分結構な新種が誕生してると思います、はい」

「んっと……じゃあこの薔薇を何とかしない限り、増え続けるって事?」

「そ、そうですね。既に生まれたものは個別に対処しない限りどうしようもないと思いますけど、これを消せば取り合えず増殖は防げると思います……」


 そう言うとヘルメスさんは懐から護身用と思しきナイフを取り出すと、屈みこんで薔薇の根元に刃を当てると左手で薔薇を引っ張り、勢いよく切りつけた。意外な事に薔薇は簡単に床から切り離され、床には茎の一部と生えてくる際に破損した痕と思しき傷だけが残っていた。恐らくその下には根が張っている筈であり、この植物が通常のものでは無いという事を考えると根を残しておくのは危険だと感じた。


「ヘルメスさん、まだ根っこが……」

「ヴィーゼの言う通りだ。僕としても根は取り除くべきだと思う」

「そ、そうですね。じゃあ床を砕いて……」


 そう言った瞬間、ヘルメスさんの動きがピタリと止まった。何かを見つけたかの様に視線は一点を見つめており、言葉すらもそこで止まってしまった。


「……ヘルメスさん?」

「ど、どうしよう……」

「え?」

「油断してた……そ、そうだよ、こんな簡単に行く筈……」


 何事かと思い視線の先を見てみると、ヘルメスさんが見ていたのは薔薇を持っている左手だった。彼女の左手からは小さな芽の様なものが生えていた。それはじわじわと伸び続け、やがて茨の様な見た目をした植物が左手から生まれた。左手に握られていた青い薔薇が床に落ちる。


「ヘルメスさんっこれっ!」

「さ、触っちゃダメです! ……さっき、さっき見えたんです。これは……薔薇ってだけじゃないです……」

「ヘルメス、何を言ってるんだい!? 薔薇じゃないならいったい……」

「……ほ、胞子です。切った時に何か胞子みたいなものが出たんです。これは薔薇の見た目をしてますけど、胞子植物です……」


 胞子植物。図鑑で見た記憶がある。確かシダがこの分類に属してた筈……。果実や種子を作る植物とは違って胞子を作ってそれを撒く事で繁殖する植物の事を示す分類だった。薔薇は被子植物っていうものに分類されてた筈だし、胞子植物は花を咲かさないって記録を見た記憶があるけれど……。


「胞子植物だって……? そんなまさか、薔薇は種子を残す筈じゃ……」

「ヴァッサさん、錬金術が関わってる以上は常識は捨てた方がいいぞ……。こいつ……効率化してるんだ」

「どういう事ですかシーシャさん……?」

「あくまで森で生きてきた人間としての知識だが、胞子植物には雌雄の区別が無い。無性生殖をする植物だ。それを前提に考えると……こいつは近くに居る生き物に自分の胞子を付着させて繁殖しようとしてるんだ……」


 普通は人間に植物が発芽する事なんて起こり得ない。でもこれが錬金術で作られた特殊な生態を持った存在だと考えると、男とか女とか生物種とか、そういったものを無視してくるのは納得出来る。

 ヘルメスさんの左手からは茨がどんどん伸び続け、既に肘の辺りまで到達しており、肘から下の腕には青い薔薇が数輪咲いていた。それに伴って腕に力が入らなくなっているのか、左腕はだらりと垂れ下がっていた。


「ど、どうすればいいのシー姉!?」

「……多分その茨は体と一体化してる。下手に抜こうとすると負傷する可能性もある」

「シ、シーシャさんの考えは正しいと、思いますっ……。さっきから左手の感覚が鈍ってきてるんです……な、何か寒くなってきてますし……」


 実際ヘルメスさんの言う通り、左腕の血色は少しずつ悪くなってきていた。

 もしかしてこの茨は血を養分にしてるの? そうだとしたら血色が悪くなったり体温が下がって来てるのも頷ける。この薔薇は被子植物でもあり胞子植物でもあり、吸血生物でもあるんだ……。


「な、何とかしないと!」

「……ヴィーゼ、プレリエ、船に戻るんだ」

「え、でもシーシャさん!」

「……二人にしか出来ない。私じゃこいつを止められそうにない」


 ヘルメスさんは膝をつき、力無く顔を上げる。呼吸が弱々しくなってきており、瞳も虚ろになってきていたが私達を見ながら静かに頷いた。

 そうか。私達にしか出来ない。そういう事か。ヘルメスさんが動けない今、私達でしかあれは作れない。一度経験している私達だからこれに答えを出せる。

 

