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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第10章:日没
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第86話:太陽虫と蝿頭、そして「何か」

 レイさんが街の人々へ避難を呼びかけている中、私達は急いで山の方へと向かって走った。途中門を以前通った門を潜ったが、そこには衛兵の姿はどこにも無く、既にこの街の戦力と言える人々の大半があの蝿頭の怪物に割かれているのだと感じた。

 山へと入り登って行く際中にも何度か上方から眩い光が放たれており、時折衛兵のものだと思われる怒号や悲鳴が聞こえて来ていた。以前食事を摂った川辺では負傷した衛兵が何人か逃れて来ており、その様子を見るに恐らくあの肉食性の虫の大群に襲われた様だった。その様子を見たヘルメスさんが足を止め、治療をしようと薬やら何やらを取り出し始めた。


「ヘルメス! 放っておけ! 今はあっちが先決だ!」

「で、でもシーシャさん……このまま放っておくと、傷口が……」


 その様子を見たリチェランテさんは足を引き摺りながらヘルメスさんの下へと行くと、その手から治療道具をひったくり、ヘルメスさんを押す様にして私達の方へと遠ざけた。


「私がやる。君は行け」

「で、ですが……」

「オイオイオイ頭がパープリンか? この中じゃ君が一番錬金術の知識があるんだろ? だったら君が行くべきだ。雑用は私がやる」

「ヘルメスさん早く!」


 私がそう叫ぶと同時にシーシャさんは彼女の手を掴み、引っ張る様にして再び駆け出した。彼女の息は既に大きく乱れており、以前この山に登れなかった事から考えても彼女にとってかなりの負荷になっている事は目に見えて分かった。

 足が疲労で痛むのを感じながらも私は皆と共にあの洞窟があった場所へと近付いていた。それを表す様に次第に衛兵の姿は増えていき、最早柱と言ってもいい程の巨大な怪物の足がそこにそびえ立っていた。私達は衛兵の間を掻き分ける様にして前へ前へと進み、ようやく先頭に辿り着くとそこにはリオナさんとリオラさん、そしてレーメイ女王が居た。女王の手には球状の宝玉が乗っており、腰には革で出来た袋がぶら下がっており、そこからはもう一つの宝玉が顔を覗かせていた。


「女王!」

「ヴィーゼ、プレリエ! 何故ここに!?」

「双子ちゃん……ちょ~っと今は会いたくなかったかな~……」

「……何故ここに居るのです? オーレリアはどうしたのですか?」

「え? め、召使いさんの事ですか……?」


 お父さんが会話に割って入る。


「今はそんな事は後回しでいいでしょう! それより女王! 今はこの怪物をどうにかするのが先です!」

「ヴァッサさん、それが出来れば苦労してないわ……」

「さっきから火矢を撃ったり剣で切ったりして、挙句の果てには女王がそれ使ってるってのに、全く効果無しってハナシ」


 見上げてみると怪物はただそこに立っているだけであり、何かをしようとしている様子はまるで見られなかった。足元に居る私達を攻撃するでもなく、歩くでも無く、ただ真っ直ぐに街の方を見据えていた。

 ヘルメスさんは宝玉が必要な旨を女王に伝える為に近付こうとしたが衛兵に阻まれ、その場で立ち止まるしかなかった。


「じょ、女王様! あれを倒すには、その宝玉が必要なんです! ひ、一つでいいんです! 譲ってください!」

「何て……? 女王、どういうことか説明してくれるかしら? あの子何を言って……」

「リオナ、リオラ、その子達を近付けない様に……」

「あの、マジで何のハナシ? この状況でまた厄介事増えるってハナシかな?」


 ヘルメスさんはその場でなるべく簡潔に事情を話した。今この状況が続き、この怪物に太陽エネルギーを与え続ければ、何が起こるかは予測が出来ないからである。その間シーシャさんは奥にある洞窟入口へと視線を送り続けており、何か疑問に思っている事があるらしく私とプーちゃん、そしてお父さんに小声で話し始めた。


