第82話:王族騎士団 リオナとリオラ
活気に満ちた通りを抜けていくと、やがて私達の前には王城が見えてきた。裏手には山があり、この城を攻めるには海の方から入って来なければならないという構成であり、重要な建物を建てるには適している地形だった。城の周りには掘りが作ってあり、城へと入るには跳ね橋を通らなければならないらしかった。
私達は周囲の人々からの珍しい物でも見るかの様な視線を受けながら橋を渡り、王城の中へと入って行った。
「凄いな……」
「ええ。……綺麗ですね」
守衛と思しき人物から案内されて中に入ると、私だけでなくプーちゃんもシーシャさんも城の内装に目を奪われた。見た事も無い程の広さの広間が目前に広がっており、本来なら窓ガラスが嵌めてあるであろう場所にはステンドグラスが嵌められており、そこには太陽を模していると思われるデザインが施されていた。そしてそこからは太陽の光が様々な光となって室内へと差し込み、美しい色彩を放っていた。
「では、こちらでお待ちください」
「はい」
お父さんは王城内に居るにも関わらず、慣れているのか落ち着いた様子を保っており、キョロキョロしている私達とは正反対だった。
「お父さんやっぱり慣れてるね」
「まあ、これでも国からの命令で動いてる訳だしね」
「私はこういう所は初めてだが、どこもこんなものなのか? ここはどうも……目に良くないな……」
「いえ、僕らの住んでる国ではこんな感じじゃありませんよシーシャさん」
見た感じだと、ここの国は太陽を信仰してるみたいだし、信仰を示すためにこういうデザインになってるのかな? 私も綺麗だとは思うけれど、正直あんまり長居はしたくないかも……。
数分待ってると先程の守衛の人が戻り、私達を謁見の間へと案内した。今までこういった場所へは来たことが無かった私は自然と身嗜みを整え、プーちゃんの服装も少し正した。
謁見の間は先程の広間と同様にステンドグラスが飾られており、部屋の中央には王様が座る物である玉座が設置されていた。そしてそこには一人の女性が座っており、その華美な服や宝冠からして一目でこの人がこの国の王なのだと分かった。その両隣には守衛が八人程並んでおり、いつでも万全の体制を整えている様だった。
「いらっしゃいませ、旅のお方。私はこの国を治めております、レーメイ・トワイライトと申します」
「お初にお目に掛かります。私はヴァッサ・ヴュステ。ヘルムート王国より派遣されている生物学者です」
「あなたが例の……」
女王は立ち上がるとこちらへとゆっくり歩き始めた。それに釣られる様に守衛達も動き始め、私達はあっという間に武器を持った人達に囲まれてしまった。
女王は美しいブロンドの髪をしており、太陽の光が当たるとより美しく光っていた。顔立ちは穏やかなものであり、威厳はありつつも恐ろしいという感情は湧かない人だった。
「そちらのお嬢さんは?」
「こちらは私の娘のヴィーゼとプレリエです」
「ど、どうも……」
「えっと、こんにちは……?」
「私はシーシャ。故あって行動を共にしている狩人だ」
シーシャさんが話し終えるのと共にその喉元に槍が突きつけられた。恐らく敬語という感覚が無い彼女の態度を無礼だと思われたのだろう。しかし、女王はすぐにその守衛を手で制し、武器を下ろさせた。
「部下がご無礼を。そちらの方は?」
「えっ!? ああ、あ、え、えっと……ヘルメスです。ヘルメス・アルケミー……私はその、個人的なお願いがあって参りました」
「なるほど……では、後程伺いましょう。そちらはリオンさん……で合っていますよね?」
「はい! シップジャーニー防衛部隊隊長、リオン! 副官であるレレイ・マールシュトロームの命により参りました!」
「お話はレレイさんより伺っております。……さて、それでは早速なのですが、ヴァッサさん……この国の王として、一つお願いしても宜しいですか?」
「はい。何なりと……」
女王は落ち着いた様子で、しかしどこか焦燥した雰囲気で話し始めた。
「この国は、遥か昔の我が一族によって作られ、発展して参りました。それもこれも国民達の尽力あってこそです。ですが、ここ最近……少し問題が発生しておりまして……」
「問題とは?」
「虫です」
「虫?」
「はい。時折、小さな虫が大量に発生しているのです」
お父さんは自らの顎を触り始める。
「……今までにそういった事例は?」
「ありませんでした。ただの虫ならばそこまで問題では無いのですが……」
「普通の虫では無いと?」
「はい。その虫達は週に一度、この王城の真上で集合して太陽光を塞いでしまうのです」
虫が集まって太陽光を塞ぐ? 確かに数さえ揃っていればそういった事も出来るかもしれない。でも、どうして太陽光を遮られる事をそんなに問題みたいに言ってるんだろう? いつもな訳じゃないみたいだし、畑を荒らされるとかでも無いみたい……。ただの見栄えの問題……?