「ヘルメスさん、戻り方は!?」

「ひ、広間、の……真ん中で、願う、だけです、はい……」

「分かりました……。プーちゃん行くよ!」

「えっちょっと!?」


 私はプーちゃんの手を掴み急いで広間に駆け出した。着く前に頭の中で強く元の場所に戻りたいと考え続けた事によって、広間の真ん中に着いた瞬間に私達の体は光に包まれた。そして気が付いた時には鏡を置いていた倉庫へと戻っていた。


「ヴィ、ヴィーゼ? ど、どうして戻るの!? ヘル姉は!?」

「もちろん助けるよ。そのためには道具がいる」

「道具……? ど、どうするの?」

「まずは、だよ……ここから貰っていこう」


 私は倉庫内にあった木箱の内の一つへと顔を近付けた。そうして一つ一つ匂いを嗅いでいく内に、ようやく目当ての物を見つけ出した。


「プーちゃん手伝って」

「え、うん……」


 協力して木箱を開けると中には腹を裂かれて塩が詰め込まれた魚達が並んでいた。その下には塩が敷き詰めてあり、どうやらその下には同様の形で層が作られている様だった。私はその中から一匹取り出し、すぐに手伝ってもらいながら蓋を閉めた。


「ヴィーゼ、それ勝手に持ってっちゃダメなんじゃ……」

「うん……でも今はこれが一番手っ取り早いよ」

「……もしかしてヴィーゼ」

「分かってくれた?」


 プーちゃんは私が何を作ろうとしてるのか気付いた様だった。ヘルメスさんのあの状況に対処するにはあれしか無い。まさかあの経験が生きてくるとは思いもしなかった。

 倉庫を出た私達は急いで部屋へと向かった。部屋に入ってみるといつの間にか釜が置いてあり、どうやら誰かが甲板から戻してくれたらしかった。甲板へ向かう手間が省けた事は今の状況から考えれば有難い事だった。


「あれ、戻ってる」

「うん。後でお礼言おうね」


 私は机の上に置かれていた普段はお父さんが使っている紙を一枚取ると、釜の下で燃えている火に近付けて引火させた。持つのがぎりぎりになるまで待ち、これ以上は火傷をしてしまうという段階になった瞬間に手を離し、灰になっていく紙を釜の中へと落とした。


「プーちゃん混ぜるの任せていい?」

「うん、任せて!」


 釜をプーちゃんに任せて、私は先程木箱から拝借してきた魚の腹から塩を搔き出すと、慎重に骨を抜き取った。胴体の全ての骨を抜き取ると釜に入れ、余った魚は机の上に一先ひとまず置いておく事にした。

 これだけじゃ骨が足りない。多分このまま作っても効能が薄い不完全な物になってしまうかもしれない。でもこれ以上勝手に物を持ち出すのは流石にまずいし、今から事情を説明しに行ってる時間も無い。……どうなるかは分からないけれど、あれをやってみるしかない。

 私はナイフを取り出し左手人差し指の先端を少し傷付け、釜の中に一滴ずつ血を落とした。プーちゃんは私と同じ考えだったのか驚きもせず、釜の中を混ぜ続けていた。

 そうして作業を進め、レシピに書いてあった時間通りに蓋を開けてフラスコを突っ込んだ。掬い上げたフラスコの中には赤色をした液体が入っていた。


「ヴィーゼ、大丈夫かな?」

「分からない。でも、これでどうにかするしかないよ」


 私は火を消し、プーちゃんと共に部屋から飛び出し、再び倉庫へと戻った。三つの鏡の中心に立ち、ヘルメスさん達が待つ場所へと転移すると息を切らしながらくだんの部屋へと入った。


「戻ったか!」


 シーシャさんは焦った様子で私達を出迎えた。お父さんはヘルメスさんの様子を見ている様であり、二人の様子から既に時間が無い事が伝わってきた。


「ヴィーゼ、プレリエ! よく分からないけど急いでくれ! さっきから見てるんだけど、成長が早過ぎる!」


 ヘルメスさんの体は既にほとんどが茨によって支配されていた。皮膚からは青い薔薇が咲き、服の下からも生えているらしく、所々服がこんもりと盛り上がっていた。ヘルメスさんの顔からは既にほとんど血の気が失われており、瞳だけが僅かに動いているだけだった。


