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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第9章:真理を求む者
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第80話:白に染まれば……

 巨大船へと戻った私達は船員の人達の助けを借りながら乗船すると、鏡をその人達へと任せて甲板に居るヴォーゲさんの下へと向かった。

 甲板に着くと船員の人達の視線が一斉にこちらを向いた。その視線は私達というよりもヘルメスさんへと向けられているものの様だった。中には即座に対応出来る様にするためか、武器に手を掛けている人も居り、少しでもヘルメスさんが怪しい行動を取れば、すぐに騒動が起こりそうだった。


「ヴォーゲさん、ただいま戻りました」

「お話に揚がっていた鏡……見付けた様ですね」

「ええ」


 ヴォーゲさんはお父さんと会話しつつも、その視線はヘルメスさんへと向けられていた。彼にとっては部下であるリオンさんに危害を加えた人物であるため、仕方がないと言えば仕方がなかった。


「……それで、そちらの……ヘルメス、だったかな? 詳しい事情を話してもらおうか?」

「ぅ……え、えと……」

「ヘルメスさん、お願いします。私も詳しく教えて欲しいです」


 ヘルメスさんは数秒程もごもごと口籠っていたが、やがて決心したのか唾を呑み込み話し始めた。


「あの、鏡はですね……む、昔錬金術で作られた兵器の類なんです」

「兵器、ですか?」

「はい……全部で三つ、全て揃って初めて起動する物です」


 今までに見てきた道具の事を考えると、あの鏡が兵器であるという話は間違いとも言い切れなかった。あの島で見た虹色の石も、未来を変える杖も、そして私達が作った狭間の絵筆も……全てが武器としての形を成していなかったにも関わらず、大きな脅威となった。

 レレイさんが髪を触りながら口を開く。


「その証拠はあるの? 貴方はあの鏡を盗むためにここに侵入し、リオンに攻撃を仕掛けた。それだけじゃ今一信じられないわね」

「み、三つ揃わないと証明は出来ないです、はい……」

「……嘘は無いのね?」

「うっ嘘なんかつかないです!」


 レレイさんは隣に居るリオンさんに何やら耳打ちした後、二人でヘルメスをじっと凝視していた。ヘルメスさんは怯えた様子で反応を窺っていたが、やがて二人は溜息をついた。


「嘘じゃない、みたいね」

「え、えっ?」

「貴方のその顔……さっきはよく見えなかったけど、本当に悪意を持ってない顔よ。職業柄色んな人間見てるけど、貴方……びっくりする位綺麗な目ね……」

「ヴォーゲ、私もレレイに同意します! 恐らく彼女は大丈夫かと」


 レレイさんとリオンさんまでシーシャさんと同じ様な事を言った事に驚きだった。確かに彼女からは悪意といったものは一切感じ取れず、そんな事を出来る人間だとは思えなかったが、ここまで意見が一致する事があるのかと感心した。

 三人共戦い慣れしてる様な人達だし、そういう人達からすれば目を見ただけで分かるものなのかな?


「……分かった、二人を信じる。それでヘルメスさん……貴方はその兵器を見つけてどうするんです?」

「壊すか、封印するか……と、とにかく二度と使えない様にするつもりです、はい」

「……ヴィーゼさん」

「えっ? はい?」

「貴方が見つけたという地図……最後の場所はどこですか?」


 私はヴォーゲさんの問いに答える為に地図を開き、プーちゃんと共に確認した。一つは三日月島、一つはさっきまで居た島、そして三つ目は……。


「えっとね、トワイライト王国だって」

「みたいです。ここから東の方、ですよね?」

「あそこか……」


 ヴォーゲさんは羅針盤を取り出すと方角と風向きを確認し出した。風は西向きの風であり、東に進むにはやや困難な風向きだった。どうやらヴォーゲさんもそう感じたらしく、ハンドサインで指示を出すと舵を握った。