「そうなった場合どうなるのですか?」
「……この国では太陽信仰が行われています。既にご覧になっているかと思いますが、ステンドグラスも宗教的な意味合いを込めて作られているのです。この国の象徴たる城がそうなっては困るのです」
「……では、その虫達を駆除あるいはどこかに追い払って欲しいという事ですね?」
「はい。お願いします」
「分かりました。引き受けましょう」
お父さんが依頼を引き受ける事を了承すると私達はすぐに守衛によって王城の外へと連れ出された。ヘルメスさんは鏡に関する事を尋ねようとしていたものの、気の弱い彼女にとってあの場はあまりにも怖い場所だったのか、結局何も聞けずに揃って連れ出された。
「お父さんどうするの?」
「僕の専門分野だからね……何とか調査してみるけど、うーん……」
「あの、どうかされたのですか?」
「リオンさん、あなたは虫に詳しいですか?」
「自分ですか? いえ、海ではあまり見かけないものでして。魚ならある程度分かりますが」
「ですよね」
どうやらお父さんは女王から聞いた虫の行動について疑問に思っている様だった。実際太陽からの光を遮る様に集まるというのは私自身も見た事も聞いた事も無い行動だった。
「シーシャさん、どうですか?」
「私も覚えが無いな。色んな生物を今まで見てきたが、そんな生態を持つ虫は見た事が無い」
「やはりそうですよね……」
考え込んでいるお父さんを邪魔しない様にプーちゃんが私に耳打ちする。
「ねぇヴィーゼ」
「何?」
「ヴィーゼはどう思う? 何でそんな変な動きするのかな?」
「私も分からないよ。意味の無い行動では無いと思うんだけれど……」
全ての生き物の行動には意味がある。私が読んだ本にはそんな事が書いてあった。例えば蜜蜂は蜜のある場所などを見つけると、仲間の蜂に知らせるために八の字を描く様に飛ぶとされている。その理論でいくなら、件の虫のその行動にも意味がある筈なんだけれど……。
「私としては繁殖行動あるいは何らかの仲間への合図だと考えている。虫は単純な生き物だ。それ故に行動は簡略化されている。意味の無い行動ではない筈だ」
「……そうですね。ここで考えていても仕方ない。行きましょう」
「お父さん、どこ行くの?」
「まずは裏の山の辺りを散策しよう。怪しいのはまずはそこだよ」
お父さんが足早に歩き出すとリオンさんが呼び止めた。
「ヴァッサさん!」
「はい?」
「自分はどうしましょうか? 同行しましょうか?」
「いえ、レレイさんに報告をお願いします。虫の事も念のためお願いします」
「かしこまりました! では戻ります! 何かあったらお呼びください!」
そう言うとリオンさんは港の方へと走り出し、あっという間に人混みの中へと消えていった。それを見送った私達は王城の裏手の方にある山へと行くために街の人々へと聞き込みを始めた。
話によると国全体を囲っている城壁にある門から外へと出る事が出来、そこからなら山へと向かう事が出来るとの事だった。それを聞いた私達は城門へと向かい歩き始めた。
「あのヘルメスさん、大丈夫ですか?」
「えっ? あ、はい……大丈夫ですよ?」
「ホントに? ヘル姉元気無いよ?」
「す、少し気になる事があっただけです」
「気になる事?」
「え、ええ。あそこに入った時……何か感じたんです。鏡に感じる様な変な感覚が……」
「……えっと、どういう意味です?」
「……あそこには、錬金術を使った何かがあります。それもひ、一つだけじゃない。す、少なくとも二つはあります……」
ヘルメスさんの感覚が正しいとするならあそこには鏡以外にも錬金術で作られた道具があるって事になる。もちろん錬金術を使える人があそこに居て、その人が何かを作っただけなのかもしれない。でももし、女王が何かを隠してるとしたら? 虫を厄介に思ってるのも太陽信仰だけが理由じゃないんじゃ……。
私がヘルメスさんに更に質問をしようとした所で丁度門へと到着した。門番の人に事情を説明すると女王から許可が出ているらしく、自由に出入りしても良いらしかった。快く外へと出た私達を迎えたのは不思議な人物達だった。
「貴方達? 調査員っていうのは?」
「そりゃそうでしょ? どう見ても知らない顔じゃん? 知ってる顔なら私が覚えてるってハナシ」
「……リオン、さん?」
「……え?」
そこに立っていた人物の内一人はリオンさんに瓜二つの顔をしている女性だった。白銀の髪色も顔立ちも身長も全てがリオンさんそっくりであり、そしてもちろんお母さんそっくりでもあった。軽装の鎧の様な物を着ており、太陽の様な紋章が装飾されている事から女王の下に仕えている人物なのだと感じた。
私だけでなく、この場に居る全員が驚きのあまり言葉を失っており、何を言えばいいのか混乱してしまっていた。
リオンさんによく似た女性の隣に居る女性は顔の右半分を隠す様に包帯を巻きつけており、足が悪いのか杖の様な物をついていた。そして彼女のその顔立ちもまた間違いなく、リオンさんと同じものだった。
