第75話:謎の錬金術士 ヘルメス・アルケミー
船へと戻った私達はリオンさんとシーシャさんがお父さんと共に鏡を運んでいくのを見送り、資料室へと向かった。あの時あの鏡の裏に落ちていたあの地図がどこを示しているのかを調べておく必要があったからだ。
部屋にあった海図を開き、地図に描かれている島の形と照らし合わせていくと似た形の島が見つかった。一つは今はもう人が住んでいない無人島だった。何でも疫病が発生し死者が多発したため、ほとんどの島民が他の場所へと移っていったのだという。そしてもう一つはドーンと呼ばれる大きな大陸にあるトワイライト王国という国を示していた。
「この二つっぽいね」
「うん。でもこの疫病って……」
「やっぱり入るの危ないっぽいよね?」
「いや、そうじゃなくて……」
私は本棚から見付けてきた医学書をいくつか開き、それらに目を通した。そこには様々な病気への治療法が載っており、中にはまだ解明されていないものもあった。そして歴史書にも目を通し、その違和感を確信へと変えた。
この疫病……ここでしか確認されてない。この島特有のものなのかもしれないけれど、でもそうだとしても、移住した先でもその疫病が全く発生していないっていうのは変な気がする……。大流行しないにしても、多少の感染者は出てもおかしくはない筈なのに……。
「プーちゃん、この病気変だよ。ここだけでしか確認されてないの」
「ん~? でも、その島が発祥なんでしょ? だったらおかしくはなくない?」
「そうなのかな……」
人為的に病気を拡散させる……そんな事が可能なのかどうかは分からないけれど、もしこれが人工的に起こった事なんだとしたら、そこでしか感染が確認されていない理由にもなる。ただあくまで私の憶測だし、考えすぎかな……。
「ねぇヴィーゼ、もう一個の方はどうなの?」
「あっうん。こっちの方は特に疫病とかそういう話は無いかな。ただこっちの島よりも調べるのは難しいかも。ここは大陸にある国だし、それに人も沢山居る。あんまり変な事すると怪しまれちゃうよ」
「……確かにおっきいね。多分あの鏡みたいな感じで隠されてるだろうし、探すの大変そう」
「ただ、もし事情を説明してそれで協力してもらえたら、かなり楽にはなるかも」
「協力してもらえなかったら?」
「怪しまれるかも……」
ここは後回しにした方がいいかもしれない。もしあの女の人が悪い人だったら、急がなくちゃいけないし、そうだった場合きっと人が居ない場所から優先的に狙っていくだろうし。きっと人が多い場所は時間も掛かるし後回しにする筈。
私は歴史書に目を通し、ある記述に目が留まる。それは先程地図にも描かれていたトワイライト王国だった。歴史書によるとこの国には代々伝わってきた国宝があるらしく、その国宝が持つ魔力によって国が栄えてきたのだという。
……魔力で国が栄えるなんて事があるのかな? そういったのが使えない私が決めつけられる事じゃないけれど、魔法ってそこまでの事が出来るものでは無い様な気がする。もしかしたら、この国宝っていうのも本当は錬金術が関わってるんじゃ……。
とはいえそんな偏見に過ぎない考えを口に出す訳にもいかず、私は本をそれぞれの場所に戻すと島で拾った地図を持ってプーちゃんと共に部屋を出た。するとそこにはシーシャさんが立っていた。
「あれ? シー姉どしたの?」
「すまない二人共、少し来てくれるか?」
「え? 何かあったんですか?」
「……着いてから話す」
そう言うとシーシャさんは足早に歩き出した。その後を付いていくと私達は甲板へと出た。するとそこには船員の人達によって取り囲まれている件の女性が立っていた。その表情は酷く動揺している様であり、パニックを起こしている様だった。
「あ、あの人……」
「シップジャーニーに所属してる船の一つに突然落下してきたらしくてな……」
「ら、落下……?」
