表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第11章:ピオニール集会所
93/144

第91話:世界調和言語

 ヘルメスさんの後へと続いた私達が入った部屋は先程の場所と同じ様に石造りの殺風景な所だった。その部屋の真ん中には上部に窪みのある台座の様な物が存在しており、そこには一冊の本が安置されていた。見た限りでは表紙は紙を使用した物では無い様に思えた。


「こ、これです……」

「本ですか……?」


 ヘルメスさんは台座から本を取り、ペラペラとページを適当に捲り始めた。中は普通の紙で出来ているらしく、所々で中身をチラチラと見る事が出来た。


「ヘル姉それ、何なの?」

「……人を繋ぐ本、そして……世界を別った本です」

「どういう意味?」

「見てみてください」


 私は渡された本にプーちゃんと共に目を向けた。表紙はどうやら何かの革で出来ているらしく、紙とは違うごわごわとした質感だった。そして表紙には見覚えのある図形が書かれていた。それは以前ルナさんやステラさんの所で見た釜に描かれていた模様によく似ていた。


「あれ……これって」

「うん。見てみよう……」


 お父さんはある日お母さん宛に届いた手紙に同封されていた指輪に似た模様が入っていたと言っていた。それがお母さんの失踪に繋がっていたとするなら、この模様が解読出来れば何かが掴めるかもしれない。

 最初のページを開いた私達の目には再びあの奇妙な模様が入ってきた。しかしもっと奇妙だったのはページの上半分がその模様であり、下半分は私達が普段から使っている文字が書かれていた事だった。次のページもそのまた次のページも、更に最後までペラペラと捲ってみても全てのページが全く同一の構成になっていた。


「お父さん、プーちゃん、これ……」

「これは……」

「やっぱあの模様と同じだよ……」


 下の文に目を通してみると意味を成している文章ではなく、単語や述語などが並べられているだけだった。どこのページを見てみてもそれは同じであり、きちんとした意味のある文章はどこにも存在していなかった。


「どういう事なんだろ……辞典?」

「ヘル姉、これって……」

「……世界調和言語」

「えっ?」


 ヘルメスさんは私達の隣に来ると開いているページの一番先頭にある模様を指差した。そしてそのまま指を下へとずらし、下半分にある文字の先頭で止まった。


「こ、この模様はこの言葉を示してるんです。そしてこの模様をある特定の形でバラバラにすれば一つの文字へと変わる様になってるんです、はい」

「じゃあやっぱり辞典みたいなものなんですか……?」

「そういう見方も出来るかな……で、でもこれ自体の本来の力は別ものです」


 辞典とは違う別の力? さっき言ってた世界調和言語っていう言葉……この模様がそれなのかな? でもどういう意味? 言葉で世界を一つにするって意味? そんな事可能なのかな……でもただの言葉でそんな事……。


「み、皆さんは……疑問に思った事は無いですか?」

「な、何がですか?」

「どうして私達がこうやって今お話し出来ているのか」

「……? ヘルメス、何を言ってるんだ? 言葉で喋れば伝わるし、文字だってあるだろう?」

「僕達人間は太古から意思疎通を図るために言葉を、記録を残すために文字を作ってきた。だからこそ、僕達人間は賢くいられるし、こうやって繁栄してこれたんだ」


 文字は学校で教わった。本を読むのにも必須だし、レシピを読んだり書いたりするのも文字が必要になる。言葉はお父さんやお母さん、色んな人達から教わった。正確には教わったという認識は無く、いつの間にか当たり前の様に言葉というものが使えていた。それが当たり前だと思っていたし、こういう風に考えるのが論理的だとも思っていた。


「さ、さっきも言いましたけど、人間は先駆者に作られたんです。人間は反乱を起こして先駆者を追いやり、いつしか世界中に散り散りになってしまった……」

「え、えぇ。ですから皆同じ言葉を使ってるんですよね?」

「……ぶ、文明は離れ離れになれば、どうしても進化速度に違いが出てきます。その地方に見合った文化が生まれます。そして時が経てば経つ程……かつてのものは忘れられていくんです」

「ヘルメス、分かる様に言ってくれ。この本は何なんだ? さっきお前が言ってたあの言葉の意味は?」


 ヘルメスさんは緊張を取ろうとしているのか深く息を吐く。


「この本は、世界中の言葉を文字を……一つに統一するための道具なんです」

「……何だって?」

「わ、私達『新人類』は人間を弱体化させる事を指示されてました。私の記憶の中にも誰がやったのかは残ってませんが、誰かがこれを作ったんだと思います、はい」


 世界を一つにするための道具? こんな言葉でどうにか出来るものなのかな……。もしこの道具がそうなんだとしたら、ここに書いてある模様はかつて使われていた古代文字? それこそ誰も覚えていない様な大昔に使われていた文字。


「ちょっと待ってくれるかな? 僕達の言葉は最初から一つだった筈だ……それにもし、本当にこの本がそういう事をしたんだとして、それでどうなるって言うんだい……? むしろ言語がバラバラになっている方が意思疎通が不可能だし、その先駆者とかいう奴らにとっては好都合な筈だろう?」

「いいえ。ひ、人が最も怖がるのは理解出来ない事です。理解出来ないからこそ、お互いに必要以上に関わり合おうとしない。最低限関わる程度に留めようとする」

「で、でもお互いにさ、言葉が分かった方が仲良く出来るじゃん!」

「う、ううん。逆です。言葉が分かるからこそ、お互いに深い所まで関わろうとするんです。もちろん最初はそんな気は無かったのかもしれません。でも時代が経てば……かつての人間がどういう立場にあったのかを忘れてしまえば、自分の利益のために動く人間が出てくるんです」


