第85話:「許されざる残照」と「束ねる者の曙光」
時間が経つごとにお父さんやヘルメスさんが起き始め、全員の意識がはっきりしたのを確認すると私は先程までリチェランテさんと話していた事について説明する事にした。ヘルメスさんはこの国に伝わるという伝承の話を聞き、明らかに焦燥している様子を見せた。
「……という訳みたいで」
「そ、その話、多分本当の事だと思います、はい。創生の力と破滅の力……どちらも強力過ぎる力です」
「んー、えっと……あいつの言う事が本当なんだとしてさ、そんな強力な力があるならそれでもいいんじゃないの?」
「だ、駄目です……わ、私の見立てが正しければ、あの虫は太陽の光を吸収して、その卵に与えているんだと思うんです。だとしたら……」
「ちょっといいかな? その宝玉とやらが錬金術の産物だとして、虫には関係ないんじゃないのかな?」
「い、いえ……そうでもないんじゃないかと……」
ヘルメスさんは地図でも描いているかの様に指で床をなぞり始める。
「ここに来た時に思ったんですけど、ここって妙に太陽光が入りやすい設計になってるんです……。この国のシンボルも太陽の形をしていて、多分ですけど太陽信仰が盛んな場所……」
「えっとぉ……どーゆー事?」
「創生の力も破滅の力も……どっちも莫大なエネルギーを必要とします。錬金術で作った物には不思議な力を持つ物があるんですけど……強力な力を扱うには自然のエネルギーが必要なんです」
何となくだけれど分かりかけてきた。ヘルメスさんの理論を事実とするなら、女王が使おうとしている宝玉には太陽光のエネルギーが使われてるって事になる。もしそんな力をあの虫に振るえば、退治出来るどころか力を与える事になってしまう。そしてお父さんの見つけた卵が孵化してしまったら……。
「つまり宝玉の力はあの虫達には逆効果、現状を悪化させるだけっていう事ですよね?」
ヘルメスさんが返事をしようとするとその代わりを務めようとしたかの様に隣の牢か返事が返ってきた。
「正解。その通りだとも聡明なヴィーゼ君」
声を聞き敵対的な空気を出すプーちゃんを宥め返事を返す。
「どうすればいいんでしょうか? このままじゃ大惨事になります……」
「まあそう急くなよ。言ったろ? 今は堪えるんだ」
「また僕の娘達を危険に巻き込む気か?」
「何か勘違いしてるな父君? 確かにリュシナの件に関しては私が悪い。だが今のはどうだ、うん? この件に首を突っ込んだのは私の責任か、え?」
お父さんは苛立った様子で立ち上がると鉄格子を掴み、怒気の籠った声を出す。
「もし法が許すなら君を殺したいところだよ……」
「お勧めできないな。子供の教育に悪い」
「いい加減にっ……!」
「静かにしろ」
お父さんとリチェランテさんを制止したのはレイさんだった。どうやら寝ていたところを起こされたらしく、あまり声に覇気が無かった。
「レイさん、大丈夫ですか? 今言う事じゃないかもしれませんけれど、きっと事情を話せば罪は……」
「そんな事はどうでもいいだろ。それより、俺を起こしてどうしろと言うんだ?」
「単純な話だよ海賊君。ここから脱走してから君に手伝ってもらいたい」
「脱走だと?」
「君には悪いが私はまだ死ぬ訳にはいかない。このままここに居たら、あの大馬鹿者のせいで国民諸共死ぬ羽目になる。だから脱走する。そして、君には住民の避難誘導を担当してもらいたい」
リチェランテさんの言う通りだ。あのまま女王を放っておいたら大惨事じゃ済まされない。下手をすれば国そのものが滅ぶ事になりかねない。あの人が国の事を思っているのは本当だと思うけれど、でも考え無しに行動したら、騙されたあの時の私達と同じ様になってしまう。
「ヴィーゼ、あんな奴の言う事信じるの?」
「今は状況が状況だし……本当は脱走なんていけない事だけれど、死んじゃったら元も子もないよ」
「でもさ、ここから出たとしてどうやって止めるのさ?」
「それは思いつかないけれど……でも何とかしないと……」
リチェランテさんがレイさんと話し終えてから数分後、誰かが階段を下って来る音が聞こえてきた。どうやらこの牢は地下にあるらしく、私が目を覚ました時と比べると薄っすらと暗くなっていた。
やがて足音は私達の所へと辿り着き、顔を上げてみると召使いをしていた人物が盆に乗せて食事を運んできた様だった。盆の上には人数分のシチューの入った器とパンが乗せられていた。
「お食事の時間です」
「あの!」
「はい?」
「お願いです、女王様に伝えてください! 宝玉は使わないで!」
「どこでその情報をお知りになられたのか分かりませんが、私には判断しかねます」
召使いは私の必死の懇願を受けても心一つ動かないといった様子で牢の中に食事を入れ始めた。テキパキとした無駄のない動きで行動し、あっという間に食事を配り終えてしまった。
「それでは。仕事が残っておりますので」
そう言い立ち去ろうとした召使いにリチェランテさんが声を掛ける。
「なぁ君!」
「はい?」
「悪いがスプーン貰えるかな? 確かに私達は囚人だが、最低限の人権は守られるべきじゃないか? シチューをスプーンも無しに食べるなんて、まるで家畜だろ?」