「行くのは不可能な場所ではありません。ただ風向きが悪い。一旦どこかで停泊して頃合いを見るべきです」

「ぁ、あの……み、皆さんのペースで大丈夫ですので、はい……」

「それでは、後はこちらにお任せを。……リオン! 部屋を!!」

「はい!!」


 指示を受けたリオンさんは私達の下へと来ると、共に船の中へと進み始めた。私達はともかくとして、ヘルメスさんは今ここに来たばかりであり、部屋が無かったからだろう。

 船はゆらりゆらりと心地良く揺れ始め、さっきまで突風や落雷に襲われていた事が嘘の様に感じられる程安心出来た。


「あ、あの……」

「はい?」

「さ、さっきはごめんなさい……私、あなたに……」

「……別にいいです。海賊とやり合うよりかはマシでしたし、それに貴方は悪い人間ではない。それはレレイと私の総意です」

「で、でも……」


 ヘルメスさんが続けて何かを言おうとするとリオンさんは立ち止まり、すぐそこにあった扉を開くと彼女の腕を掴み、その前に立たせた。


「着きました。反省会は終わりです。それでは!」


 リオンさんは私達に頭を下げるとその場から足早に去って行った。普段から命のやり取りをしている彼女からすれば、戦った相手から謝られるといった事はそうそう無い事だからどう反応すればいいのか迷ってしまったのかもしれない。


「……さて、それじゃあ私も部屋に戻るぞ? 少し休みたい」

「シー姉怪我は大丈夫なの?」

「まあ大したものじゃない。自分で何とか出来る範疇だ。それじゃあお休み……」


 シーシャさんは疲れが溜まっていたのか、若干重心をふらつかせながら部屋の中へと入って行った。

 考えてみればシーシャさんは今までずっと私達の為に頑張ってくれてる。一応目的があるとは言っても、命を懸けてまで私達を守ってくれている。なるべくゆっくり休んでもらおう……。


「じゃあ僕達も戻ろうか」

「ん、そうだね。あたしもちょっと疲れちゃった……」

「うん。……あ、あのヘルメスさん!」


 私が声を掛けると未だに扉の前でキョトンと固まっていたヘルメスさんがビクリと反応した。どうやらリオンさんの突然の行動のせいで思考が止まっていたらしく、キョロキョロと周囲を見渡し始めた。


「ヘルメスさん?」

「ひゃいっ!?」

「うあっ!? え、えっと、取り合えず今は休んでください。色々と聞きたいお話もあるんですけれど、私もちょっと疲れちゃって……」

「あっ! そ、そうですよねすみません! 私のせいでこんな目に……!」

「そだよー? 反省してね?」

「はいっ!」


 ヘルメスさんは慣れない環境のせいか相当怯えている様で、プーちゃんが発した冗談めかした言葉にすらも怯えていた。


「わわっ冗談だってば! 別にあたしも気にしてないしさ。体が楽になったらまたお話しようね」

「そういう訳ですのでヘルメスさん。それでは……」

「……それでは」


 お父さんはまだ少し警戒をしている様子だったが、立場を考えてみれば当たり前だった。そもそもこの旅自体、私達が勝手に付いてきたのが始まりだった。これまでに色んな目に遭って、その度にギリギリな状況に追い詰められたりもした。お父さんからすれば、気が気じゃないのも当然だった。

 部屋へと入ったプーちゃんは飛び込む様にベッドへと倒れた。お父さんは自分の肩をほぐす様な動きをしながら椅子に座り、白紙に何か書き始めた。


「お父さん、何書くの?」

「彼女が言っていたあの白い花の名前……あれを書き残しておこうと思ってね。確か『マシロバナ』だったか。彼女の言い分だと、他の場所にも生えていたらしいし、ヴィーゼ達が見つけた場所の土の性質からマシロバナの生態が何か分からないかと思って……」

「えっとあの場所は確か、元々染料を使ってた場所で……」

「ヴィーゼ、いいから今は休みなさい。疲れただろう?」

「う、うん。お父さんは?」

「僕は少ししたら休むよ」


 お父さんは顔を上げる事無く返事を返した。国からの仕事をしているお父さんにとっては、あの花の名前が分かった事は大きな進展なのだろう。


「無理しないでね」

「ああ」

「お休み」

「うん、お休み。ヴィーゼ、プレリエ」


 私の体はベットに辿り着くと緊張の糸が切れたかの様にパタリと倒れた。自分でも気が付いていなかったが、どうやら相当疲れが溜まっていたらしく、すぐに全身に倦怠感が訪れた。


「ヴィーゼ……」

「んー……」


 私は微睡まどろみの中、こちらに這う様に近寄って来たプーちゃんを抱きしめた。二人で一人のベッドは狭かったが、私にとっては聞き慣れた心音が心地よく、そんな些細な事は気にならず、ゆっくりゆっくりと意識が堕ちて行った。