「少しいいか……?」

「どうしたんです……?」

「さっきから気になってるんだが、あの虫達の姿が見えないと思わないか……?」

「確かにそうかも……どこ行ったんだろ?」

「さっきここに来る最中に被害者は居たけど、確かに虫そのものは見てないな……」


 お父さんは周囲を見渡し始める。


「それで、今からちょっと確かめようと思ってる」

「な、何をですか?」

「虫の居場所だ。そしてもしこの後虫が出れば、私の予想は正しいって事だ」


 そう言うとシーシャさんは腰にぶら下げていた瓢箪の様な容器の中身を頭から浴びると、洞窟の入り口目掛けて一気に走り出した。突然の意図の分からない行動に面食らってしまったが、その直後にシーシャさんの見たかったものが何なのかすぐに分かった。

 シーシャさんが洞窟入口に到着した瞬間、連なった様な羽音が聞こえ、いつの間にかあの虫達が一斉にシーシャさん目掛けて突っ込んでいった。それに気付いたシーシャさんはナイフを抜くと近くの岩にかち当てて火花を散らした。するとその体は炎に包まれ、虫達はそこで止まった。その様子を見たシーシャさんは全身火達磨になったまま恐らく川を目掛けて山を下っていた。虫達は追跡を中止し、しばらく辺りを彷徨った後、怪物の足に吸い込まれる様にして姿を隠した。

 リオナさんとリオラさんはその様子を見て驚きつつもヘルメスさんの話を聞き、宝玉の力は却って危険であり、調合に必要な物なのだと理解してくれた様だった。


「……女王、彼女の言う事は正しいと思う。さっき私はシーシャの行動を見て気付いたの。あの虫達は寄せ集まってこの怪物を作り出してる。そしてあいつらは太陽光を遮る様に行動していた。という事はつまり、こいつにもその宝玉の力は……」

「女王様お願いです! それが必要なんです……!」

「……私はレーメイ・トワイライト。父と母からこの国を任された身です。私には国を繁栄させ続ける義務がある。そのためにはこれが必要なのです」


 リチェランテさんが言ってた伝承はきっと眉唾物じゃなくて本当の話だったんだ。実際あの宝玉の力は凄まじいものだ。だけれど、この状況は分が悪すぎる。相性が悪いなんてものじゃない……。


「下がっていなさい……」


 そう言うと女王は手に持っていた宝玉を空へと掲げた。それを見たリオナさんはその場に居た他の全員にすぐに下がる様に大声で指示をした。衛兵が逃げていく中、突然の言葉に硬直していた私達をリオナさんとリオラさんは二人で引っ張って山を下り始めた。その際中、後ろからはまるで夕日の様な黄昏色が木々の間から差し込み出していた。


「女王本気ぃ? この状況まずくない姉ちゃん?」

「ええまずいわ、絶対にまずい! あの人の気持ちも分からなくはないけど、意固地になり過ぎてる!」


 やがて川へと辿り着くと治療を行っているリチェランテさんと火傷を負ったシーシャさん、そして逃げ出した他の面々も居た。そして彼らの上を見上げる様な視線を追ってみるとその先には上空に浮かぶ火球の様なものがあった。


「何、あれ……」

「ああ、まずいですまずいです……そんな事したら……!」


 ヘルメスさんの慌てようから察するにここに来る前に見た光の柱などとは比べ物にならない力である事が伺えた。


「リオナさん、あれって……」

「……我が国に伝わる宝玉『黄昏』が持つ力の一つよ」

「『黄昏』?」

「あれ一つで何百もの敵船を消し炭にした事があるって話ね。そしてあの形……私が伝承で聞いた事があるのとよく似てるわ」

「……伏せてください!!」


 突然ヘルメスさんの口から聞いた事も無い様な大声が響き、その場に居た全員が一斉に姿勢を落とした。すると数秒後、一瞬閃光が目に入ってきたかと思うと周囲一帯が爆炎の様なものに包まれた。あの街に施された青い結界の様なものが張られているのか、私達の所へは炎は届かずドーム状の空間内に居る私達の周りだけが激しく燃え上がっていた。

 炎は十秒程続きようやく鎮火したが、さっきまで生い茂っていた植物や木などは何一つ無くなっており、すぐそこにあった川まで一瞬にして干上がっていた。辛うじて結界内にあった川だけは無事であったが、結界が解除されたのかすぐに干上がった地面に吸収され水は無くなってしまった。それにも関わらず、相変わらずあの怪物は無傷でそこに立っていた。