「とにかく二人に話を聞いてやって欲しいんだ。一応私も聞きはしたんだが、たまに言ってる言葉の意味が分からないんだ」
「え、えっと分かりました」
私は取り囲んでいる人の中に居るお父さんと目が合い、アイコンタクトする。側には何かあった時のために防衛部隊の人達が立ってくれていた。女性は私達に気が付くと一層慌てた様子で目を泳がせ始めた。
「あの、えっと……さっき振りです」
「へっ!? ははははい! さ、さっき振りです……」
「一旦落ち着いてもらえませんか……? お話がしたいだけなんです」
「う、あ、あのあの! あのっ鏡っ……あれだけ、あれだけあればいいんで……そうしたらすぐに帰るので……」
ダメだ……ちょっと異常な位怯えてる……。怖がりな人なのかもしれないけれど、もしかしたらそれ以上に人と喋るのも苦手なのかもしれない。
「ねぇねぇお姉さん。まずは自己紹介しない?」
「えっ!? いやあの……私の名前なんか憶えてもらう程のものじゃ……」
「あのね、あたしはプレリエ。で、こっちはあたしのお姉ちゃんのヴィーゼ。あたし達双子なんだ」
プーちゃん、あの時は少し怖がってたのに今は全然違う。もしかしたらこの人と面と向かって話して怖い人じゃないって思ったのかもしれない。リチェランテさんっていう前例があるから完全な信頼は出来ないけれど、それでも私もこの人が悪人じゃないって信じたい。
「それで? お姉さんは?」
「……へ、ヘルメス」
「ヘルメス……じゃあヘル姉だね」
「あのヘルメスさん、教えてもらえませんか? あの鏡、いったいなんなんですか? どうしてそんなに欲しいんですか?」
ヘルメスさんは胸に手を当てると深呼吸をし、多少の落ち着きを取り戻したのかゆっくりと喋り出した。
「えっと……く、詳しくは言えないんだけどね……あのか、鏡は鍵みたいな力があって、それで必要なんだ、うん……」
「鍵ですか?」
「どこの鍵なのさ?」
「そっそれは言えない……! し、知っちゃダメ! わ、私に任せてお願いだから! 私が全部やりますから!」
言えないってところがどうにも引っ掛かる。いったいこの人は何を隠してるんだろう? その鏡で開かれる先には何があるんだろう?
ヴォーゲさんが口を開く。
「我々としても君の様に素性の知れない相手の条件を呑む訳にはいかない。鏡の話はうちの船員から聞いている」
「あの、本当に自分勝手なのは分かってるんです! でも、でもでも本当に言えないっていうかその……」
「しかし詳細も分からずに渡すというのは出来ない」
「う、そ、それはぁ……」
このままじゃ埒が明かない。まずはこの人と協力関係になるのが先決かもしれない。きっとこの人は本当の事を言ったら何か不都合があるから喋れないんだ。それも知った人皆が巻き込まれる様な不都合が。もし何か企みがあるなら、最初から嘘をつけばいい。それこそリチェランテさんみたいに……。
「あーえっと……それじゃあ協力しませんか?」
「協力……?」
「はい。ヘルメスさんって錬金術士なんですよね? 私達もそうなんです。きっと何か普通の人には言えない様な物があるんですよね? ほら、錬金術士同士なら喋りやすくないですか?」
ヘルメスさんは少し驚いた様な表情をしていたが、やがて唇を震わせた。目元は少し潤んでおり、その瞳は真っ直ぐに私達の方を向いていた。
「……ごめんなさい」
「えっ?」
「だ、ダメなの……お、お気持ちは嬉しいけど、でもこれは私が何とかしなくちゃいけない事なだから……」
「何がダメなのか言ってくれなきゃ分かんないよヘル姉?」
「ごめんねヴィーゼちゃん、プレリエちゃん……二人には幸せに生きてて欲しいの……」
