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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第11章:ピオニール集会所
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第90話:輪廻

 石板に映された映像はやがて終わり、手元にはただの石板が残された。間違いなくそこで見た筈の映像は疑おうにも疑えない事実であると私の心が確信していた。いくら頭で否定しようとしても心がそれを邪魔してきた。


「い、今のって……」

「……い、今のが真実です、はい。今映っていた人の中に知ってる人が居たんですね……?」

「う、うん。お母さんに似てる人が、居たけど……」

「有り得ない……ブルーメは……」

「せ、正確には違う人です。でもある意味同じ人……何度も何度もこの世に生まれ続ける人達……」


 ヘルメスさんの言っている事ははっきり言って滅茶苦茶だった。人は一度死んでしまったら二度と生き返る事はない。人生は一度きりで死んだらそれで全てがおしまいになる。生まれ続けるなんて有り得ない。しかしそんな論理的な考えさえも心が全て否定してきた。それが正解なのだと。


「ヘルメス……私の目が正しければお前に似てる人間も居たが……」

「……はい。今そこに映っていた人は大昔の私、です。かつての私も私であって、今居る私も私なんです」

「わ、分かんないよ! ど、どういう意味なの!? お母さんは! お母さんは、生きてるの!?」

「……い、今の二人のお母さんが生きてるかは私にも分からないです。でも間違いなく言えるのは、二人のお母さんはきっと何百回も生まれ変わりを続けてる……」

「ヘルメス、私は……あくまで狩人だ。そこまで生物学に詳しい訳でもない。だがある程度は錬金術の力を見てきた筈だ。その上でだが……そんな事は可能なのか……?」


 シーシャさんの疑問は最もだった。そう考えるのが当たり前だと思うし、宗教によってはそういう生まれ変わりもあるという教義の所もあるかもしれない。しかし、それはあくまでそういう教え、考えであって心の奥底ではほとんどの人が、人生は一度しかないと考えている筈だと私は考えている。例え錬金術の力を持ってしても、決して超えてはならない……『不死』という領域だからだ。


「わ、私にはそんな力は無いですけど、でも……理論上は可能なんです。やろうと思えば出来てしまうんです」

「僕としては賛同出来ない……。確かにある種のクラゲはそういった事が可能ではある。だが……それはあくまでそのクラゲに関してだ。人間の身体構造から考えて、そんな事は……」

「違います、違うんですヴァッサさん。い、遺伝とか体の構造とか、そういうのじゃ無いんです……」


 ヘルメスさんは石板を私の手から取るとそれに羽根をかざし再び瞬間移動させ、放射線状に伸びている通路の一つを歩き始めた。私達は困惑しながらも後を付いて行き、その先にある一つの部屋に辿り着いた。

 その部屋は広間と同じで石造りの殺風景な場所だった。その部屋の中心には棺の様な物が置かれており、上には同じく石で出来た蓋がしてあった。


「偶発的なものなんです」

「え?」

「わ、私や二人のお母さんは遺伝で生まれ変わりを続けている訳じゃないんです。親が誰かは関係ないんです」

「な、何を言ってるんだ。子は親から遺伝していくんだ。まさか君は……生き物が、人間が自然発生するとでも……?」

「……せ、正確な確率は不明、なんですけど……前の世代の新人類が死亡すると、どこかで同じ遺伝情報を持った人が生まれてくるんです」


 ヘルメスさんが言っている事はつまりお母さんは家計の血を引いて生まれた訳じゃなくて、どこかの子供と入れ替わる様に生まれてきたって事……? 両親が誰かなんて関係なくて、どんな血筋かなんて関係なくて……全く同じ顔をした人が生まれてくるって事なの……?

 ヘルメスさんは懐からナイフを取り出すと、左人差し指を小さく切るとそのまま棺の蓋に血を擦りつけた。すると血は異常な速さで蓋に沁み込んでいき、蓋の一部が隆起した。先程の石板と同じ様な形で隆起した部分もあり、そこには二重になった螺旋状の線の様な図が浮かび上がり、何かの数値の様なものが書かれていた。


「へ、ヘル姉? それ何……?」

「……遺伝子情報。生き物全てが持っている情報です。身体的な構造、限界寿命まで全てが記録されている情報です」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 寿命、だって……? まさか寿命は生まれた時から全部決まっているとでも言うのかい?」

