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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第11章:ピオニール集会所
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第89話:御遣いと使命

 一騒動を終え落ち着きを取り戻した私達は各々本来の仕事へと戻り始めた。ヴォーゲさんは船長として、レレイさんは副官として指示を出し始め、リチェランテさんとレイさんは再び牢へと入れられる事になった。そこまでは今まで通りだったが、王国を失くした人々は困り果てた様子であり、現在のこの船の船室の数などから考えてみても、とても長期間この船に乗せておくのは不可能な様に思えた。

 女王であるレーメイさんも国を失ったショックからは完全には立ち直れてはいない様子であり、オーレリアと呼ばれた召使いの側で泣き疲れたのか眠っていた。


「お父さん、これからあの人達どうなるんだろう……」

「僕らにはどうしようもない……気の毒には思うけど、新しい住み場所を見付けるしか……」


 この世界は広い。きっと住む場所は沢山あるだろう。しかし外部からやって来たあの人達を受け入れてくれる場所なんてあるのだろうか。自分達で未開の地を開拓するにしても凄まじい時間が掛かる。その間の食事はどれだけ必要なのだろうか。開拓が終わった頃、どれだけの人数が生きているのだろうか。


「あ、あの……」


 考えを巡らせているところに話しかけてきたのはヘルメスさんだった。船尾から戻ってきたらしい。


「か、鏡の件なんですけど……」

「そ、そういえばそうでしたね。確かオーレリアさんが持ちだしてたって……」

「は、はい。急ぎましょう」


 ヘルメスさんがオーレリアさん達の居る方へと足早に歩き出し、私はプーちゃんとお父さん、そして話を聞いていたシーシャさんと共に追従した。

 

「あ、あのっ……オーレリアさん、ですよね?」

「はい。貴方様の事は女王から伺っております」

「で、でしたらあの、鏡なんですけど……」

「ええ。こちらに」


 ヘルメスさんの言葉に答える様にオーレリアさんはハッチ下に続いている廊下の壁に掛けられていた鏡を受け渡した。鏡は保護される様に布に包まれており、そのお陰もあってか傷などは見られなかった。


「あ、ありがとうございます……。じゃ、じゃあい、行きましょうか……」


 ヘルメスさんは鏡を持ちながら他の鏡が保管されている倉庫へと歩き始めた。


「あのさヘル姉……あたし聞きたい事があるんだけど……」

「な、何ですか?」

「さっきのあのデカい奴……あれって何なの? どうして島の中から出てきたの?」

「僕からも説明を求めるよ。僕やシーシャさんが見たあの洞窟の奥にあった卵、それと……死体。あれは何だったんだい? 何をどうすればあんな事に……」

「…………」

「ヘルメス答えてくれ。確かに私もヴァッサさんも錬金術士では無いし、言われても理論的な事は分からない。だがあれだけのものを見て、何も分からないというのはモヤモヤするんだ」


 ヘルメスさんは答えるべきか悩んでいる様であり、口元をモゴモゴと動かしていたが遂には口を開いた。


「あ、あれは……先駆者が送り込んだ者、だと思います、はい」

「先駆者、ですか?」

「どういう意味? 昔あそこに住んでた人って事?」

「あの洞窟に人が住んでいた痕跡は無かったが……」

「……」

「頼む、答えてくれ! 僕らに言えない事なのか!?」

「ちょ、ちょっとお父さん……」


 ヘルメスさんは先駆者という言葉以外には何も答えてはくれなかった。それがどんな意味を持っているのかは何も分からず、想像するしか出来なかった。

 先駆者っていう言葉をそのまま受け取るならプーちゃんが言ってた通りではあるけれど、でもそういう意味ではない様な気がする。錬金術であれだけの事が出来るのかは分からないし、少なくとも私達には出来ないけれど、錬金術にはまだ未解明な部分が多く、研究も進んでいない。だからこそ、完全には否定しきれない。

