第74話:亜空を駆ける錬金術士
戦いを終え、私達が休息を迎えている間にシップジャーニーからは連絡用の小舟が近隣の港へと出向き、そこで避難していたシップジャーニーの民達を呼び寄せていた。海賊達の脅威が無くなった今、この海で恐れるべきは座礁くらいのものだった。
一隻また一隻と船が集まり始め、被害の確認を行っている間にお父さんと私達は三日月島へと上陸していた。まだ海賊の残党が残っている可能性もあるという事でリオンさんが護衛として駆り出された。シーシャさんも付いてきてはくれていたが、本来なら狩りを生業としている彼女と比べると、やはり対人戦はリオンさんの方が優れているから護衛に当てられたのだろう。
「お父さん、この島に何かあるの?」
「何か確証があるって訳じゃ無いんだ。ただ念のために調べておく必要もあるかと思ってね。彼らがああいった道具を使っていたという事を考えると、何か影響が出ている可能性だってある」
確かにあの杖は未来を自由に改変出来る力があるらしかった。その杖の力を使えば生態系に大きな影響を与える事も可能かもしれない。ただ、それをやったとしてどんな目的があるのかは分からないけれど……。
三日月島の端から上陸した私達は海賊の隠れ家を探しながら砂浜を歩き始めた。この島はその面積のほとんどが岩山になっており、ほとんど植物が生えていなかった。あったとしても精々岩にこびり付いた藻くらいのものだった。
湾曲した砂浜を歩き続けた私達はやがて島の真ん中辺りで洞窟を発見した。洞窟の内壁には松明が掛けられており、薄暗い洞窟内を明るく照らしていた。中へと入ってみると机や椅子、食糧や武器類の入った箱がそこら中に置かれており、彼らがこの場所を生活の拠点としていた事は間違いがなさそうだった。
「ここに住んでいたのは確かな様ですね」
「そうですねリオンさん。でも、うーん……」
「どしたのヴィーゼ?」
「いや……あの人達、海賊だったんだよね? それなのに、どこにもそういう盗品みたいなのが無いなって……」
「確かにそうだね……ふむ……」
お父さんは怪訝そうな顔をして一人で歩き始めた。私達はその後を続く様に歩き出し、結果全ての部屋を周ったものの、どこにも盗品の類は見当たらなかった。
「ヴィーゼの言う通り妙だ。少しくらいは見つかる筈だろう?」
「えぇシーシャ、海賊とはいえ彼らも人間です。貯えを一切持っていないというのは考えられません」
やっぱりシーシャさんもリオンさんもおかしいと思ってるみたいだ。あれだけ計算高く行動してた人達が貯えを一つも持ってないなんて違和感がある。隠す様な場所はどこにも無い筈だけれど……。
そう考えていたその時、お父さんの声が響く。
「ちょっとこっちに来てくれるかな?」
「どうしたの?」
「これを見て欲しい」
そう言ってお父さんが指を差した方を見てみると、食糧が入った木箱が積み上げられていた場所の壁に何かが付いていた。縦に窪みが入っており、そこには丁度手で掴める程の横向きの棒が出ていた。
「この箱、ここだけ何故か段になって置いてあったからおかしいと思ったんだ。動かしてみたらこれが……」
「何だろうこれ……」
「何かのスイッチでしょ?」
「いやそれは分かるんだけれど、でもこれ何なんだろう? 何でこんな物が……」
確かにこの洞窟内には人工物がいくつもあったけれど、こんな風に壁そのものに細工がしてあるなんて事は他の部屋では無かった。ここに何かがあるの……?