 あまりの光景に私達は絶句するしかなかった。あんな小さな宝玉がこれだけの力を持っているとは思ってもいなかったからである。


「あぁ……何て事を……」

「へ、ヘル姉、今のって……」

「きっと黄昏の、力です……。終わりを意味する終末の力……」

「さっきも言った伝承に今のが載ってたのよ。確か……『落日』って書いてあったかしらね。万物を焼き尽くす戦略兵器……あれをやられた地域は、百年経っても植物が育たないそうよ……」

「リオナさん、彼女は何をする気なんです? 僕は彼女に助力を求められたから協力しているんだ。それなにの今のあの人は……」


 お父さんの言いたい事は最もだった。古代の力が宿っている宝玉が無い限りヘルメスさんの考えた薬剤は作れない。それなのにあの人は頑なにあの宝玉を渡す事を拒んでいる。いったい何が理由で? そんなにあの道具が無いと国を守れないものなの……?

 お父さんの発言を聞いたリオナさんはしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。


「……殺すしかないかもね」

「えっ? リオナさん、あの……今何て……」

「彼女を殺すしかない。そう言ったのよ」

「……姉ちゃん本気?」

「私もこの国に仕えてからもう十年は経つ。今までは見て見ぬ振りしてたけど、今のを見せられたらはっきり確証したわ」


 それを聞いたヘルメスさんは恐る恐るといった様子で質問をした。


「あの……もしかしてですけどあの宝玉って、意思に左右されます……?」

「……そうね。彼女の先代、つまり両親だけど、あの二人があの道具を使う時にその場に居た事があったのよ。その時に少し変な感じはしてたの」

「へ、変な感じっていうのは……」

「『黄昏』の力を使う時、いつもより少し暴力的になっている様に感じたの。そして反対にもう一つの宝玉『黎明』を使う時は、気持ち穏やかな様に感じた」


 リオナさんの発言を聞いて私の中で何かがピタリと嵌る様な感覚があった。初対面の時、女王を見た私は優し気な穏やかな印象を受けた。しかしさっきチラリと見た女王の顔は鬼気迫るものであり、目の前に居る存在を消し去る事しか考えていない様なそんな印象を受けた。


「気のせいだと思いたかった。でも今ので確信したわ。あの宝玉は使う人間の精神まで操ってる……女王のあの怪物を倒したいという意思を増幅させてる。そうとしか思えない……」

「私も全面的に姉ちゃんに賛成かな。本当はヤだけど、それが最適解なら、それしかないかもね。私らは王族騎士団だけど、守る対象は国民も含まれてるし」


 私達は何も言えなかった。プーちゃんはもちろんそんなやり方を望む訳は無いし、お父さんだってなるべく穏便に済ませたい筈だ。しかし今の話が事実だとするなら、暴力的なやり方をせざるを得なくなってしまう。そんな中、一通り治療を終えたリチェランテさんが口を開いた。


「私は反対だね」

「……意外だな。お前がそう言うとは……」


 シーシャさんの言葉を無視し、リチェランテさんは続ける。


「別にこの国がどうなろうと知った事じゃない。だがあの化け物を倒して本当にそれで終わりになるかという話だ」

「何を言ってるのかしら? テロリスト風情が口を挟まないでもらえる?」

「いや待ってください」


 リチェランテさんに食って掛かろうとしたリオナさんを制止したのはお父さんだった。


「お父さん?」

「見落としがある。見落としがあるんですよ。さっきシーシャさんが身体に火を点けた時に何か違和感があったんです」


 お父さんが考えを巡らせている中、再び空が黄昏色に染まり始め、全員が身を伏せる。私とプーちゃんはは急いでお父さんに身を伏せさせた。空からは光の線の様なものが伸びていた。その光線は突如横薙ぎに動き、怪物を両断する様に焼いたしかし怪物はその場に立ち続けており、女王も力を行使し続けようとしていた。最早焼け果てた山はここから見ても女王の姿がはっきりと見える程になっていた。


「お、お父さん何? 何を見落としてるの?」

「……そうだ! 卵だ! 僕は最初、あの卵からあの怪物が生まれたと思ってた。でも違ったんだ! シーシャさんが証明してくれた!」


 シーシャさんは包帯だらけの体を引き摺りながらこちらへと近寄ってきた。


「そうだ……私もあの時虫の姿が見えないのを不審に思って、標的になる様に敢えて洞窟に近寄ったんだ。するとあいつの足から分離するみたいに飛んできた。だからもしかすると……」