 廊下を歩き続け倉庫へと辿り着いた私達は部屋の中へと入った。ヘルメスさんは鏡を一つ一つ並べ始め、最終的に三つの鏡を線で結ぶと三角形になる様に設置した。


「……あの、残りたい人は残ってください」

「どういう意味ですか? 私、未だにその鏡が何なのか分かってないんですけれど……」

「これは……前にも言った様に一種の鍵なんです、はい。それでこれから向かう場所によ、用事があるんです」

「用事って何なの?」

「……この鏡を封印する事です」

「それじゃ分からないだろう。封印しなきゃいけない場所なのか?」

「えっと…………」


 ヘルメスさんは何かを隠し続けている様だった。悪人ではないと感じているが、何かを隠さなければいけない立場の人間だというのは間違いなかった。


「悪いけど君の態度を見ていたら僕は付いて行こうとは思わない。もちろんヴィーゼとプレリエも行かせようとは思えない」

「しょ、正直おすすめは、出来ないです、はい。もし行ったら……全てが覆される可能性がありますし……」

「ヘルメスさん、それってどういう……」

「お、お二人はきっと同じ血脈ですし、知っておいてもいいかもしれませんけど……でも、幸せなまま生きていたいなら、来ない方がいいです……」


 まただ……『同じ血脈』いったい何を意味しているんだろう? 私とプーちゃんは双子だから同じと言えば同じではあるけれど、きっとヘルメスさんが言っているのは違う意味だと思う。この人と初めて会った時に感じた不思議な親近感……それにリチェランテさんからも同じ様に言われた『血脈』という言葉、全てが繋がっている様に感じる。


「二人共行かない方がいい。僕らには関係ないんだ」

「ううん……違うよお父さん。何か、何か繋がってる……」

「何言ってるんだいヴィーゼ、繋がってるって何が……」

「ごめんお父さん、あたしもヴィーゼに賛成。上手く言えないんだけどさ、何か引っ掛かってるんだ」

「プレリエまで……」

「ヴァッサさん、一応私も行く。あなたはここに残っていてくれ。全員ここから消えるのはまずい」


 お父さんは慌てた様子を見せる。


「そ、それなら僕も行く!」

「じゃ、じゃあ皆さん全員行くという事で、いいんですよね……?」

「はい」

「うん」

「行こう」

「わ、分かりました。じゃあ行きましょう。さっきの質問の答えですけど、きっと全てに答えられるとお思います……」


 そう答えるとヘルメスさんは私達を三つの鏡の中心に移動させた。すると私達の体は突如眩い光に包まれた。思わず目を瞑ってしまう程の光量であり、どこからそれだけの光が放たれているのかはまるで分からなかった。

 しばらく目を瞑っていたものの、やがて光が治まって来た様子を感じた私はゆっくりと目を開いた。すると眼前にはかつて私がシュトゥルムさんと出会った不思議な空間によく似た場所が広がっていた。しかし全てが同じという訳ではなく、前方にはガラスで出来た横長な大きな窓の様な物があり、その向こうには綺麗な花畑が広がっていた。そして私達が立っている広間の様な場所から放射状に足場が伸びており、その先にはそれぞれ部屋の様な物が存在している様に見えた。壁は無機質な紺色をしており、各部屋へと繋がる入り口には扉などは見られなかった。


「こ、ここは……」

「どうなってるんだ、ここはいったい……!?」


 私達の中で一番驚いているのはお父さんだった。私やプーちゃんは絵の世界などを見た事があったし、シーシャさんはこれまで色んな錬金術を一緒に見てきた。しかしお父さんにはその事をほとんど伝えていないため驚くのも無理は無かった。


「ヘルメス、ここは……?」

「……先駆者達が集うために作った場所です」

「さっきも言ってたが、何なんだそれは?」

「かつて世界を統べていた者達……そう言えばいいんでしょうか」

「ぼ、僕らに分かる様に言ってくれないかな?」

「ま、まず順番にさっきされた質問についてお答えします、はい」


 ヘルメスさんは窓の方へと近付くと花畑を指差した。


「あの巨人は……ここから見える花と同じです」

「えっとヘル姉? どういう意味?」

「あれは、この世ならざる者。現世に居てはいけない存在なんです」

「錬金術で作られたっていう意味ですよね?」

「い、いえ違います……! あれは、確かに存在する……いえ、存在した者なんです」


 ヘルメスさんが言いたい事が何なのかよく分からない。昔は居たけど今は絶滅してしまったという意味だろうか? だとすると現世という言葉を使ったのが気になる。ここから見える花と同じって言ってたけれど、もしかしてこの場所がその現世なのかな? いや、まさかね……。