そう言うとヘルメスさんは突然リオンさんの方へと駆け出した。気弱そうな彼女が起こすとは思えないあまりにも突然な思い切った行動に私達は一瞬怯んでしまった。とはいえ一番早く反応したのはやはりリオンさんであり、すぐさま迎え撃とうと構えた。しかしヘルメスさんはマントに隠されていた右腕を出すと走りながらリオンさんに向けた。そしてその手の平がリオンさんに触れた瞬間、バチッという音と共に稲光の様なものが走った。
「っ!?」
「ご、ごめんなさい!」
「追え! 拘束するんだ!!」
ヴォーゲさんの指示によって防衛部隊の人達は、リオンさんが落とした何かを拾ったヘルメスさんを追い始めた。リオンさんは腰が抜けた様に尻餅をついており、動けなくなっていた。
「あ、えとえとえとえとえとえとえと……確かえっとえっとえっと……」
ヘルメスさんは何やらぶつぶつと呟きながらどんどん船尾へと走っていった。しかし当然船であるため逃げられる距離には限界があり、後少しで完全に逃げ場を失うという状況だった。
「……ここっ!」
しかし突然ヘルメスさんが立ち止まり腕を掲げると、そこにはあの時見た一枚の羽根が握られており、そこから眩い光が放たれ、光が治まった時には既にヘルメスさんの姿が消えていた。どうやらリオンさんにあの道具を取られていたため、最初に攻撃を仕掛けたらしかった。
「……逃げられたか」
「リオン! 大丈夫!?」
レレイさんは動けなくなっているリオンさんへと駆け寄り、肩を貸し立ち上がった。リオンさんは足に力が入っていないらしく、完全にレレイさんにもたれている様な格好になっていた。あれだけ身体能力が優れたリオンさんがこれだけ動けなくなる攻撃がどんなものなのか想像出来なかった。
「リオン? リオン?」
「っ……っ……だ、だっ……大丈夫、ですっ……ちか、力が、はいっ入らないっ……だけですっ」
「医務室に行きましょう」
呂律が回っていない様子のリオンさんを連れてレレイさんは医務室へと向かっていった。ヴォーゲさんは船の下を覗き込み、他の船に乗っている人達へとヘルメスさんの姿を見なかったかどうか確認をとっていた。
あの人が隠している事が何なのかは分からないけれど、水の精霊との約束を守るなら錬金術で作られたであろうあの鏡を全部見付けないといけない。あの人はきっと鏡を集めるのが目的だし、破壊まではしない筈……。
私はヴォーゲさんに声を掛ける。
「あの、ヴォーゲさん」
「え? ああ、どうしたんですか?」
「えっと、鏡の事なんですけれど他にもまだあるみたいなんです。それで私、あの島でこの地図を見付けて……」
地図を渡すとヴォーゲさんはそれに目を通し、私が言いたい事を理解してくれたらしかった。
「……なるほど。トワイライト王国は商売相手でもあるし、そこは我々も協力しましょう。ただ、もう一つの方は……」
「疫病が発生したんですよね?」
「ええ……あそこは禁足地です。一部ではあの病は呪いだという声も出ているんです」
「呪いですか? そんなの本には……」
「一部の人間の間だけですよ。ただまあ、いずれにしてもあそこには行かない方がいい。私としても連れて行く事は出来ませんよ」
「そ、そうなんですか……」
「ええ。トワイライト王国には寄るのでそっちは安心してください」
「ありがとうございます……」
私は地図を受け取りとぼとぼと踵を返した。お父さんやプーちゃん、そしてシーシャさんも私の様子を見て心配している様だった。
無人島の方は行けないかもしれない。どうしても行くなら何か別の方法を考えないと。例えばヘルメスさんが使ってたあの道具、あれが作れれば上手くその島に行けるかもしれない。ただ作れるかは分からないし、それに使い方も定かじゃない。ヘルメスさんが船の上に落ちてきたっていう話が本当なら、使いこなせなかった場合、大変な事になってしまう。
「ヴィーゼ? 大丈夫かい?」
「う、うん。大丈夫だよお父さん」
「ヴィーゼ?」
「プーちゃん、大丈夫だよ。ほら部屋に戻ろう?」
私はこれからどういう風にするべきかと考えを巡らせつつ、部屋へと戻って行った。