「は、はい。私達生き物全ては、最初から寿命が決まっているんです。どれだけ健康に気をつけてもその期間が来れば……亡くなってしまうんです」


 ヘルメスさんは石板に顔を向ける。


「そしてこれが……私の全ての情報です。私本人ですら知る事が出来ない筈の全て……」


 私の中である予測が浮かび上がってくる。ヘルメスさんが語った事と今目の前にあるこの不思議な装置……この二つが導き出す答えは一つしか考えられなかった。


「それで……増やすんですか?」

「…………そう、ですね。この棺はただ遺伝子情報を見るためだけの装置じゃないです。これは、ここに映っている遺伝情報を持った新人類を現世で複製する力があるんです」

「そ、それって、ヴィーゼ……」

「うん。ミーファさんの村で見たあれに似てるね……」


 とはいえ、あれがこの装置と同じものだったとは思えない。あの卵は異常な存在ではあったけれど、どこか生物的な存在だった。確信は持てないけれど、目の前にあるこれとはどこかが違う様な感じがした。


「見た事があるんですか……?」

「い、いえ……似た様なものだったんですけれど……これとは違う気がします。あれは卵みたいな形をしてましたし、ヘルメスさんが話した内容とは微妙に違う形で複製してたんです」


 ヘルメスさんは隆起した部分を上から押さえ、棺を元通りの形へと戻した。私はプーちゃんとお父さんと共にあの村で見た不思議な卵の事について話した。ヘルメスさんは話を黙って聞き続け、話を終えると口を開いた。


「そ、そうですか……それは違うものですね。多分ですけど、この装置とは根本から効果が違うんだと思います」

「そうですよね……」

「は、はい。この装置は同一の遺伝情報を持った新人類を現世に誕生させる力……今話に出た卵はきっと、見た目と記憶だけが同じ存在を作ってるんだと思います、はい」


 似ているけれど違う力。あれが錬金術で作られたものなのは事実だとは思うけれど、ここにある装置と比べればかなり弱い複製能力で、使われている技術力が桁外れなものだった。


「……ヘルメス、一ついいか?」

「な、何ですかシーシャさん……?」

「私はお前の言う事を信じる。その上で質問する。……お前は、何人目のヘルメスなんだ?」


 シーシャさんの疑問は最もだった。お母さんもこの人も何度も何度も生まれ変わりを繰り返している人だ。もしそうなんだったら、この人はいったい何人目のヘルメス・アルケミーなんだろうか……。

 ヘルメスさんは目を瞑り、深呼吸をした。


「私は……私は、236人目の私です……」

「それだけお前は生まれ変わったのか……?」

「私が死ねば、どこかで新しい私が生まれてくるんです。名前が違うだけの、同じ見た目、同じ記憶を引き継いだ私が……。寿命で亡くなる事もあれば、事故で亡くなる事もあって、酷い時には殺されて……そんな記憶や経験が全て引き継がれて私は生まれてくるんです」

「お母さんも……そうだったのかな……」

「私の記憶の中にも二人のお母さん……ブルーメさんだったかな? よく似たその人と一緒に居た記憶があります。34人目と35人目の時……それが最後の記憶です。だからきっとあの人も……」


 私には想像も出来なかった。何度も生まれ変わり、その度に記憶が増えていくという感覚。それはいったいどんな感覚なのだろうか。それは本当に生きていると言えるのだろうか。本当に自分が自分だと言えるのだろうか。

 ヘルメスさんは私とプーちゃんの顔を見る。


「ふ、二人には、そんな記憶は無いですか?」

「え……い、いえそんな事考えた事も無かったですし……」

「あたしも無いよ。だってあたしとヴィーゼはあたし達だけだし……」

「ヘルメス、君はヴィーゼとプレリエが君と……妻と同じだと言いたいのかい……?」


 ヘルメスさんは私達と手をそれぞれ掴んだ。


「……間違いないんです。この感覚……34人目と35人目の私が覚えてますから。ヴィーゼちゃんもプレリエちゃんも、何回か……」

「そ、そんな訳ないよ! あ、あたしはあたしだけだもん! あたしが覚えてるのはお母さんとお父さんとヴィーゼ、それに今までに会った人達だけの事だけだもん!」

「私も、私も同じです。私達は他の人と同じ一人だけです。でも……」


 私達がヘルメスさんが語っていた『新人類』と呼ばれる存在なのではないかという疑問は否定したかった。しかしヘルメスさんと初めて会った時に感じた不思議な感覚、初めてではない様な感覚、それは否定のしようが無かった。そして今目の前に居るこの人は、私達二人に対して同じ様に感じている様だった。