「有り得ますね。魚の中には群れで行動し、一匹の巨大な魚に見せる事で敵を遠ざけようとする習性を持っているものが居る。その習性をあの虫達が獲得しているのだとしたら……」


 その言葉を聞き私の中で悪寒が走った。お父さんとシーシャさんの推理が正しいとしたらあの怪物は囮に過ぎないという事になる。そしてもし囮だとするなら、あの場から動かずに攻撃を受け続けている理由も納得出来る。そう考えると彼らが囮となる存在を作った理由は一つしかない。


「申し訳ないんだけど、分かる様に言ってくれないかしら?」

「僕達はずっと踊らされてたという事です。あの怪物は倒せないし、仮に倒したとしても意味が無い。本命はあの卵です。そしてその近くにあったあの死体……きっとあれが一番彼らの守りたい物!」

「あのさお父さん、あたし思ったんだけど……多分あのでっかいのって……わざとあそこに居るよね? 囮って目的だけじゃなくてさ……」


 プーちゃんの言葉を聞き、私も何が言いたいのか理解出来た。あれは本当に囮に過ぎない、いやそれどころか攻撃される事を望んでいる。この状況はあの虫達が最も望んでいる状況なんだ。


「お父さん、きっと女王様は誘き寄せられたんだよ。あの虫達は太陽の光を集めてるって言ったでしょ? でも私達が来たからそれが邪魔されるかもしれなくなった……だから虫達は集まってあの形になったんじゃないかな?」

「……オッケ、私も今ので分かったよ。つまりあのデカブツは女王に宝玉の力を使わせるために意図的にあの形態になったってハナシでしょ? そうすればもうチマチマ太陽光を集めなくて済む。効率的に一気にやれる」

「何ですって……? だとしたらこのままじゃ……!」


 リオナさんは立ち上がって怪物と対峙している女王を見るとそのまま洞窟へと視線を移す。今はまだ何も起きていない様だったが、相手の真の目的が分からない以上、とにかく早急に手を打ち卵の孵化を止める必要があった。


「何もかも上手く行き過ぎてるわ……あいつらにとって都合が良過ぎる……。まさか……誰かが宝玉の持つ精神干渉能力を知ってて仕掛けた……?」

「私としてはあの大馬鹿者を止める事をお勧めするよ。君達の推測が正しいのなら、その卵とやらが孵化したら、きっともう取り返しがつかなくなるぞ」

「リ、リチェランテさんと同意見です……! あれだけのエネルギーを吸収してるという事は、それだけの事をしようとしてるって事です、はい……!」


 リオナさんはその場に居た衛兵達にすぐに街へと撤退する様に指示を出した。衛兵達はあれだけの宝玉の力を見せられたからか、既に大半が戦意を失っており、いつ巻き込まれるかという恐怖の方が勝っている様であり、怪我人を助けながら撤退を始めた。


「ヴィーゼ、プレリエ、ヴァッサさん、シーシャ、ヘルメス、それと……リチェランテ、貴方達も一旦撤退してちょうだい」

「で、でもリオナさん!」

「私達が女王から何とか宝玉を奪うわ。きっとあの人は全力で阻止してくる。多分今のあの人は、いつものあの人じゃない。巻き込まないという保証が無いの。だから戻って」


 リオナさんの言う事は最もだった。特別戦える訳でもない私達が居たところで足手まといになるだけだ。それなら今の内に出来る事をするべきかもしれない。


「分かりました。プーちゃん、お父さん、戻ろう」

「う、うん……」

「僕もいい案が浮かんだら試してみます。それまで何とか……」

「ええ、分かってる……」

「さて……では私も戻るかな。大方海賊君の事だ、避難誘導に手こずってるだろうしな。ほらシーシャ君、お手を拝借」

「触るな。……一人で歩ける」

「……リオナさん、リオラさん、無理はしないでくださいね」

「今まで無理なんて散々して来たわよ。今回は相手が女王ってだけよ」


 リオナさんは私達に背を向け歩き出した。


「じゃっ、また会おうね双子ちゃん! 私らが生きてたらのハナシだけど」


 ふざけながらもどこか深刻そうな顔つきをして手を振ったリオラさんに手を振り返すと私達は急いで山を下り、すぐに行動出来る様にと準備を進める事にした。

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