「ヘルメス、それじゃあお前はこう言いたいのか? ここがあの世だと」

「わ、私もそこまで確証は持てません……。ただ、少なくともここは私達が普段生きている世界とは別の場所という事です、はい。あれは、ここから送られた……」

「それじゃああの巨人は初めから新種でも何でも無いって事なのかい? しかしだとすれば、何故あの場所に……」


 ヘルメスさんは外の景色を見ながら答え続ける。


「私にも全てが分かる訳じゃないですけど……きっとあれは太陽の力を主食とする存在。だけどあんなものの卵を堂々と日の光が当たる場所に置くのは、壊されるリスクを考えると危険過ぎる。だから洞窟に置いて、あの虫達も生まれさせたんだと思います、はい」

「じゃあ死体は?」

「きっとその人は、生贄……だと思います。この世ならざる力を行使するための安定剤……」


 ヘルメスさんの言っている言葉は段々と複雑になってきている様に感じられた。現世など普段は早々使わない言葉であり、何故そういった存在を私達の世界に置くために人を生贄にする必要があるのかまるで分からなかった。今思えば遺跡に埋め込まれていたシルヴィエさんも『海原の矛』と呼ばれたシュトゥルムさんも、二人共力の代償として命を落としていた。


「ヴィーゼ、あ、あたしヘル姉の言ってる事、よく分かんないんだけど……」

「私もだよ。でも……」


 私の中にある疑問が浮かんでいた。ヘルメスさんの言っている事が本当の事なら、いったい誰がそんな事を仕組んだのかという事だった。自分からやったシュトゥルムさんやそうせざるを得なかったシルヴィエさんはともかくとして、あれだけの事をする意味がまるで分からなかった。


「ヘルメスさん、誰がやったのか分かったりしませんか? 理由も気になるんです」

「……そ、その事なんだけど、ね……」


 ヘルメスさんは申し訳なさそうな顔をしながらこちらを向いた。目は常にどこかへと逸れており、私達を正面から捉えようとはしていなかった。


「ヘルメスさん?」

「言いにくい事なのか?」

「ぜ、絶対他言しないって約束してくれますか……?」

「は、はい……」


 ヘルメスさんは目を閉じて大きく息を吸うとゆっくりと吐き出し、やがて意を決したのか私達の問いに対する答えを話した。


「やったのは、『先駆者』です」

「さっきも言ってたけどどういう意味なのか分かる様に言ってくれないかな?」

「……私達を作った存在……分かりやすく言えば神です」


 あまりに予想外だった答えに私を含め全員が固まってしまった。特別信心深い方でも無かったが、それでも神を居ないとまでは思ってはいなかった私にとっては衝撃的だった


「ちょ、ちょっと待ってくれないかな……? 君は神が実在すると……?」

「聖典、読んだ事ないですか……? あ、あれにも神が人を作ったって書いてありますよ」

「や、やだなぁヘル姉……あれはそういう御伽噺おとぎばなしでしょ……? ありえないよそんなの……」

「本当ですよ。わ、私達がその証拠……」


 ヘルメスさんは私とプーちゃんに近寄ると左右それぞれの手で私達の手を掴んだ。するとまたしても、初めて会った時の様な不思議な感覚に襲われた。まるで家族に接してもらっている時の様な不思議な安心感……私がいつもプーちゃんと一緒に居る時に感じている様な優しい気持ち、それと同じものだった。


「や、やっぱり二人は私と同じです。あなた達二人は……純正の血を持って生まれた人……」

「ど、どういう意味なんですか? ヘルメスさんが言ってる事が本当なら、お父さんもシーシャさんも全員が神様に作られたんですよね……?」

「先駆者は、労働力が欲しかった。文句も言わずに従う生き物が欲しかった。だから人間を作ったんです」

「まるで自分で見た様な言い草だな? ヘルメス、お前どこでそんな事を知ったんだ? 確かな情報なのか?」

「じ、自分で道具を作って過去を見たんです。最初は興味本位でしたけど、遡って行くうちに見ちゃったんです、真実を……」


 私達も神様が人を作ったという話は学校で少しは教わった事がある。でもそんな事を本気で信じている人は恐らくほとんど居なかった。あくまで神学の教養として学んだだけで、誰かが作ったお話だとばかり思っていた。


