第81話:太陽の国
夢の中で石を無力化した私達はしばらく眠っていたらしく、目を覚ました時には既に日を跨いでいた。食事を摂るためにシーシャさんも呼んで食堂に集まり、疲れていた体に栄養を補給している最中、ヘルメスさんの姿が目に入った。
元々あの鏡を手に入れる為にこの船に侵入し、リオンさんを攻撃したという負い目があってか、特に何かを食べる様子も無く、隅の方で縮こまる様にして座っていた。しかし、私達が来ているという事に気が付くと、挙動不審に辺りを見回しながらこちらに近付いてきた。
「あ、えっと……おはようございます」
「おはようございます。ヘルメスさん、その……食べないんですか?」
「そ、そういう気分じゃないんで……」
ヘルメスさんはお父さんの顔色を窺っている様だった。お父さんの中ではまだ完全にはヘルメスさんを信じられていないのだから当然の反応だった。
「……僕が居たら話せない事かな?」
「えっと……その……」
「……ヘルメスさん、前にも言ったけど、僕はまだあなたを完全には信じられてはいない。だけど信じようと努力はするつもりだ。だから言いたい事があるなら言って欲しい」
「じゃ、じゃあ……」
ヘルメスさんは慎重に言葉を選ぶ様にして喋り出した。その内容はあの鏡についての事だった。彼女曰く、最後の一つは前に話に揚がっていたトワイライト王国という場所にあるらしかった。かなり繁栄している国らしく、ヘルムート王国から出た事が無い私達でも少しは聞いた事がある国だった。そしてヴォーゲさんに頭を下げ、そこまで行ってもらえる様に頼み込んだのだという事だった。
「……よくヴォーゲさん許してくれましたね」
「い、一応……交易とかのお仕事で行くらしいです。私に何があっても助けないし、自己責任って……」
「まあ、そうだろうな。彼は善人ではあるがお人好しじゃない。この船団を纏める船長としての責任がある訳だから当然だろう」
「でもヘル姉どうするの? 鏡がどこにあるかも分かんないでしょ?」
「それなんですけど……」
そう言うとヘルメスさんはテーブルの空いたスペースに一枚の地図を開いた。どうやらそれはトワイライト王国の地図らしかった。観光業も盛んな国という事もあって、外部の人に向けた案内地図の様な物を配布しているらしく、地図の上部には『ようこそトワイライト王国へ!』という文が書かれていた。
「この国には色んな国宝があるみたいなんです。そ、それでそういった品は全部、管理されてるみたいなんです」
「それはそうでしょうね。僕らが住んでいた国でもそうなってる筈だ」
「ヘル姉、あの鏡がどんな力を持ってるか知ってる人って多いの?」
「お、多くは無いと思うんですけど、でもあの地図には確かにこの国に印が付けられていました。だ、だからここにあるのは確かですし、気付いてる人が居る筈です、この国にも……」
確かにあそこで拾った地図にはこの国を示す様な印が付けられていた。実際二つはその印通りの場所にあった。でも……いったい誰が何のためにあの地図を作ったんだろう? 元々あの鏡の使い方を知っていた人が、何かの理由で鏡をバラバラな場所に隠さなければいけなかった? もしそうだとしたら誰が、何のために?