「どうするんだ? 私がやるか?」
「待ってくださいシーシャさん。迂闊に触るのは危険です」
「ちょっといいかな」
そう言うとお父さんはその装置の側へと近寄ると壁を軽く叩いた。すると何かを察したらしく、お父さんはその棒を握ると、手前に引っ張った。窪みからは棒が伸び、その見た目はまるで何かのレバーの様だった。お父さんはそのままそれを下へと押し、そして窪みの中へと押し込んだ。
するとそれを合図にした様に洞窟内が揺れ始め、目の前に存在していた壁が横へとずれる様にして動き、その奥には一枚の姿鏡が隠されていた。
「こんなとこに隠してたんだね」
「これだけなのかな? それだと変な感じが……」
「うーむ……レレイはよく私に『もっと鏡を見なさい』と言いますが、ここまで大事に保管するものなのですか?」
それは多分『もっとオシャレに興味を持て』って意味だと思うんだけれど……。
「いえそんな事ないですよ、ありえないです。どう考えてもおかしいですよこれ」
「んー……見た目は普通に丸っこい鏡みたいだよね?」
そう言ってプーちゃんが触ろうとすると突然、私達の後方で眩い光が発生した。何も発光する様な物は存在していないにも関わらず、まるで突然何かが現れたかの様な不自然な光だった。
リオンさんとシーシャさんはすぐに私達の前に出ると各々武器を構えた。やがてその光はどんどん小さくなり、完全に消失した頃にはその場所に一人の女性が立っていた。
その女性はウェーブのかかった茶髪をしており、垂れた目はどことなく優し気な印象を受けた。右肩にはマントの様な物を羽織っており、そのせいか右腕は完全に姿を隠していた。その逆に左腕ははっきりと見えており、その手には杖が一本握られていた。その表情は困惑している様子だった。
「何者だ!」
「そこで止まりなさい!」
「えっ……えっ!?」
リオンさんは剣の先を相手に向け、シーシャさんはナイフを構えていた。女性は特に抵抗を見せる様子も無く、それどころか酷く動揺し隙だらけに見えた。
「え、えっとあのあの……どど、どちら様ですか……?」
「……こちらの質問が先だ。海賊の仲間か?」
「いっいえ……仲間じゃないですけど……」
「では何者だ?」
あの杖、何となくだけれどあの首領が使ってた杖と近いものを感じる。プーちゃんが作ったあの杖とも近いものも感じる。この人、いったい……。
「え、えっとあの……わ、私の名前なんてどうでもよくないですか?」
「なるほどつまり言えないという事ですね?」
リオンさんはつかつかと近寄り、相手を拘束しようとしていた。その女性は自分がこれから何をされるのかに気が付いたらしく、後退りし始めた。
「り、リオンさんちょっと待ってください……!」
「ヴィーゼ、下がっていてください。素性を名乗れないというのは怪しいです」
「な、名前です! 教えてください!」
私がそう叫んでも女性は何も答えず、怯えた表情のまま杖を前に突き出した。それを見たリオンさんは素早く駆け出し捕らえようとしたものの、突如地面を突き破る様にして木の幹が生えてきた。その成長速度は見るからに異常であり、私達との間を遮るかの様に伸びた。
「お、お父さん!」
「ありえない……植物はあんな速度じゃ……!」
「リオン姉!」
「……問題はありません」
リオンさんは絡まった木の隙間に両手の指を突っ込むと外側に向けて力強く引っ張った。木は音を立ててひしゃげ始め、向こう側が見え始めた。完全に開くとそこからリオンさんは顔を出し、向こう側を覗き込んだ。
「えっ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「馬鹿な、どこに……」
その瞬間何かの気配を感じた私は鏡が置いてある場所へと振り向いた。そこにはこっそりと鏡を持っていこうとしているあの女性の姿があった。
今、いつこっちに来たの……? そんなタイミングなんて無かった筈……隠し通路なんてものも無かった筈だし、どうやって……。
「プーちゃん! お父さん!」
身の危険を感じた私はプーちゃんとお父さんに声を掛け、プーちゃんの腕を掴んで距離を取ろうとした。シーシャさんは私の声に反応し、女性に対してナイフを投げつけた。しかしそれに気付いた女性は慌てた様子で杖を振るった。するとナイフは空中でピタリと動きを止めてその場に留まった。
「すす、すみませんっ……本当にすぐ済むので……」
「今のやっぱり……」
「ヴィーゼ、あの杖!」
「うん」