「あ~、大丈夫? 何かポヤッとしてるケド」
「……あんたは黙ってなさい」
そう言うと包帯を付けていない方の彼女がこちらに近寄り、私の前で姿勢を下げ目線を合わせた。
「……リオンって言ったの?」
「は、はい。あの、え……ど、どうして……」
「…………三つ子よ」
「え?」
「三つ子。昔まあ……色々あってね。生き別れたのよ」
「じゃ、じゃあ姉妹っていう事ですか?」
「ええ、そうね。私は長女。名前は……そうね、リオナとでも呼んで頂戴」
そんな事ってあるの……? 一人くらいなら他人の空似って事も分かるけれど、こんな三人もお母さんに似てる人が居るなんて……。
「でまぁ、あっちが末っ子のリオラね」
リオナさんが後ろを振り返ると、リオラと呼ばれた包帯の女性は杖をつきながら近寄ってきた。
「やっ! どもども、ヨロシク。まあビックリする気持ちは分かるよ。私達って昔からよく驚かれるからね、うんうん」
「それで、そちらの名前は? 女王から協力する様に言われてる訳だけど」
「あ、ああそうですね。僕はヴァッサ・ヴュステ。こっちは娘のヴィーゼとプレリエ」
「ふぅ~ん……」
リオラさんはじーっと私達二人を見つめてきた。プーちゃんは嫌な感じがしたのか私の袖を摘まんだ。それを見てかリオラさんはふっと顔を逸らした。
「そちらは?」
「あ、ああ。私はシーシャだ。ちょっと訳があってな。一緒に行動してる」
「そっちは?」
「わ、私はヘルメスです。ヘルメス・アルケミー……」
「ヘルメス……」
またしてもリオラさんはじーっと見つめ始め、目のやり場に困ったのかヘルメスさんは俯いてしまった。
「リオラやめなさい。その癖治しなさいよいい加減……」
「ごめんごめん。ほら私ってさ、子供好きだし? 仕方ないってハナシ」
「まったく……。まあもう名前は言ってるし、また言うのもなんだけど、一応礼儀として自己紹介しとくわね」
リオナさんは姿勢を正し、ピシャリと背筋を伸ばした。
「私はレーメイ女王に仕える王族騎士団団長、リオナ」
「んっと、私は副団長のリオラね。まあさっき教えちゃったケド」
砕けた態度のリオラさんはリオナさんに小突かれていた。性格や言動は全く異なっているものの、その姿はリオンさんと同一のものであり、もし言動まで寄せられたら見分けが付きそうになかった。
「よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。それで女王からの話は聞いてるわよね? 妙な虫が出てるってやつよ」
「ええ、お話は伺っています」
「私達も困ってんだよね~。ほら私達ってさ、武器とか使う戦闘が主流じゃない? こう魔法でドカーンとか専門外だしサ~。もうホント困ってるってハナシ!」
シーシャさんは王城の方へと目を向ける。
「一つ尋ねるが、煙は使ったか? 虫は基本的に煙を怖がる。まあほとんどの動物がそうだが……」
「一応試してはいるわ。ただ、特に煙を避ける様子も無いのよ。いつも通り集まってくる」
「煙を嫌わないのか? 妙だな……」
「ええ。だからこそ、ヴァッサさんに頼ってるのよ。生物学者なら何か知ってるかと思ってね」
「……申し訳ないけど、今の僕には分かりません。こんなのは前例が無いもので……」
「まあそうでしょうね。だからこそ、私達が駆り出されたんでしょうし」
煙を嫌わない生き物って居るのかな? どの生き物も呼吸をしないといけない訳だし、そう考えると煙を嫌わないとおかしい筈なのに。どういう生態なら煙を嫌わないんだろう?
「えっとさ、リオナ姉達はどう思ってるの? その虫の事」
「ただの新種……っていうのは都合が良過ぎよね?」
「どっかの悪~い奴がコントロールしてるとか!?」
「リオラ、ふざける場面じゃないのよ」
「大真面目だって! 真面目なハナシさ、そうでもなきゃおかしいでしょ? 何で王城だけ狙う訳? 何で他の国じゃ確認されてないの? 何で最近になって急に? 誰かが意図的にやってなきゃおかしいってハナシでしょ?」
リオラさんの言う通りだ。お父さんが探している未知の生物の可能性もあるけれど、その未知の生物がもし、あの遺跡に行く時に出会った……狼だったかな? あれと同じ様な存在だとしたら? 錬金術が関わっている事案だとしたら? きっと錬金術に対処するには錬金術が必要になる筈だ。
「はぁ……まあとにかく今は何も分からないって事よ」
「なるほど。……では調査してみましょうか」
「ええ、お願いするわ。私達もいい加減虫の相手とか勘弁して欲しいしね」
「んじゃ行こっか。はいはいそんじゃあ私に付いてきてね~? 道案内は任せろってハナシ!」
とても杖をついているとは思えない様な軽やかな動きでリオラさんは山の方へと進み始めた。私達はまず、虫達が住処にしている可能性が一番高いと思われる山へと入るためにリオラさんの後へと続いていった。