「ヘルメス、君の言いたい事は分かった。だが一筋縄じゃいかないぞ。今までのは海賊が根城にしていた島、そして無人になった島だったから手に入れられた。だが今回は現状栄えている国なんだろう?」
「い、一応お願いをしてみます。た、多分きちんとお話すれば分かってもらえる筈なので……」
「そんな上手く行くかなー?」
私にもとても上手く行くとは思えなかった。そもそも管理されているのが本当だとしたら、お願いされた程度で渡してもらえる筈が無い。知らぬ存ぜぬといった態度を取られる可能性の方が高い。
「それで? 君は何が言いたいんだい? まさかこの子達に協力しろとでも?」
「え、えっと……その、もしもの時は協力して欲しいです、はい……」
「あの、もしもの時っていうのは?」
「あの国は不思議な物を沢山集めてるみたいで……も、もしかしたら錬金術が関わってる物もあるかもしれなくて……」
もし錬金術が悪用されている様だったら協力して欲しいって事か……。水の精霊との約束のためにも協力はするべきだろうけれど、慎重に行かないと……。今回は王国にある物を回収しに行く訳だし、なるべく穏便に済ませないと、大変な事になるかもしれない……。
「ヴィーゼ、プレリエ、僕と約束して欲しい。まず自分達の命を優先する事。次に危なくなったらすぐに逃げる事。いいね?」
「うん。多分大丈夫だと思うけれど、気を付けるよ」
「ん! あたしも気を付けるね!」
お父さんはあくまで私達の命を優先する様に言ってくれた。お母さんが居ない今、お父さんにとって残された家族は私達だけなのだから当然だろう。でも私は困っているヘルメスさんを放って逃げるという考え方はしたくなかった。もちろんリチェランテさんに騙されてあんな事をしてしまったのは事実だけれど、この人は疑いたくなかった。自分でも上手く理由は説明出来ないが、何故かこの人には奇妙な繋がりの様なものを感じていたからである。
数日経ち、私達はトワイライト王国へと到着していた。今まで訪ねたどの場所よりも大きな場所であり、私達の故郷であるヘルムート王国よりも遥かに大きな国の様に思えた。港だけでなく市街も常に活気に満ちており、建物も大きな物が目立っていた。特に王城に関しては一際目を引くものだった。港から見てもはっきりとどこにあるのか分かる程大きく、意匠も凝った物が施されていた。更に王城の天辺には太陽を模した装飾が付けられており、似たデザインの紋様が街中でも見られる事から、この国が太陽信仰を行っている国なのだと感じられた。
「おっきい所だね~!」
「うん。こんなに大きいの初めてかも……」
「き、きっとここに……」
私達が街に驚いていると船から防衛部隊の人達に連れられてリチェランテさんとレイさんが出てきた。リチェランテさんは元々国際指名手配をされていたとレレイさんから聞かされていたので、ここで突き出されるのも納得だった。
「やあ二人共、久し振り?」
「リチェランテさん……」
「どうやらこの馬鹿共はここで私を裁判に掛けるつもりらしい。私の目的の意味も理解せずにな」
「確か……錬金術を無暗に使っている人達を止めるため、ですよね?」
リチェランテさんは感心した様な声を上げる。
「覚えていたか。君の娘は聡明な様だな学者先生?」
お父さんはリチェランテさんを睨みながら私達二人を守る様に側に寄せた。
「君達も同じだろう? 悪用されている錬金術を食い止める。私とやってる事は同じじゃないか? それなのにこの扱いの差はあんまりだと思わないか、なぁ?」
リチェランテさんは後ろを歩かされていたレイさんへと振り返り声を掛けた。レイさんは閉じていた目を開けると静かに答えた。
「……さぁな。あんたはテロリストなんだろ? だからじゃないか?」
「物事はもっと色んな面で見るべきだろう? 錬金術を悪用する人間に慈悲などいるか?」
「どうでもいいだろ……俺もあんたも死刑は免れない……」
「いいや良くないな。臭い物には蓋をすればいいと思ってないか? 無意味だぞ? いつかは溢れ出る。その時に片付けるのはいったい誰だ? うん?」
「黙ってくれ……喋りたくない……」