 言い返せなかった。リチェランテさんがリシュナで起こしたあの事件……あれの裏では国同士の利益が動いていた。もちろんリチェランテさんはあくまで自分の目的のためにその状況を利用しただけだったけれど、不可解な関係性のある国同士だったのは薄っすらと感じられた。もしあの国がお互いに言葉が通じなかったら、関わり合おうともしなかったかもしれない。もちろん私の憶測に過ぎないけれど……。


「通じ合った人々はお互いの意見を隠せなくなる。最初は話し合いで済んでいたのかもしれません。だけど、いつしかそれは自分の意見を押し通すための暴力へと姿を変える様になる……」

「そ、そんな事ある訳ないよ! だってほら、あたしとヴィーゼは……!」

「プレリエちゃん。それは家族だからです。言葉の繋がりじゃなく家族だから、言葉が通じなくても分かり合えるからです。それこそ証拠じゃないですか……? 言葉が通じるという事が最後に招くのは何なのか……」


 プーちゃんは何も言い返さなかった。実際私達は姉妹、それも双子だ。一般的に見ても双子というのは珍しい存在だ。お互いに言葉を発さなくても何を考えているのか大体は分かる。同じ夢を見る事もある。そんな言い方を変えれば特殊な存在である私達には理解出来ない話なのかもしれない。


「人類は……世界はかつて兄弟でした」

「……それで、その本を壊せば全てが戻るのか?」

「り、理論上はそうです。だけど、もしそんな事をしたら……」

「なるほど、そういう事か」


 お父さんはヘルメスさんの言葉が意味する事を理解したらしく、深刻そうな顔をしていた。


「もし今この瞬間、全ての言語が元に戻れば……世界は混乱に陥る。そういう事なんだね?」

「は、はい。私の予測だと、本を壊せばその瞬間に50個以上の失われた言語が復活する事になります。もしそうなれば、ついさっきまで会話出来ていた筈の人達が喋れなくなる可能性があります」

「……最低でも50の国が孤立する事になるという事か。下手をすれば私も対象かもな……」


 考えてみれば、シーシャさんはダスタ村という私達が住んでいた国からは離れた場所にある村の出身だった。もしかしたらそこまでかけ離れた言葉を使っていた訳ではないかもしれないが、もしそうだとしても村特有の訛りなどが生まれるかもしれない。


「シ、シップジャーニーの人達にも言葉が通じなくなるかもしれませんし、トワイライト王国も間違いなく別言語になります。そうなったら私には収集が付けられません……」

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか?」

「この本には手を出さずに置いておくのが正解だと思います。かと言ってここに安置しておくのも危険です」

「どうして?」

「さっきも話したと思いますが、『新人類』に分類されるのは私や二人のお母さんだけじゃないんです。私の過去の記憶にも残っていない様な人物が居る可能性があるんです。も、もしその人が使命を全うしようとしてたら、間違いなくここに来る筈です」


 ヘルメスさんの言う事も尤もだった。何度も生まれ変わり続けて全ての記憶を持っていたとしても、それはあくまで知っている事だけであり、記憶外の事柄までは知りようが無い。今何人の『新人類』が残っているのか自体も誰にも分からないのだ。


「だが封印するんだろう、ここは?」

「そ、そのつもりですけど……所詮は私も『新人類』の一人です。わ、私に思いつく事なら、同じ『新人類』の人でも思いつくと思うんです。封印方法が分かるという事は、解除方法が分かるという事も意味していますから、もしもを考えると……」

「そういう事か……だが持ち出すなら相当注意した方がいいだろうな。どういう風に作られた本なのかは私には分からないが、もし通常の本と同じ様な性質なら、火や水は避けなくてはならない筈だぞ」

「そ、それは後で考えます。何かいい方法がある筈ですから」


 ヘルメスさんは本が安置されていた台座に近寄ると再び羽根を使い、手元に何かを呼び寄せた。それはこの本とよく似た大きさの本であり、見た感じでは書店などで売っている様な風貌だった。


「取り合えず見た目だけですが偽装はしておきました。き、気付かれないのが一番ですが念のため……」

「あの……この本は?」

「そ、それはヴィーゼちゃんが持ってて下さい。あ、後で船に戻ったらどうするか考えましょう」

「は、はい」


 私は鞄の中身を端へと寄せ、なるべく本を傷付けない様に慎重に中へと入れた。本来なら布か何かで包むのが一番いいのだが、現状は取り合えずこうしておくしかなかった。


「次はどうするんですか?」

「ほ、他の部屋の装置を一つずつ止めていきましょう。私の記憶が正しければ、後四つです」


 ヘルメスさんは足早に部屋の外へと歩き出した。私は鞄を背負うために少し遅れながら小走りでヘルメスさんの後を皆と共に追い始めた。

 世界はかつて兄弟だった、か……。もしかしたらかつては本当にそうだったのかもしれない。でも今は今まで見てきた通りの状況になってしまっている。悲しい事ではあるけれど、でもいい事もあった。もし言葉が通じなかったら、私達はシーシャさんに会う事は出来なかった。シップジャーニーの人達にもルーカスさんにも色んな国で出会った人達にも、満足に話す事すら出来なかったかもしれない。皆に出会えたからこそ、私達は今ここに居る。

 世界は調和されて壊された。でも私達には別の繋がりがある。言葉じゃない別の繋がり……言葉では安易に説明は出来ない。もしかしたら誰にも出来ないかもしれない。でもそれでもいいと思える。私の周りには言葉に出さなくても信頼出来る家族や仲間が居るのだから。


「……」

「……」


 やっぱりそうだ。私がこの子に目を向ければ、自然とこの子も返してくれる。

 私はヴィーゼ・ヴュステ。この子はプレリエ・ヴュステ。私達の繋がりを調和する事なんて出来ない。

 私達は歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