「え、えっとさヘル姉、さっきも言ってた純正の血って何なの?」

「……人は数が増え過ぎたんです。やがて創造主にも制御が効かなくなった……。反乱を起こされ、一人また一人と先駆者達は消されていったんです。そんな中、新しい人間が作られたんです、はい」

「新しい人が……」

「は、はい……。彼らに与えられた使命はただ一つ……先駆者が再び支配権を取り戻せる世界を作る事です」

「で、でもあたし達はさ、こうやって普通に生きてるよ?」

「と、当然まだ私達人間が支配権を持ってるからです。でもそれが出来ていたのも人間の味方をしてくれていた人達が居たからです」


 ヘルメスさんの話を聞いていく中で、ある一つの憶測が頭の中で沸々と湧き上がってきた。そんな筈がない有り得ないと考えようとしても、ヘルメスさんが言っている事と私が今まで見てきた事、そして錬金術という未だに全てが解明されていない技術……この三つの要素がその考えをがっしりと固めて離さなかった。


「新人類の中には人間と恋仲になる人も居たみたいです。やがて子供も生まれて、先駆者が居なくなってから何年も何年も経って、その使命すらも忘れられていったみたいでした」


 お父さんの顔に汗が伝っているのが見えた。恐らく私と同じ考えが頭に浮かんでいるからだろうという事は、家族である私からすれば一目瞭然だった。


「でも忘れてない人も居るみたいでした。その人達は子供達に使命を託し、その子供はまた次の世代に託した。そうやって何代も何代もかけて、少しずつ進めていった」

「ヘルメスさん……も、もう分かりました。十分聞きたい事は聞けましたよ……」

「……こ、ここまで聞いたなら、逃げないで……。残された私達がやらなきゃいけない事なんです」


 無理矢理離れようとしてもヘルメスさんはどこにそんな力があるのか、私の手をしっかり掴んで離さなかった。


「ある者は滅びの風を、ある者は偽りの技術を残して人を減らそうとしていた。でも、味方になってくれた人達が何とか守ってくれた」

「滅びの風って……」

「プーちゃんありえない……そんな事ありえないよ……」

「……ヴィーゼちゃん、プレリエちゃん。これは私達に託された使命なんです。お父さんやお母さん達が成し遂げられなかった使命……残された私達がやらないと、きっと私達は支配される側に戻る……」

「し、信じられないですよ、そんなの……有り得る訳……」

「そ、そうだ有り得ない! 娘は二人共普通の人間だ!」

「分かりました……」


 ヘルメスさんは羽根を一枚懐から取り出すとそれを瞬時に石板の様な見た目をした物体へと変化させた。恐らく船に侵入してきた際に使用した羽根と同一の物であり、正確には変化させたのではなく瞬間的に移動させたのだろう。


「これを見たら、納得してもらえると思います、はい……」


 そう言って差しだされた石板を持ってみると、その表面には映像が浮かび上がった。そこには奇妙な格好をした人型の存在と裸で働かされている人間らしき集団が映っていた。映像は何度か加速されて先程ヘルメスさんの話に出てきた様な出来事が何度か映されていた。そして遂に私はその中に見覚えのある顔を見つけてしまった。ヘルメスさんとよく似た顔の人物の隣にその人は居た。その人達はどこかの屋内でお互いに何かを話し合っている様子であり、時折他の人達とも話している様子も見られた。映像が再び加速され、最終的に映し出されたその姿を見て、私の疑問は憶測は、疑う事を許さない確信へと変わってしまった。

 私達と同じ栗色の毛。目尻が下がる特徴的な柔らかい笑顔。子供達に見せている慈愛に満ちた表情。本を読む時に前のめりになってしまう癖。そしてぐるぐるぐるぐると掻き混ぜ棒を回すその姿。

 間違えようがなかった。あの人でしかなかった。プーちゃんもお父さんもその表情からして私と同じ考えに行きついていたのは疑いようも無かった。


「お母さん……?」


 そこに映っていたその人は、お母さんの生き写しと言っても過言ではない見た目をした一人の女性の姿だった。

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