レイさんはそれ以上は口をつぐみ、リチェランテさんが何を言おうが返事を返さず、ただただ黙って目を閉じているだけだった。お姉さんを亡くし、信じていた人からも裏切られたレイさんにとっては自分が死刑なる事も最早どうでもいい事なのかもしれない。
「ほら行け! 立ち止まるな!」
「愚か極まりないな君達は。まあいいさ、私の意思はそこの新入り君が継いでくれるだろう」
そう言うとリチェランテさんはレイさんと共に街中へと連れられて行った。突然去り際に話し掛けられたヘルメスさんは動揺している様子だった。
「わ、私は……」
「ヘルメスさん、気にし過ぎないでください。やり方の問題だと思うんです……。やり方を間違えなければきっと……」
「そ、そうだよヘル姉! あいつすっごい悪い奴だもん! ヘル姉は違うでしょ?」
「……」
ヘルメスさんは何も答えを返さなかった。しかしそれ以上は私達も問い掛ける事は出来なかった。ヘルメスさんの事を思って言えなかったというよりも、私達自身も一つ間違えれば彼の様な存在になり得るという事実があったからこそ、言えなかった。
「それで、君はどうするつもりなんだい?」
「ヘルメス、私も詳しい訳じゃないが、国王というのはそんなに簡単に会える存在ではないのだろう?」
「えっ? あ、えと……そうですね」
「どうするんですか?」
ヘルメスさんはそこまで考えていなかったのか、うんうんと唸り始めた。完全に部外者である私達がそう簡単に国王に謁見出来る筈が無く、申請しようにもどこでそれが出来るのかも分からなかった。この完全にアウェイな状況で迂闊な行動を取る訳にもいかず、完全に途方に暮れる事になった。
どうしたものかと考えていると、積み荷を降ろしている船員達に指示を出していたレレイさんが声を掛けてきた。
「ちょっといいかしら?」
「あ、どうしたんですか?」
「リチェランテさんの事でね。捕まえたのは誰なのかって聞かれたのよ」
「えっと、リオンさんですよね?」
「まあ、その……」
レレイさんは積み荷の荷下ろしを手伝っているリオンさんを一瞥する。
「あの子を向かわせるのはちょっと困るのよね」
「どういう事?」
「ほら、あの子……ちょっと学が無いじゃない? 一応私が少しずつ教えてはいるんだけど、流石に相手が王様となると、ねぇ……」
何となく言いたい事が分かった。確かにリオンさんはいい人ではあるが、やや一般常識に欠けている様な印象がある。リオンさんなりに礼儀正しく振舞っているつもりでも、相手からすれば無礼に感じるという事があるかもしれない。
「……んーと、つまりあたし達が代わりに行けばいいって事?」
「代わりというよりも付いていってあげて欲しいのよ。二人もヴァッサさんも王国生まれでしょ?」
「ええ、それはそうですが……僕はただの学者ですよ?」
「勿論それは分かってます。ただ、その件に関してもちょっと識者の話が聞きたいそうで……」
お父さんの知識が必要とされてる? という事は、この国でも未知の生物が発見されたって事になる。もしかしたらリオンさん云々は建前で、一番必要としているのはお父さんの方なのかもしれない。
「……分かりました。僕の力が必要なら」
「あ、あの私……」
「ヘルメスさん、だったわよね?」
「は、はい!」
「付いて行ってもいいけど、無礼は無い様にね?」
「あ、ありがとうございます……!」
レレイさんはリオンさんに声を掛けると先程私達に話した内容を伝え、一緒に王城へ出向く様に指示を出した。リオンさんは元気良く返事を返すと私達と共に王城を目指して歩き出した。リオンさんに怯えて距離を取ろうとしていたヘルメスさんはシーシャさんに近付きすぎて少し面倒くさがられていたが、人通りが多い都合上、文句は言われる事は無かった。
こっちの都合に掛け合ってくれるかは分からないけれど、巡ってきたチャンスを逃す訳にはいかない。ここで上手くやれば、鏡を譲ってもらえるかもしれない。私達はリチェランテさんみたいなやり方をする訳にはいかない。穏便に、皆が平和になれる様な方法を見付けないと……。
王城へ向かう私達の体を眩い太陽が焼く様に照らしていた。