「二人共離れてて!」

「ヘル姉! 行くよ!?」


 ヘルメスさんは目だけを動かし、肯定を示す様な瞬きをした。それを見た私は手に持っていたフラスコを引っ繰り返し、中に入っていた液体を振りかけた。

 きっと上手くいってくれる筈……材料は前にトウモロコシを全滅させた時に覚えておいたし、足りない分は血で補った。キャンバスを作る時も血を混ぜたからあんな不思議な物が作れた。この血が……『純正の血』だって言うなら、不可能はない筈だ……。


「ヘルメスさん、大丈夫そうです……」


 真っ赤な枯葉剤を掛けられたヘルメスさんの体はまるで血塗れになっているかの様に赤くなっていた。首元まで上って来ていた茨はそこで動きを止めるとすぐさま瑞々しさを失い、まるでミイラの様に乾燥した状態になりサラサラと散っていった。体から咲いていた青い薔薇達は枯葉剤が掛かった影響でか真っ赤になっており一輪、また一輪と体から落ちていった。

 やっぱりこの枯葉剤は正確には植物の影響を極限まで早める効能があるんだ。その結果植物はあっという間に年を取って朽ち果てる。そして私達の血を混ぜたから、その効能は更に強力なものになった。


「っ……はぁっ……」


 全身から生えていた茨と薔薇が抜け落ちた事によってヘルメスさんは体の自由を取り戻したらしく、ゆっくりと起き上がった。何も事情を知らない人からすれば大怪我をして血塗れになっている人に見えるかもしれない。


「ヘル姉!」


 プーちゃんはふらついたヘルメスさんに駆け寄るとその体を支えた。


「だ、大丈夫……?」

「う、うん。大丈夫です。助かりました……」

「これで何とかなった、のか……?」

「し、仕上げがまだです……。ヴィーゼちゃん」


 ヘルメスさんはプーちゃんの支えから離れると私の側へと近寄り、手に持っていたフラスコをゆっくりと握った。意図を理解した私は手を離し、最後はヘルメスさんに任せる事にした。

 ヘルメスさんはフラスコを片手に床に残されていた茎の所へ立つと、まだ僅かに残っていた枯葉剤を茎目掛けて滴下した。枯葉剤に接触した茎はすぐさま萎れ、パラパラと塵の様に崩れ落ちた。


「『幸せの青い薔薇』なんて……都合が良過ぎです」


 深く息を吐いてからヘルメスさんは振り向く。


「……い、行きましょう。もうこの薔薇が咲く事は無いと思います。もちろん、新しい生物も……」

「安心していいんだね?」

「え、ええ。既に生まれてしまったものはその時になったら考えましょう……」


 ヘルメスさんは血が減った影響なのか若干いつもより元気が無い様に見えたが、自分の成すべき事を果たすために次の部屋へと向かい始めた。

 足元に落ちた薔薇を見る。色は最早ありふれた赤色へと変わっていたが、その美しい赤さえも萎れた影響でかほとんどが白色へと変わっていた。


 赤い薔薇は残り三輪。


 やっぱり青い薔薇なんて有り得ないんだ。確かに綺麗な見た目ではあったけれど、それも結局は錬金術で作られたもの。紛い物。作られた幻の美しさよりもいつでも側に居てくれる人の方がずっと綺麗……。

 

 赤い薔薇は残り二輪。


 どんなに新しい生き物を作っても所詮それも作り物なんだ。例えそれがどれだけ優れた生き物でも。……もし私とプーちゃんも作りものだったとしたら……? ……ううん、関係無い。私は私、プーちゃんはプーちゃんだ。絶対誰にも否定させない。


 赤い薔薇は残り一輪。


「ヴィーゼ? どしたの?」

「ううん、何でもない。ごめんね」


 私は足早に歩き出す。


「具合悪いの? 大丈夫……?」

「あはは……平気だよ」

「ホントに……?」

「うん。ほら! ね?」


 しっかりと顔を近付け、いつも通りの顔色である事を伝える。しかし、プーちゃんは笑い出した。


「あっはは! ヴィーゼ赤くなってる!」

「えっ!? そ、そういうプーちゃんこそ!」

「いひひ……走ったからかな?」

「あはっ……だね?」


 私達は笑い合いながらヘルメスさんの後を追った。

 青くなんてならない。私達は私達だ。


 赤い薔薇は、もうどこにも無かった。

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