「正直……私が覚えてないだけで、もしかしたら……」

「本当に何も思い出せないんですか……?」

「しつこいよ! あたしもヴィーゼも、あたし達はあたし達だけなの!」


 ヘルメスさんは手を離した。その顔には疑問が隠し切れていなかった。


「じゃあこの既視感は……何……? 私の記憶にも無いのに、感じるって事は同じ存在の筈なのに……ヴィーゼちゃん、プレリエちゃん、二人共いったい……」


 私にも既視感や家族の様な感覚の正体は見当もつかなかった。ヘルメスさんの記憶にも残っておらず、私達の記憶にも無い。しかし水の精霊は私達に『純正の血を感じる』と話していた。もし私達がそういう存在なんだとしたら、ヘルメスさんとの情報の間にある齟齬は何……?

 お父さんは私達を抱き寄せた。


「……ただの勘違いじゃないのかい? この子達は他の誰でも無い。僕と彼女の子供だ」

「……そ、そうですね。私にも分からないですし、ね……」


 ヘルメスさんは納得がいかない様子だったが部屋の外へと歩き始めた。私達も再び後へと続く。


「それでヘルメス、確かここには封印とやらをしに来たんだろう? どうするんだ?」

「えっ? あ、あぁそうですね……えっと……」


 シーシャさんが悪くなった空気を変えてくれようとしていたのは明らかだった。実際ここには封印をしに来た訳で、真っ当な質問でもあった。


「す、既に話したとは思いますが、ここは先駆者達の集まる場所なんです。正確には、私みたいな『新人類』が目的を終えて集う場所です」

「えっと確か……その先駆者っていう人達は支配権を取り戻そうとしてたんですよね……?」

「は、はい。そのために似た遺伝情報を持った私達『新人類』を作った。そ、そして私達による人間の弱体化が成功すれば彼らは恐らく戻ってくる筈です」

「えっとぉ……つまりあたし達はどうすればいいの……?」


 ヘルメスさんは広間の中心で立ち止まる。巨大な窓の向こうでは相変わらず花畑が広がっていた。


「ここにある装置を全て停止させます。全てを止めれば少なくとも現状よりはまともになる筈です、はい」

「全部ですか?」


 見渡してみれば通路の数は全部で6つあり、先程の棺があった部屋はその内の一つだった。


「は、はい。一人目の私と二人目の私の記憶から変わっていなければ、ここには6つの装置がある筈です」

「さっきのはいいのか?」

「壊したいのはやまやまなんですが、あれを壊したらどうなるか分からないんです。もし私達にも影響があるんだとしたら迂闊な事は出来ないんです」


 確かにヘルメスさんは既に236人目のヘルメスさんだ。それだけの生き返りを可能にしているのがあの棺なのだとしたら、棺の破壊はヘルメスさんの……お母さんの死を意味する。その可能性が少しでもあるのであれば、下手な事はしない方がいいだろう。


「なるほど。じゃああれは置いておくとして、次はどの部屋に行くんだ?」

「そうですね……実はもう一つ気になっている装置があるんです。それから行きます……」

「危険な物なんですか?」

「い、いえ……危険ではないんですけど、ただ止めるべきかどうか悩ましいもので……」


 歩き始めたヘルメスさんに私達も続いて歩き出した。

 お母さんは……普通の人間じゃなかった。遥か昔に作り出された新人類、人間を再び支配するという使命を与えられた存在だった。でも今でも私達人間はこうして生きている。お母さんは、ヘルメスさんと同じ人間を守ろうとした人だったんだ。それが私にとってとても誇らしく嬉しい事だった。もし仮にそうじゃなかったとしてもお母さんが私とプーちゃんのお母さんであり、お父さんにとっての妻である事には変わりはない。お母さんは……お母さんだ。そして私達はヴュステ家だ。何があろうと、誰が否定しようとそれだけは絶対に……。

 私の手を私と同じ大きさをした手が握り返す。私達が何者でも私達にとっては関係無かった。

 歩みを進め、部屋が見えてくる。

 私はヴィーゼ・ヴュステ。プーちゃんのお姉ちゃんでお父さんとお母さんの娘だ。他の何者でも無いし、他の何者にもならない。これは私の絶対に曲げたくない決意だった。

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