「……なるほど。確かにそうですね。少々お待ちください」
召使いは足早に立ち去り、しばらくすると人数分のスプーンを持って戻ってきた。
「気が回りませんでした。申し訳ございません」
「ああ、ありがとう。これで私も人間だな」
口では謝ってはいたものの、その声色には何の感情も感じられなかった。ただその場に適した言葉を発しているだけといった印象を受けた。頭を下げた召使いは階段を上って行き、姿を消した。
プーちゃんはお腹を空かせていたのか既にパンを口にしており、シチューにも手を付けようとしていた。しかしその行動はリチェランテさんによって止められる事となった。
「良し行ったな。じゃあ脱走しよう」
「ど、どうするつもりなんですか?」
「なぁに単純さ。あの召使いが馬鹿真面目で助かった」
そう言った直後、カチャリカチャリと金属がぶつかったり擦れたりする様な音が聞こえ始めた。何をしているのかと思い鉄格子の隙間から隣を覗き見てみると、スプーンを持ったリチェランテさんが錠前の鍵穴にそれを押し込み、動かしていた。
「君も早くやれ。今ならバレない」
「だ、大丈夫なんですか?」
「今宝玉が使われる事と比べたら大半の事が大丈夫さ」
リチェランテさんの「今は堪えろ」という言葉の意味が判明し、私は同じ様にスプーンを持ち行動に移した。お父さん達も私の側に来ると交代で鍵穴を弄り始めた。同じ牢の中で一番力が強いのは間違いなくお父さんであったが、どうやら解錠に必要なのは力ではなく繊細さやセンスだったらしく、プーちゃんに交代した瞬間あっという間に鍵は外れた。
「開いた! 開いたよヴィーゼ!」
「ありがとうプーちゃん! あっちは……」
隣の牢に視線を向けると丁度錠前が外れ、リチェランテさんとレイさんが出てきた。
「君、鍵師とかの方が向いてるんじゃないか?」
「リチェランテ、行くぞ。……せめて罪滅ぼしくらいはしてやる」
「みみ、皆さん急ぎましょう……! 卵が孵化したら何が起こるか……」
「専門家の僕にも予測がつかない。急ごう」
「うん!」
私達は急いで階段を上り、地下から抜け出す事が出来た。何故か近衛兵は一人も居らず、城の中は静まり返っていた。疑問に思いながら外に出てみると城門の前にはシーシャさんが立っており、私達に気付くと駆け寄ってきた。
「皆! 無事だったか……」
「シーシャさん!」
「あれから一旦リオナ達と別れて船に戻ったんだがヴィーゼ達が居ない事に気付いたんだ。それで城かと思って来てみたんだが、何故か門前払いを受けてしまってな……」
「シーシャさん、その事なんですけれど……」
私が捕まっていた事情を話そうとしたその時、ヘルメスさんが驚いた様な声を上げる。ヘルメスさんに顔を向けると、彼女は私達が登ってきた山の方へと指を差した。
「何、あれ……」
「二人共見ておけ。あれが私が命に代えてでも破壊したいと思っている、真の錬金術の力だ」
リチェランテさんの言葉が指しているのは間違いなく、山から伸びている天を突く様な光の柱だった。その光はまるで黄昏時の様に橙色をしており、その柱の様な光は少しずつ細くなっていき、そして最後には日が落ちている時間帯とは思えない様な光を放った。
「そ、そんな……」
「ヘルメス姉どうしたの?」
「使っちゃったんだ……太陽の力を……」
あれが太陽の力……ここからじゃどんな威力があるのかはよく分からないけれど、とんでもない力なのは今のでも十分理解出来た。そしてその力があの虫達に使われてしまったのだとすれば……。
夜道を歩いていた住民達はまるで見世物でも見ているかの様に呑気に山の方を観察していた。恐らく彼らにとっては太陽の力は祝福すべきものであり、自分達の身を脅かす存在だとは露程も思っていないのだろう。
しかし、そんな呑気な考えは一瞬で覆される事となった。爆発する様な音が鳴り響いたかと思うと、洞窟があったと思しき場所から巨大な人型の存在が現れた。その大きさはこの場所から見てもはっきりと見える程であり、更にその頭部は人のものではなく、巨大な蝿の様な見た目をしていた。
「……レイ」
「分かった。言う事を聞いてくれればいいが……」
レイさんはもしもの事態に備えるべく街の中へと走り出した。残された私達は少しでも早く被害を食い止めるために山へと駆け出した。光は何度か同じ様にその巨人に攻撃をしていたものの、蝿の巨人はその光による行動をものともせずに街の方へと歩き出した。
「ヴィーゼ、どうなってるんだこれは……」
「えっと……」
私は何が起きているのか、何故こうなっているのかをシーシャさんに説明した。恐らくあの光による攻撃は巨人には効いておらず、逆効果になっている様に思えた。やがて攻撃は停止され、街を守る様に薄い青色をした光が街を包み込んだ。恐らくは防護壁の様な力を持っているものと思われたが、あの巨人相手にこれがどれだけ通用するのかは分からなかった。
「……そういう事か。それなら彼女を止めないとな」
「はい。まずは山に入らないと……」
私は何とか巨人を止め、宝玉の力を使わせない様にする方法を考えながら、残ったメンバーで山へと駆けていった。