 ふと気が付くと私はいつの間にか周りは砂浜に寝そべっていた。波の穏やかな音が私の耳をくすぐり、穏やかな気持ちにしてくれていた。直感的にここは夢の中なのだと気が付いた。この体がふわりとしている独特の感覚は今までにも何度か体験した事があり、そのどれもが夢の中での感覚だった。

 隣を見てみるとプーちゃんが口をだらしなく開け、気持ちよさそうに眠っていた。空を見上げてみると満点の星空が広がっており、その美しい空は海へと反射して、まるで空の上に浮かんでいるかの様な感覚さえ感じられた。


「ふぅ……」


 私は砂浜に身を任せるかの様に寝ころぶとプーちゃんの方を見た。

 完全に油断し切っている顔であり、大口を開けているせいで、どことなくおバカな印象を受けた。しかし私にとってはそんな寝顔すらも愛おしくて、頬を撫でる。撫でている内に私の親指はプーちゃんに吸いつかれ離れなくなった。

 この子は甘えん坊な子だ。きっと本来なら、まだお母さんに甘えたい筈なんだ。私だって本音を言えばお母さんに会いたい。死んでるなんて思ってはいない。だけれど、あれからもう何年も経ってる……。最悪の可能性も視野に入れておかなければいけない。


「プーちゃん……大丈夫だからね。きっとお母さん、生きてるよ……それまでは私が代わりになるからね……」


 返事は帰ってこなかった。しかし幸せそうな寝顔と寝息を聞けば、それだけで大丈夫だった。


 コツン。


 小さな音だった。この静けさが無ければ簡単に聞き逃してしまいそうな小さな音。そんな音が私の頭の上の方で鳴った。


「?」


 何事だろうかと顔を上げた瞬間、私の心臓は一瞬止まった。そして再び動き始めた時には、先程の安心感が嘘の様に無くなり、凄まじい動悸へと変わった。

 そこにあったのは、あの石だった。お父さんの手によって漂白され、完全に無力化した筈の石だった。真っ白に染まったあの石がそこに転がっていた。ただ何も言わず、動きもせず、あの時の様に鎮座していた。


「プーちゃっ……!!」


 声を上げようとした瞬間、何かを喉に詰められたかの様に声が出せなくなった。無理に出そうとしても空気が掠れた様な音しか出せず、とても私の声として響いている様子は無かった。

 そんな、どうして……! あの時確かに無力化した筈……だってあの時あれ以上仕掛けて来なかった! それなのにどうしてこんな夢の中で……!

 私は危機を伝えようとプーちゃんの頬を叩いてみたものの、何も反応は無かった。強めに引っ叩いてみても、まるで昏睡しているかの様にすやすやと眠り続けていた。

 ……そうだ。これがこの石の今の力なんだ。白だって、立派な色だ。白はどこまでも純粋な色……何色にも染める事が出来る、純粋な色……。非現実的な事がよく起こる夢の中はまさに……純粋な白と言ってもいいのかもしれない……。


「っ!」


 私はその場から逃げ出そうとプーちゃんを抱き上げようとしたものの、突然砂が意思を持っているかの様に動き出し、私の足に巻き付いた。砂の粒同士は固着し合っているのか全く崩れる様子はなく、私の動きを完全に封じていた。


「んぅ……」


 心地良さそうにしていたプーちゃんの顔にも曇りが見え始め、まるで悪夢にうなされている様に苦しみ始めた。

 違う……プーちゃんは目を覚まさないんじゃない。私と同じ様に夢の中に居るんだ。私とは違う夢の世界、だからこっちからじゃ起こせないんだ……! もしかしたら、お父さんも……。

 そう考えていると、すぐそこに広がっていた海に異変が生じた。さっきまでは緩やかに押し寄せていた波が突然、何かに引っ張られるかの様に沖の方へとスーッと引いていった。

 まずい……昔何かの本で読んだ事がある。潮が大きく引いた後には必ず……!


「……っ!」


 私は寝る前に私が居た位置を思い出しながら必死に体を動かした。すると数回動かした時点で肩に痛みが走った。その場から動けていないにも関わらず、何かにぶつかったかの様な痛みだった。そしてそれは、私の考えが合っている証拠だった。

 よし! でもこの感じだと私じゃこれ以上は出来ない……後は、プーちゃんが気付いてくれるがどうかだけれど……。

 私はプーちゃんへと思いを向けながら、沖から迫りくる大津波を真っ直ぐに見据えた。

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