やっぱりこの人の使ってる力は錬金術だ。あの杖は間違えなく錬金術で作られた物の筈だ。そうじゃないとあんな現象が起こせる訳がない。それにこの人、悪い人には見えない……こんなに怯えた目をする人が人を傷付ける事が出来る筈が無い。
私は真っ直ぐ歩き、目の前の女性に近付いた。プーちゃんやお父さんは私を止めようと声を出したものの、その時にはもうその女性は目と鼻の先だった。
「あの、あなたは錬金術を使ってますよね?」
「えっ!? わわっ、ちょ、ちょっと離れてください……!」
「私達もなんですよ。教えてくれませんか? あなたの目的はなんなんですか?」
女性は驚いた表情を見せ、動きを止めた。私は相手を刺激しない様に左手にそっと触れた。
きっとこの人は凄く怖がりな人なんだ。目的は不明だけれど、今ここで下手に刺激するのはまずい気がする。もしこの杖の力を全力で出されたら何が起こるか分からない。
「う、い、言えないよ……」
「その鏡が関係してるんですね?」
「か、関係ない訳じゃないけど……」
「大丈夫ですから怖がらないで教えてください。いじめたりしないですから」
「か、関係ないですよ! わ、私がやらなくちゃなんです! お、お願いですから放っておいて!」
女性はそう叫び、鏡に触れながら何かの羽根の様な物を取り出した。するとその羽根が発光し始め、私達の体ごと呑み込みそうになった。私は咄嗟に女性の手を引っ張り動きを止めようとしたものの、多少よろめかせる事が出来ただけで、動きを止めるには至らなかった。
「ヴィーゼ!!」
プーちゃんは大声で叫ぶと私の空いている方の手を掴み力強く引っ張った。その結果、力負けした私は女性を掴んでいた手を離し、プーちゃんと共に倒れ込んだ。やがて光は消え、女性は完全に姿を消していた。しかし、引っ張る力にプーちゃんが加わったからか、鏡はその場所に残されており、消えたのは女性だけの様だった。
「ヴィーゼ無茶をしないでくれ!」
「ごめんなさいお父さん……でもあの人怖い人じゃない気がして……」
「だからって急に動かないでよヴィーゼ!」
「ごめんねプーちゃん……」
「しかし彼女はいったい……」
リオンさんは女性が消えた場所にしゃがみ込み痕跡を探し始めた。シーシャさんは私達を守る様に側にしゃがんだ。
あの鏡、きっと何か特別な力がある筈だ。あの人のあの反応を見るにきっとあの人は錬金術士だ……。それにこの鏡もきっと錬金術で作られた物。
「……ここを離れよう。危険だよ」
「いいの、お父さん?」
「二人の身に何かあるよりは離れた方がいい」
「ヴィーゼ、プレリエ、私もヴァッサさんに賛成だ。帰った方がいい」
出口に繋がっている方を見てみると、先程までそこを塞いでいた筈の木はいつの間にか寿命を迎えたかの様に枯死しており、完全に朽ち果てていた。
「う、うん。でもその前にあの鏡……あれ、持っていってもいい?」
「危険な物じゃないのかい……?」
「大丈夫だと思う。錬金術で作られた物なら私達である程度調べられるし、制御も出来ると思う」
「あたしも多分大丈夫だと思うよ。結構デザインも好きだし!」
私は鏡に近付くとある事に気が付いた。鏡の後ろに何か紙片が落ちており、それを拾って見てみると何かの地図の様なものが描かれていた。三つの島にバツ印が付けてあり、その内の一つはこの島を示している様に見えた。
「やっぱり持って行った方がいいと思う。この鏡他にもあるみたいだし、あの人もきっと他の場所に向かってると思う」
「持って帰るのであれば、レレイに報告しなくてはなりません。どうします? それならその様にしますが……」
「お父さん、いい?」
「危なくなったらすぐに捨てる事……その約束を守ってくれるならいいよ」
「ありがとう」
持ち帰る事が決定し、リオンさんとシーシャさんの二人が鏡を持って船まで運んでくれた。一緒に船向かうまでの間にも私達はお父さんを手伝おうと周りを見ていたが、どこにも怪しい生き物は見当たらず、岩場を走るカニや波打ち際にひっそりしている貝くらいしか生息していなかった。
船へと到着した私達はシップジャーニーの巨大船へと漕ぎ出した。この時周りを見てみたものの、あの女性が使ったと思しき船はどこにも見当たらず、その事実は彼女が突然あの場所に出現したという事を示していた。
この鏡、どんな力があるのか想像も出来ないけれど、何か不思議な存在なのは確かだ。そうじゃなければ、あんな風に仕掛けを作ってまで隠す理由が無いもん。出来れば他の鏡も見付けておきたいな……あの人は悪い人ではないかもしれないけれど、もしかしたらって事もあるし、それに水の精霊との約束もあるしね……。
私達の住み慣れた船がすぐそこまで来ていた。




